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Novel pkmn 今日はえいえんの最初の日(シンオウでウォロと再会/完結)
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tt5 !+さよならの練習を(男主とオフェンスが過ごす真夏の話/現パロ/完結)
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other

キビキビパニック感想もどき


皆とひさしぶり…!
ペパーくんが面白くない気持ちになってんの最高にかわいすぎるしナマエちゃんに対して絶対そうだろ
スグリくんのにへら笑顔、めちゃくちゃ良かったと思うしかわいい
ゼイユちゃんがピンク目ハイライトなしになってるのえっちだ…
ペパーくん、キビキビダンスに照れるんですね(ボタンだとノリノリだったのかな)
きび団子だからキビダンス…!?
ネモちゃん発見時のスグリくん「そうだよね!!」←めちゃくちゃ笑った
ゼイユちゃん「あたしもスグもあんたに10回以上つきあわされたわよ!?」←ネモちゃんすごい…ゼイユちゃん振り回してる…!
部室招待できる人ふえた!BPためなきゃ…
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皆とひさしぶり…!
ペパーくんが面白くない気持ちになってんの最高にかわいすぎるしナマエちゃんに対して絶対そうだろ
スグリくんのにへら笑顔、めちゃくちゃ良かったと思うしかわいい
ゼイユちゃんがピンク目ハイライトなしになってるのえっちだ…
ペパーくん、キビキビダンスに照れるんですね(ボタンだとノリノリだったのかな)
きび団子だからキビダンス…!?
ネモちゃん発見時のスグリくん「そうだよね!!」←めちゃくちゃ笑った
ゼイユちゃん「あたしもスグもあんたに10回以上つきあわされたわよ!?」←ネモちゃんすごい…ゼイユちゃん振り回してる…!
部室招待できる人ふえた!BPためなきゃ…
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できたと思ったのにスマホでみたら全然できてない凹む

できたと思ったのにスマホでみたら全然できてない凹む

更に改良しました

カテゴリをバリバリ使ったりscript使ったりしているのである程度コードが読める人なら解るかんじ。

取り敢えずサイトテンプレかえれた〜〜お疲れ様。

できること出来ないことがあるけど取り敢えずこれでの運用かな…
#サイトのこと

スグリくんに勝ちました✌

テラパゴス戦、応援のできないレイドだったんですけどゼイユちゃんたちとレイド行きたい…

DLCの予定が思ったより早くてマジ!?ってなった

DLCの予定が思ったより早くてマジ!?ってなった

完全私事

転職した。転職ガチャに勝ててたらいいな……勝てる(ギュッ)。
今まで住んでた所から脱出して友人とルームシェアすることになりました。close

今まで住んでた所から脱出して友人とルームシェアすることになりました。close

追加DLCクリア〜!

スグリくん将来有望すぎて震えた。ゼイユちゃんとスグリくんが姉弟でなくて兄妹だったら私の情緒がめちゃくちゃになってたな…。妹に強く出れない影のある引っ込み思案兄と気に強い憎まれ口たたく好戦的な妹とか完璧にドンピシャじゃん……。
スグリくん、今くらいとかもっと幼い頃に大きくなっても私のことが好きだったら結婚しようとか言われたのをずーっと覚えてるタイプでしょ…迎えに行くタイプでしょ…
スグリくん、今くらいとかもっと幼い頃に大きくなっても私のことが好きだったら結婚しようとか言われたのをずーっと覚えてるタイプでしょ…迎えに行くタイプでしょ…

ブライア先生の顔が好みドンピシャすぎる…!

ブライア先生の顔が好みドンピシャすぎる…!

少し前だけどアンソロ完売しました!

お手にとってくださりありがとうございました〜。執筆者の方々も大変お世話になりました。
愚痴混じりの話なんだけど、連絡つかなくなった人がいるんだけどほぼ影響なくてよかった……。TLに全然いるけどこっちが突くまで締め切りぶっ千切って放置してる人とどっちがましかつったら前者だな……いや消えるなよという話だけど
愚痴混じりの話なんだけど、連絡つかなくなった人がいるんだけどほぼ影響なくてよかった……。TLに全然いるけどこっちが突くまで締め切りぶっ千切って放置してる人とどっちがましかつったら前者だな……いや消えるなよという話だけど

chatGPTに小説の部分をJSONでぶん回せるようにできない?モーダルで背景固定で表示してってやったけどうまく行かなんだ……

ジャンル別に短編の部分だけにするか…?
#サイトのこと

グーグルフォームを好きな埋め込みじゃない方法で実装できるんですか!?!?

#サイトのこと

ここの配色、テンプレままなんですけどカプサイトも全く同じ色なのでせめてピンク系にしたいな

#サイトのこと
追記
色相だけいじってピンクにしました。うーん?
追記
色相だけいじってピンクにしました。うーん?

tt5+3

白黒無常『ライ麦畑で大団円』
探鉱者『最恐最悪の悪役について』『所詮エキストラ・通行人B』『アイ・アム・ア・ヒーロー』
探鉱者『HOME』

過去に主催したアンソロ『拝啓、地獄の底から』『幸福 の 最果て にて』『ふたりのシナリオ』で書いた話。ほぼ当時のまま収録しています。
探鉱者『最恐最悪の悪役について』『所詮エキストラ・通行人B』『アイ・アム・ア・ヒーロー』
探鉱者『HOME』

過去に主催したアンソロ『拝啓、地獄の底から』『幸福 の 最果て にて』『ふたりのシナリオ』で書いた話。ほぼ当時のまま収録しています。

HOME

探鉱者
!現パロ

――此処が俺たちの家だよ
 ふと少女は目を覚ました。枕元にある目覚まし時計を止めて伸び上がる。少女は隣で寝ている男――ノートンを起こさないように忍び足で寝室を出ていく。与えられた自分の多くない荷物を押し込まれた部屋にある衣類にに着替えて脱衣所へと向かう。昨夜来ていた普段着やら寝間着やらタオルやらをため込んだ洗濯機に洗剤と柔軟剤を入れてスイッチを入れる。リビングの電気を点けて、トースターに食パン二枚を入れた。このトースターは最近ノートンが買ってきてくれたものだ。コーヒーメーカーに市販の豆と水をセットして、水切棚から弁当箱をとる。朝食とお弁当作りだ。初めてこの家に連れてこられた時と比べて随分手際良くなったと少女は自分で自分を褒める。
 お弁当が出来上がる頃になるとノートンが眠たそうな目を擦りながら起きてくる。おはようと少女が笑いかけるとノートンがおはようと返事をする。極めて自然に挨拶が出来るようになったのはいつからだったか。脱衣所から出て来たノートンはマグカップにコーヒーを入れる。焼きあがったトースターを取り出して、二枚ともにバターを塗る。少女はノートンが出してくれた皿に目玉焼きをそれぞれ乗せた。包んだ弁当を食卓の上に置く。二人で向かい合って手を合わせて頂きますをする。
 ノートンがリモコンを押してテレビを点ける。テレビに映し出された人たちが、今日はキャンプ用品を紹介するコーナーだ。トースターを齧る音がする。今日は帰り早いかも、とノートンが言うので、そうなんだと言葉を返す。少女の頭の中で、今日一日の段取りをする。天気予報は今日一日快晴であることを告げている。天気が良いから敷布団を日に当てるのも良いだろう。
 テレビをぼんやりと眺めながら朝食を食べ終える。ノートンは弁当を鞄に入れた。

「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」

 玄関で口付けを交わす。ノートンは名残惜しそうに少女の頬を撫でる。少女が行かないの、と尋ねればほんの少し悲しそうな眼をして外へと出た。扉が閉まる。少女はノートンが鍵をかけていないことに気が付いた。少女は一度ドアノブに手をかける。扉を開けようと力を込めたが、動きを停止させる。少し考えたあとに少女は扉に鍵を自らかけた。踵を返し、回り続けている洗濯機の前へ立つ。残り数分ほどで洗濯が完了する。一度離れてリビングへと向かった。テレビの中で清楚なアナウンサーが今日の天気を話している。少女は遮光カーテンの裾を摘まみ、ほんの少しだけ隙間を作る。挿し込んだ光はフローリングに細い道を作らせた。カーテンの隙間から覗いた青空はどこまでも広がっている。すいと鳥が横切って影を一瞬だけ作る。洗濯機が洗濯が終わったことを告げる電子音を上げた。少女は洗濯機に駆け寄った。洗濯籠に洗いたての洗濯物を入れる。石鹸の良い香りと柔軟剤の華やかな香りが鼻腔を擽る。少女はこの匂いが好きだ。ほんの少しだけ幸福な気持ちになる。濡れた衣類を日当たりのよい部屋にある、物干しスタンドに干していく。もう一つ物干しスタンドを取り出し、籠った匂いのする寝室から布団を取り出して干した。部屋に掃除機をかけるともう昼頃だ。少女は昨夜の残りを温めて昼食を終わらせる。
 少女が携帯を見るとノートンからの連絡は入っていない。もしかしたら忙しいのかもしれない。洗物を済ませて洗濯物を畳めばほんの少しの何もない時間ができる。少女は行儀悪くも寝転び、携帯に入れているパズルゲームを起動して時間を潰していく。少女にとって携帯とはノートンと定期的な連絡を取るツールであり、パズルゲームをする為のおもちゃだ。
 夕方ごろに、少女は冷蔵庫の中身を確認する。鶏肉と豆腐がある。サラダに使えそうなレタスやトマトもある。
 最近本当に便利になったものだ。ノートンが仕事帰りにスーパーに寄らなくても、必要なものを買うことが出来る。お金の受け渡しをしなくてもカードで決済ができる。荷物の受け渡しも専用のボックスに入れてもらうことが常なので、人に会わなくて済む。本当に便利になったねぇとノートンがシチューを啜りながら本当に嬉しそうに笑ったのはいつだったか。少し寂しい、という一文を音にしようとする前に蓋をしたのはいつだったか。
 少女がこの狭い部屋で暮らすようになってからそれなりの月数が過ぎた。部屋の中であれば目をつぶっても歩くことが出来る。それほどまでに少女はこの世界にいる。今やこの部屋こそが彼女の世界だ。彼女の全てだ。
 何もかもが慣れてしまった。慣れとは恐ろしいものだ。
 少女は台所に立ち、食事の準備をする。タマネギ、ニンジン、ジャガイモを洗って切り、一度ボウルに入れておく。牛肉を取り出し、切ってから鍋で焼き色を付ける。鍋に野菜を入れてまた過熱をし、水を入れて沸騰させる。アクを除きつつ煮込んでいく。暫くしてからルウを入れた。とろみがついた頃に火を止めて少女は時計を見る。そろそろノートンが帰ってくる時間だ。少女は玄関を見る。視線の先には施錠された扉があるだけだ。その向こう側で誰かの足音が近づいては離れていく。少女は隣にどういった人たちが住んでいるのか知らない。その向こう側の景色がどんなものか知らない。そもそもこの家はどこにあるのかも解らない。少女は玄関に近付いた。玄関の隅で佇むオリーブ色のスーツケースはうっすらと埃を積もらせている。海外旅行や一週間以上の旅行をするのならば丁度良いサイズのものだ。旅行に行くこともないのだから捨ててしまえば良いのにノートンは捨てることも人に譲ることもしない。そのうち、またスーツケースに入れられて新しい家に移るのだろうか。別段今の住処に思入れがあるわけではないが、嫌だな、と素直に思う。
 ふと、少女の思考に考えてはいけないことが顔を出す。
――もしも今、靴を履いて外に出たらどうなるのだろうか?
 少女はゆっくりと自身の足より大きな突っ掛けに足を通す。
 集合住宅のようだから、歩き回れば何かしらの店には辿り着くことが出来るだろう。どこに電話をかけよう。電話帳など少女の頭の中に入っている訳がない。ならばこの場所から遠くに行けるだろうか。いや、この家には金銭的なものがどこにあるか少女は知らない。何か金目のものはあっても身分を証明できるものを持っていないのですぐに換金は不可能――
 鍵穴に鍵が刺さる音が思考回路をぶつ切りにした。連絡通り今日は帰りが早い日だ。慌てて少女は突っ掛けを脱いで床板に上がる。ほぼ同時に扉が開いた。玄関で突っ掛けの片方が転んでいる。

「お、かえりなさいっ」

 吃音りながらも少女は言った。不自然に見えないだろうか。両手を後ろにやって口の端を上げる。ノートンが驚いたような顔をして瞬きをする。

「ただいま」

 ノートンが眦を蕩けさせた。少女はぎこちなく笑いながら、温めてくるねと台所へと逃げ込んだ。
 鍋を温めてパンを焼く。ノートンが冷蔵庫からレタスとトマトを取り出し、サラダを作ってくれた。朝と同じように食卓を囲む。食事を終えればノートンが皿洗いをしてくれる。少女は風呂の準備をした。
 テレビには環境動画が流れている。白い砂浜にエメラルドグリーンの海が映し出されている。いかにもバカンスにふさわしい場所だ。水着姿の観光客が何かインタビューを受けている。美しい景色だ。確か小さな貝殻を拾ったり海に潜ったりして遊んだ覚えがある。楽しかった思い出だ。

「また行きたいな」

 何気なく少女の唇は音を紡いだ。ノートンは答えない。少女は瞬時にしまった、と思った。ひやりと冷たいものが少女の背中に落ちる。大切にしていた記憶が脳裏で再生される。青い海、白い雲、自身と目の前の男以外の人物の笑い声。どく、どく、と心臓が声を上げる。少女は手を握りしめた。

「行ったこと、あるの?」

 ノートンの静かな声、少女は意図的に瞬きをする。一緒じゃなかったっけ、と少女は確かめる振りをする。ノートンは僕じゃないなあと答える。それはそうだ。
 とん、と少女の眉間にノートンの指の腹が押し付けられる。少女の思考がぶつりと途切れた。感情の読み取れない真っ暗な目が少女を射る。何も答えられず、少女は狼狽える。突然風呂が沸いたことを知らせるアナウンスが鳴った。少女はわずかに肩を跳ねさせたがノートンは何の反応も見せない。

「……親御さんと行ったのかな」

 何の感情もない声だ。少女の背筋に冷たい汗が滑り落ちる。乾いた感覚から逃げたくて、意図的に少女は唾液を呑み込む。

「そ、う……家族で行ったの、小さい頃に」

 嘘を吐いた。生きてて何度目の嘘だろうか。この世界に放り込まれてから何度目の嘘だろうか。
 そうなんだ、とノートンが言う。ノートンの指が遠のく。触れられた箇所は大して押されていた訳でもないのにじん、と痺れている。少女はお風呂に入るね、と言ってその場から走り去る。残されたノートンはソファから窓を見た。カーテンとカーテンの隙間から月が見えている。ノートンはそれを目敏く見付けた。窓辺に近寄り、分厚いカーテンの裾をひっ掴む。外界から内側が見えないようにきっちりと閉めた。


2023/07/30
『ふたりのシナリオ』2020/12/25発行
!現パロ

――此処が俺たちの家だよ
 ふと少女は目を覚ました。枕元にある目覚まし時計を止めて伸び上がる。少女は隣で寝ている男――ノートンを起こさないように忍び足で寝室を出ていく。与えられた自分の多くない荷物を押し込まれた部屋にある衣類にに着替えて脱衣所へと向かう。昨夜来ていた普段着やら寝間着やらタオルやらをため込んだ洗濯機に洗剤と柔軟剤を入れてスイッチを入れる。リビングの電気を点けて、トースターに食パン二枚を入れた。このトースターは最近ノートンが買ってきてくれたものだ。コーヒーメーカーに市販の豆と水をセットして、水切棚から弁当箱をとる。朝食とお弁当作りだ。初めてこの家に連れてこられた時と比べて随分手際良くなったと少女は自分で自分を褒める。
 お弁当が出来上がる頃になるとノートンが眠たそうな目を擦りながら起きてくる。おはようと少女が笑いかけるとノートンがおはようと返事をする。極めて自然に挨拶が出来るようになったのはいつからだったか。脱衣所から出て来たノートンはマグカップにコーヒーを入れる。焼きあがったトースターを取り出して、二枚ともにバターを塗る。少女はノートンが出してくれた皿に目玉焼きをそれぞれ乗せた。包んだ弁当を食卓の上に置く。二人で向かい合って手を合わせて頂きますをする。
 ノートンがリモコンを押してテレビを点ける。テレビに映し出された人たちが、今日はキャンプ用品を紹介するコーナーだ。トースターを齧る音がする。今日は帰り早いかも、とノートンが言うので、そうなんだと言葉を返す。少女の頭の中で、今日一日の段取りをする。天気予報は今日一日快晴であることを告げている。天気が良いから敷布団を日に当てるのも良いだろう。
 テレビをぼんやりと眺めながら朝食を食べ終える。ノートンは弁当を鞄に入れた。

「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」

 玄関で口付けを交わす。ノートンは名残惜しそうに少女の頬を撫でる。少女が行かないの、と尋ねればほんの少し悲しそうな眼をして外へと出た。扉が閉まる。少女はノートンが鍵をかけていないことに気が付いた。少女は一度ドアノブに手をかける。扉を開けようと力を込めたが、動きを停止させる。少し考えたあとに少女は扉に鍵を自らかけた。踵を返し、回り続けている洗濯機の前へ立つ。残り数分ほどで洗濯が完了する。一度離れてリビングへと向かった。テレビの中で清楚なアナウンサーが今日の天気を話している。少女は遮光カーテンの裾を摘まみ、ほんの少しだけ隙間を作る。挿し込んだ光はフローリングに細い道を作らせた。カーテンの隙間から覗いた青空はどこまでも広がっている。すいと鳥が横切って影を一瞬だけ作る。洗濯機が洗濯が終わったことを告げる電子音を上げた。少女は洗濯機に駆け寄った。洗濯籠に洗いたての洗濯物を入れる。石鹸の良い香りと柔軟剤の華やかな香りが鼻腔を擽る。少女はこの匂いが好きだ。ほんの少しだけ幸福な気持ちになる。濡れた衣類を日当たりのよい部屋にある、物干しスタンドに干していく。もう一つ物干しスタンドを取り出し、籠った匂いのする寝室から布団を取り出して干した。部屋に掃除機をかけるともう昼頃だ。少女は昨夜の残りを温めて昼食を終わらせる。
 少女が携帯を見るとノートンからの連絡は入っていない。もしかしたら忙しいのかもしれない。洗物を済ませて洗濯物を畳めばほんの少しの何もない時間ができる。少女は行儀悪くも寝転び、携帯に入れているパズルゲームを起動して時間を潰していく。少女にとって携帯とはノートンと定期的な連絡を取るツールであり、パズルゲームをする為のおもちゃだ。
 夕方ごろに、少女は冷蔵庫の中身を確認する。鶏肉と豆腐がある。サラダに使えそうなレタスやトマトもある。
 最近本当に便利になったものだ。ノートンが仕事帰りにスーパーに寄らなくても、必要なものを買うことが出来る。お金の受け渡しをしなくてもカードで決済ができる。荷物の受け渡しも専用のボックスに入れてもらうことが常なので、人に会わなくて済む。本当に便利になったねぇとノートンがシチューを啜りながら本当に嬉しそうに笑ったのはいつだったか。少し寂しい、という一文を音にしようとする前に蓋をしたのはいつだったか。
 少女がこの狭い部屋で暮らすようになってからそれなりの月数が過ぎた。部屋の中であれば目をつぶっても歩くことが出来る。それほどまでに少女はこの世界にいる。今やこの部屋こそが彼女の世界だ。彼女の全てだ。
 何もかもが慣れてしまった。慣れとは恐ろしいものだ。
 少女は台所に立ち、食事の準備をする。タマネギ、ニンジン、ジャガイモを洗って切り、一度ボウルに入れておく。牛肉を取り出し、切ってから鍋で焼き色を付ける。鍋に野菜を入れてまた過熱をし、水を入れて沸騰させる。アクを除きつつ煮込んでいく。暫くしてからルウを入れた。とろみがついた頃に火を止めて少女は時計を見る。そろそろノートンが帰ってくる時間だ。少女は玄関を見る。視線の先には施錠された扉があるだけだ。その向こう側で誰かの足音が近づいては離れていく。少女は隣にどういった人たちが住んでいるのか知らない。その向こう側の景色がどんなものか知らない。そもそもこの家はどこにあるのかも解らない。少女は玄関に近付いた。玄関の隅で佇むオリーブ色のスーツケースはうっすらと埃を積もらせている。海外旅行や一週間以上の旅行をするのならば丁度良いサイズのものだ。旅行に行くこともないのだから捨ててしまえば良いのにノートンは捨てることも人に譲ることもしない。そのうち、またスーツケースに入れられて新しい家に移るのだろうか。別段今の住処に思入れがあるわけではないが、嫌だな、と素直に思う。
 ふと、少女の思考に考えてはいけないことが顔を出す。
――もしも今、靴を履いて外に出たらどうなるのだろうか?
 少女はゆっくりと自身の足より大きな突っ掛けに足を通す。
 集合住宅のようだから、歩き回れば何かしらの店には辿り着くことが出来るだろう。どこに電話をかけよう。電話帳など少女の頭の中に入っている訳がない。ならばこの場所から遠くに行けるだろうか。いや、この家には金銭的なものがどこにあるか少女は知らない。何か金目のものはあっても身分を証明できるものを持っていないのですぐに換金は不可能――
 鍵穴に鍵が刺さる音が思考回路をぶつ切りにした。連絡通り今日は帰りが早い日だ。慌てて少女は突っ掛けを脱いで床板に上がる。ほぼ同時に扉が開いた。玄関で突っ掛けの片方が転んでいる。

「お、かえりなさいっ」

 吃音りながらも少女は言った。不自然に見えないだろうか。両手を後ろにやって口の端を上げる。ノートンが驚いたような顔をして瞬きをする。

「ただいま」

 ノートンが眦を蕩けさせた。少女はぎこちなく笑いながら、温めてくるねと台所へと逃げ込んだ。
 鍋を温めてパンを焼く。ノートンが冷蔵庫からレタスとトマトを取り出し、サラダを作ってくれた。朝と同じように食卓を囲む。食事を終えればノートンが皿洗いをしてくれる。少女は風呂の準備をした。
 テレビには環境動画が流れている。白い砂浜にエメラルドグリーンの海が映し出されている。いかにもバカンスにふさわしい場所だ。水着姿の観光客が何かインタビューを受けている。美しい景色だ。確か小さな貝殻を拾ったり海に潜ったりして遊んだ覚えがある。楽しかった思い出だ。

「また行きたいな」

 何気なく少女の唇は音を紡いだ。ノートンは答えない。少女は瞬時にしまった、と思った。ひやりと冷たいものが少女の背中に落ちる。大切にしていた記憶が脳裏で再生される。青い海、白い雲、自身と目の前の男以外の人物の笑い声。どく、どく、と心臓が声を上げる。少女は手を握りしめた。

「行ったこと、あるの?」

 ノートンの静かな声、少女は意図的に瞬きをする。一緒じゃなかったっけ、と少女は確かめる振りをする。ノートンは僕じゃないなあと答える。それはそうだ。
 とん、と少女の眉間にノートンの指の腹が押し付けられる。少女の思考がぶつりと途切れた。感情の読み取れない真っ暗な目が少女を射る。何も答えられず、少女は狼狽える。突然風呂が沸いたことを知らせるアナウンスが鳴った。少女はわずかに肩を跳ねさせたがノートンは何の反応も見せない。

