No.39


所詮エキストラ・通行人B

探鉱者
 天気の良い朝、ウィラは姿見の前に立った。黒い服を着た、どこか不満そうな顔をした女が映る。あの子が可愛くて好きだと言った衣装だ。ウィラは赤い口紅を手に取り、自身の唇に色を乗せていく。物憂げな顔をした女の唇にも鮮やかな色が乗っていく。ウィラは鏡を見ながら笑みを作ってみせる。鏡の中の女が唇を歪ませた。
 赤い教会はいつものように薄暗い雲を背負っている。いつもと違う個所と言えば、サバイバーたちが出来る限りを尽くした装飾があるということだろう。今日は、結婚式だ。誰しもが望んだ見世物だ。二人が心待ちにしていた晴れの舞台だ。恋人たちが家族になるための儀式だ。
 よく荘園の主が許可を出したものだと誰かが言っていたのを思い出す。きっと荘園の主も見たいのよと誰かが暢気に返していた、ような気がする。ウィラは教会の中にあるいつもより綺麗にされた長椅子に座る。普段地下室へと通ずる階段は蓋をされ、色とりどりの花が置かれている。普段の陰鬱さは何処かへ潜み、ただ嬉し気に花が揺れている。

「隣に座っても?」

 顔を上げるとノートンがウィラを見下ろしていた。土埃の匂いにウィラは露骨に顔をしかめさせる。ノートンは気にせずウィラの隣に座る。ウィラはノートンからほんの少し距離を取るように移動する。

「てっきりモグラでも着るのかと思っていたわ」
「あれは視界がずっと悪くなるから。それにウィルも普段着で良いって言ってたから、それに甘えて」

 ノートンの言う通り、普段着でいる者もいる。けれどそれはフレディやセルヴェなど比較的フォーマルな格好をした者だ。ウィラは溜息を吐く。今日はめでたい席だから、馬鹿じゃないの、という言葉は飲み込んだ。

「まるで葬式にでも臨むみたいだね」

 ふ、とノートンが口許を皮肉で歪ませた。ウィラは衝動的に掴みかかりたくなった。胸倉を掴んで声を荒げたくなった。それを抑え込んで、眉尻を下げさせ、赤い唇を挑発的に歪ませる。

「葬式? 貴方も私と同じじゃない」

 吐いた言葉は微かに震えていた。怒りなのか、悲しみなのか、それ以外の感情なのか。それはウィラ自身にも解らない。だがそれでも解っていることは二つだけだ。隣に座っている男と、自分自身が想っている人は共通だということ。そしてその彼女は他の男と結婚するということだ。
 ノートンは何も言わない。いつものようにうっすらとした笑みを浮かべているだけだ。単に怪我で引き攣れて、そう見えるだけなのかもしれない。

「そう言えば今日、人前式らしいわね」

 じんぜん、とノートンがオウム返しをする。ウィラが、神の前じゃなくて人前で行う式、と補足する。ノートンがへえ、と相槌を打つ。にたり、唇を歪ませる。荘園(此処)らしいね、と確かに楽し気に言った。丼鼠色をした目の色に奇妙な煌めきが過っていった。すぐに生気のない目となる。ウィラはその目が嫌いだった。その目で、可愛い彼女を見ることが許せなかった。でも、それも今日で終わりだ。彼女は他の男を伴侶とするのだから。

「忘れてしまえば楽だろうに、ね」

 ぽつり、とノートンが独り言のように呟く。君の香水みたいに、と付け加える。どうかしら、忘れた方が楽なのかしら。ウィラは脳味噌の内側でそんなことを呟く。頭の中であるはずのないことを想像する。自身の持っている香水で、彼女のことを全て忘れることができたなら――。答えなど解っている。忘れたとしてもきっと何度も人当たりの良い彼女のことを好きになる。全て忘れて、彼女と触れ合ったとしても何度も好きになるだろう。そして、できるだけ柔らかな笑みを浮かべて、彼女の隣に立とうとするのだろう。彼女を幸福にしようとして、でも自分では出来ないことに気が付いて泣くのだろう。鋭利な刃物で身を引き裂かれるような痛みに喘いで夜を明かすのだろう。何度も、何度も。
 きっと忘れられないわ、と一人で呟く。忘れたとしてもきっと好きになるわ、と舌の上で転がす。忘れたくないくせに、と囁いたのは、誰の声か。
 暫くして人が揃ってきた。司会進行役は羊飼いという名の衣装を着たイライだ。緊張しているのかどこかぎこちない。人前式の簡単な説明を手元を見ながら説明をしている。そして二人のことの説明をしていた。流石に過去のことには触れられなかったが、荘園に来てからの各々のことを話している。そこにはウィラの知らない新婦の話もあった。少しして、新郎が入場してきた。いつものドレッドヘアを一つ括りにして、白いタキシードを着ている。緊張しているのが解った。頑張れ、と、恐らくウィリアムと仲の良い誰かが言う。ウィリアムは無言で笑っていた。硬い動きで一歩ずつ、古い赤いカーペットを歩いていく。イライが緊張してるみたいだね、と茶化すような声で言う。仕方ないだろとウィリアムが笑う。ごほんと咳ばらいを一つして、静かに立つ。何処か浮足立っている。
 イライが突然バージンロードの説明をし始める。入り口からウィリアムのいるところまでがこれまでの人生であると話している。扉がゆっくりと開いた。そこには純白のドレスを着た、ウィラが愛してやまない少女がいた。いつもより違った化粧をしている。普段とは違った雰囲気に身体も表情も硬くさせている。不安定に瞳が揺れている。ウィラの方は見やしない。ウィリアムと目が合ったのか、ほんの少し安堵の色が見えた。ベールダウンをしたのはエミリーだ。何か一言二言を言って、エミリーは扉の方へ下がる。新婦はゆっくりと歩いていく。その隣を歩くのは、青いスカートを履いたエマだ。二人はウィリアムの前へ立つ。エマが何かを言って手を挙げて、下がっていった。
 ウィリアムの手がベールへと伸びる。新婦は僅かに膝を折って、レースを上げやすくさせる。精巧なレースで出来たベールを上げられ、新婦――ウィラの友人であり、最愛の女――の顔が露わになる。幸福そうな顔だ。ウィラが彼女をその表情にさせることは一生できないことを知っている。
 新郎の、何度も救助をしたせいでささくれができた無骨な手が新婦の細い左手を掬い取る。新婦の爪は淡い色で染められている。その上にストーンが乗せられている。新婦の爪を彩ったのは、ウィラだ。
 昨夜、彼女の部屋に入って爪を塗らせて貰ったのだ。嬉しそうに笑う友人の顔をウィラはしっかりと覚えている。諦めと哀しさとそれらをぐちゃぐちゃに混ぜて出来た感情を押し込んで、ウィラは笑った。笑うのは苦手ではなかった。彼女の手を取り、丁寧に爪にやすりをかけて色を乗せ、美しいストーンを乗せていった。――左薬指の爪には、結婚すると知った時に荘園の主に頼んで得た本物のダイヤモンドを。
 ウィラは新郎よりも先に新婦の薬指をまんまと攫ったのだ! ざまあ見ろと嗤いたかった。指を挿して手を叩きたかった。腹を抱えてみっともなく声を上げたかった。世界中の誰よりも、新婦の左薬指を誰の目に止まらぬうちに奪ったのだ。
 静寂の中、新郎が新婦の薬指に指輪をはめる。新婦が目を細めさせる。その擽ったそうに笑う新婦の顔が、大好きだ。大切にしたい。ずっとそばで見ていたい。けれどもう、ウィラの腕では届かない。
 イライが誓いの言葉を読み上げる。はい、誓いますという、二人の言葉はウィラの心臓を貫いた。誓いのキスを、とイライが言う。それは死刑宣告だ。もう死んでいるのに、これ以上とどめを刺さなくても良いじゃないかとウィラは誰かに訴えたかった。だが、そんなことをしてもこの式を止めることは出来ない。覚悟していたはずなのに、ウィラの背筋に冷たい汗が伝う。
 二人の顔が近寄る。
 誰かが持ち込んでいたクラッカーが響いた。誰かが拍手をしたせいで誰かがつられさざ波のような音から洪水のような音となる。おめでとうと誰かが口々に叫んでいる。新郎と新婦が驚いたような顔をしつつも笑っている。新郎と新婦の視線がぶつかり合う。幸せそうに笑んだのを最後にウィラの視界がぼやけた。もう、見たくなかった。叫んで逃げて何処かに消えてしまいたかった。
 ウィラは顔を掌で覆ってしゃくりあげる。声を上げて、子供のように泣いて叫びたかった。
 天気の良い朝、ウィラは姿見の前に立った。黒い服を着た、どこか不満そうな顔をした女が映る。あの子が可愛くて好きだと言った衣装だ。ウィラは赤い口紅を手に取り、自身の唇に色を乗せていく。物憂げな顔をした女の唇にも鮮やかな色が乗っていく。ウィラは鏡を見ながら笑みを作ってみせる。鏡の中の女が唇を歪ませた。
 赤い教会はいつものように薄暗い雲を背負っている。いつもと違う個所と言えば、サバイバーたちが出来る限りを尽くした装飾があるということだろう。今日は、結婚式だ。誰しもが望んだ見世物だ。二人が心待ちにしていた晴れの舞台だ。恋人たちが家族になるための儀式だ。
 よく荘園の主が許可を出したものだと誰かが言っていたのを思い出す。きっと荘園の主も見たいのよと誰かが暢気に返していた、ような気がする。ウィラは教会の中にあるいつもより綺麗にされた長椅子に座る。普段地下室へと通ずる階段は蓋をされ、色とりどりの花が置かれている。普段の陰鬱さは何処かへ潜み、ただ嬉し気に花が揺れている。