「……親御さんと行ったのかな」

 何の感情もない声だ。少女の背筋に冷たい汗が滑り落ちる。乾いた感覚から逃げたくて、意図的に少女は唾液を呑み込む。

「そ、う……家族で行ったの、小さい頃に」

 嘘を吐いた。生きてて何度目の嘘だろうか。この世界に放り込まれてから何度目の嘘だろうか。
 そうなんだ、とノートンが言う。ノートンの指が遠のく。触れられた箇所は大して押されていた訳でもないのにじん、と痺れている。少女はお風呂に入るね、と言ってその場から走り去る。残されたノートンはソファから窓を見た。カーテンとカーテンの隙間から月が見えている。ノートンはそれを目敏く見付けた。窓辺に近寄り、分厚いカーテンの裾をひっ掴む。外界から内側が見えないようにきっちりと閉めた。


2023/07/30
『ふたりのシナリオ』2020/12/25発行

アイ・アム・ア・ヒーロー

探鉱者
 式が終わり、全員は一度教会を後にした。花嫁と花婿は途中で道を外れて控室へと引っ込んでいく。うっすらとした靄に掻き消され二人の姿は見えなくなる。荘園の主が宴会の食事を準備してくれているらしいと誰かが話しているのを聞いた。ノートンは参列者が形成する列から静かに離れた。誰も気が付かない。そのまま一人である場所へと行く。
 暫く歩いていると控室として使っている小屋に着いた。あまり人の気配はない。誰かが花嫁や花婿の世話をしている訳でもないらしい。不用心だな。そう思いながら何処か好都合だと笑う。頭上で鳥が鳴いた。扉の一つをノックする。どうぞ、と言われて入ると、花嫁は古いが高価そうなイスに座っていた。ハンターでも少し大きいかと思わせるほどの大きな布張りの椅子に花嫁はすっぽりと収まっている。未だ純白のドレスを着た儘だ。足が痛いのか白いハイヒールを脱いでいる。興奮のせいか化粧のせいかかなり血色が良い。何となく、寂れたこの部屋の中で輝いているように見えた。少し眩しくてノートンは目を細める。

「あれ、ノートンさん、どうしたの?」

 白い世界の中でいつもの飾り気のない声がする。ちょっとね、とノートンは曖昧に答えてみせた。扉に鍵は付いていない。まあ良いかと扉を静かに閉じる。ヘルメットを外し、近くのテーブルに置いた。広くない部屋にはノートン(奪うもの)花嫁(奪われるもの)の二人だけだ。

「綺麗だね」

 過剰に掛けられたであろう言葉を言うと花嫁ははにかむ。ありがとうと恐らく言い慣れた音を紡ぐ。ノートンはゆっくりと花嫁に近寄った。歩く度に古い床がみしりと音を立てる。
 花嫁をの隣に立つと、花嫁はちょっと疲れちゃったの子供っぽく笑う。ノートンは何の気なしにウェディングドレスの裾を手に取ってみる。あまり布の価値は解らないが、滑らかな手触りや光沢より高価なものだろうとは解った。裾を持ちあげられたことで花嫁の華奢な素足が見える。ストッキングなどを履いていないのか、と少し驚く。殴ったら折れてしまいそうな白い足先が赤くなっている。じっと見ていれば、歩きなれない靴だからと恥ずかしそうに指先を丸めさせた。顔を近付けさせる。なるほど爪が割れてほんの少し出血している。

「ウィルは気付かなかったの?」

 この世界から取り除いてしまいたい(親友)の名を紡ぐ。この世界から連れ去りたい女を見上げれば、女は恥ずかしそうに目を伏せながら己の頬に触れる。

「私が気付かなかったの、この部屋について初めて痛いなぁって……」

 ふぅん、と詰まらなさそうな声がノートンの口から漏れ出た。ちょっとごめんねと一言言ってから膝を着き、左足を両手で丁寧に持ってやる。恥ずかしいよと花嫁が言う。引かれそうになったが、力で固定してやる。やがて諦めたのか大人しくなる。何も塗られていない足の爪の先は、乾いた血が付着している。ノートンは視線を爪先からゆっくり上へとやった。膝から上は布でよく見えない。向こう脛に青痣ができている。いつかのゲームのときに怪我でもしたのだろう。ノートンは手袋を脱いで床に落とした。ささくれた指で怪我の周りをなぞる。少女の肌はしっとりとしていた。

「良いね、こういうの」

 どういうの、とこれから起こるだろうことに気付かない花嫁にノートンは笑いかける。花嫁はつられてにこりと笑い返す。
 馬鹿だな、と言葉がストンと落ちた。ノートンは前触れもなく、花嫁の足を上へと引っ張った。花嫁の身体がずれ落ち、椅子の座面に仰向けになる。ノートンはごく当たり前のように花嫁に覆いかぶさる。花嫁は驚きの余り目を見開き、薄く口が開いていた。

「びっくりした?」

 そう問えば花嫁はぎこちなく頷く。ノートンは掌で少女の頬を撫でる。びくびくと怖がっている事を掌で感じ、可笑しくて吹き出してしまいそうだ。 
 もしも、このままごめんねと口先でも謝って離れればきっと何事も無く終わるだろう。だが、ノートンはやめるつもりはこれっぽっちもなかった。ただ、跡形もなく踏み躙ってやりたいのだ。二人にとって最高の幸福な思い出になるはずの今日と言う日を、荘園に来てからずっと気に掛けてくれた親友の気持ちを、細やかなことがきっかけで恋をしてしまった少女を。

「ねぇ、」

 静かな声で名前を囁く。少女は不安そうな顔をしているもののノートンをじっと見守っているだけだ。ノートンは、恋人たちがするように顔を寄せさせた。少女はぎくり震え、ノートンと自身の顔の間に手を滑り込ませた。ノートンの唇が少女の掌に触れる。苛立ちを含ませた目で見てやれば少女が後退ろうとした。だが、背後は椅子の背もたれがあるために何処にもいけない。

「何を、するの……?」

 恐る恐ると少女が尋ねる。ノートンが答える前に、何をするつもりなの、と矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。その目には疑心があった。

「何って……性行為?」

 そう言って、ノートンは首を傾げさせる。もっと良い言葉がある筈だ。ノートンの視界には顔を引きつらせている少女が映っている。それを見て何処か馬鹿にしたい気持ちになる。にたり、と下卑た笑顔を浮かべさせた。逃げようとする細い腰を捉える。過剰な布が邪魔だ。

「セックス。子作り。交尾。愛の営み……うーん、子作り、が良いかな」

 ノートンはこれからする行為が愛の営みと称したいとは思わなかった。ただの欲望を一方的にぶちまけているだけだと理解し、弁えている。確かに少女からの愛は欲しいと言えばかなり欲しいものだ。だがそれを得られるとは思っていない。だから、奪う事にした。蹂躙する事にした。台無しにすることにした。人生で一番幸福な筈の日に、愛した男以外の男の精液を腹に溜め込んでしまえ。うっかり間違えて子供が出来てしまえば良い。もしかしたら自分が吐き出した精子だけで出来た子かもしれない。少女が愛する男は、確か思ったよりも熱心に神を信仰している。従って生を受けた子を殺しはしないだろう。情念で出来た、余所の男の種から出来た子を、望まれない子を、我が子の顔をして育てるのだろうか。そう思えば少し愉快だ。これは復讐だ。ウィリアムに対する、少女に対する、世界に対する復讐だ。
 少女が小さな掌で何度もノートンの肩を押し退けようとする。無駄なことだ。やめて、さわらないで、と拒絶の詞が飛んで来る。心地良い音だ。支配欲が擽られる。少女のウエディングドレスの構造が良く解らないので裾に手を入れて滑らかな足を撫でてやる。布が邪魔だ。脚をばたつかせるが力で安易に抑え込むことが出来る。足の付け根を押さえてやればぐきりと関節が鳴った。少女の目からはらはらと零れた涙は色付いた肌を濡らしていく。舌先で拭ってやれば塩っぱい味がした。やめて、助けてと響く言葉が可愛くて、つい笑みを深くしてしまう。

「――ウィリアム、」

 一番聞きたくなかった単語を、拾ってしまった。ノートンはほとんど無意識に少女の頬を片手で挟む。真っ直ぐと睨みつけてやれば、少女の目は恐怖と驚愕で彩られていることに気が付く。
 だからどうした、俺はそんなものよりも程度も期間も大きかった。
 頬から手を放してやればひぐ、と細い喉が鳴る。虐められた子供のような顔なんかして、とノートンは少女に対して吐き捨てたい衝動に駆られる。
 ノートンは乱暴な手付きで少女の下着を引っ張って脱がせる。レースで出来たそれからいくつかの糸が千切れる音がした。足から抜かせた下着を丸め、少女の口の中に突っ込んでやる。くぐもった声が愉快だ。逆立った神経がすっと落ち着いていく。可哀想に、と舌の上で思ってもない言葉を転がす。

「ウィルとはもうセックスした?」

 言葉を投げると少女は目を見開く。したの、と再度尋ねればふいと顔を逸らされる。薄い胸が呼吸する度上下する。何かのおもちゃのように見えた。穢れの知らない新雪のような胸元を、指の腹でさらりと撫でる。怖がるようにびくりと震える事も愉快だ。

「……未だなんだ」

 ふぅん、とノートンは呟く。都合の良い解釈をして、口許ににんまりと弧を描かせる。意外だね、とあまりにも身勝手に言葉を落とす。鼻歌を歌いながら滑らかな手触りのする脚を撫で上げる。すっかり縮こまった身体は大した抵抗もできない。はは、と乾いた笑い声が落ちた。
 指先で何度か溝をなぞったが余り濡れていない。そうだろうなと思いながら乾いた指先を自身の口に含ませ、唾液を満遍なくまぶせる。乾いたそこに指を突き立てれば苦しそうにくぐもった声がする。身体を固くさせて、ぶるぶると大袈裟に震わせている。いかにも可哀想な生き物に見えた。異物を追い出そうとする肉襞を無視をして指をずぽずぽと抜き差しを繰り返す。やがて強張った肉襞は柔らかなものとなる。親指で自己主張をし始めた肉芽を弾いてやれば悦い色の声を出す。きゅうっと物欲しげに締め付けられ、狭いそこに早く捻じ込んでやりたい衝動になる。陰核を押しつぶしたり弾いたりを繰り返せば少女は何度も首を横に振る。逃げるように引いた腰を掴んで執拗に指の腹を押し付けてやる。抽挿を繰り返す指の動きは滑らかなものになっていく。ぐちゅぐちゅと水音が跳ねる音が部屋で反響する。

「ぐッ、ん! ん、ん゛、」
「いいよ、イっても」

 爪を立ててやれば肉襞がきつく指を締め付け弛緩する。ノートンは直ぐにもう一本指を捻じ込ませた。非難するかのように声を上げられたが知らない振りだ。陰核を軽く推してやれば絶頂に追いやられた身体は軽い絶頂を何度も繰り返しているらしい。涙やら鼻水、唾液やらで顔はいつの間にかぐちゃぐちゃになっていた。とても可愛い生き物に見えた。嗜虐心が楽しそうに産声を上げる。嘘だ、それは元から存在しているものだ。

「ヴっ、む゛ッ! ん゛ぅ、」

 指を動かすたびに少女は喉を仰け反らせ、がくがくと震える。皮膚が薄いのか胸元までうっすらピンク色に染まっている。ノートンは重点的に臍側の部分を突いてやりながら親指で陰核を弾いてやる。苦しそうな声が酷く心地良い音に聞こえた。

「〰〰っ♡ ッぶ、んぐ、ゥ、ふ、ン゛んッ♡」
「声、聞かせて」

 捩じ込んだ下着を口から取ってやる。唾液をたっぷりと吸い込んで少し重量感がある。そのまま余所へ放ってやった。瞬間にいや、と少女の口からはっきりとした拒絶の言葉が飛び出る。
 何が嫌なもんか。さっきまで気持ち良さそうに悦がっていたくせに。
 憎たらしさを覚えながら腫れ上がった陰核の根本をきつく抓ってやる。

「っあ゛、ァ、〰〰ッ!♡♡ ――も、ぉ゛っ♡ やだっ、」

 細い手を捉えて張り詰めた陰茎を握り込ませる。息を呑んだ少女の手を一層自分の陰茎に押し付けさせた。怯えた顔をする少女にノートンは悪意を持って笑いかける。脳味噌はどこか、良く眠れた日のようにすっきりとしていた。肥大し過ぎた欲と感情だ。やめて、と震えた声が縋るように言う。馬鹿だなとノートンは目を細めさせた。緩やかに手を上下させる。先走りで濡れたそこから水音がする。

「俺はずっと、ずっと前からこういうことをしたかったよ」

 恐らく、少女にとっての死刑宣告だったろう。悲しそうな目と合った。本当にそうであれば良い。俺はもっと前から心臓を貫かれていた。被害者振った顔が出る。
 手を離させて溝に亀頭を擦り付けてやればぬるぬると良く滑る。指で陰唇を割開けばひくひくと期待で震える膣口が見えた。

「ひッ、や、やだ! ゃ、んン゛っ♡」

 雁で陰核を引っ掛けてやれば甘えたような声で啼く。誰にでもそうしたのだろうか、よく他の男たちはこの子を手放したものだなと思う。柔くなった膣口に亀頭を押し付ける。キスでもしてるみたいだとふざけた言葉が落ちる。ノートンはにたりと笑った。同時に泣きたいような感情を覚えた。

「種付け、してあげる。嬉しいよね、子供、すきだよね」
「うれひくなっ、ぁあっ!や゛、〰〰ッ♡ ぃや! やだ、やめて、よぉ!」

 腰を推し進めればゆっくりとしかし確実に陰茎を呑み込んでいく。ノートンは衝動のままに腰を前後に動かす。自分が気持ちよくなる為の動きだ。少女のことなんてこれっぽっちも考えていない。当たり前だ、加害者のことなんて考えてやる必要はない。
 やめてと泣き叫ぶ少女を力で押さえつけるのは酷く興奮した。やめるもんか。やめてやるもんか。嬉しくなかろうが望んでなかろうがそんなものは関係ない。出来てしまえば良い。いや、孕ませる。大っぴらに言えない子供を孕ませてやる。そうすれば、ずっと二人の人生に嫌な影を落とすことが出来る。子供を見てない間でも自分のことを否が応でも思い出すようになる。二人の人生に、濃い闇が落ちてしまえば良い。そんな生半可なもので済ませてやるもんか。二人の人生が地獄になれば良い。生きながら『どうして』を付き纏わせてしまえば良い。死ぬ直前まで『どうして』を抱えていれば良い。
 中に一度精液を吐き出してやる。それでも興奮は冷めやらない。死んでしまえば良い。死んでしまおう。手放したくない。手放すくらいなら皆死んでしまえば良い。そんな感情がはっきりと輪郭を持つ。この瞬間のみは自分だけのものだという独占欲が満たされる反面、これが終わらなければ良いのにと黒く滲んだ子供じみた感情が呟く。
 纏わりつく布が鬱陶しい。刃物でもあれば少しは短く出来ただろうか、いや切ったとしても多分何処かで飽きてしまうだろう。張りのある布を掻き分け細い腰を引っ掴み、柔らかい肉筒を乱暴に擦りあげる。肉袋が迫り上がり、射精が近いことを知る。

「ぉ゛っ♡ 〰〰ォ゛ひっ、ぎッ♡ ィ゛あっ、ァ゛、」
「――はっ、孕めよ、孕んでしま、ァあ゛ッ……♡」

 ノートンの口の端からだらりと唾液が落ちる。尿道に残る精液を一滴残らず出そうと、膣壁に精液を馴染ませるようにと、イヌみたいにへこへこと腰を前後に揺する。肉襞の一つひとつが萎びた陰茎に吸い付き、甘やかす。落ち着きかけた筈なのにまた鎌首を擡げようとする。白い胸元に顔を寄せた。汗の匂いに混じって甘い匂いがする。香水か、彼女の体臭にかは分からない。柔らかな肌に唇を押し付け、跡を残す。綺麗に纏められた藁の山を、踏んで蹴って散らかした気持ちになる。もう一つ、と後を残す。強く吸いすぎたせいで痛々しい痕だ。
 だから何だ、俺はもっと痛かった。
 指の腹で痕跡をなぞりながら脳味噌の内側で叫ぶ。
 愛の言葉の代わりに、大丈夫かと囁いた。少女は肩で何度も呼吸を繰り返す。乱れた髪を指で漉いてやる。恋人みたいな気持ちになる。だが、顔に唇を寄せさせるとふいと反らされた。細い二本の手は抵抗することを思い出す。ノートンは細い顎を掴み、口紅が取れた唇を貪る。呼吸の為か否定の言葉を紡ぐ為に開いた口に舌を捩じ込み、蹂躙した。歯列をなぞり、奥で縮こまる舌に絡ませる。厚みの薄い舌はあっさりと捕らえられる。水音と、唇を離す合間に呼吸音が響く。やだ、と自分以外の男の名が絶え絶えに聞こえる。腹立ち紛れに意識的に子宮口に目掛けて突き上げてやれば敏感になった肉襞がびくびくと震えて弛緩する。また絶頂に達したのだろう。どぷりと重たい愛液が奥から溢れて肌を濡らす。嘲りながらゆるゆると腰を揺らして刺激する。あ、あ、と馬鹿みたいにただ声を零す。馬鹿みたいだと、ノートンは嗤った。少女も、自身も、この空間も、何も知らない人たちさえも。
 不意に、ノック音が響いた。ノートンは動きを止める。唇を離し、顔を上げて振り返る。二人が性行為をしていることを証明する証人が来たのだ。口角が自然と上がる。

「なぁ、大丈夫か?」

 ウィリアムの声だ。いつまで経っても来ない花嫁に心配して来たのだろう。少女が解りやすく強張る。興奮を落ち着かせようと吐き出した息は、酷く湿っていて熱かった。

「見せつけてやろうか」

 潜めた声で囁くときゅうっ、と膣がよく締まる。ノートンは呻いて、くつくつと喉を震わせた。やめて、と言うように少女は首を横に振る。両目からはらはらと新しい涙が零れ落ちる。被害者振りやがってと酷い言葉が顔を出す。そもそも二人が結婚しなければ、恋人にならなければ、友達にならなければ、出会わなければ、産まれなければ、自分だってこんなことしなかった。

「……たすけて、」

 集中していなければ拾い損ねるほどに小さな声だった。それは誰に乞うたのか。眼前にいる純潔を食い散らかした男なのか、扉の外にいる一生添い遂げると誓ったばかりの男なのか、はたまた何処にもおらず何もしてくれない神なのか。
 扉が勢いよく開かれた。本当に、こういうときの勘は鋭いらしい。いや、でも手遅れだ。唯一の出入り口には、白い燕尾服に身を包ませたもう一人の主役が愕然とした表情で立っている。ジャケットは脱いでおり、同じ良い生地で仕立てられたベストが似合っている。ノートンの歪な孤を描かせた口から、早いね、と言葉が落ちる。
 ウィリアムの顔がみるみるうちに赤く、険しいものになっていく。いつか見たことのある顔だ。それは仲間(自身)に対してではなく、卑劣なハンターに向けられたものだったが。それはそうだろう、愛して止まない女が自身の下で余所の男の手によって泣かされ犯されあられもない姿となっているのだから。
 ウィリアムが地面を蹴った。右手はきつく拳を握っている。
 ノートンは来るであろう衝撃を予測した。腰をひくと、ぬぼ、と間抜けな音がする。泥濘から抜けたのに、まだ背筋はぞくぞくと震えている。そして、ただ笑った。ウィリアムを真っ直ぐと見て、自然と笑った。

2023/07/30
『幸福 の 最果て にて』2020/06/21発行close

 式が終わり、全員は一度教会を後にした。花嫁と花婿は途中で道を外れて控室へと引っ込んでいく。うっすらとした靄に掻き消され二人の姿は見えなくなる。荘園の主が宴会の食事を準備してくれているらしいと誰かが話しているのを聞いた。ノートンは参列者が形成する列から静かに離れた。誰も気が付かない。そのまま一人である場所へと行く。
 暫く歩いていると控室として使っている小屋に着いた。あまり人の気配はない。誰かが花嫁や花婿の世話をしている訳でもないらしい。不用心だな。そう思いながら何処か好都合だと笑う。頭上で鳥が鳴いた。扉の一つをノックする。どうぞ、と言われて入ると、花嫁は古いが高価そうなイスに座っていた。ハンターでも少し大きいかと思わせるほどの大きな布張りの椅子に花嫁はすっぽりと収まっている。未だ純白のドレスを着た儘だ。足が痛いのか白いハイヒールを脱いでいる。興奮のせいか化粧のせいかかなり血色が良い。何となく、寂れたこの部屋の中で輝いているように見えた。少し眩しくてノートンは目を細める。

「あれ、ノートンさん、どうしたの?」

 白い世界の中でいつもの飾り気のない声がする。ちょっとね、とノートンは曖昧に答えてみせた。扉に鍵は付いていない。まあ良いかと扉を静かに閉じる。ヘルメットを外し、近くのテーブルに置いた。広くない部屋にはノートン(奪うもの)花嫁(奪われるもの)の二人だけだ。

「綺麗だね」

 過剰に掛けられたであろう言葉を言うと花嫁ははにかむ。ありがとうと恐らく言い慣れた音を紡ぐ。ノートンはゆっくりと花嫁に近寄った。歩く度に古い床がみしりと音を立てる。
 花嫁をの隣に立つと、花嫁はちょっと疲れちゃったの子供っぽく笑う。ノートンは何の気なしにウェディングドレスの裾を手に取ってみる。あまり布の価値は解らないが、滑らかな手触りや光沢より高価なものだろうとは解った。裾を持ちあげられたことで花嫁の華奢な素足が見える。ストッキングなどを履いていないのか、と少し驚く。殴ったら折れてしまいそうな白い足先が赤くなっている。じっと見ていれば、歩きなれない靴だからと恥ずかしそうに指先を丸めさせた。顔を近付けさせる。なるほど爪が割れてほんの少し出血している。

「ウィルは気付かなかったの?」

 この世界から取り除いてしまいたい(親友)の名を紡ぐ。この世界から連れ去りたい女を見上げれば、女は恥ずかしそうに目を伏せながら己の頬に触れる。

「私が気付かなかったの、この部屋について初めて痛いなぁって……」

 ふぅん、と詰まらなさそうな声がノートンの口から漏れ出た。ちょっとごめんねと一言言ってから膝を着き、左足を両手で丁寧に持ってやる。恥ずかしいよと花嫁が言う。引かれそうになったが、力で固定してやる。やがて諦めたのか大人しくなる。何も塗られていない足の爪の先は、乾いた血が付着している。ノートンは視線を爪先からゆっくり上へとやった。膝から上は布でよく見えない。向こう脛に青痣ができている。いつかのゲームのときに怪我でもしたのだろう。ノートンは手袋を脱いで床に落とした。ささくれた指で怪我の周りをなぞる。少女の肌はしっとりとしていた。

「良いね、こういうの」

 どういうの、とこれから起こるだろうことに気付かない花嫁にノートンは笑いかける。花嫁はつられてにこりと笑い返す。
 馬鹿だな、と言葉がストンと落ちた。ノートンは前触れもなく、花嫁の足を上へと引っ張った。花嫁の身体がずれ落ち、椅子の座面に仰向けになる。ノートンはごく当たり前のように花嫁に覆いかぶさる。花嫁は驚きの余り目を見開き、薄く口が開いていた。

「びっくりした?」

 そう問えば花嫁はぎこちなく頷く。ノートンは掌で少女の頬を撫でる。びくびくと怖がっている事を掌で感じ、可笑しくて吹き出してしまいそうだ。 
 もしも、このままごめんねと口先でも謝って離れればきっと何事も無く終わるだろう。だが、ノートンはやめるつもりはこれっぽっちもなかった。ただ、跡形もなく踏み躙ってやりたいのだ。二人にとって最高の幸福な思い出になるはずの今日と言う日を、荘園に来てからずっと気に掛けてくれた親友の気持ちを、細やかなことがきっかけで恋をしてしまった少女を。

「ねぇ、」

 静かな声で名前を囁く。少女は不安そうな顔をしているもののノートンをじっと見守っているだけだ。ノートンは、恋人たちがするように顔を寄せさせた。少女はぎくり震え、ノートンと自身の顔の間に手を滑り込ませた。ノートンの唇が少女の掌に触れる。苛立ちを含ませた目で見てやれば少女が後退ろうとした。だが、背後は椅子の背もたれがあるために何処にもいけない。

「何を、するの……?」

 恐る恐ると少女が尋ねる。ノートンが答える前に、何をするつもりなの、と矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。その目には疑心があった。

「何って……性行為?」

 そう言って、ノートンは首を傾げさせる。もっと良い言葉がある筈だ。ノートンの視界には顔を引きつらせている少女が映っている。それを見て何処か馬鹿にしたい気持ちになる。にたり、と下卑た笑顔を浮かべさせた。逃げようとする細い腰を捉える。過剰な布が邪魔だ。

「セックス。子作り。交尾。愛の営み……うーん、子作り、が良いかな」

 ノートンはこれからする行為が愛の営みと称したいとは思わなかった。ただの欲望を一方的にぶちまけているだけだと理解し、弁えている。確かに少女からの愛は欲しいと言えばかなり欲しいものだ。だがそれを得られるとは思っていない。だから、奪う事にした。蹂躙する事にした。台無しにすることにした。人生で一番幸福な筈の日に、愛した男以外の男の精液を腹に溜め込んでしまえ。うっかり間違えて子供が出来てしまえば良い。もしかしたら自分が吐き出した精子だけで出来た子かもしれない。少女が愛する男は、確か思ったよりも熱心に神を信仰している。従って生を受けた子を殺しはしないだろう。情念で出来た、余所の男の種から出来た子を、望まれない子を、我が子の顔をして育てるのだろうか。そう思えば少し愉快だ。これは復讐だ。ウィリアムに対する、少女に対する、世界に対する復讐だ。
 少女が小さな掌で何度もノートンの肩を押し退けようとする。無駄なことだ。やめて、さわらないで、と拒絶の詞が飛んで来る。心地良い音だ。支配欲が擽られる。少女のウエディングドレスの構造が良く解らないので裾に手を入れて滑らかな足を撫でてやる。布が邪魔だ。脚をばたつかせるが力で安易に抑え込むことが出来る。足の付け根を押さえてやればぐきりと関節が鳴った。少女の目からはらはらと零れた涙は色付いた肌を濡らしていく。舌先で拭ってやれば塩っぱい味がした。やめて、助けてと響く言葉が可愛くて、つい笑みを深くしてしまう。

「――ウィリアム、」

 一番聞きたくなかった単語を、拾ってしまった。ノートンはほとんど無意識に少女の頬を片手で挟む。真っ直ぐと睨みつけてやれば、少女の目は恐怖と驚愕で彩られていることに気が付く。
 だからどうした、俺はそんなものよりも程度も期間も大きかった。
 頬から手を放してやればひぐ、と細い喉が鳴る。虐められた子供のような顔なんかして、とノートンは少女に対して吐き捨てたい衝動に駆られる。
 ノートンは乱暴な手付きで少女の下着を引っ張って脱がせる。レースで出来たそれからいくつかの糸が千切れる音がした。足から抜かせた下着を丸め、少女の口の中に突っ込んでやる。くぐもった声が愉快だ。逆立った神経がすっと落ち着いていく。可哀想に、と舌の上で思ってもない言葉を転がす。

「ウィルとはもうセックスした?」

 言葉を投げると少女は目を見開く。したの、と再度尋ねればふいと顔を逸らされる。薄い胸が呼吸する度上下する。何かのおもちゃのように見えた。穢れの知らない新雪のような胸元を、指の腹でさらりと撫でる。怖がるようにびくりと震える事も愉快だ。

「……未だなんだ」

 ふぅん、とノートンは呟く。都合の良い解釈をして、口許ににんまりと弧を描かせる。意外だね、とあまりにも身勝手に言葉を落とす。鼻歌を歌いながら滑らかな手触りのする脚を撫で上げる。すっかり縮こまった身体は大した抵抗もできない。はは、と乾いた笑い声が落ちた。
 指先で何度か溝をなぞったが余り濡れていない。そうだろうなと思いながら乾いた指先を自身の口に含ませ、唾液を満遍なくまぶせる。乾いたそこに指を突き立てれば苦しそうにくぐもった声がする。身体を固くさせて、ぶるぶると大袈裟に震わせている。いかにも可哀想な生き物に見えた。異物を追い出そうとする肉襞を無視をして指をずぽずぽと抜き差しを繰り返す。やがて強張った肉襞は柔らかなものとなる。親指で自己主張をし始めた肉芽を弾いてやれば悦い色の声を出す。きゅうっと物欲しげに締め付けられ、狭いそこに早く捻じ込んでやりたい衝動になる。陰核を押しつぶしたり弾いたりを繰り返せば少女は何度も首を横に振る。逃げるように引いた腰を掴んで執拗に指の腹を押し付けてやる。抽挿を繰り返す指の動きは滑らかなものになっていく。ぐちゅぐちゅと水音が跳ねる音が部屋で反響する。

「ぐッ、ん! ん、ん゛、」
「いいよ、イっても」

 爪を立ててやれば肉襞がきつく指を締め付け弛緩する。ノートンは直ぐにもう一本指を捻じ込ませた。非難するかのように声を上げられたが知らない振りだ。陰核を軽く推してやれば絶頂に追いやられた身体は軽い絶頂を何度も繰り返しているらしい。涙やら鼻水、唾液やらで顔はいつの間にかぐちゃぐちゃになっていた。とても可愛い生き物に見えた。嗜虐心が楽しそうに産声を上げる。嘘だ、それは元から存在しているものだ。

「ヴっ、む゛ッ! ん゛ぅ、」

 指を動かすたびに少女は喉を仰け反らせ、がくがくと震える。皮膚が薄いのか胸元までうっすらピンク色に染まっている。ノートンは重点的に臍側の部分を突いてやりながら親指で陰核を弾いてやる。苦しそうな声が酷く心地良い音に聞こえた。

「〰〰っ♡ ッぶ、んぐ、ゥ、ふ、ン゛んッ♡」
「声、聞かせて」

 捩じ込んだ下着を口から取ってやる。唾液をたっぷりと吸い込んで少し重量感がある。そのまま余所へ放ってやった。瞬間にいや、と少女の口からはっきりとした拒絶の言葉が飛び出る。
 何が嫌なもんか。さっきまで気持ち良さそうに悦がっていたくせに。
 憎たらしさを覚えながら腫れ上がった陰核の根本をきつく抓ってやる。

「っあ゛、ァ、〰〰ッ!♡♡ ――も、ぉ゛っ♡ やだっ、」

 細い手を捉えて張り詰めた陰茎を握り込ませる。息を呑んだ少女の手を一層自分の陰茎に押し付けさせた。怯えた顔をする少女にノートンは悪意を持って笑いかける。脳味噌はどこか、良く眠れた日のようにすっきりとしていた。肥大し過ぎた欲と感情だ。やめて、と震えた声が縋るように言う。馬鹿だなとノートンは目を細めさせた。緩やかに手を上下させる。先走りで濡れたそこから水音がする。

「俺はずっと、ずっと前からこういうことをしたかったよ」

 恐らく、少女にとっての死刑宣告だったろう。悲しそうな目と合った。本当にそうであれば良い。俺はもっと前から心臓を貫かれていた。被害者振った顔が出る。
 手を離させて溝に亀頭を擦り付けてやればぬるぬると良く滑る。指で陰唇を割開けばひくひくと期待で震える膣口が見えた。

「ひッ、や、やだ! ゃ、んン゛っ♡」

 雁で陰核を引っ掛けてやれば甘えたような声で啼く。誰にでもそうしたのだろうか、よく他の男たちはこの子を手放したものだなと思う。柔くなった膣口に亀頭を押し付ける。キスでもしてるみたいだとふざけた言葉が落ちる。ノートンはにたりと笑った。同時に泣きたいような感情を覚えた。

「種付け、してあげる。嬉しいよね、子供、すきだよね」
「うれひくなっ、ぁあっ!や゛、〰〰ッ♡ ぃや! やだ、やめて、よぉ!」

 腰を推し進めればゆっくりとしかし確実に陰茎を呑み込んでいく。ノートンは衝動のままに腰を前後に動かす。自分が気持ちよくなる為の動きだ。少女のことなんてこれっぽっちも考えていない。当たり前だ、加害者のことなんて考えてやる必要はない。
 やめてと泣き叫ぶ少女を力で押さえつけるのは酷く興奮した。やめるもんか。やめてやるもんか。嬉しくなかろうが望んでなかろうがそんなものは関係ない。出来てしまえば良い。いや、孕ませる。大っぴらに言えない子供を孕ませてやる。そうすれば、ずっと二人の人生に嫌な影を落とすことが出来る。子供を見てない間でも自分のことを否が応でも思い出すようになる。二人の人生に、濃い闇が落ちてしまえば良い。そんな生半可なもので済ませてやるもんか。二人の人生が地獄になれば良い。生きながら『どうして』を付き纏わせてしまえば良い。死ぬ直前まで『どうして』を抱えていれば良い。
 中に一度精液を吐き出してやる。それでも興奮は冷めやらない。死んでしまえば良い。死んでしまおう。手放したくない。手放すくらいなら皆死んでしまえば良い。そんな感情がはっきりと輪郭を持つ。この瞬間のみは自分だけのものだという独占欲が満たされる反面、これが終わらなければ良いのにと黒く滲んだ子供じみた感情が呟く。
 纏わりつく布が鬱陶しい。刃物でもあれば少しは短く出来ただろうか、いや切ったとしても多分何処かで飽きてしまうだろう。張りのある布を掻き分け細い腰を引っ掴み、柔らかい肉筒を乱暴に擦りあげる。肉袋が迫り上がり、射精が近いことを知る。

「ぉ゛っ♡ 〰〰ォ゛ひっ、ぎッ♡ ィ゛あっ、ァ゛、」
「――はっ、孕めよ、孕んでしま、ァあ゛ッ……♡」

 ノートンの口の端からだらりと唾液が落ちる。尿道に残る精液を一滴残らず出そうと、膣壁に精液を馴染ませるようにと、イヌみたいにへこへこと腰を前後に揺する。肉襞の一つひとつが萎びた陰茎に吸い付き、甘やかす。落ち着きかけた筈なのにまた鎌首を擡げようとする。白い胸元に顔を寄せた。汗の匂いに混じって甘い匂いがする。香水か、彼女の体臭にかは分からない。柔らかな肌に唇を押し付け、跡を残す。綺麗に纏められた藁の山を、踏んで蹴って散らかした気持ちになる。もう一つ、と後を残す。強く吸いすぎたせいで痛々しい痕だ。
 だから何だ、俺はもっと痛かった。
 指の腹で痕跡をなぞりながら脳味噌の内側で叫ぶ。
 愛の言葉の代わりに、大丈夫かと囁いた。少女は肩で何度も呼吸を繰り返す。乱れた髪を指で漉いてやる。恋人みたいな気持ちになる。だが、顔に唇を寄せさせるとふいと反らされた。細い二本の手は抵抗することを思い出す。ノートンは細い顎を掴み、口紅が取れた唇を貪る。呼吸の為か否定の言葉を紡ぐ為に開いた口に舌を捩じ込み、蹂躙した。歯列をなぞり、奥で縮こまる舌に絡ませる。厚みの薄い舌はあっさりと捕らえられる。水音と、唇を離す合間に呼吸音が響く。やだ、と自分以外の男の名が絶え絶えに聞こえる。腹立ち紛れに意識的に子宮口に目掛けて突き上げてやれば敏感になった肉襞がびくびくと震えて弛緩する。また絶頂に達したのだろう。どぷりと重たい愛液が奥から溢れて肌を濡らす。嘲りながらゆるゆると腰を揺らして刺激する。あ、あ、と馬鹿みたいにただ声を零す。馬鹿みたいだと、ノートンは嗤った。少女も、自身も、この空間も、何も知らない人たちさえも。
 不意に、ノック音が響いた。ノートンは動きを止める。唇を離し、顔を上げて振り返る。二人が性行為をしていることを証明する証人が来たのだ。口角が自然と上がる。

「なぁ、大丈夫か?」

 ウィリアムの声だ。いつまで経っても来ない花嫁に心配して来たのだろう。少女が解りやすく強張る。興奮を落ち着かせようと吐き出した息は、酷く湿っていて熱かった。

「見せつけてやろうか」

 潜めた声で囁くときゅうっ、と膣がよく締まる。ノートンは呻いて、くつくつと喉を震わせた。やめて、と言うように少女は首を横に振る。両目からはらはらと新しい涙が零れ落ちる。被害者振りやがってと酷い言葉が顔を出す。そもそも二人が結婚しなければ、恋人にならなければ、友達にならなければ、出会わなければ、産まれなければ、自分だってこんなことしなかった。

「……たすけて、」

 集中していなければ拾い損ねるほどに小さな声だった。それは誰に乞うたのか。眼前にいる純潔を食い散らかした男なのか、扉の外にいる一生添い遂げると誓ったばかりの男なのか、はたまた何処にもおらず何もしてくれない神なのか。
 扉が勢いよく開かれた。本当に、こういうときの勘は鋭いらしい。いや、でも手遅れだ。唯一の出入り口には、白い燕尾服に身を包ませたもう一人の主役が愕然とした表情で立っている。ジャケットは脱いでおり、同じ良い生地で仕立てられたベストが似合っている。ノートンの歪な孤を描かせた口から、早いね、と言葉が落ちる。
 ウィリアムの顔がみるみるうちに赤く、険しいものになっていく。いつか見たことのある顔だ。それは仲間(自身)に対してではなく、卑劣なハンターに向けられたものだったが。それはそうだろう、愛して止まない女が自身の下で余所の男の手によって泣かされ犯されあられもない姿となっているのだから。
 ウィリアムが地面を蹴った。右手はきつく拳を握っている。
 ノートンは来るであろう衝撃を予測した。腰をひくと、ぬぼ、と間抜けな音がする。泥濘から抜けたのに、まだ背筋はぞくぞくと震えている。そして、ただ笑った。ウィリアムを真っ直ぐと見て、自然と笑った。

2023/07/30
『幸福 の 最果て にて』2020/06/21発行close

所詮エキストラ・通行人B

探鉱者
 天気の良い朝、ウィラは姿見の前に立った。黒い服を着た、どこか不満そうな顔をした女が映る。あの子が可愛くて好きだと言った衣装だ。ウィラは赤い口紅を手に取り、自身の唇に色を乗せていく。物憂げな顔をした女の唇にも鮮やかな色が乗っていく。ウィラは鏡を見ながら笑みを作ってみせる。鏡の中の女が唇を歪ませた。
 赤い教会はいつものように薄暗い雲を背負っている。いつもと違う個所と言えば、サバイバーたちが出来る限りを尽くした装飾があるということだろう。今日は、結婚式だ。誰しもが望んだ見世物だ。二人が心待ちにしていた晴れの舞台だ。恋人たちが家族になるための儀式だ。
 よく荘園の主が許可を出したものだと誰かが言っていたのを思い出す。きっと荘園の主も見たいのよと誰かが暢気に返していた、ような気がする。ウィラは教会の中にあるいつもより綺麗にされた長椅子に座る。普段地下室へと通ずる階段は蓋をされ、色とりどりの花が置かれている。普段の陰鬱さは何処かへ潜み、ただ嬉し気に花が揺れている。

「隣に座っても?」

 顔を上げるとノートンがウィラを見下ろしていた。土埃の匂いにウィラは露骨に顔をしかめさせる。ノートンは気にせずウィラの隣に座る。ウィラはノートンからほんの少し距離を取るように移動する。

「てっきりモグラでも着るのかと思っていたわ」
「あれは視界がずっと悪くなるから。それにウィルも普段着で良いって言ってたから、それに甘えて」

 ノートンの言う通り、普段着でいる者もいる。けれどそれはフレディやセルヴェなど比較的フォーマルな格好をした者だ。ウィラは溜息を吐く。今日はめでたい席だから、馬鹿じゃないの、という言葉は飲み込んだ。

「まるで葬式にでも臨むみたいだね」

 ふ、とノートンが口許を皮肉で歪ませた。ウィラは衝動的に掴みかかりたくなった。胸倉を掴んで声を荒げたくなった。それを抑え込んで、眉尻を下げさせ、赤い唇を挑発的に歪ませる。

「葬式? 貴方も私と同じじゃない」

 吐いた言葉は微かに震えていた。怒りなのか、悲しみなのか、それ以外の感情なのか。それはウィラ自身にも解らない。だがそれでも解っていることは二つだけだ。隣に座っている男と、自分自身が想っている人は共通だということ。そしてその彼女は他の男と結婚するということだ。
 ノートンは何も言わない。いつものようにうっすらとした笑みを浮かべているだけだ。単に怪我で引き攣れて、そう見えるだけなのかもしれない。

「そう言えば今日、人前式らしいわね」

 じんぜん、とノートンがオウム返しをする。ウィラが、神の前じゃなくて人前で行う式、と補足する。ノートンがへえ、と相槌を打つ。にたり、唇を歪ませる。荘園(此処)らしいね、と確かに楽し気に言った。丼鼠色をした目の色に奇妙な煌めきが過っていった。すぐに生気のない目となる。ウィラはその目が嫌いだった。その目で、可愛い彼女を見ることが許せなかった。でも、それも今日で終わりだ。彼女は他の男を伴侶とするのだから。

「忘れてしまえば楽だろうに、ね」

 ぽつり、とノートンが独り言のように呟く。君の香水みたいに、と付け加える。どうかしら、忘れた方が楽なのかしら。ウィラは脳味噌の内側でそんなことを呟く。頭の中であるはずのないことを想像する。自身の持っている香水で、彼女のことを全て忘れることができたなら――。答えなど解っている。忘れたとしてもきっと何度も人当たりの良い彼女のことを好きになる。全て忘れて、彼女と触れ合ったとしても何度も好きになるだろう。そして、できるだけ柔らかな笑みを浮かべて、彼女の隣に立とうとするのだろう。彼女を幸福にしようとして、でも自分では出来ないことに気が付いて泣くのだろう。鋭利な刃物で身を引き裂かれるような痛みに喘いで夜を明かすのだろう。何度も、何度も。
 きっと忘れられないわ、と一人で呟く。忘れたとしてもきっと好きになるわ、と舌の上で転がす。忘れたくないくせに、と囁いたのは、誰の声か。
 暫くして人が揃ってきた。司会進行役は羊飼いという名の衣装を着たイライだ。緊張しているのかどこかぎこちない。人前式の簡単な説明を手元を見ながら説明をしている。そして二人のことの説明をしていた。流石に過去のことには触れられなかったが、荘園に来てからの各々のことを話している。そこにはウィラの知らない新婦の話もあった。少しして、新郎が入場してきた。いつものドレッドヘアを一つ括りにして、白いタキシードを着ている。緊張しているのが解った。頑張れ、と、恐らくウィリアムと仲の良い誰かが言う。ウィリアムは無言で笑っていた。硬い動きで一歩ずつ、古い赤いカーペットを歩いていく。イライが緊張してるみたいだね、と茶化すような声で言う。仕方ないだろとウィリアムが笑う。ごほんと咳ばらいを一つして、静かに立つ。何処か浮足立っている。
 イライが突然バージンロードの説明をし始める。入り口からウィリアムのいるところまでがこれまでの人生であると話している。扉がゆっくりと開いた。そこには純白のドレスを着た、ウィラが愛してやまない少女がいた。いつもより違った化粧をしている。普段とは違った雰囲気に身体も表情も硬くさせている。不安定に瞳が揺れている。ウィラの方は見やしない。ウィリアムと目が合ったのか、ほんの少し安堵の色が見えた。ベールダウンをしたのはエミリーだ。何か一言二言を言って、エミリーは扉の方へ下がる。新婦はゆっくりと歩いていく。その隣を歩くのは、青いスカートを履いたエマだ。二人はウィリアムの前へ立つ。エマが何かを言って手を挙げて、下がっていった。
 ウィリアムの手がベールへと伸びる。新婦は僅かに膝を折って、レースを上げやすくさせる。精巧なレースで出来たベールを上げられ、新婦――ウィラの友人であり、最愛の女――の顔が露わになる。幸福そうな顔だ。ウィラが彼女をその表情にさせることは一生できないことを知っている。
 新郎の、何度も救助をしたせいでささくれができた無骨な手が新婦の細い左手を掬い取る。新婦の爪は淡い色で染められている。その上にストーンが乗せられている。新婦の爪を彩ったのは、ウィラだ。
 昨夜、彼女の部屋に入って爪を塗らせて貰ったのだ。嬉しそうに笑う友人の顔をウィラはしっかりと覚えている。諦めと哀しさとそれらをぐちゃぐちゃに混ぜて出来た感情を押し込んで、ウィラは笑った。笑うのは苦手ではなかった。彼女の手を取り、丁寧に爪にやすりをかけて色を乗せ、美しいストーンを乗せていった。――左薬指の爪には、結婚すると知った時に荘園の主に頼んで得た本物のダイヤモンドを。
 ウィラは新郎よりも先に新婦の薬指をまんまと攫ったのだ! ざまあ見ろと嗤いたかった。指を挿して手を叩きたかった。腹を抱えてみっともなく声を上げたかった。世界中の誰よりも、新婦の左薬指を誰の目に止まらぬうちに奪ったのだ。
 静寂の中、新郎が新婦の薬指に指輪をはめる。新婦が目を細めさせる。その擽ったそうに笑う新婦の顔が、大好きだ。大切にしたい。ずっとそばで見ていたい。けれどもう、ウィラの腕では届かない。
 イライが誓いの言葉を読み上げる。はい、誓いますという、二人の言葉はウィラの心臓を貫いた。誓いのキスを、とイライが言う。それは死刑宣告だ。もう死んでいるのに、これ以上とどめを刺さなくても良いじゃないかとウィラは誰かに訴えたかった。だが、そんなことをしてもこの式を止めることは出来ない。覚悟していたはずなのに、ウィラの背筋に冷たい汗が伝う。
 二人の顔が近寄る。
 誰かが持ち込んでいたクラッカーが響いた。誰かが拍手をしたせいで誰かがつられさざ波のような音から洪水のような音となる。おめでとうと誰かが口々に叫んでいる。新郎と新婦が驚いたような顔をしつつも笑っている。新郎と新婦の視線がぶつかり合う。幸せそうに笑んだのを最後にウィラの視界がぼやけた。もう、見たくなかった。叫んで逃げて何処かに消えてしまいたかった。
 ウィラは顔を掌で覆ってしゃくりあげる。声を上げて、子供のように泣いて叫びたかった。
 天気の良い朝、ウィラは姿見の前に立った。黒い服を着た、どこか不満そうな顔をした女が映る。あの子が可愛くて好きだと言った衣装だ。ウィラは赤い口紅を手に取り、自身の唇に色を乗せていく。物憂げな顔をした女の唇にも鮮やかな色が乗っていく。ウィラは鏡を見ながら笑みを作ってみせる。鏡の中の女が唇を歪ませた。
 赤い教会はいつものように薄暗い雲を背負っている。いつもと違う個所と言えば、サバイバーたちが出来る限りを尽くした装飾があるということだろう。今日は、結婚式だ。誰しもが望んだ見世物だ。二人が心待ちにしていた晴れの舞台だ。恋人たちが家族になるための儀式だ。
 よく荘園の主が許可を出したものだと誰かが言っていたのを思い出す。きっと荘園の主も見たいのよと誰かが暢気に返していた、ような気がする。ウィラは教会の中にあるいつもより綺麗にされた長椅子に座る。普段地下室へと通ずる階段は蓋をされ、色とりどりの花が置かれている。普段の陰鬱さは何処かへ潜み、ただ嬉し気に花が揺れている。