「隣に座っても?」

 顔を上げるとノートンがウィラを見下ろしていた。土埃の匂いにウィラは露骨に顔をしかめさせる。ノートンは気にせずウィラの隣に座る。ウィラはノートンからほんの少し距離を取るように移動する。

「てっきりモグラでも着るのかと思っていたわ」
「あれは視界がずっと悪くなるから。それにウィルも普段着で良いって言ってたから、それに甘えて」

 ノートンの言う通り、普段着でいる者もいる。けれどそれはフレディやセルヴェなど比較的フォーマルな格好をした者だ。ウィラは溜息を吐く。今日はめでたい席だから、馬鹿じゃないの、という言葉は飲み込んだ。

「まるで葬式にでも臨むみたいだね」

 ふ、とノートンが口許を皮肉で歪ませた。ウィラは衝動的に掴みかかりたくなった。胸倉を掴んで声を荒げたくなった。それを抑え込んで、眉尻を下げさせ、赤い唇を挑発的に歪ませる。

「葬式? 貴方も私と同じじゃない」

 吐いた言葉は微かに震えていた。怒りなのか、悲しみなのか、それ以外の感情なのか。それはウィラ自身にも解らない。だがそれでも解っていることは二つだけだ。隣に座っている男と、自分自身が想っている人は共通だということ。そしてその彼女は他の男と結婚するということだ。
 ノートンは何も言わない。いつものようにうっすらとした笑みを浮かべているだけだ。単に怪我で引き攣れて、そう見えるだけなのかもしれない。

「そう言えば今日、人前式らしいわね」

 じんぜん、とノートンがオウム返しをする。ウィラが、神の前じゃなくて人前で行う式、と補足する。ノートンがへえ、と相槌を打つ。にたり、唇を歪ませる。荘園(此処)らしいね、と確かに楽し気に言った。丼鼠色をした目の色に奇妙な煌めきが過っていった。すぐに生気のない目となる。ウィラはその目が嫌いだった。その目で、可愛い彼女を見ることが許せなかった。でも、それも今日で終わりだ。彼女は他の男を伴侶とするのだから。