「隣に座っても?」

 顔を上げるとノートンがウィラを見下ろしていた。土埃の匂いにウィラは露骨に顔をしかめさせる。ノートンは気にせずウィラの隣に座る。ウィラはノートンからほんの少し距離を取るように移動する。

「てっきりモグラでも着るのかと思っていたわ」
「あれは視界がずっと悪くなるから。それにウィルも普段着で良いって言ってたから、それに甘えて」

 ノートンの言う通り、普段着でいる者もいる。けれどそれはフレディやセルヴェなど比較的フォーマルな格好をした者だ。ウィラは溜息を吐く。今日はめでたい席だから、馬鹿じゃないの、という言葉は飲み込んだ。

「まるで葬式にでも臨むみたいだね」

 ふ、とノートンが口許を皮肉で歪ませた。ウィラは衝動的に掴みかかりたくなった。胸倉を掴んで声を荒げたくなった。それを抑え込んで、眉尻を下げさせ、赤い唇を挑発的に歪ませる。

「葬式? 貴方も私と同じじゃない」

 吐いた言葉は微かに震えていた。怒りなのか、悲しみなのか、それ以外の感情なのか。それはウィラ自身にも解らない。だがそれでも解っていることは二つだけだ。隣に座っている男と、自分自身が想っている人は共通だということ。そしてその彼女は他の男と結婚するということだ。
 ノートンは何も言わない。いつものようにうっすらとした笑みを浮かべているだけだ。単に怪我で引き攣れて、そう見えるだけなのかもしれない。

「そう言えば今日、人前式らしいわね」

 じんぜん、とノートンがオウム返しをする。ウィラが、神の前じゃなくて人前で行う式、と補足する。ノートンがへえ、と相槌を打つ。にたり、唇を歪ませる。荘園(此処)らしいね、と確かに楽し気に言った。丼鼠色をした目の色に奇妙な煌めきが過っていった。すぐに生気のない目となる。ウィラはその目が嫌いだった。その目で、可愛い彼女を見ることが許せなかった。でも、それも今日で終わりだ。彼女は他の男を伴侶とするのだから。

「忘れてしまえば楽だろうに、ね」

 ぽつり、とノートンが独り言のように呟く。君の香水みたいに、と付け加える。どうかしら、忘れた方が楽なのかしら。ウィラは脳味噌の内側でそんなことを呟く。頭の中であるはずのないことを想像する。自身の持っている香水で、彼女のことを全て忘れることができたなら――。答えなど解っている。忘れたとしてもきっと何度も人当たりの良い彼女のことを好きになる。全て忘れて、彼女と触れ合ったとしても何度も好きになるだろう。そして、できるだけ柔らかな笑みを浮かべて、彼女の隣に立とうとするのだろう。彼女を幸福にしようとして、でも自分では出来ないことに気が付いて泣くのだろう。鋭利な刃物で身を引き裂かれるような痛みに喘いで夜を明かすのだろう。何度も、何度も。
 きっと忘れられないわ、と一人で呟く。忘れたとしてもきっと好きになるわ、と舌の上で転がす。忘れたくないくせに、と囁いたのは、誰の声か。
 暫くして人が揃ってきた。司会進行役は羊飼いという名の衣装を着たイライだ。緊張しているのかどこかぎこちない。人前式の簡単な説明を手元を見ながら説明をしている。そして二人のことの説明をしていた。流石に過去のことには触れられなかったが、荘園に来てからの各々のことを話している。そこにはウィラの知らない新婦の話もあった。少しして、新郎が入場してきた。いつものドレッドヘアを一つ括りにして、白いタキシードを着ている。緊張しているのが解った。頑張れ、と、恐らくウィリアムと仲の良い誰かが言う。ウィリアムは無言で笑っていた。硬い動きで一歩ずつ、古い赤いカーペットを歩いていく。イライが緊張してるみたいだね、と茶化すような声で言う。仕方ないだろとウィリアムが笑う。ごほんと咳ばらいを一つして、静かに立つ。何処か浮足立っている。
 イライが突然バージンロードの説明をし始める。入り口からウィリアムのいるところまでがこれまでの人生であると話している。扉がゆっくりと開いた。そこには純白のドレスを着た、ウィラが愛してやまない少女がいた。いつもより違った化粧をしている。普段とは違った雰囲気に身体も表情も硬くさせている。不安定に瞳が揺れている。ウィラの方は見やしない。ウィリアムと目が合ったのか、ほんの少し安堵の色が見えた。ベールダウンをしたのはエミリーだ。何か一言二言を言って、エミリーは扉の方へ下がる。新婦はゆっくりと歩いていく。その隣を歩くのは、青いスカートを履いたエマだ。二人はウィリアムの前へ立つ。エマが何かを言って手を挙げて、下がっていった。
 ウィリアムの手がベールへと伸びる。新婦は僅かに膝を折って、レースを上げやすくさせる。精巧なレースで出来たベールを上げられ、新婦――ウィラの友人であり、最愛の女――の顔が露わになる。幸福そうな顔だ。ウィラが彼女をその表情にさせることは一生できないことを知っている。
 新郎の、何度も救助をしたせいでささくれができた無骨な手が新婦の細い左手を掬い取る。新婦の爪は淡い色で染められている。その上にストーンが乗せられている。新婦の爪を彩ったのは、ウィラだ。
 昨夜、彼女の部屋に入って爪を塗らせて貰ったのだ。嬉しそうに笑う友人の顔をウィラはしっかりと覚えている。諦めと哀しさとそれらをぐちゃぐちゃに混ぜて出来た感情を押し込んで、ウィラは笑った。笑うのは苦手ではなかった。彼女の手を取り、丁寧に爪にやすりをかけて色を乗せ、美しいストーンを乗せていった。――左薬指の爪には、結婚すると知った時に荘園の主に頼んで得た本物のダイヤモンドを。
 ウィラは新郎よりも先に新婦の薬指をまんまと攫ったのだ! ざまあ見ろと嗤いたかった。指を挿して手を叩きたかった。腹を抱えてみっともなく声を上げたかった。世界中の誰よりも、新婦の左薬指を誰の目に止まらぬうちに奪ったのだ。
 静寂の中、新郎が新婦の薬指に指輪をはめる。新婦が目を細めさせる。その擽ったそうに笑う新婦の顔が、大好きだ。大切にしたい。ずっとそばで見ていたい。けれどもう、ウィラの腕では届かない。
 イライが誓いの言葉を読み上げる。はい、誓いますという、二人の言葉はウィラの心臓を貫いた。誓いのキスを、とイライが言う。それは死刑宣告だ。もう死んでいるのに、これ以上とどめを刺さなくても良いじゃないかとウィラは誰かに訴えたかった。だが、そんなことをしてもこの式を止めることは出来ない。覚悟していたはずなのに、ウィラの背筋に冷たい汗が伝う。
 二人の顔が近寄る。
 誰かが持ち込んでいたクラッカーが響いた。誰かが拍手をしたせいで誰かがつられさざ波のような音から洪水のような音となる。おめでとうと誰かが口々に叫んでいる。新郎と新婦が驚いたような顔をしつつも笑っている。新郎と新婦の視線がぶつかり合う。幸せそうに笑んだのを最後にウィラの視界がぼやけた。もう、見たくなかった。叫んで逃げて何処かに消えてしまいたかった。
 ウィラは顔を掌で覆ってしゃくりあげる。声を上げて、子供のように泣いて叫びたかった。

最恐最悪の悪役について

探鉱者
「もう一度聞くけど、こんな狭い、何もない荘園で?」

 ノートンがほんの僅かに驚きと過半数以上の怪訝さをを滲ませて尋ねた。誰もいない食堂で音が妙に反射してうわんと響く。ウィリアムは真っ直ぐとノートンを見て頷く。ノートンは持っていた磁石を磨くのをやめて、じっとウィリアムを見る。夜色の瞳は普段何も感情を移さないのに、この瞬間だけは不可解さで出来ていた。それに対してウィリアムの瞳は何時だって星が瞬いている。今回もだ。今回もキラキラと煌めいている。濁ることを知らず、澄み切った光を溢れさせている。

「君は、君自身の恋人に、本気でプロポーズをするの?」

 一語一句噛み締めるようにしてノートンはウィリアムに確認した。大きくウィリアムが頷く。ノートンは僅かに眉を顰めさせる。ややあって、ノートンがはあ、と気の抜けた返事をする。椅子の背もたれに体重を預け、天井を見上げる。ウィリアムはじっと何もない机上を見るだけだ。上等そうな天板は、それなりに粗暴に扱われたのか無数の傷が走っている。その傷痕をウィリアムは視線で追いかける。

「……そもそも何で俺に相談するの」

 疲労で滲んだ声がウィリアムの鼓膜を緩やかに揺する。一つ、深い溜息が部屋を満たす。

「こんなのナワーブとかに言えないだろ……」

 知らないよ、とノートンがくたびれたように呟く。帽子の隙間に指を挿し入れ、後頭部を軽く掻いている。どうでも良い、と言わんばかりの態度だ。ウィリアムは、どうにか出来ないかな、と何やらぶつぶつと呟いている。ささくれた指先が厚みのあるかさついた唇を撫でる。その割には瞳には迷いがない。ノートンは椅子に座り直し、ウィリアムを見る。

「どうして急に結婚したいとか言うようになったの?」
「好いた女が、ウェディングドレスを着たいって言ったからだよ」

 ほんの少しノートンは目を見開いた。薄く開いた口から、は、短音が落ちる。少しして、ふぅん、と呟いた。いつものように左の口角が上がっている。それでも眉間にはわずかに皺が寄せられていた。
 ウィリアムは自身の両頬を挟むようにして叩く。ぺちん、と乾いた音がした。軽い痛みで目の前の暗雲が消え去った、ような気持ちがする。気持ちだけだ。どうせウィリアム自身の中で何をするかなんて定まっている。実行するのが遅いか早いかだけだ。それならば、ああ、それならばとウィリアムは解を弾き出す。すっくと椅子から立ち上がる。真昼の星はいつまでも瞬いている。

「じゃあ、行って来る」

 そう言ってウィリアムは歩き出す。心臓は早鐘を打っている。それでも視界はどこまでも明瞭だ。まるで大きな大会に参加する直前のような高揚感だ。扉までの距離が酷く遠い。脳味噌の奥で観客の歓声が聞こえる。ああ、それは思い出しているだけだ。これからの行動は誰にも拍手喝采されるようなものでも不特定多数の誰かに興奮と感動を与えるようなものではない。たった一人、たった一人の少女の心を揺り動かすことが出来れば、と思うばかりだ。
 扉を押すとやたら重たく感じた。試合前にも幾度も感じたことのある現象だ。どうやってこの緊張から脱することが出来たのか。上手いこと考えはまとまらない。ああ、空回りしている。
 ウィル、と名前を呼ばれる。

「振られたら、宴会でも開いてあげる」

 振り返るとノートンがわらっていた。思わずウィリアムは吹き出す。これからプロポーズしようとしている、緊張している友人に掛ける言葉ではないだろうに。

「ばぁか、そこは『上手くいくと良いね』だろ」

 いつものように軽口を叩く。ノートンは何も言わない。いつものように薄い笑みを浮かべているだけだ。変な奴、とウィリアムは笑った。そのお陰で身体に入り過ぎていた力が適度に抜けた。ノートンなりの気遣いなのだろうとウィリアムは解釈をする。それじゃあ、とウィリアムは少女がいるであろう中庭に向かって歩き出した。
 中庭はエマが手入れをしている為にいつも綺麗な花が咲いており、枝が整えられた木たちは整然と並んでいる。その綺麗な花を一輪差しにし始めたのは誰だったか。花の甘い香りを感じながら広くはない中庭を歩く。カエルの置物がある池のような所の水は透き通って底まで良く見える。つい先日まで藻が浮いていたのに、いつのまに、とウィリアムはぼんやりと思った。辺りを見渡すと、ウィリアムの恋人は隅っこで何やら植物をいじっているようだ。ウィリアムが名前を呼ぶと少女は振り返り、嬉しそうに顔を綻ばせた。ウィリアムも釣られて笑う。胸のあたりがきぅと甘く締め付けられる。

「どうしたのウィリアム。ここに来るなんて珍しいね」

 ノートンさんは書庫じゃないかしら、ナワーブさんはきっとゲームよ、という少女にウィリアムは違うんだと首を横に振る。少女の柔らかな曲線を描く頬を掌で触れれば少女は少し驚いたような顔をしてから蕩けるように笑う。掌に頬を摺り寄せる様子が可愛くて、今すぐにでも口付けでも交わしたい気持ちになる。ああ、けれど今日は、今回はそのために来たんじゃないとウィリアムはぐ、と下唇を噛んだ。衝動を抑え込み、今回やるべきことを行おうと咳ばらいをした。

「な、なぁ」

 緊張のせいで舌が上手く動かない。ウィリアムはぎこちなく笑いを浮かべた。少女が不思議そうな顔をして、どうしたのと首を傾げる。柔らかな髪がウィリアムの皮膚を擽る。甘いような香りに畜生、と叫びたくなった。力いっぱい抱き締めて好きだと言いたい衝動をどうにかして落ち着かせる。

「あの、さ。前、ウェディングドレス着たいって言ってただろ」

 声が僅かに跳ねている。情けないとウィリアムの中で誰かの声が響く。そうね、と少女が瞬きをした。ええと、とウィリアムが口ごもる。ああ、早く言ってしまえ、言ってしまえと誰かの声が聞こえる。

「結婚、しないか」

 少女がゆっくりと瞬きをする。
 此処で出来ることなんて限られてるけど、それでも精一杯出来る筈だ。ウィリアムは信じている。一人ではきっと不可能でも此処にいる仲間の手を借りれば何でも出来るしなれると信じ切っている。
 ぽろ、と少女の目から透明な雫が落ちた。ウィリアムは驚き、目を見開く。

「お、おい、泣くなよ、」
「嬉しい……!」

 少女の声は喜色で揺らめいていた。少女は手で口を覆う。それでも少女の顔は輝かんばかりの幸福に満ちている。少女はウィリアムの胸に飛び込んだ。ウィリアムは力強い両手で少女を潰さないように気を付けながら強く抱き締める。う、う、と少女の口から押し殺した歓びの声が漏れる。ウィリアムは少女を慰めるように形の良い頭を優しく叩く。やれやれと言わんばかりに溜息を吐く。それでもウィリアムの顔は酷く優しいものだった。慈愛に満ちた顔だ。

「結婚式、挙げような」
「良いの?」

 囁くように言えばぱっと少女が顔を上げた。少女の目に星が煌めいている。ウィリアムの星が伝播したのだ。勿論とウィリアムは応える。少女は表情を柔らかくさせる。幸福で蕩けんばかりの笑顔だ。少女はもう一度ウィリアムの胸板に頬を摺り寄せさせる。

「荘園にいるから、ウィリアムと結婚式を挙げることも、ドレスも……何もかも諦めてたの」

 最初は貴方の隣にいるだけで良かったのにね、と少女が静かな声で呟く。そうだったのか、とウィリアムは少女の肩口に顔を埋めさせる。甘く、どこか懐かしいような匂いがする。

「幸せに、するからな」

 だからしたいこととか、そういったこととか教えてくれとウィリアムは酷く真面目な声で言う。少女の腕がウィリアムの背中に回る。少女は顔を上げて、ウィリアムを見る。目尻に残っている涙をウィリアムの指がそうっと掬い取る。少女が笑う。ウィリアムの、世界で一番好きな顔だ。大切にしたい表情だ。守りたい人間だ。

「私も。私もウィリアムを幸せにする」

 少女の心地良い声がウィリアムの鼓膜をくすぐらせる。ウィリアムは笑った。少女も笑う。どちらともなく額をくっつけさせる。やがて影は一つになった。
 少しして、少女はウィラとの約束があるからと名残惜しそうにウィリアムから離れた。またあとでね、とはにかむ少女が愛しい。別れがたいのか少女は中庭から出る直前に振り返り、手を振る。そして扉から出た。ぱたん、と扉が閉じる音が響く。一人残されたウィリアムはその場にしゃがみ込んだ。
 どくどくと心臓が今更になって弾み始めた。硬いはずの地面が柔らかくて転んでしまいそうだ。熱を出した日のように、頭がぼんやりとする。ウィリアムは壁にもたれかけた。壁の低い温度がウィリアムの身体から熱を奪っていく。硬く、心地良い温度の壁にウィリアムは頬をぺたりとくっつけさせる。夢ではない。嬉しくて、一人で勝手に笑いが零れてしまう。多幸福感でどうにかなってしまいそうだ。
 扉が開く。ウィリアムがゆっくり顔を上げるとノートンが何か冊子を持っていた。ウィリアムはふらふらとノートンに近寄る。地面がどうもふわふわとしている。

「ウィル、ちょっと明日のゲームの話なんだけ、」

 嬉しさのあまり、叫びたくなって、でも叫ぶのは不適切だと思った。代わりにぎゅ、と力強く抱き締めた。ちょっと、と迷惑そうにノートンが言う。

「俺、結婚する」

 ノートンが動きを止める。

「『嬉しい』って、言ってくれたんだ」

 ぽつ、ぽつ、とウィリアムの口から言葉が落ちる。先程の光景を思い出せばそれだけで胸が温かになり、身体全身に力が満ちてくる。

「はは、急に春が来たみたい、」

 幸せ過ぎて死んじまいそう。
 ウィリアムが眼の縁に涙を浮かべて呟く。

「……そう、なんだ」

 ノートンが呟いた。
「もう一度聞くけど、こんな狭い、何もない荘園で?」

 ノートンがほんの僅かに驚きと過半数以上の怪訝さをを滲ませて尋ねた。誰もいない食堂で音が妙に反射してうわんと響く。ウィリアムは真っ直ぐとノートンを見て頷く。ノートンは持っていた磁石を磨くのをやめて、じっとウィリアムを見る。夜色の瞳は普段何も感情を移さないのに、この瞬間だけは不可解さで出来ていた。それに対してウィリアムの瞳は何時だって星が瞬いている。今回もだ。今回もキラキラと煌めいている。濁ることを知らず、澄み切った光を溢れさせている。

「君は、君自身の恋人に、本気でプロポーズをするの?」

 一語一句噛み締めるようにしてノートンはウィリアムに確認した。大きくウィリアムが頷く。ノートンは僅かに眉を顰めさせる。ややあって、ノートンがはあ、と気の抜けた返事をする。椅子の背もたれに体重を預け、天井を見上げる。ウィリアムはじっと何もない机上を見るだけだ。上等そうな天板は、それなりに粗暴に扱われたのか無数の傷が走っている。その傷痕をウィリアムは視線で追いかける。

「……そもそも何で俺に相談するの」

 疲労で滲んだ声がウィリアムの鼓膜を緩やかに揺する。一つ、深い溜息が部屋を満たす。

「こんなのナワーブとかに言えないだろ……」

 知らないよ、とノートンがくたびれたように呟く。帽子の隙間に指を挿し入れ、後頭部を軽く掻いている。どうでも良い、と言わんばかりの態度だ。ウィリアムは、どうにか出来ないかな、と何やらぶつぶつと呟いている。ささくれた指先が厚みのあるかさついた唇を撫でる。その割には瞳には迷いがない。ノートンは椅子に座り直し、ウィリアムを見る。

「どうして急に結婚したいとか言うようになったの?」
「好いた女が、ウェディングドレスを着たいって言ったからだよ」

 ほんの少しノートンは目を見開いた。薄く開いた口から、は、短音が落ちる。少しして、ふぅん、と呟いた。いつものように左の口角が上がっている。それでも眉間にはわずかに皺が寄せられていた。
 ウィリアムは自身の両頬を挟むようにして叩く。ぺちん、と乾いた音がした。軽い痛みで目の前の暗雲が消え去った、ような気持ちがする。気持ちだけだ。どうせウィリアム自身の中で何をするかなんて定まっている。実行するのが遅いか早いかだけだ。それならば、ああ、それならばとウィリアムは解を弾き出す。すっくと椅子から立ち上がる。真昼の星はいつまでも瞬いている。

「じゃあ、行って来る」

 そう言ってウィリアムは歩き出す。心臓は早鐘を打っている。それでも視界はどこまでも明瞭だ。まるで大きな大会に参加する直前のような高揚感だ。扉までの距離が酷く遠い。脳味噌の奥で観客の歓声が聞こえる。ああ、それは思い出しているだけだ。これからの行動は誰にも拍手喝采されるようなものでも不特定多数の誰かに興奮と感動を与えるようなものではない。たった一人、たった一人の少女の心を揺り動かすことが出来れば、と思うばかりだ。
 扉を押すとやたら重たく感じた。試合前にも幾度も感じたことのある現象だ。どうやってこの緊張から脱することが出来たのか。上手いこと考えはまとまらない。ああ、空回りしている。
 ウィル、と名前を呼ばれる。

「振られたら、宴会でも開いてあげる」

 振り返るとノートンがわらっていた。思わずウィリアムは吹き出す。これからプロポーズしようとしている、緊張している友人に掛ける言葉ではないだろうに。

「ばぁか、そこは『上手くいくと良いね』だろ」

 いつものように軽口を叩く。ノートンは何も言わない。いつものように薄い笑みを浮かべているだけだ。変な奴、とウィリアムは笑った。そのお陰で身体に入り過ぎていた力が適度に抜けた。ノートンなりの気遣いなのだろうとウィリアムは解釈をする。それじゃあ、とウィリアムは少女がいるであろう中庭に向かって歩き出した。
 中庭はエマが手入れをしている為にいつも綺麗な花が咲いており、枝が整えられた木たちは整然と並んでいる。その綺麗な花を一輪差しにし始めたのは誰だったか。花の甘い香りを感じながら広くはない中庭を歩く。カエルの置物がある池のような所の水は透き通って底まで良く見える。つい先日まで藻が浮いていたのに、いつのまに、とウィリアムはぼんやりと思った。辺りを見渡すと、ウィリアムの恋人は隅っこで何やら植物をいじっているようだ。ウィリアムが名前を呼ぶと少女は振り返り、嬉しそうに顔を綻ばせた。ウィリアムも釣られて笑う。胸のあたりがきぅと甘く締め付けられる。

「どうしたのウィリアム。ここに来るなんて珍しいね」

 ノートンさんは書庫じゃないかしら、ナワーブさんはきっとゲームよ、という少女にウィリアムは違うんだと首を横に振る。少女の柔らかな曲線を描く頬を掌で触れれば少女は少し驚いたような顔をしてから蕩けるように笑う。掌に頬を摺り寄せる様子が可愛くて、今すぐにでも口付けでも交わしたい気持ちになる。ああ、けれど今日は、今回はそのために来たんじゃないとウィリアムはぐ、と下唇を噛んだ。衝動を抑え込み、今回やるべきことを行おうと咳ばらいをした。

「な、なぁ」

 緊張のせいで舌が上手く動かない。ウィリアムはぎこちなく笑いを浮かべた。少女が不思議そうな顔をして、どうしたのと首を傾げる。柔らかな髪がウィリアムの皮膚を擽る。甘いような香りに畜生、と叫びたくなった。力いっぱい抱き締めて好きだと言いたい衝動をどうにかして落ち着かせる。

「あの、さ。前、ウェディングドレス着たいって言ってただろ」

 声が僅かに跳ねている。情けないとウィリアムの中で誰かの声が響く。そうね、と少女が瞬きをした。ええと、とウィリアムが口ごもる。ああ、早く言ってしまえ、言ってしまえと誰かの声が聞こえる。