「忘れてしまえば楽だろうに、ね」

 ぽつり、とノートンが独り言のように呟く。君の香水みたいに、と付け加える。どうかしら、忘れた方が楽なのかしら。ウィラは脳味噌の内側でそんなことを呟く。頭の中であるはずのないことを想像する。自身の持っている香水で、彼女のことを全て忘れることができたなら――。答えなど解っている。忘れたとしてもきっと何度も人当たりの良い彼女のことを好きになる。全て忘れて、彼女と触れ合ったとしても何度も好きになるだろう。そして、できるだけ柔らかな笑みを浮かべて、彼女の隣に立とうとするのだろう。彼女を幸福にしようとして、でも自分では出来ないことに気が付いて泣くのだろう。鋭利な刃物で身を引き裂かれるような痛みに喘いで夜を明かすのだろう。何度も、何度も。
 きっと忘れられないわ、と一人で呟く。忘れたとしてもきっと好きになるわ、と舌の上で転がす。忘れたくないくせに、と囁いたのは、誰の声か。
 暫くして人が揃ってきた。司会進行役は羊飼いという名の衣装を着たイライだ。緊張しているのかどこかぎこちない。人前式の簡単な説明を手元を見ながら説明をしている。そして二人のことの説明をしていた。流石に過去のことには触れられなかったが、荘園に来てからの各々のことを話している。そこにはウィラの知らない新婦の話もあった。少しして、新郎が入場してきた。いつものドレッドヘアを一つ括りにして、白いタキシードを着ている。緊張しているのが解った。頑張れ、と、恐らくウィリアムと仲の良い誰かが言う。ウィリアムは無言で笑っていた。硬い動きで一歩ずつ、古い赤いカーペットを歩いていく。イライが緊張してるみたいだね、と茶化すような声で言う。仕方ないだろとウィリアムが笑う。ごほんと咳ばらいを一つして、静かに立つ。何処か浮足立っている。
 イライが突然バージンロードの説明をし始める。入り口からウィリアムのいるところまでがこれまでの人生であると話している。扉がゆっくりと開いた。そこには純白のドレスを着た、ウィラが愛してやまない少女がいた。いつもより違った化粧をしている。普段とは違った雰囲気に身体も表情も硬くさせている。不安定に瞳が揺れている。ウィラの方は見やしない。ウィリアムと目が合ったのか、ほんの少し安堵の色が見えた。ベールダウンをしたのはエミリーだ。何か一言二言を言って、エミリーは扉の方へ下がる。新婦はゆっくりと歩いていく。その隣を歩くのは、青いスカートを履いたエマだ。二人はウィリアムの前へ立つ。エマが何かを言って手を挙げて、下がっていった。
 ウィリアムの手がベールへと伸びる。新婦は僅かに膝を折って、レースを上げやすくさせる。精巧なレースで出来たベールを上げられ、新婦――ウィラの友人であり、最愛の女――の顔が露わになる。幸福そうな顔だ。ウィラが彼女をその表情にさせることは一生できないことを知っている。
 新郎の、何度も救助をしたせいでささくれができた無骨な手が新婦の細い左手を掬い取る。新婦の爪は淡い色で染められている。その上にストーンが乗せられている。新婦の爪を彩ったのは、ウィラだ。
 昨夜、彼女の部屋に入って爪を塗らせて貰ったのだ。嬉しそうに笑う友人の顔をウィラはしっかりと覚えている。諦めと哀しさとそれらをぐちゃぐちゃに混ぜて出来た感情を押し込んで、ウィラは笑った。笑うのは苦手ではなかった。彼女の手を取り、丁寧に爪にやすりをかけて色を乗せ、美しいストーンを乗せていった。――左薬指の爪には、結婚すると知った時に荘園の主に頼んで得た本物のダイヤモンドを。
 ウィラは新郎よりも先に新婦の薬指をまんまと攫ったのだ! ざまあ見ろと嗤いたかった。指を挿して手を叩きたかった。腹を抱えてみっともなく声を上げたかった。世界中の誰よりも、新婦の左薬指を誰の目に止まらぬうちに奪ったのだ。
 静寂の中、新郎が新婦の薬指に指輪をはめる。新婦が目を細めさせる。その擽ったそうに笑う新婦の顔が、大好きだ。大切にしたい。ずっとそばで見ていたい。けれどもう、ウィラの腕では届かない。
 イライが誓いの言葉を読み上げる。はい、誓いますという、二人の言葉はウィラの心臓を貫いた。誓いのキスを、とイライが言う。それは死刑宣告だ。もう死んでいるのに、これ以上とどめを刺さなくても良いじゃないかとウィラは誰かに訴えたかった。だが、そんなことをしてもこの式を止めることは出来ない。覚悟していたはずなのに、ウィラの背筋に冷たい汗が伝う。
 二人の顔が近寄る。
 誰かが持ち込んでいたクラッカーが響いた。誰かが拍手をしたせいで誰かがつられさざ波のような音から洪水のような音となる。おめでとうと誰かが口々に叫んでいる。新郎と新婦が驚いたような顔をしつつも笑っている。新郎と新婦の視線がぶつかり合う。幸せそうに笑んだのを最後にウィラの視界がぼやけた。もう、見たくなかった。叫んで逃げて何処かに消えてしまいたかった。
 ウィラは顔を掌で覆ってしゃくりあげる。声を上げて、子供のように泣いて叫びたかった。
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