「結婚、しないか」

 少女がゆっくりと瞬きをする。
 此処で出来ることなんて限られてるけど、それでも精一杯出来る筈だ。ウィリアムは信じている。一人ではきっと不可能でも此処にいる仲間の手を借りれば何でも出来るしなれると信じ切っている。
 ぽろ、と少女の目から透明な雫が落ちた。ウィリアムは驚き、目を見開く。

「お、おい、泣くなよ、」
「嬉しい……!」

 少女の声は喜色で揺らめいていた。少女は手で口を覆う。それでも少女の顔は輝かんばかりの幸福に満ちている。少女はウィリアムの胸に飛び込んだ。ウィリアムは力強い両手で少女を潰さないように気を付けながら強く抱き締める。う、う、と少女の口から押し殺した歓びの声が漏れる。ウィリアムは少女を慰めるように形の良い頭を優しく叩く。やれやれと言わんばかりに溜息を吐く。それでもウィリアムの顔は酷く優しいものだった。慈愛に満ちた顔だ。

「結婚式、挙げような」
「良いの?」

 囁くように言えばぱっと少女が顔を上げた。少女の目に星が煌めいている。ウィリアムの星が伝播したのだ。勿論とウィリアムは応える。少女は表情を柔らかくさせる。幸福で蕩けんばかりの笑顔だ。少女はもう一度ウィリアムの胸板に頬を摺り寄せさせる。

「荘園にいるから、ウィリアムと結婚式を挙げることも、ドレスも……何もかも諦めてたの」

 最初は貴方の隣にいるだけで良かったのにね、と少女が静かな声で呟く。そうだったのか、とウィリアムは少女の肩口に顔を埋めさせる。甘く、どこか懐かしいような匂いがする。

「幸せに、するからな」

 だからしたいこととか、そういったこととか教えてくれとウィリアムは酷く真面目な声で言う。少女の腕がウィリアムの背中に回る。少女は顔を上げて、ウィリアムを見る。目尻に残っている涙をウィリアムの指がそうっと掬い取る。少女が笑う。ウィリアムの、世界で一番好きな顔だ。大切にしたい表情だ。守りたい人間だ。

「私も。私もウィリアムを幸せにする」

 少女の心地良い声がウィリアムの鼓膜をくすぐらせる。ウィリアムは笑った。少女も笑う。どちらともなく額をくっつけさせる。やがて影は一つになった。
 少しして、少女はウィラとの約束があるからと名残惜しそうにウィリアムから離れた。またあとでね、とはにかむ少女が愛しい。別れがたいのか少女は中庭から出る直前に振り返り、手を振る。そして扉から出た。ぱたん、と扉が閉じる音が響く。一人残されたウィリアムはその場にしゃがみ込んだ。
 どくどくと心臓が今更になって弾み始めた。硬いはずの地面が柔らかくて転んでしまいそうだ。熱を出した日のように、頭がぼんやりとする。ウィリアムは壁にもたれかけた。壁の低い温度がウィリアムの身体から熱を奪っていく。硬く、心地良い温度の壁にウィリアムは頬をぺたりとくっつけさせる。夢ではない。嬉しくて、一人で勝手に笑いが零れてしまう。多幸福感でどうにかなってしまいそうだ。
 扉が開く。ウィリアムがゆっくり顔を上げるとノートンが何か冊子を持っていた。ウィリアムはふらふらとノートンに近寄る。地面がどうもふわふわとしている。

「ウィル、ちょっと明日のゲームの話なんだけ、」

 嬉しさのあまり、叫びたくなって、でも叫ぶのは不適切だと思った。代わりにぎゅ、と力強く抱き締めた。ちょっと、と迷惑そうにノートンが言う。

「俺、結婚する」

 ノートンが動きを止める。

「『嬉しい』って、言ってくれたんだ」

 ぽつ、ぽつ、とウィリアムの口から言葉が落ちる。先程の光景を思い出せばそれだけで胸が温かになり、身体全身に力が満ちてくる。

「はは、急に春が来たみたい、」

 幸せ過ぎて死んじまいそう。
 ウィリアムが眼の縁に涙を浮かべて呟く。

「……そう、なんだ」

 ノートンが呟いた。

ライ麦畑で大団円

白黒無常
 ふと気がつくと少女は何も無い場所にいた。文字通り何も無い空間だ。足元を見るが床ではない。ただ空間の上でぽっかりと自分だけが浮いている。当然、荘園ではない。いくら不思議なことが起こる場所とは言え、こんな場所はなかった。もちろん自分が荘園に来る前に呼吸を繰り返していた場所でもない。一体ここはどこなのだろうと少女は首を傾ぐ。足で空間を押してやる。何もないはずなのに、しっかりとした力が少女の足を押し返す。まるで空気が急に地面のように硬さを持ったようだ。

「ああ、良かった。上手く行った」

 あまり馴染みのない、男の声が聞こえた。少女は顔を上げて身体を強張らせる。黒無常が眼前に立っている。少女は後ずさる。黒無常とぱちりと目が合った。
 少女は弾かれたように踵を返して駆け出す。ゲームのときのように、心臓が叫ぶことはしない。少女はゲームのときのように時折後ろを見ながら走る。空間に果てはない。隠れる場所もない。その内少女は自分が真っ直ぐ走れているのかも不安になる。後ろを見ると黒無常はゲームのときのように自身を追いかけている。不意に何かにぶつかった。衝撃で少女は尻餅を着いた。顔を上げると白無常が見下ろしている。逃げようとした直前に後ろから伸びてきた大きな手が少女の腕を捉えた。ぐっと引っ張り上げられ、足先が地面から浮く。

「いやっ、離して!」

 足をじたばたとでたらめに動かすが、どうにもならない。白無常と黒無常が少女を挟んだ状態で向かい合う。白無常はにこにこと笑っている。それに対して黒無常は不愛想な顔をしている。

「駄目じゃないですか、無咎。彼女、困ってますよ」
「それはお前に対してじゃないのか? 必安」

 くすくすと二人分の愉快そうな笑い声が少女の鼓膜を擽った。少女は身体を固くさせ、不安そうな顔をして白無常と黒無常を交互に見ている。時折少女は自分の腕を引っ張ったが、黒無常は放してくれない。二人は急に少女の知らない言葉で話し始めた。何を話しているのか解らない。知らない世界に置いて行かれるような気持ちがして、少女は開いている手を自身の胸の前で握りしめる。

「……大丈夫ですよ、夢の中、なので」
「ふぅん?」

 黒無常が薄っすらとした笑みを浮かべつつ首を傾げさせる。急に少女が理解できる言葉で話し始めた。きょとんとした顔で、不安そうに二人を見上げる。
 突然黒無常が少女を放るようにして投げた。少女の小さな身体は前触れもなく与えられた強い力に逆らうことも出来ず、床に倒れ込む。倒れ込んだ床は適度な弾力を持っており、あまり痛くはなかった。起き上がろうとしたがそれより先にどちらかの大きな掌が少女の背中を押さえつける。起き上がることができない。やだっ、と少女の口から声が弾けた。くつくつと二人分の笑い声が聞こえる。少女の小さな背中に二人分の視線が注がれる。ちり、と少女の肌が視線で焼けそうだった。
 顔を上げると黒無常が少女の前に座っている。朝焼けの目は三日月を描かせていた。背中を押しているのは白無常であることに気づいた。背後を見ると白無常は少女の足に跨っている。とろりと蕩けそうな、夕闇の目とぱちりと合う。にこりと柔らかな笑みを浮かべさせた。

「そんなに怯えることもありませんよ」

 言葉こそは柔らかだ。二人がまた少女の知らない言葉で何かを話している。彼らの国の言葉だろうかと少女が予測を立てかけたころに、四本の腕が少女の身を包んでいる服を剥ぎ出す。糸がちぎれる嫌な音が響く。過分の恐ろしが少女の口から悲鳴を取り上げた。音になれなかった悲鳴はひたりと喉に貼り付き縮こまっただけだ。背中に鋭利な刃物を押し当てられているような気持ちだ。ひ、ひ、と震えた息が少女の気道を走り去る。

「大丈夫、怖くないですよ」

 そんなことを優しげな声で言われても、恐ろしいものは恐ろしい。ぼんやりと考えていた、そのうち家族になる人と行うべきことをこれからされようとしている。いやだと叫びたかった。やめてと喚きたかった。なのに、過度の恐怖は少女からその気力を奪い去る。
 あっという間に生まれたままの姿にされる。隠したいのに四肢を満足に動かせない。隠れたいのに隠れる場所もない。そもそもこの空間で息づいている二人が許してくれるはずもない。俯せの格好で少女は小さく、浅く呼吸を繰り返させる。白無常の冷たい掌は少女の貌を確かめるように横腹を滑り、下降していく。黒無常の冷たい掌は少女の顎を掬い取り、宥めるように頬を撫でる。

「ふふ、」

 嬉しくて仕方ないというように、楽しそうに白無常が笑い声を零した。少女はびくびくと震えながら二人の様子を見る。手足を動かしてみるが、状況を打破できそうにない。ひやりとした温度が、自身の内腿に触れた。

「ひゃっ!? やっ、だめっ、触らないで!」

 脚をばたつかせるものの白無常には当たらない。掌は緩慢とした動作で劣情を煽るように肌を滑る。少女は自身の肌がぶつぶつと粟立つのを感じた。骨ばった指が少女の秘部に触れる。時折くつくつと笑う声が聞こえる。どちらの声だろうか、どちらもかもしれない。濡れてもいない箇所に白無常の指が押し付けられる。

「っ、ひっ、ぁあ、」

 初めて感じる刺激に少女は身を震わせるしかできない。自分でも触ることなどない箇所に冷たい手が滑っていく。冷たい手は自身の温度と混ざり合い、温くなる。やだ、と涙声で言いながら身体を丸めさせたが、嘲笑うように却って脚を大きく開かされた。

「処女ですか?」

 答えてやるもんか。唇を噛み締める。黒無常の指が下唇をゆるりと撫でる。

「そうじゃないか?」

 答えてやるもんか!
 少女は黒無常を睨み上げる。黒無常と目が合う。彼の金色の目が熱でとろりと蕩けている。どうしてそんな顔をするのか、考えたくもない。いやだ、と少女が呻く。可哀想、と誰かが嗤った。くぷ、と音を立てて何も侵入を許したことのない胎内へ異物が入り込む。

「ん゛っ、ぐ、っう、」

 胎内に挿入り込んだ指が慣らすかのように浅い所で抽挿を繰り返される。そこからじわじわと、紙に落としたインクのように熱が広がっていく。初めての、未知の感覚だ。未知とは恐怖だ。少女は恐ろしくて駄々っ子のように何度も首を横に振ることしかできない。ほぼ無意識で、逃げようと腰を動かすが白無常に阻まれる。

「やだ、やだぁッ、」

 たすけてと唇が音を紡ぐ。だがこの空間に少女を助けてくれるような都合の良い人物は存在しない。少女の口から吐き出された吐息は震えていた。教え込まれる肉の喜びによるものか、この状況をどうにもできないという絶望感によるものか、はたまた両方なのかそれ以外によるものなのか。それは少女ですらわからない。

「ふふ、大分濡れてきましたね」

 気持ち悦いですか、と歌うような声色で白無常が尋ねる。いちいちそんなの言わなくてもいいのに、と少女は下唇を噛む。黒無常の指が下唇を爪先でなぞるように撫でた。

「ねえ、無咎」

 白無常の呼びかけに、黒無常は顔を上げた。舐めて貰ったらどうですか、と白無常は提案するように吐いた。少女は目を見開く。こんな状況で何を舐めさせられるかなんて、予測がついてしまう。さすがにそこまで馬鹿ではない。それもそうだなと黒無常が少しの沈黙の後で答える。そもそも二人きりで話しているならついさっきまでのように自分たちの国の言葉で話せば良いのに、と少女は行き場のない言葉を心の中で呟く。
 黒無常は少女の顔に自身の下腹部を寄せさせた。少女は嫌がるように顔を背けさせる。だが結局は抵抗になるはずもない。黒無常が下履きをずらすと、ぺちりと赤黒く勃起した陰茎が少女の柔らかな頬に押し付けられた。先走りの零す陰茎はぬるりと少女の肌を汚していく。

「ひっ!」

 見たこともない、様相を呈する陰茎を見て少女は喉を引きつらせた。気持ち悪くて、視界に入れたくなくて強く目をつぶる。むっ、と饐えたようなニオイが鼻腔を満たす。やだ、とおまじないのように呟いた。だがそんなことでやめてもらえるはずもない。
 黒無常の手が少女の顎を掴み、固定させる。少女が咄嗟に黒無常の手を離させようともがく。だが、所詮は男と少女の力だ。どれほど少女がもがいても意味はない。
 いやだと喚いた少女の口に黒無常の親指が入り込む。少女は反射的に噛まないように口を開けさせた。黒無常の親指は、くっ、と奥歯を押し下げる。生じた隙間に先走りを垂らす赤黒い陰茎を押し込まれた。

「むっ! ――んぶ、ぐぇ゛、」

 饐えたようなニオイを放つ陰茎に少女は顔を歪ませた。舌先で押し返そうとするがぐいぐいと押し込められる。噛んでやりたいのに上下の奥歯の間にある指のせいで阻まれている。亀頭が柔らかな喉奥を突いた。

「っあ゛、喉の奥っ、締め付けられる……っ!」

 ぐいぐいと喉に押し付けるそれを吐き出してしまいたい。ただただ苦しさだけだ。早く終われと少女は口を窄ませる。吐息交じりの声が頭上から落ちてきて、ほんの少しだけ嬉しいような気持ちを覚えた。黒無常を見上げると、彼は微笑んでいた。そんな顔をするんだ、と少女は驚きを覚える。
 前触れもなく、胎内に埋められていた指が引き抜かれた。少女の身体がびくりと跳ねる。きゅん、と下腹部が切なそうに疼く。すぐに何か、熱いものが押し当てられる。何かなんてわかりきっている。逃げたかったのに白無常の手が腰を掴んでその分引き寄せさせる。ぐぷ、と先端が捻じ込まれた。

「ねぇ、私も楽しませてくださいよ」
「〰〰ん゛っ!? ん、ォ゛っ」

 きつい胎内を無理に陰茎がこじ開ける。苦しさと異物感に少女は声を上げた。だが口に陰茎が捻じ込まれているせいで音には成り切れない。喉の奥で意味のない音として震えるだけだ。膨れ上がった陰茎が異物を押し出そうと蠢く肉襞の動きを無視して侵入していく。

「はァっ♡ きつ……絡みついてきますね」
「必安……何を拗ねているんだ」

 面倒だな、と黒無常が呆れたように、けれどどこか優越感を滲ませて呟いていた。白無常は何も答えない。僅かな隙間も許さないというように、ぐいぐいと腰を細い体に押し付けるだけだ。未知の感覚に呑み込まれそうになるのを、少女は理性をかき集めて留まろうとする。与えられる刺激は痛苦だけの筈なのに、酸欠のせいか強いストレスから逃避するためか身体は甘美な痺れを走らせる。

「ぅえ゛っ、ぉ゛♡ ンぶっ、」

 呼吸をしたいのに、黒無常が好き勝手に喉奥を突くせいで上手く出来ない。早く出せと思いながら口をきつく窄ませ吸い付く。黒無常の掠れた声が聞こえた。びくびくと口腔内に収まっている陰茎が震え出す。少女は何が起こるのか解らず、ただ身構えることしか出来ない。

「ぁっ、ぐ、ふゥう゛っ……!♡」
「〰〰っ♡」

 一際大きく陰茎が跳ねたかと思えば喉奥に何か粘っこい液体が放出された。精液が何度かに分けて放たれたのだ。青臭いニオイに少女は顔をしかめさせた。口腔内がべたべたとした液体で汚される。幾つか飲んでしまい、少女は泣きたくなった。
 萎えた陰茎を引き抜かれた直後に、黒無常の大きな掌で口と鼻を覆われる。飲めということなのだろう。嫌がるように顔を背けようとしても掌が追い掛けてくる。黒無常がもう片方の手で少女の鼻を摘まんだ。一気に押し寄せてきた苦しさに少女は観念して少しずつ、しかし確実にそれなりに粘り気のある精液を嚥下していく。喉に絡みつく感覚が気持ち悪い。何とか飲み終えた後、黒無常が少女の口腔内に指を捻じ込ませ、精液が残っていないか確かめるように蹂躙する。少しして確かめ終えたのか指が引き抜かれた。口と指の間に銀糸が走り、ぶつりと切れる。少女は肩で何度も呼吸しながら、時折咳き込んだ。
 白無常が黒無常に、褒めてあげないんですか、と話している。そもそもそんなものを飲ませるなと少女は黒無常を睨みつけた。黒無常は白無常の言葉に少しだけ口をへの字にさせる。少ししてから少女の頬に手を滑らせた。存外手つきは優しい。

「……良く出来たな」

 ちゅ、ちゅ、と可愛らしい音を立てて口の端に唇を何度も落とされる。黒無常の舌が丁寧に少女の口の周りを舐め、唇を覆うように黒無常のそれで食まれた。少しかさついた柔らかい唇を自身のそれに何度も押し付けられる。胸にふわふわとした感情、敢えて近いものを挙げるならば安堵感だろう、それのようなものが広がる。そんな筈がないと否定したかった。

「――ひっ!♡ ぎ、ぁっ♡ やっ、ごんごんしないれっ♡♡」

 突然眼前に星が瞬いた。静観していた白無常が動いたのだ。がつがつと容赦なく揺さぶられ、少女は無意識に黒無常にしがみつく。必安、と黒無常が咎めるように名前を呼んだ。

「良いでしょう? ずっと私は我慢していたし、ぁッ……ん、無咎は満足させて、もらえたのだから」

 子宮口を何度も抉られ、更に奥へと挿入り込もうとする。少女が苦しそうな、引き潰されたような生き物のような声を上げるが白無常はお構いなしだ。

「〰〰むりッ、むりだってぇっ! ぉ゛ぐっ♡ はいらにゃい、はいりゃないから、ぁあ゛あ゛っ!♡♡」

 大丈夫、大丈夫、と白無常が言う。他人事だ。黒無常は少女の手を握り返すしかできない。少女の小さな体は白無常に揺さぶられるままで可哀想に見える。粘液が跳ねて出す水音が生々しい。悲鳴と嬌声と呼吸音と呻き声に満たされた空間で二人の男が一人の女を蹂躙している。その事実を改めて言葉にすると黒無常の背筋をぞわりと毛羽立たせた。

「はっ、射精すっ♡ 射精しますよっ♡」

 白無常の宣言に少女は顔を青くさせた。黒無常にしがみついている手が白くなるほど強く握りしめられている。いやだと何度も首を横に振る。それを見た白無常の口角は確かに上がっていた。

「やっやめて! やだっ、ァ♡ やだやらぁぁ゛あ゛っ!」
「――、ぉ゛っ♡ ッく、ぅう゛っ……ッ♡」

 体内に広がる熱に少女は身震いをした。肉襞に吐き出した精液を塗り込むかのように白無常がかくかくと腰を揺らす。それですら声を漏らして悦がる自身に少女は吐き気を催した。
 ぬぽ、と引き抜かれた感触に少女は身震いした。先程までみっちりと詰まっていた物がなくなり喪失感を覚えた下腹部が疼く。少女はその感覚に身震いをした。気持ち悪い、夢ならば早く起きてもいい筈なのに、と快楽に飲み込まれていない箇所がぶつぶつと呟く。白無常が息を長く吐く音が鼓膜を擽る。

「――ふ、ふふ、上の口にも下の口にもびゅーってされちゃいましたね♡」

 楽しさと、愉快さと、それから何か満たされたような喜びで色付いている。少女は答えない。絶頂の余韻に浸っているのか、あ、と時折声にならない音を漏らす。
 粘り気のある精液と愛液が混ざりあった体液が膣口から漏れ出し内腿に一筋二筋と道を作る。少女の二の腕を白無常に掴まれ、後方に引っ張られた。少女は尻もちをつき、後頭部を白無常の胸にぶつける。

「無咎も挿れたいですよね?」

 白無常の指が少女の陰唇を見せ付けるように左右に押し開かせる。赤く熟れ、ぽっかりと開いたそこは、何かを求めているかのようにひくひくと震えている。痙攣に合わせて白濁がこぷっと溢れ出し、白い太腿を更に濡らす。長い溜息を黒無常が吐いた。

「お前の後というのが気に食わないな」
「ふふ、次は貴方が先に挿れても良いですよ」

 二人が勝手に話を進めている。次って何だと思ったが、少女には噛み付くような気力もない。黒無常が胡坐を掻き、少女の身体を上に乗せた。少女が嫌がるように腰を引いたがさほど動ける訳でもない。黒無常はもう既に硬くなっている陰茎を少女の秘裂に押し当てる。少女の腰を掴んで軽く押せばあっさりと亀頭が飲み込まれる。後は重力に従い、ゆっくりと下がっていくだけだ。

「ァ゛ひっ♡ や、あぁァ゛ア゛っ♡」

 少女の小さな足の指がきゅうと丸くなり、身体がびくびくと震える。きゅうときつく締め上げられ、黒無常は歯を食いしばった。少女の手が黒無常の肩を耐えるように掴んでいる。

「……挿れられただけでイっちゃったんですか?」

 笑いを含ませて白無常が少女の背後で尋ねる。少女は目から涙を零しつつ小さく首を横に何度も振る。何が違うのだ、何が嫌なのだ。そう思いながらも黒無常は少女の身体をより引き寄せさせた。白無常の精液を含ませたままのせいで酷く滑りが良い。少女の腰を上げさせれば肉襞が陰茎に追い縋り、白濁が結合部から零れお互いの皮膚を汚していく。下ろさせれば肉襞がびくびくと震えながら悦び、ぐちゅりと何とも言えない音を響かせた。先端に柔らかくなった子宮口が吸い付く。精液を強請っているようだ。たまらず黒無常は下から思い切り突き上げた。

「ひ、ァっ♡ あ゛っ、や゛ぁ゛あッ」

 突き上げる度に少女は嬌声と悲鳴が混ざり合った声を出す。それは黒無常の脳味噌をぐらぐらと茹だらせた。細い体が仰け反り、快楽に喘いでいる。自分たちの身体にはない、脂肪が付いた柔らかな胸に口を寄せる。手が黒無常の髪を撫ぜる。本当は抵抗をしたかったのだろう。だが、力が入らないせいで余計に煽っているように見えた。柔らかな胸に欝血痕を散らしていく。

「っ! そこっそこだめぇっ!」

 急に少女が慌てるような声を出した。黒無常が顔を上げると白無常が笑みを深くして少女を見下ろしていた。秘裂のさらに奥にある後孔に触れたのだ。

「……必安、」

「良いじゃないですか。范無咎は彼女の口でして貰えて、彼女の口吸いを先にしたのだから」
 少しの沈黙のあとで本当に面倒な男だと黒無常が舌打ちをした。黒無常は何かを言うことはせず、少女の腰を動かないように固定させる。いい子、と白無常が言う。少女か黒無常か、どちらに言ったのか、はたまた両方に言ったのかは白無常のみぞ知る。
 後孔に触れられた指がつぷりと侵入する。愛液をまとっていたのか幾らか滑りが良い。少女は未知の感覚にますます黒無常にしがみついた。黒無常はそんな少女の髪を優しく撫でるだけで、助けてくれることはしない。何度か浅い所で抽挿を繰り替えされる。く、と肉の淵を広げられたせいで少女は身体に力が入ってしまった。胎内に存在する黒無常の陰茎を締め付けてしまい、その貌をありありと感じてしまう。じわり、と熱が広がる。少女の薄い背に汗が伝った。後ろに収まった指の本数が増え、慣らすような動きをする。本来排泄を行うための穴で、覚えたばかりの性的快楽を拾っている事実に嘘だと叫びたかった。

「っう、あ……っ」

 白無常はずるりと指を引き抜いた。少女が物足りなさそうな声を出す。すっかり自身の陰茎は血を吸い上げ、鎌首を上げている。白無常が少女の柔らかな尻朶を左右に押し広げる。後孔は酸欠の魚のようにくぱ、くぱ、と口を開けたり閉めたりしている。その前方で黒無常の陰茎をしっかりと咥え込んでいるのが見えた。てらてらと愛液と精液が滴っている。淫猥だ。先端を窄まりに押し付けるとひっと少女の喉が引き攣った。少女の身体は不自然なまでにぶるぶると震えていた。ふるふると首を横に振る。

「むっ、無理……! そんなのっはいらない、」
「挿れるから大丈夫ですよ」

 そう笑って先端を何度か押し付けさせる。くぷ、くぷ、と淫猥な音を響かせながら窄まりは陰茎が収まることを歓迎していた。

「大丈夫なのか?」

 そう問うたのは黒無常だ。

「大丈夫ですよ」

 何の根拠もなく白無常が返答する。ふうん、と言ったきり黒無常は何も言わない。やだ、いやだ、と駄々っ子のように少女が怯えた声を出す。黒無常が宥めるように少女の目尻に唇を一つ、二つと落としていく。恋人のようだ、と誰かが呟いた。そんなこと、決してありはしないのだけれど。やだ、とか細い声が鼓膜を震わせた。白無常は笑みを一層深くさせる。

「〰〰っ! ァ゛っ……ひぎ、ぃ゛っ!♡」

 白無常は一気に奥まで挿入させた。大袈裟なまでに少女の身体が跳ねる。肉襞が戦慄き、押し出そうと蠢く。奥まった箇所にある、少し狭くなった所を突けば少女はだらしなく声をあげた。

「ぁ゛へっ♡ あ゛っ、ぉッ!♡」
「――ふ、っ、そんなに、はしたない声をあげて……」

 奥を捏ね繰り回すように腰で円を描いてやる。前にも後ろにも膨れた陰茎が挿入り混んでいるせいで肉筒はとても狭い。単純に気持ちが良い。抽挿させると肉が追い縋る感覚の他に、何か硬い物に擦れる。膣を犯したときには無い感覚だ。白無常が陰茎でぐ、と押してやるとびくりとそれは跳ねた。

「ふふ、肉越しに范無咎のちんぽが擦れてますね」
「気色悪いことを言うな、するな」

 すぱりと切り捨てられる。白無常はおかしくてくつくつと喉を震わせた。それきりお喋りをするのはやめた。舌の上に乗せた甘味を黒無常と二人で食らうことにしたのだ。
 二人は滅茶苦茶に少女の内臓を踏み荒らす。子宮口を穿たれる感覚も腸壁越しに子宮を叩かれる感覚も、どちらかの手により徒に乳首を引っ張られたり押しつぶされたりして刺激されるのも、陰核が黒無常の恥骨に擦れる感覚も、彼らの呼吸が自身の肌を舐める感覚も、何もかもが少女を快楽の海に引き摺り込み溺れさせた。呼吸もうまくできず、代わりに馬鹿みたいに音だけが出る。眼前に何度も星が瞬いている。初めての強すぎる刺激に少女は恐怖を覚えた。このままかえれなくなったらどうしようと、少女の中にいる子供が涙を零す。どこにも帰れないし還れないくせにと誰かが嗤った。

「――こ、われぅ゛っ♡ 前も後ろも、ゥ、あッ!♡ ごんごんひゃれてッぁ゛、あ――こわれ、ひゃう♡♡」
「大丈夫ですよ、壊れてもその都度直してあげますから」

 背後からかけられた柔らかな声は興奮に染まっていた。額とつむじに唇を押し付けられる。やだ、やだ、と少女は泣き喚いた。白無常の掌が愛しそうに少女の頬を撫でる。

「そう言ってお前はまた壊すんだろ?」

 挑発的に吐いたのは黒無常だ。白無常は黒無常を見た。

「……あはっ、」

 白無常がおかしそうに短く笑う。少女は声にならない悲鳴を上げながら喉を仰け反らせ快楽を逃がそうとする。その視界の中に白無常が映り込んだ。白無常は確かに笑っていた。歪に、口許に弧を描かせて目を細めさせていた。少女の身の毛が一気によだつ。出来ることなら逃げ出したかった。

「貴方も、でしょう?」

 ぞっとするような響きだ。その何処か楽しげな声がべたりと鼓膜に貼り付く。怖くて、恐ろしくて、少女はどういうことかと尋ねたかった。口を開いた直後、黒無常の陰茎の先端が子宮口から子宮に入り込み、白無常のそれは結腸に入り込んだ。強い電流のようなものが脳髄へと駆け上がる。眼前が真っ白になった。

「や゛ぁ゛ぁあっ!♡ 〰〰くるっくる、きぢゃ、ぁぅ゛ッ♡ ――や、やぁ゛っ、」

 何かに、どこかへ突き飛ばされるような衝撃が少女を襲った。先程知ったばかりの感覚を強めたものが少女の脳味噌の奥まった所を強く揺さぶる。これ以上強い刺激を継続的に与えられては気が狂ってしまう。身体がちぎれてしまいそうだ。やだ、いやだと少女は拙い舌で何度も叫んだ。男たちは笑って見ているだけだ。それどころか、より深みへ落そうとしている。少女は嘔吐いた。何も吐き出されない。自分の身体が壊れないように眼前にいる黒無常にしがみつくことしかできない。どちらも自分たちが気持ちよくなるための動きだ。少女はしゃくりあげた。怖い。そこには原始的な恐怖しかない。
 やめて、と叫びながら少女は上体を起こした。二人の姿はない。自分はベッドの上に座っていた。瞬きを繰り返しながら、緩慢とした動作で辺りを見渡す。荘園に来てから見慣れた自室。先程いた空間は欠片すらも残っていない。
 少女は安堵感から息を吐いた。酷い夢だ。身体がじっとりと汗ばんでいる。前髪が汗で額に貼り付いていた。あんな、誰にも言えないような夢を見たことに嫌悪を覚える。振り切るように首を左右に振った。朝の支度をしようと立ち上がり、固まる。生理でも来たのかと思う程に下着が濡れていることに気が付いた。まさかあんな酷い夢を見て、と胃に何も無い筈なのに何かが競り上がって来る。洗面台に駆け寄り嘔吐いた。だが、なにも吐き出されない。少女は昨夜見た酷い夢を追い出そうと頭を振る。そしてシャワー室へ入った。そしていつも通りの日が始まる。
 少女が眠るとまた見覚えのない場所へいた。恐らく昨日と同じ場所だ。少女は辺りを見渡す。二人の姿は見えないが、この場所にあの二人がいる。どうしてか解らないが断言できる。少女は走りだした。何処からともなく伸ばされた手にあっさりと少女の肩は掴まれる。

「いやっ、やだ!」
「ああ、暴れないで」

 白無常の口調こそは優しいが、解放してくれる兆しは一切見えない。直に背の高い男に挟まれ、少女は恐ろしくて涙を零す。どうしようもない、どうしようもできないことは理解しきっていた。強い快楽に狂ってしまえたら楽なのだろうかと思うが、少女にはその勇気はないし矜持が許さない。
 そして二人に存分に味わわれた後で、少女は目が覚める。それがやがて少女の一日に組み込むようになった。
 今日も昨日も一昨日も、その前だってずっと夢の中でおぞましい性行為をしている。そこまで欲求不満だったのかと自身が厭らしい人間になったようで少し悲しくなる。今朝も下着は使い物にならなくなっていた。少女は憂鬱そうに空気の塊を吐いた。
 ゲームで何度か白無常にも黒無常にも会ったが、彼らは容赦なく少女を傘で殴ってイスに括りつける。痛みでぐるぐると回る世界で、少女は自分だけが気にしているようで歯痒いような気持ちになる。そもそもあんな夢を勝手に見ている自分が悪いと言えばそうなのだけれど。治療され、少女は再び走れるようになった。暫くして自分一人だけとなってしまった。逃げられればサバイバーの勝利、捕まえられても引き分けで、少女は白黒無常から隠れながらゲートへと走る。ふと頭上にカラスが飛んでいることに気が付いた。どくりと心臓が跳ねる。少女は咄嗟に壁がたくさんある方向へと走った。そこには口を開いたハッチがあった。運が良い、と少女は嬉しい驚きを感じながらハッチへと駆け寄る。ハッチに飛び込む直前、白無常が穏やかに笑んで自身を見ていたのが見えた。
 その日も例に漏れず夢を見た。当然のように精液と快楽とで殺されている。少女はもう抵抗しなくなっていた。どれほど抵抗しても意味がないことを学習してしまっていた。早く終われと念じながら二人の男に凌辱される。今日も今日とて腹に精液を注がれる。薄い腹がぽっこりと膨れ上がり、弛緩した口から体液が時折勢いよく吹き出した。

「もうすぐ、もうすぐですよ」

 二人の掌が薄い皮膚の上から精液で満たされた子宮を撫でる。く、とどちらかが強く押した。それすらも気持ちが悦く、少女の口から声が漏れ出る。こぷ、と奥から溢れてきた重たい粘液が精液を外へと出す。

「どちらの、だろうな、」

 黒無常がぽつりと呟く。二人は急に少女の知らない言語で話し出す。何か歌のようにも聞こえた。絶頂に何度も追いやられたことによる疲労感で瞼がゆるゆると下がっていく。どちらかの掌が少女のまぶたを覆った。ひやりと、不自然なくらいに冷たい。

「……どちらでも」

 意識を手放す直前に、白無常は少女が理解できる言語で穏やかに囁いた。
 それきり、夢を見なくなった。結局あの夢は何だったのだろう。そう疑問に思うもやがて忘れていった。
 しばらくしてから少女はやたらオレンジを食べるようになった。偏食になりつつある少女にエマがオレンジの匂いがすると笑う。お日様の匂いだと笑うエマに少女はそうかな、と口の端を少しだけ上げさせた。陰りが頬を過ってなければ良いのだけれどと不安に思う。
 酸味のあるものを欲しがる、嘔吐、生理が遅れている。脳裏にいつかの母親が過る。少女自身が今よりもずっと幼いころの母親だ。いやいやまさかと少女は首を横に振る。そんな筈がない、だって荘園に来てからその原因となる行為なんてやっていない。身に覚えがない。それでも少女の背中に何処までも真っ暗な不安感がべたりと張り付いて、本当にと囁いている。
 いやいや、まさか、と呟いた。酷く不安定な響きだ。まさか、と小さく呟いた。ぎこちなく窓の外を見るが霧雨が叩いているだけだ。あるはずがない、だってあれは夢だ、と頼りないおまじないの言葉を小さく呟く。

「ああ、ごめん……ちょっと良いかな」

 イライに呼ばれ、少女は首を傾げる。もしかして何かやったのだろうか。少し考えてみるが身に覚えはない。しいて言うならば最近のゲームでミスが多いことだろうか。だがそれくらいのことを言う男ではない。

「どうしたの? イライ」

 そう尋ねると困ったようにイライは自分の頭をフードの上から掻いた。ええと、と何か言葉に詰まっているようだ。二人の足から伸びる影は床を伝い、壁にへばりついている。仄かに黒い人型は時折不安そうに揺れる。

「私の間違いであれば良いのだけれど……君の胎の中に、ええと……何て言ったら良いのか……ともかく、何か命のようなものが――」

2023/07/30
『拝啓、地獄の底から』2019/12/01発行

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 ふと気がつくと少女は何も無い場所にいた。文字通り何も無い空間だ。足元を見るが床ではない。ただ空間の上でぽっかりと自分だけが浮いている。当然、荘園ではない。いくら不思議なことが起こる場所とは言え、こんな場所はなかった。もちろん自分が荘園に来る前に呼吸を繰り返していた場所でもない。一体ここはどこなのだろうと少女は首を傾ぐ。足で空間を押してやる。何もないはずなのに、しっかりとした力が少女の足を押し返す。まるで空気が急に地面のように硬さを持ったようだ。

「ああ、良かった。上手く行った」

 あまり馴染みのない、男の声が聞こえた。少女は顔を上げて身体を強張らせる。黒無常が眼前に立っている。少女は後ずさる。黒無常とぱちりと目が合った。
 少女は弾かれたように踵を返して駆け出す。ゲームのときのように、心臓が叫ぶことはしない。少女はゲームのときのように時折後ろを見ながら走る。空間に果てはない。隠れる場所もない。その内少女は自分が真っ直ぐ走れているのかも不安になる。後ろを見ると黒無常はゲームのときのように自身を追いかけている。不意に何かにぶつかった。衝撃で少女は尻餅を着いた。顔を上げると白無常が見下ろしている。逃げようとした直前に後ろから伸びてきた大きな手が少女の腕を捉えた。ぐっと引っ張り上げられ、足先が地面から浮く。

「いやっ、離して!」

 足をじたばたとでたらめに動かすが、どうにもならない。白無常と黒無常が少女を挟んだ状態で向かい合う。白無常はにこにこと笑っている。それに対して黒無常は不愛想な顔をしている。

「駄目じゃないですか、無咎。彼女、困ってますよ」
「それはお前に対してじゃないのか? 必安」

 くすくすと二人分の愉快そうな笑い声が少女の鼓膜を擽った。少女は身体を固くさせ、不安そうな顔をして白無常と黒無常を交互に見ている。時折少女は自分の腕を引っ張ったが、黒無常は放してくれない。二人は急に少女の知らない言葉で話し始めた。何を話しているのか解らない。知らない世界に置いて行かれるような気持ちがして、少女は開いている手を自身の胸の前で握りしめる。

「……大丈夫ですよ、夢の中、なので」
「ふぅん?」

 黒無常が薄っすらとした笑みを浮かべつつ首を傾げさせる。急に少女が理解できる言葉で話し始めた。きょとんとした顔で、不安そうに二人を見上げる。
 突然黒無常が少女を放るようにして投げた。少女の小さな身体は前触れもなく与えられた強い力に逆らうことも出来ず、床に倒れ込む。倒れ込んだ床は適度な弾力を持っており、あまり痛くはなかった。起き上がろうとしたがそれより先にどちらかの大きな掌が少女の背中を押さえつける。起き上がることができない。やだっ、と少女の口から声が弾けた。くつくつと二人分の笑い声が聞こえる。少女の小さな背中に二人分の視線が注がれる。ちり、と少女の肌が視線で焼けそうだった。
 顔を上げると黒無常が少女の前に座っている。朝焼けの目は三日月を描かせていた。背中を押しているのは白無常であることに気づいた。背後を見ると白無常は少女の足に跨っている。とろりと蕩けそうな、夕闇の目とぱちりと合う。にこりと柔らかな笑みを浮かべさせた。

「そんなに怯えることもありませんよ」

 言葉こそは柔らかだ。二人がまた少女の知らない言葉で何かを話している。彼らの国の言葉だろうかと少女が予測を立てかけたころに、四本の腕が少女の身を包んでいる服を剥ぎ出す。糸がちぎれる嫌な音が響く。過分の恐ろしが少女の口から悲鳴を取り上げた。音になれなかった悲鳴はひたりと喉に貼り付き縮こまっただけだ。背中に鋭利な刃物を押し当てられているような気持ちだ。ひ、ひ、と震えた息が少女の気道を走り去る。

「大丈夫、怖くないですよ」

 そんなことを優しげな声で言われても、恐ろしいものは恐ろしい。ぼんやりと考えていた、そのうち家族になる人と行うべきことをこれからされようとしている。いやだと叫びたかった。やめてと喚きたかった。なのに、過度の恐怖は少女からその気力を奪い去る。
 あっという間に生まれたままの姿にされる。隠したいのに四肢を満足に動かせない。隠れたいのに隠れる場所もない。そもそもこの空間で息づいている二人が許してくれるはずもない。俯せの格好で少女は小さく、浅く呼吸を繰り返させる。白無常の冷たい掌は少女の貌を確かめるように横腹を滑り、下降していく。黒無常の冷たい掌は少女の顎を掬い取り、宥めるように頬を撫でる。

「ふふ、」

 嬉しくて仕方ないというように、楽しそうに白無常が笑い声を零した。少女はびくびくと震えながら二人の様子を見る。手足を動かしてみるが、状況を打破できそうにない。ひやりとした温度が、自身の内腿に触れた。

「ひゃっ!? やっ、だめっ、触らないで!」

 脚をばたつかせるものの白無常には当たらない。掌は緩慢とした動作で劣情を煽るように肌を滑る。少女は自身の肌がぶつぶつと粟立つのを感じた。骨ばった指が少女の秘部に触れる。時折くつくつと笑う声が聞こえる。どちらの声だろうか、どちらもかもしれない。濡れてもいない箇所に白無常の指が押し付けられる。

「っ、ひっ、ぁあ、」

 初めて感じる刺激に少女は身を震わせるしかできない。自分でも触ることなどない箇所に冷たい手が滑っていく。冷たい手は自身の温度と混ざり合い、温くなる。やだ、と涙声で言いながら身体を丸めさせたが、嘲笑うように却って脚を大きく開かされた。

「処女ですか?」

 答えてやるもんか。唇を噛み締める。黒無常の指が下唇をゆるりと撫でる。

「そうじゃないか?」

 答えてやるもんか!
 少女は黒無常を睨み上げる。黒無常と目が合う。彼の金色の目が熱でとろりと蕩けている。どうしてそんな顔をするのか、考えたくもない。いやだ、と少女が呻く。可哀想、と誰かが嗤った。くぷ、と音を立てて何も侵入を許したことのない胎内へ異物が入り込む。

「ん゛っ、ぐ、っう、」

 胎内に挿入り込んだ指が慣らすかのように浅い所で抽挿を繰り返される。そこからじわじわと、紙に落としたインクのように熱が広がっていく。初めての、未知の感覚だ。未知とは恐怖だ。少女は恐ろしくて駄々っ子のように何度も首を横に振ることしかできない。ほぼ無意識で、逃げようと腰を動かすが白無常に阻まれる。

「やだ、やだぁッ、」

 たすけてと唇が音を紡ぐ。だがこの空間に少女を助けてくれるような都合の良い人物は存在しない。少女の口から吐き出された吐息は震えていた。教え込まれる肉の喜びによるものか、この状況をどうにもできないという絶望感によるものか、はたまた両方なのかそれ以外によるものなのか。それは少女ですらわからない。

「ふふ、大分濡れてきましたね」

 気持ち悦いですか、と歌うような声色で白無常が尋ねる。いちいちそんなの言わなくてもいいのに、と少女は下唇を噛む。黒無常の指が下唇を爪先でなぞるように撫でた。

「ねえ、無咎」

 白無常の呼びかけに、黒無常は顔を上げた。舐めて貰ったらどうですか、と白無常は提案するように吐いた。少女は目を見開く。こんな状況で何を舐めさせられるかなんて、予測がついてしまう。さすがにそこまで馬鹿ではない。それもそうだなと黒無常が少しの沈黙の後で答える。そもそも二人きりで話しているならついさっきまでのように自分たちの国の言葉で話せば良いのに、と少女は行き場のない言葉を心の中で呟く。
 黒無常は少女の顔に自身の下腹部を寄せさせた。少女は嫌がるように顔を背けさせる。だが結局は抵抗になるはずもない。黒無常が下履きをずらすと、ぺちりと赤黒く勃起した陰茎が少女の柔らかな頬に押し付けられた。先走りの零す陰茎はぬるりと少女の肌を汚していく。

「ひっ!」

 見たこともない、様相を呈する陰茎を見て少女は喉を引きつらせた。気持ち悪くて、視界に入れたくなくて強く目をつぶる。むっ、と饐えたようなニオイが鼻腔を満たす。やだ、とおまじないのように呟いた。だがそんなことでやめてもらえるはずもない。
 黒無常の手が少女の顎を掴み、固定させる。少女が咄嗟に黒無常の手を離させようともがく。だが、所詮は男と少女の力だ。どれほど少女がもがいても意味はない。
 いやだと喚いた少女の口に黒無常の親指が入り込む。少女は反射的に噛まないように口を開けさせた。黒無常の親指は、くっ、と奥歯を押し下げる。生じた隙間に先走りを垂らす赤黒い陰茎を押し込まれた。

「むっ! ――んぶ、ぐぇ゛、」

 饐えたようなニオイを放つ陰茎に少女は顔を歪ませた。舌先で押し返そうとするがぐいぐいと押し込められる。噛んでやりたいのに上下の奥歯の間にある指のせいで阻まれている。亀頭が柔らかな喉奥を突いた。

「っあ゛、喉の奥っ、締め付けられる……っ!」

 ぐいぐいと喉に押し付けるそれを吐き出してしまいたい。ただただ苦しさだけだ。早く終われと少女は口を窄ませる。吐息交じりの声が頭上から落ちてきて、ほんの少しだけ嬉しいような気持ちを覚えた。黒無常を見上げると、彼は微笑んでいた。そんな顔をするんだ、と少女は驚きを覚える。
 前触れもなく、胎内に埋められていた指が引き抜かれた。少女の身体がびくりと跳ねる。きゅん、と下腹部が切なそうに疼く。すぐに何か、熱いものが押し当てられる。何かなんてわかりきっている。逃げたかったのに白無常の手が腰を掴んでその分引き寄せさせる。ぐぷ、と先端が捻じ込まれた。

「ねぇ、私も楽しませてくださいよ」
「〰〰ん゛っ!? ん、ォ゛っ」

 きつい胎内を無理に陰茎がこじ開ける。苦しさと異物感に少女は声を上げた。だが口に陰茎が捻じ込まれているせいで音には成り切れない。喉の奥で意味のない音として震えるだけだ。膨れ上がった陰茎が異物を押し出そうと蠢く肉襞の動きを無視して侵入していく。

「はァっ♡ きつ……絡みついてきますね」
「必安……何を拗ねているんだ」

 面倒だな、と黒無常が呆れたように、けれどどこか優越感を滲ませて呟いていた。白無常は何も答えない。僅かな隙間も許さないというように、ぐいぐいと腰を細い体に押し付けるだけだ。未知の感覚に呑み込まれそうになるのを、少女は理性をかき集めて留まろうとする。与えられる刺激は痛苦だけの筈なのに、酸欠のせいか強いストレスから逃避するためか身体は甘美な痺れを走らせる。

「ぅえ゛っ、ぉ゛♡ ンぶっ、」

 呼吸をしたいのに、黒無常が好き勝手に喉奥を突くせいで上手く出来ない。早く出せと思いながら口をきつく窄ませ吸い付く。黒無常の掠れた声が聞こえた。びくびくと口腔内に収まっている陰茎が震え出す。少女は何が起こるのか解らず、ただ身構えることしか出来ない。

「ぁっ、ぐ、ふゥう゛っ……!♡」
「〰〰っ♡」

 一際大きく陰茎が跳ねたかと思えば喉奥に何か粘っこい液体が放出された。精液が何度かに分けて放たれたのだ。青臭いニオイに少女は顔をしかめさせた。口腔内がべたべたとした液体で汚される。幾つか飲んでしまい、少女は泣きたくなった。
 萎えた陰茎を引き抜かれた直後に、黒無常の大きな掌で口と鼻を覆われる。飲めということなのだろう。嫌がるように顔を背けようとしても掌が追い掛けてくる。黒無常がもう片方の手で少女の鼻を摘まんだ。一気に押し寄せてきた苦しさに少女は観念して少しずつ、しかし確実にそれなりに粘り気のある精液を嚥下していく。喉に絡みつく感覚が気持ち悪い。何とか飲み終えた後、黒無常が少女の口腔内に指を捻じ込ませ、精液が残っていないか確かめるように蹂躙する。少しして確かめ終えたのか指が引き抜かれた。口と指の間に銀糸が走り、ぶつりと切れる。少女は肩で何度も呼吸しながら、時折咳き込んだ。
 白無常が黒無常に、褒めてあげないんですか、と話している。そもそもそんなものを飲ませるなと少女は黒無常を睨みつけた。黒無常は白無常の言葉に少しだけ口をへの字にさせる。少ししてから少女の頬に手を滑らせた。存外手つきは優しい。

「……良く出来たな」

 ちゅ、ちゅ、と可愛らしい音を立てて口の端に唇を何度も落とされる。黒無常の舌が丁寧に少女の口の周りを舐め、唇を覆うように黒無常のそれで食まれた。少しかさついた柔らかい唇を自身のそれに何度も押し付けられる。胸にふわふわとした感情、敢えて近いものを挙げるならば安堵感だろう、それのようなものが広がる。そんな筈がないと否定したかった。

「――ひっ!♡ ぎ、ぁっ♡ やっ、ごんごんしないれっ♡♡」

 突然眼前に星が瞬いた。静観していた白無常が動いたのだ。がつがつと容赦なく揺さぶられ、少女は無意識に黒無常にしがみつく。必安、と黒無常が咎めるように名前を呼んだ。

「良いでしょう? ずっと私は我慢していたし、ぁッ……ん、無咎は満足させて、もらえたのだから」

 子宮口を何度も抉られ、更に奥へと挿入り込もうとする。少女が苦しそうな、引き潰されたような生き物のような声を上げるが白無常はお構いなしだ。

「〰〰むりッ、むりだってぇっ! ぉ゛ぐっ♡ はいらにゃい、はいりゃないから、ぁあ゛あ゛っ!♡♡」

 大丈夫、大丈夫、と白無常が言う。他人事だ。黒無常は少女の手を握り返すしかできない。少女の小さな体は白無常に揺さぶられるままで可哀想に見える。粘液が跳ねて出す水音が生々しい。悲鳴と嬌声と呼吸音と呻き声に満たされた空間で二人の男が一人の女を蹂躙している。その事実を改めて言葉にすると黒無常の背筋をぞわりと毛羽立たせた。

「はっ、射精すっ♡ 射精しますよっ♡」

 白無常の宣言に少女は顔を青くさせた。黒無常にしがみついている手が白くなるほど強く握りしめられている。いやだと何度も首を横に振る。それを見た白無常の口角は確かに上がっていた。

「やっやめて! やだっ、ァ♡ やだやらぁぁ゛あ゛っ!」
「――、ぉ゛っ♡ ッく、ぅう゛っ……ッ♡」

 体内に広がる熱に少女は身震いをした。肉襞に吐き出した精液を塗り込むかのように白無常がかくかくと腰を揺らす。それですら声を漏らして悦がる自身に少女は吐き気を催した。
 ぬぽ、と引き抜かれた感触に少女は身震いした。先程までみっちりと詰まっていた物がなくなり喪失感を覚えた下腹部が疼く。少女はその感覚に身震いをした。気持ち悪い、夢ならば早く起きてもいい筈なのに、と快楽に飲み込まれていない箇所がぶつぶつと呟く。白無常が息を長く吐く音が鼓膜を擽る。

「――ふ、ふふ、上の口にも下の口にもびゅーってされちゃいましたね♡」

 楽しさと、愉快さと、それから何か満たされたような喜びで色付いている。少女は答えない。絶頂の余韻に浸っているのか、あ、と時折声にならない音を漏らす。
 粘り気のある精液と愛液が混ざりあった体液が膣口から漏れ出し内腿に一筋二筋と道を作る。少女の二の腕を白無常に掴まれ、後方に引っ張られた。少女は尻もちをつき、後頭部を白無常の胸にぶつける。

「無咎も挿れたいですよね?」

 白無常の指が少女の陰唇を見せ付けるように左右に押し開かせる。赤く熟れ、ぽっかりと開いたそこは、何かを求めているかのようにひくひくと震えている。痙攣に合わせて白濁がこぷっと溢れ出し、白い太腿を更に濡らす。長い溜息を黒無常が吐いた。

「お前の後というのが気に食わないな」
「ふふ、次は貴方が先に挿れても良いですよ」

 二人が勝手に話を進めている。次って何だと思ったが、少女には噛み付くような気力もない。黒無常が胡坐を掻き、少女の身体を上に乗せた。少女が嫌がるように腰を引いたがさほど動ける訳でもない。黒無常はもう既に硬くなっている陰茎を少女の秘裂に押し当てる。少女の腰を掴んで軽く押せばあっさりと亀頭が飲み込まれる。後は重力に従い、ゆっくりと下がっていくだけだ。

「ァ゛ひっ♡ や、あぁァ゛ア゛っ♡」

 少女の小さな足の指がきゅうと丸くなり、身体がびくびくと震える。きゅうときつく締め上げられ、黒無常は歯を食いしばった。少女の手が黒無常の肩を耐えるように掴んでいる。

「……挿れられただけでイっちゃったんですか?」

 笑いを含ませて白無常が少女の背後で尋ねる。少女は目から涙を零しつつ小さく首を横に何度も振る。何が違うのだ、何が嫌なのだ。そう思いながらも黒無常は少女の身体をより引き寄せさせた。白無常の精液を含ませたままのせいで酷く滑りが良い。少女の腰を上げさせれば肉襞が陰茎に追い縋り、白濁が結合部から零れお互いの皮膚を汚していく。下ろさせれば肉襞がびくびくと震えながら悦び、ぐちゅりと何とも言えない音を響かせた。先端に柔らかくなった子宮口が吸い付く。精液を強請っているようだ。たまらず黒無常は下から思い切り突き上げた。

「ひ、ァっ♡ あ゛っ、や゛ぁ゛あッ」

 突き上げる度に少女は嬌声と悲鳴が混ざり合った声を出す。それは黒無常の脳味噌をぐらぐらと茹だらせた。細い体が仰け反り、快楽に喘いでいる。自分たちの身体にはない、脂肪が付いた柔らかな胸に口を寄せる。手が黒無常の髪を撫ぜる。本当は抵抗をしたかったのだろう。だが、力が入らないせいで余計に煽っているように見えた。柔らかな胸に欝血痕を散らしていく。

「っ! そこっそこだめぇっ!」

 急に少女が慌てるような声を出した。黒無常が顔を上げると白無常が笑みを深くして少女を見下ろしていた。秘裂のさらに奥にある後孔に触れたのだ。

「……必安、」

「良いじゃないですか。范無咎は彼女の口でして貰えて、彼女の口吸いを先にしたのだから」
 少しの沈黙のあとで本当に面倒な男だと黒無常が舌打ちをした。黒無常は何かを言うことはせず、少女の腰を動かないように固定させる。いい子、と白無常が言う。少女か黒無常か、どちらに言ったのか、はたまた両方に言ったのかは白無常のみぞ知る。
 後孔に触れられた指がつぷりと侵入する。愛液をまとっていたのか幾らか滑りが良い。少女は未知の感覚にますます黒無常にしがみついた。黒無常はそんな少女の髪を優しく撫でるだけで、助けてくれることはしない。何度か浅い所で抽挿を繰り替えされる。く、と肉の淵を広げられたせいで少女は身体に力が入ってしまった。胎内に存在する黒無常の陰茎を締め付けてしまい、その貌をありありと感じてしまう。じわり、と熱が広がる。少女の薄い背に汗が伝った。後ろに収まった指の本数が増え、慣らすような動きをする。本来排泄を行うための穴で、覚えたばかりの性的快楽を拾っている事実に嘘だと叫びたかった。

「っう、あ……っ」

 白無常はずるりと指を引き抜いた。少女が物足りなさそうな声を出す。すっかり自身の陰茎は血を吸い上げ、鎌首を上げている。白無常が少女の柔らかな尻朶を左右に押し広げる。後孔は酸欠の魚のようにくぱ、くぱ、と口を開けたり閉めたりしている。その前方で黒無常の陰茎をしっかりと咥え込んでいるのが見えた。てらてらと愛液と精液が滴っている。淫猥だ。先端を窄まりに押し付けるとひっと少女の喉が引き攣った。少女の身体は不自然なまでにぶるぶると震えていた。ふるふると首を横に振る。

「むっ、無理……! そんなのっはいらない、」
「挿れるから大丈夫ですよ」

 そう笑って先端を何度か押し付けさせる。くぷ、くぷ、と淫猥な音を響かせながら窄まりは陰茎が収まることを歓迎していた。

「大丈夫なのか?」

 そう問うたのは黒無常だ。

「大丈夫ですよ」

 何の根拠もなく白無常が返答する。ふうん、と言ったきり黒無常は何も言わない。やだ、いやだ、と駄々っ子のように少女が怯えた声を出す。黒無常が宥めるように少女の目尻に唇を一つ、二つと落としていく。恋人のようだ、と誰かが呟いた。そんなこと、決してありはしないのだけれど。やだ、とか細い声が鼓膜を震わせた。白無常は笑みを一層深くさせる。

「〰〰っ! ァ゛っ……ひぎ、ぃ゛っ!♡」

 白無常は一気に奥まで挿入させた。大袈裟なまでに少女の身体が跳ねる。肉襞が戦慄き、押し出そうと蠢く。奥まった箇所にある、少し狭くなった所を突けば少女はだらしなく声をあげた。

「ぁ゛へっ♡ あ゛っ、ぉッ!♡」
「――ふ、っ、そんなに、はしたない声をあげて……」

 奥を捏ね繰り回すように腰で円を描いてやる。前にも後ろにも膨れた陰茎が挿入り混んでいるせいで肉筒はとても狭い。単純に気持ちが良い。抽挿させると肉が追い縋る感覚の他に、何か硬い物に擦れる。膣を犯したときには無い感覚だ。白無常が陰茎でぐ、と押してやるとびくりとそれは跳ねた。

「ふふ、肉越しに范無咎のちんぽが擦れてますね」
「気色悪いことを言うな、するな」

 すぱりと切り捨てられる。白無常はおかしくてくつくつと喉を震わせた。それきりお喋りをするのはやめた。舌の上に乗せた甘味を黒無常と二人で食らうことにしたのだ。
 二人は滅茶苦茶に少女の内臓を踏み荒らす。子宮口を穿たれる感覚も腸壁越しに子宮を叩かれる感覚も、どちらかの手により徒に乳首を引っ張られたり押しつぶされたりして刺激されるのも、陰核が黒無常の恥骨に擦れる感覚も、彼らの呼吸が自身の肌を舐める感覚も、何もかもが少女を快楽の海に引き摺り込み溺れさせた。呼吸もうまくできず、代わりに馬鹿みたいに音だけが出る。眼前に何度も星が瞬いている。初めての強すぎる刺激に少女は恐怖を覚えた。このままかえれなくなったらどうしようと、少女の中にいる子供が涙を零す。どこにも帰れないし還れないくせにと誰かが嗤った。

「――こ、われぅ゛っ♡ 前も後ろも、ゥ、あッ!♡ ごんごんひゃれてッぁ゛、あ――こわれ、ひゃう♡♡」
「大丈夫ですよ、壊れてもその都度直してあげますから」

 背後からかけられた柔らかな声は興奮に染まっていた。額とつむじに唇を押し付けられる。やだ、やだ、と少女は泣き喚いた。白無常の掌が愛しそうに少女の頬を撫でる。

「そう言ってお前はまた壊すんだろ?」

 挑発的に吐いたのは黒無常だ。白無常は黒無常を見た。

「……あはっ、」

 白無常がおかしそうに短く笑う。少女は声にならない悲鳴を上げながら喉を仰け反らせ快楽を逃がそうとする。その視界の中に白無常が映り込んだ。白無常は確かに笑っていた。歪に、口許に弧を描かせて目を細めさせていた。少女の身の毛が一気によだつ。出来ることなら逃げ出したかった。

「貴方も、でしょう?」

 ぞっとするような響きだ。その何処か楽しげな声がべたりと鼓膜に貼り付く。怖くて、恐ろしくて、少女はどういうことかと尋ねたかった。口を開いた直後、黒無常の陰茎の先端が子宮口から子宮に入り込み、白無常のそれは結腸に入り込んだ。強い電流のようなものが脳髄へと駆け上がる。眼前が真っ白になった。

「や゛ぁ゛ぁあっ!♡ 〰〰くるっくる、きぢゃ、ぁぅ゛ッ♡ ――や、やぁ゛っ、」

 何かに、どこかへ突き飛ばされるような衝撃が少女を襲った。先程知ったばかりの感覚を強めたものが少女の脳味噌の奥まった所を強く揺さぶる。これ以上強い刺激を継続的に与えられては気が狂ってしまう。身体がちぎれてしまいそうだ。やだ、いやだと少女は拙い舌で何度も叫んだ。男たちは笑って見ているだけだ。それどころか、より深みへ落そうとしている。少女は嘔吐いた。何も吐き出されない。自分の身体が壊れないように眼前にいる黒無常にしがみつくことしかできない。どちらも自分たちが気持ちよくなるための動きだ。少女はしゃくりあげた。怖い。そこには原始的な恐怖しかない。
 やめて、と叫びながら少女は上体を起こした。二人の姿はない。自分はベッドの上に座っていた。瞬きを繰り返しながら、緩慢とした動作で辺りを見渡す。荘園に来てから見慣れた自室。先程いた空間は欠片すらも残っていない。
 少女は安堵感から息を吐いた。酷い夢だ。身体がじっとりと汗ばんでいる。前髪が汗で額に貼り付いていた。あんな、誰にも言えないような夢を見たことに嫌悪を覚える。振り切るように首を左右に振った。朝の支度をしようと立ち上がり、固まる。生理でも来たのかと思う程に下着が濡れていることに気が付いた。まさかあんな酷い夢を見て、と胃に何も無い筈なのに何かが競り上がって来る。洗面台に駆け寄り嘔吐いた。だが、なにも吐き出されない。少女は昨夜見た酷い夢を追い出そうと頭を振る。そしてシャワー室へ入った。そしていつも通りの日が始まる。
 少女が眠るとまた見覚えのない場所へいた。恐らく昨日と同じ場所だ。少女は辺りを見渡す。二人の姿は見えないが、この場所にあの二人がいる。どうしてか解らないが断言できる。少女は走りだした。何処からともなく伸ばされた手にあっさりと少女の肩は掴まれる。

「いやっ、やだ!」
「ああ、暴れないで」

 白無常の口調こそは優しいが、解放してくれる兆しは一切見えない。直に背の高い男に挟まれ、少女は恐ろしくて涙を零す。どうしようもない、どうしようもできないことは理解しきっていた。強い快楽に狂ってしまえたら楽なのだろうかと思うが、少女にはその勇気はないし矜持が許さない。
 そして二人に存分に味わわれた後で、少女は目が覚める。それがやがて少女の一日に組み込むようになった。
 今日も昨日も一昨日も、その前だってずっと夢の中でおぞましい性行為をしている。そこまで欲求不満だったのかと自身が厭らしい人間になったようで少し悲しくなる。今朝も下着は使い物にならなくなっていた。少女は憂鬱そうに空気の塊を吐いた。
 ゲームで何度か白無常にも黒無常にも会ったが、彼らは容赦なく少女を傘で殴ってイスに括りつける。痛みでぐるぐると回る世界で、少女は自分だけが気にしているようで歯痒いような気持ちになる。そもそもあんな夢を勝手に見ている自分が悪いと言えばそうなのだけれど。治療され、少女は再び走れるようになった。暫くして自分一人だけとなってしまった。逃げられればサバイバーの勝利、捕まえられても引き分けで、少女は白黒無常から隠れながらゲートへと走る。ふと頭上にカラスが飛んでいることに気が付いた。どくりと心臓が跳ねる。少女は咄嗟に壁がたくさんある方向へと走った。そこには口を開いたハッチがあった。運が良い、と少女は嬉しい驚きを感じながらハッチへと駆け寄る。ハッチに飛び込む直前、白無常が穏やかに笑んで自身を見ていたのが見えた。
 その日も例に漏れず夢を見た。当然のように精液と快楽とで殺されている。少女はもう抵抗しなくなっていた。どれほど抵抗しても意味がないことを学習してしまっていた。早く終われと念じながら二人の男に凌辱される。今日も今日とて腹に精液を注がれる。薄い腹がぽっこりと膨れ上がり、弛緩した口から体液が時折勢いよく吹き出した。

「もうすぐ、もうすぐですよ」

 二人の掌が薄い皮膚の上から精液で満たされた子宮を撫でる。く、とどちらかが強く押した。それすらも気持ちが悦く、少女の口から声が漏れ出る。こぷ、と奥から溢れてきた重たい粘液が精液を外へと出す。

「どちらの、だろうな、」

 黒無常がぽつりと呟く。二人は急に少女の知らない言語で話し出す。何か歌のようにも聞こえた。絶頂に何度も追いやられたことによる疲労感で瞼がゆるゆると下がっていく。どちらかの掌が少女のまぶたを覆った。ひやりと、不自然なくらいに冷たい。

「……どちらでも」

 意識を手放す直前に、白無常は少女が理解できる言語で穏やかに囁いた。
 それきり、夢を見なくなった。結局あの夢は何だったのだろう。そう疑問に思うもやがて忘れていった。
 しばらくしてから少女はやたらオレンジを食べるようになった。偏食になりつつある少女にエマがオレンジの匂いがすると笑う。お日様の匂いだと笑うエマに少女はそうかな、と口の端を少しだけ上げさせた。陰りが頬を過ってなければ良いのだけれどと不安に思う。
 酸味のあるものを欲しがる、嘔吐、生理が遅れている。脳裏にいつかの母親が過る。少女自身が今よりもずっと幼いころの母親だ。いやいやまさかと少女は首を横に振る。そんな筈がない、だって荘園に来てからその原因となる行為なんてやっていない。身に覚えがない。それでも少女の背中に何処までも真っ暗な不安感がべたりと張り付いて、本当にと囁いている。
 いやいや、まさか、と呟いた。酷く不安定な響きだ。まさか、と小さく呟いた。ぎこちなく窓の外を見るが霧雨が叩いているだけだ。あるはずがない、だってあれは夢だ、と頼りないおまじないの言葉を小さく呟く。

「ああ、ごめん……ちょっと良いかな」

 イライに呼ばれ、少女は首を傾げる。もしかして何かやったのだろうか。少し考えてみるが身に覚えはない。しいて言うならば最近のゲームでミスが多いことだろうか。だがそれくらいのことを言う男ではない。

「どうしたの? イライ」

 そう尋ねると困ったようにイライは自分の頭をフードの上から掻いた。ええと、と何か言葉に詰まっているようだ。二人の足から伸びる影は床を伝い、壁にへばりついている。仄かに黒い人型は時折不安そうに揺れる。

「私の間違いであれば良いのだけれど……君の胎の中に、ええと……何て言ったら良いのか……ともかく、何か命のようなものが――」

2023/07/30
『拝啓、地獄の底から』2019/12/01発行

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昔書いてたててごの話を復活させたいな~って思ったけど膨大過ぎてやめた。

多分一気にするんじゃなくてちょっとずつ気に入ってたやつだけ上げるようにしたら良いんだろうな。
ててごで動いていた時のサーバーが今は亡きxria/xrieだったからナマエの所がその独自タグになっててちょっと面倒だな~と思ってるところ。
あのとき色々良くも悪くも様々な経験させてもらってたなあとしみじみ。
追記
取り敢えずアンソロはあげた!
ててごで動いていた時のサーバーが今は亡きxria/xrieだったからナマエの所がその独自タグになっててちょっと面倒だな~と思ってるところ。
あのとき色々良くも悪くも様々な経験させてもらってたなあとしみじみ。
追記
取り敢えずアンソロはあげた!

vueの勉強しなきゃいけないのかな~とおもっている

今サイトの小説をモーダルウィンドウで表示するようにしてるんだけどそのタグをもっと簡単にしたい。
今fancybox使ってリンクをしているんだけどそのタグが長いからもう少し気楽にしたい。あんまり解ってないんですけど必要な要素は固定なのでvueで必要な値だけをころころ変えれるようにしたい。
あと今てがろぐ使ってるけどヘッドレスCMSも気になってる。
#サイトのこと
今fancybox使ってリンクをしているんだけどそのタグが長いからもう少し気楽にしたい。あんまり解ってないんですけど必要な要素は固定なのでvueで必要な値だけをころころ変えれるようにしたい。
あと今てがろぐ使ってるけどヘッドレスCMSも気になってる。
#サイトのこと

aboutからてがろぐリンク貼りました

といってもスキンが違うだけです。あと表示されるカテゴリがmurmurのみになってます。
サイトの方のmemoは従来通りmurmurとrecordが見れます。
スキンが違うだけでこんなにも違う印象がある
独立したコンテンツっぽくしたかったので色味とか全然揃えていません。
逆に更新するのは気楽になるかも
サイトの方のmemoは従来通りmurmurとrecordが見れます。
スキンが違うだけでこんなにも違う印象がある
独立したコンテンツっぽくしたかったので色味とか全然揃えていません。
逆に更新するのは気楽になるかも

サンプル公開

ハッサク夢アンソロのサンプル公開しました(crepu.net/post/2603143)。
くるっぷで初めてサンプル公開したんですけど便利だなあ。
ただ閉鎖的であるので、まあお好きな人に届けば良いなと思った。
くるっぷで初めてサンプル公開したんですけど便利だなあ。
ただ閉鎖的であるので、まあお好きな人に届けば良いなと思った。

other+1

取り敢えずでpkmnとtt5持ってきました。またちょくちょく増やしたい。
otherにJBの獅子神夢追加しました。真経津に負けたギャンブラー男主が獅子神に執着していく話ほしい。獅子神さん優しいから受け止めてくれそうだけど他のギャンブラーズに阻止されててほしい。友達なので。
otherにJBの獅子神夢追加しました。真経津に負けたギャンブラー男主が獅子神に執着していく話ほしい。獅子神さん優しいから受け止めてくれそうだけど他のギャンブラーズに阻止されててほしい。友達なので。

さよならの練習を09

オフェンス
 講義室の一室でノートンは目を覚ました。あたりを見渡すと誰もいない。大講義室は特に鍵をかけられることは無いためにそのまま放っておかれたらしい。外に出ると美しい橙色の空が目を刺した。眩しくて顔の前に手を持っていく。今日はバイトも何もない。ノートンはスーパーでも寄ってから帰ろうかと廊下を歩く。透明のガラスの内側に、見知った影があった。珍しい、と思いながらノートンは開きっぱなしの教室に顔を覗かせる。上体を起こしているために寝ているわけではなさそうだ。

「ウィル?」

 声をかけられたウィリアムの肩が大袈裟に跳ねた。はっと振り返った顔が赤いのは、太陽だけのせいではないだろう。どうしたの、と尋ねるとあからさまに挙動不審な動きをする。ノートンは首を傾げさせた。
 思い当たることが何一つない。たまたま鞄の中にいれていた、すっかり室温と同じ温度になった缶コーヒーを渡す。ウィリアムはさんきゅ、と言いながら受け取り、プルタブを開けようとする。が、なかなかうまくいかない。かつん、かつんと爪はかたい音を立てさせている。
 何をそんなに、とノートンは冷めた目で見る。缶コーヒーを攫い、開けてから渡してやる。ウィリアムは両手で缶を持ち、じっと缶を見つめている。

「何があったか聞いても?」

 誰かと喧嘩した、誰かに告白されたなど、そう言った単純なものではなさそうだ。ウィリアムは唇を何かもごもごと動かしている。開けたり閉じたりすることを繰り返して何か模索をしているようだ。ノートンは携帯を触りながら気長に待つ。

「告白、されて……」

 ぽつ、とウィリアムの弱い声がノートンの鼓膜を震わせた。ノートンは目線をウィリアムにやる。ウィリアムはがばっと顔を上げて、顔を横に振る。

「や! 俺じゃなくて俺の友達なんだけど……ダチに告白されたらしくて」

 ぽつぽつと事の顛末を話すウィリアムにノートンは軽い相槌を打っていく。どうやらウィリアム自身が友達だと思っていた人に告白されたらしい。ふぅんとノートンは呟く。大したことじゃなくて良かったと少しだけ思った。そもそもそう言ったケースは過去に何度かあったような気がする。気持ちは嬉しいけれどと丁重に断っていたたような記憶がある。

「ウィルはその子とどうしたいの?」
「だから俺じゃなくて、」
「誰でも良いよ。どうしたいか真剣に考えて」

 ぴしゃりと言えばウィリアムは言葉を詰まらせる。困ったように眉を顰めさせている。うう、と情けない声が薄く開いた口から落ちた。両手でがしがしと髪を掻きむしっている。

「嫌、とかじゃねぇけど……」

 でも、だって、と何か悩んでいるらしい。珍しいと素直に思った。こんなに悩む人間だったのかと初めて知る。

「早く返事してあげたら? イエスでもノーでも放っておかれる方はつらいから」

 少しして、経験談か、とウィリアムは僅かに目を丸くしてノートンを見る。ノートンは元気そうだねと笑い返す。元気じゃねぇよと返された。

「返事は早めにしてあげてね」
「おう、今日バイトだからそれ終わったらするつもり」

 ありがとな、とウィリアムは歯を見せて笑った。じゃあまた今度、と手を振って走り出す。ノートンはウィリアムの背中を見送る。
 けれど、結局ウィリアムは返事をすることは出来なかったのだ。

2020/08/09
2022/06/07
 講義室の一室でノートンは目を覚ました。あたりを見渡すと誰もいない。大講義室は特に鍵をかけられることは無いためにそのまま放っておかれたらしい。外に出ると美しい橙色の空が目を刺した。眩しくて顔の前に手を持っていく。今日はバイトも何もない。ノートンはスーパーでも寄ってから帰ろうかと廊下を歩く。透明のガラスの内側に、見知った影があった。珍しい、と思いながらノートンは開きっぱなしの教室に顔を覗かせる。上体を起こしているために寝ているわけではなさそうだ。

「ウィル?」

 声をかけられたウィリアムの肩が大袈裟に跳ねた。はっと振り返った顔が赤いのは、太陽だけのせいではないだろう。どうしたの、と尋ねるとあからさまに挙動不審な動きをする。ノートンは首を傾げさせた。
 思い当たることが何一つない。たまたま鞄の中にいれていた、すっかり室温と同じ温度になった缶コーヒーを渡す。ウィリアムはさんきゅ、と言いながら受け取り、プルタブを開けようとする。が、なかなかうまくいかない。かつん、かつんと爪はかたい音を立てさせている。
 何をそんなに、とノートンは冷めた目で見る。缶コーヒーを攫い、開けてから渡してやる。ウィリアムは両手で缶を持ち、じっと缶を見つめている。

「何があったか聞いても?」

 誰かと喧嘩した、誰かに告白されたなど、そう言った単純なものではなさそうだ。ウィリアムは唇を何かもごもごと動かしている。開けたり閉じたりすることを繰り返して何か模索をしているようだ。ノートンは携帯を触りながら気長に待つ。

「告白、されて……」

 ぽつ、とウィリアムの弱い声がノートンの鼓膜を震わせた。ノートンは目線をウィリアムにやる。ウィリアムはがばっと顔を上げて、顔を横に振る。

「や! 俺じゃなくて俺の友達なんだけど……ダチに告白されたらしくて」

 ぽつぽつと事の顛末を話すウィリアムにノートンは軽い相槌を打っていく。どうやらウィリアム自身が友達だと思っていた人に告白されたらしい。ふぅんとノートンは呟く。大したことじゃなくて良かったと少しだけ思った。そもそもそう言ったケースは過去に何度かあったような気がする。気持ちは嬉しいけれどと丁重に断っていたたような記憶がある。

「ウィルはその子とどうしたいの?」
「だから俺じゃなくて、」
「誰でも良いよ。どうしたいか真剣に考えて」

 ぴしゃりと言えばウィリアムは言葉を詰まらせる。困ったように眉を顰めさせている。うう、と情けない声が薄く開いた口から落ちた。両手でがしがしと髪を掻きむしっている。

「嫌、とかじゃねぇけど……」

 でも、だって、と何か悩んでいるらしい。珍しいと素直に思った。こんなに悩む人間だったのかと初めて知る。

「早く返事してあげたら? イエスでもノーでも放っておかれる方はつらいから」

 少しして、経験談か、とウィリアムは僅かに目を丸くしてノートンを見る。ノートンは元気そうだねと笑い返す。元気じゃねぇよと返された。

「返事は早めにしてあげてね」
「おう、今日バイトだからそれ終わったらするつもり」

 ありがとな、とウィリアムは歯を見せて笑った。じゃあまた今度、と手を振って走り出す。ノートンはウィリアムの背中を見送る。
 けれど、結局ウィリアムは返事をすることは出来なかったのだ。

2020/08/09
2022/06/07

さよならの練習を08

オフェンス
 {{ namae }}の飛び降り未遂事件から数週間経った。世界は相変わらず何の苦も無く動いている。
 じーわ、じーわ。セミが鳴く。{{ namae }}は待ち合わせの駅から少し離れた所にある木の下に立っていた。熱されたアスファルトから発せられる熱気が{{ namae }}の肌を舐める。汗がじわりと浮かんで肌を滑り落ちる。手の甲で額に浮かんだ汗をぬぐった。
 {{ namae }}、と名前を呼ばれてそちらに意識を向ける。相変わらず暑そうな恰好をしたイライと、かなりラフな格好をしたナワーブがこちらに歩いて来る。

「君がエリスのお墓参りに僕たちと一緒に行くとは思わなかった」

 イライの言葉にまあね、と{{ namae }}は笑って見せた。
 三人で切符を買ってバスに乗り込む。ぬるい風が肌を舐める。他の乗客はいない。イライが降りる場所を教えてくれた。{{ namae }}は二人の後ろの席に座ってぼうっと外を眺める。山々の葉はすっかり濃い緑になっている。川で子供たちが網を持って何かを取っている。セミだろうか、ザリガニだろうか、。楽しそうだな、と薄っぺらい感想を抱いた。

「そう言えば前に現場にお参りに行ってたらしいじゃないか」

 イライが{{ namae }}に話題を投げた。何で真夜中なんかに、とナワーブが不審そうに眉を顰めさせる。{{ namae }}は解らないというように肩を竦めさせる。

「その時お酒を飲んでたし、僕はウィリアムと花火がしたかっただけ」

 あのワンカップにあった線香花火は君の仕業かぁとイライが腑に落ちたように言う。再び沈黙が支配する。バスはバス停をいくつも通り過ぎた。

「あのさ非科学的だと言われそうだと思って黙っていたんだけれど、あの時、エリスに呼ばれたような気がしてね」

 イライの言葉にあの時、と{{ namae }}は瞬きを落とす。恐らく飛び降り自殺未遂をしたときだろう。

「跳び起きて、無我夢中で他の皆にも呼び掛けて、ああいうことをしたんだ。……あながち夢じゃなかったのかもしれない、エリスは君のことを何かと気にかけていたから」

 イライの言葉を反芻させる。何かと気にかけてくれていたのだろうか。きっと自分自身のことが放っておけなかったのだろう。ウィリアムはこちらが寂しくなるほど誰にでも優しいから。

「……そうだと良いなぁ」

 窓から差し込む太陽の光が眩しい。{{ namae }}は少し目を閉じさせる。
 少しして目的の停留所にたどり着く。数枚の硬貨を渡して降りた。熱い湿り気のある空気がべたりと肌にへばりつく。ナワーブが無言で歩き出した。行こうか、とイライが言う。{{ namae }}はその後ろをついていく。セミの声がわんわん響く。木々が道の方まで伸びているせいでセミの声が空から直接降り注いでいる。煩いなと少しだけ思う。
 少し歩いているとウィリアムの墓前の前に立つ。白いユリを置いて祈りの言葉を口にする。
 {{ namae }}はあの時に現れたウィリアムのことを思う。あれはもしかしたら本当のウィリアムだったのかもしれない。そうだったら告白の返事くらいしてくれたって良かったのに、とちょっとだけつまらないような気持ちになる。
 行こうぜ、とナワーブに言われて{{ namae }}は二人の後を追いかけた。
 途中にあるファミレスに入って涼を取る。各々好きなものを注文して腹を満たすことにした。店員が運んでくれた水で乾いた喉を潤す。ふ、と息を吐いた。あれだけ掻いていた汗は何処かへ行ったようだ。

「僕さぁ、」

 ぽつり、{{ namae }}が呟く。

「ウィリアムにキスした事あるんだよね、素面のときに」

 イライが咳き込んだ。ナワーブが盛大に吹き出す。鼻からお茶でも出たの、と茶化すと無言で肩を拳で叩かれた。それはどう反応したら良いの、と咳き込んでいたイライが尋ねる。{{ namae }}は悪戯っ子のような笑みを浮かべる。そうなんだで終わる話じゃないかと笑ってみせた。

2020/08/09
2022/06/07
 {{ namae }}の飛び降り未遂事件から数週間経った。世界は相変わらず何の苦も無く動いている。
 じーわ、じーわ。セミが鳴く。{{ namae }}は待ち合わせの駅から少し離れた所にある木の下に立っていた。熱されたアスファルトから発せられる熱気が{{ namae }}の肌を舐める。汗がじわりと浮かんで肌を滑り落ちる。手の甲で額に浮かんだ汗をぬぐった。
 {{ namae }}、と名前を呼ばれてそちらに意識を向ける。相変わらず暑そうな恰好をしたイライと、かなりラフな格好をしたナワーブがこちらに歩いて来る。

「君がエリスのお墓参りに僕たちと一緒に行くとは思わなかった」

 イライの言葉にまあね、と{{ namae }}は笑って見せた。
 三人で切符を買ってバスに乗り込む。ぬるい風が肌を舐める。他の乗客はいない。イライが降りる場所を教えてくれた。{{ namae }}は二人の後ろの席に座ってぼうっと外を眺める。山々の葉はすっかり濃い緑になっている。川で子供たちが網を持って何かを取っている。セミだろうか、ザリガニだろうか、。楽しそうだな、と薄っぺらい感想を抱いた。

「そう言えば前に現場にお参りに行ってたらしいじゃないか」

 イライが{{ namae }}に話題を投げた。何で真夜中なんかに、とナワーブが不審そうに眉を顰めさせる。{{ namae }}は解らないというように肩を竦めさせる。

「その時お酒を飲んでたし、僕はウィリアムと花火がしたかっただけ」

 あのワンカップにあった線香花火は君の仕業かぁとイライが腑に落ちたように言う。再び沈黙が支配する。バスはバス停をいくつも通り過ぎた。

「あのさ非科学的だと言われそうだと思って黙っていたんだけれど、あの時、エリスに呼ばれたような気がしてね」

 イライの言葉にあの時、と{{ namae }}は瞬きを落とす。恐らく飛び降り自殺未遂をしたときだろう。

「跳び起きて、無我夢中で他の皆にも呼び掛けて、ああいうことをしたんだ。……あながち夢じゃなかったのかもしれない、エリスは君のことを何かと気にかけていたから」

 イライの言葉を反芻させる。何かと気にかけてくれていたのだろうか。きっと自分自身のことが放っておけなかったのだろう。ウィリアムはこちらが寂しくなるほど誰にでも優しいから。

「……そうだと良いなぁ」

 窓から差し込む太陽の光が眩しい。{{ namae }}は少し目を閉じさせる。
 少しして目的の停留所にたどり着く。数枚の硬貨を渡して降りた。熱い湿り気のある空気がべたりと肌にへばりつく。ナワーブが無言で歩き出した。行こうか、とイライが言う。{{ namae }}はその後ろをついていく。セミの声がわんわん響く。木々が道の方まで伸びているせいでセミの声が空から直接降り注いでいる。煩いなと少しだけ思う。
 少し歩いているとウィリアムの墓前の前に立つ。白いユリを置いて祈りの言葉を口にする。
 {{ namae }}はあの時に現れたウィリアムのことを思う。あれはもしかしたら本当のウィリアムだったのかもしれない。そうだったら告白の返事くらいしてくれたって良かったのに、とちょっとだけつまらないような気持ちになる。
 行こうぜ、とナワーブに言われて{{ namae }}は二人の後を追いかけた。
 途中にあるファミレスに入って涼を取る。各々好きなものを注文して腹を満たすことにした。店員が運んでくれた水で乾いた喉を潤す。ふ、と息を吐いた。あれだけ掻いていた汗は何処かへ行ったようだ。

「僕さぁ、」

 ぽつり、{{ namae }}が呟く。

「ウィリアムにキスした事あるんだよね、素面のときに」

 イライが咳き込んだ。ナワーブが盛大に吹き出す。鼻からお茶でも出たの、と茶化すと無言で肩を拳で叩かれた。それはどう反応したら良いの、と咳き込んでいたイライが尋ねる。{{ namae }}は悪戯っ子のような笑みを浮かべる。そうなんだで終わる話じゃないかと笑ってみせた。

2020/08/09
2022/06/07

さよならの練習を07

オフェンス
 {{ namae }}は弾かれたように駆け出した。ナワーブに嘘だと掴みかからなかったのは偉いと自画自賛する。それほどの余裕があるんだなとも何処か冷静な部分が自嘲した。今日に限ってアルコールは体内に入れていない。何時だって健康体だ。アルコールを入れておくべきだった。
 件の公園に行くと、そこは相変わらず子供たちの遊び場になっている。
 子供の笑い声。
 ボールの弾む音。
 セミの嘲笑。
 イヌの鳴き声。
 エンジンの音。
 子供の嗤笑。
 甲高い悲鳴。
 人々の冷笑。
 セミたちの揶揄。
 公園の入り口付近に錆びて片腕が取れた飛び出し坊やがぽつんと立っている。その傍らに交通事故の目撃情報を求める看板がある。それらの足元には、花束やらお菓子やらワンカップの中に入っている燃え尽きた線香がある。そのワンカップの中に、火のついていない線香花火が入っている。風に吹かれて、ゆぅらりと頭を揺らす。瞼の裏で線香花火が瞬いた。
 {{ namae }}は走った。逃げ出すようにしてただただ走った。脳裏に浮かぶ多くの人たち。皆スーツや制服、黒い服を着ている。百合の花。良い慣れない聖書の言葉。周囲の人たちは泣いていた。
 {{ namae }}が自室に駆けこむと、部屋の中は膨らんだゴム風船でいっぱいだった。ヘリウムで満たされたもの。人間の呼気で満たされたもの。好き勝手に浮かんだり倒れ伏したりしてごちゃごちゃと色鮮やかな風船が部屋を満たしている。窓の外でセミたちは{{ namae }}をがしゃがしゃと非難する。嘲笑う。哄笑する。喚く。罵倒する。
 {{ namae }}は顔を上げる。真っ赤な糸を結び付けた赤い風船は、椅子の背に括りつけられている。
 セミが一斉に口を噤んだ。{{ namae }}は意識的に息を吐く。アルコールの匂いがしない息が吐き出される。脳髄に、冷たいナイフでも刺し込まれた気持ちだった。{{ namae }}は自身の汗ばんだ掌をズボンに擦りつける。指先は酷く冷たい。浅い呼吸が何度も繰り返される。唇が、指先が、じん、と痺れを訴える。視界の端が暗くなる。立っていられなくて{{ namae }}は崩れ落ちた。
 酸素を吸い過ぎているのに脳味噌は酸素を求める。開きっぱなしの口の端から唾液が落ちる。ウィリアムの名前を叫ぶ。返事はない。ひょっこりと姿を現すことも、ない。それはそうだ、ウィリアムはもう既に死んでいる。夏休みに入る前に葬式だって執り行われた。そのことを{{ namae }}は漸く理解してしまった。把握してしまった。認識してしまった。
 うそだ、と呻くような声が響く。{{ namae }}は顔を上げ、地面を蹴って押し入れに飛びついた。押し入れを開けて、ウィリアムの姿を探す。半狂乱になりながら名前を叫んだ。だが返事はない。誰も現れない。押し入れに置いてある本や薬箱を乱雑に引っ張り出した。地面に突き落とされた物体たちは各々に文句を吐いた。{{ namae }}の耳には届かない。喧しさからか、先端を輪状に結んだビニル紐がどうしたのと顔を覗かせる。
 {{ namae }}は声を上げることをやめた。そう言えば何時片付けてしまったのだろうか、無意識下で行っていたのだろうか。{{ namae }}は肩で呼吸をしながらだらしなく笑った。セミも一緒に笑っている。嗤っている。哂っている。どうしようもない馬鹿だと叫んでいる。
 今度こそとカーテンレールにしっかり結びつけた。{{ namae }}はイスに上がり、輪の部分に首を潜らせる。なんだか素敵なもののように見えた。何だか素敵なことのように思えた。セミが応援している。部屋の風船たちが早くしろと急かす。どうせ誰も待っていないことを、{{ namae }}は解っている。ただ、死ぬための機会を口を開けて待っていただけだ。ただ、何となく死ぬ理由がなくて生きていただけだ。だがそれももう終わる。ウィリアムが死んだという大義名分で{{ namae }}のこの行為は肯定される。
 {{ namae }}は笑った。寂しいと笑った。待ち望んだハッピーエンドは手を開いて歓迎している。
 そして、暗転。






「――い、おい!」

 誰かに頬を叩かれている。痛みと呼びかけに{{ namae }}の意識は浮上する。ゆっくりと瞼を上げた。眩しくて、瞬きを何度か繰り返す。眼前に誰かがいる。次第にピントが合う、ほんの数分前の自分が探していた顔だ。

「……――ッ」

 音にはならなかった。代わりに{{ namae }}は激しくせき込む。大丈夫かと頭上から声がする。確認するために、腕を伸ばしてウィリアムの頬に触れた。温度がない。空気がそのまま質量を持ったようだ。ほんもの、と言葉が落ちる。都合の良い幻覚を未だ見ているのだか、と{{ namae }}は意味がない事を知った上で頬を抓ってみる。世界がループしているのか、と一瞬だけ錯覚する。ウィリアムの肩越しに赤い風船が揺れているのが見えた。

「何でこんな真似なんかしたんだ……!」

 ウィリアムの声には怒りや悲しみ、歯痒さ……そう言った感情が混ぜられて、複雑な音色になっていた。ウィリアムは{{ namae }}の首にかかっているビニル紐を外し、床に放った。苦言が始まるのかと{{ namae }}はぼんやりと思った。ウィリアムの逞しい腕が{{ namae }}の上体を起こす。やはり温度はない。触れられている感覚はあるのに、体温がない。手が離れる。寂しい、と素直に思った。何気なくカレンダーを見る。八月の中旬。都合の良い夢もこれで終わりなのだろう。いやだ、と叫びたい。何で、と詰りたい。置いていかないでと困らせたい。

「なあ、{{ namae }}、」
「つれてって、」
「え?」

 {{ namae }}の言葉にウィリアムは目を丸くさせた。{{ namae }}はまっすぐとウィリアムを見つめる。見つめるというより、睨みつけるだ。{{ namae }}はふらつく身体の儘、何とかして立ち上がる。大丈夫か、と伸ばされた手を払った。ウィリアムが驚いたような、傷ついたような顔をする。
 傷ついたのはこちらだ。ウィリアムよりもずっと酷く深く傷ついている筈だ。汗で濡れた額をぬぐう。目に汗が入って涙が零れる。{{ namae }}はウィリアムを見ながら移動をして、窓に触れた。自分の腰と同じくらいの高さにある窓枠に触れる。後ろ手で窓を開く。ぬるい風が部屋に流れ込み、風船を舞い上がらせる。ウィリアムのドレッドヘアが揺れる。
 本当にあの赤い風船みたいに閉じ込めておくことが出来れば良かったのに!
 {{ namae }}は笑う。笑う、というより自然に口角が吊り上がった。別に何かがおかしい訳ではない。どうしてかは解らないけれども{{ namae }}の顔は笑っている。何かの本で、失笑恐怖症なるものがあるというのを聞いたことがある。それなのだろうか。だから何だ。

「連れていってよ、僕を、ウィリアムの元に。出来るだろ?」
「出来たとしても俺がすると思うか?」

 ウィリアムは{{ namae }}の言葉に狼狽えることはせず、毅然と{{ namae }}を睨み返す。

「{{ namae }}、あんたは生きなきゃいけないんだ。俺は死んだけどあんたはまだ、」
「そんな話聞きたくない!」

 網戸を開けて、{{ namae }}は窓枠に座る。ウィリアムが動こうとする前に、{{ namae }}は動くなと叫ぶ。動いたら飛び降りてやると付け加える。安っぽい脅迫だ。それでもウィリアムの動きを止めるには十分だ。ウィリアムは歯を噛み締めながら{{ namae }}を見る。

「{{ namae }}、とりあえず部屋に戻ろう。戻って話をしよう」

 ウィリアムの言葉に{{ namae }}は首を横に振る。
 セミの声が響く。去年もその前もウィリアムと聞いたことがある。厳密には種類が違うので少しは違うだろうが。

「僕を、すくってみせろ、ウィリアム・エリス!」

 言うや否や、{{ namae }}は後ろに倒れ込んだ。
 ゆっくりと遠退く自室を視野に収めながら、後悔をした。緑、青、黄、橙、紫などのカラフルな風船が青い空を埋め尽くしている。セミたちは腹を抱えて笑っている。どうせならあの告白の返事を聞いてから飛び降りれば良かった。どうせならもう一度好きだと言えば良かった。きっと世界で一番好きだったと言えば良かった。後悔が漣のように押し寄せる。
 ぼすん、と背中がマットに沈む。セミが突然静かになる。反作用で自身の身体が押し上げられ、重力によって落ちていく。何度かそれを繰り返す。突然のことに{{ namae }}の思考はぶつりと切れた。何が起こったか理解しようとする。
 セミの声が返ってきた。合唱が世界を満たす。自室の窓から出ていった色鮮やかな風船たちは風に流されていく。青空に様々な色が散らばっている。汗が一気に噴き出す。死んでいない。身体が一気に酸素を求め、{{ namae }}は短く早い呼吸を繰り返す。どく、どく、と心臓が破裂せんばかりに脈を打つ。指の先までが熱く、汗で滑る。

「間に合った……」

 イライがひょっこりと顔を覗かせた。{{ namae }}はぱちくりとした顔でイライを見る。イライに腕を引かれてそのまま上体を起こす。どうして此処にイライがいるのか解らない。どうして自分の身体は地面に打ち付けられていないのか理解できない。解らなくて、阿呆のように目と口を開けるしかできない。どうしてを溢れさせて顔を上げる。赤い風船が赤い糸をなびかせながらどこかへ消えていった。

2020/08/09
2022/06/07
 {{ namae }}は弾かれたように駆け出した。ナワーブに嘘だと掴みかからなかったのは偉いと自画自賛する。それほどの余裕があるんだなとも何処か冷静な部分が自嘲した。今日に限ってアルコールは体内に入れていない。何時だって健康体だ。アルコールを入れておくべきだった。
 件の公園に行くと、そこは相変わらず子供たちの遊び場になっている。
 子供の笑い声。
 ボールの弾む音。
 セミの嘲笑。
 イヌの鳴き声。
 エンジンの音。
 子供の嗤笑。
 甲高い悲鳴。
 人々の冷笑。
 セミたちの揶揄。
 公園の入り口付近に錆びて片腕が取れた飛び出し坊やがぽつんと立っている。その傍らに交通事故の目撃情報を求める看板がある。それらの足元には、花束やらお菓子やらワンカップの中に入っている燃え尽きた線香がある。そのワンカップの中に、火のついていない線香花火が入っている。風に吹かれて、ゆぅらりと頭を揺らす。瞼の裏で線香花火が瞬いた。
 {{ namae }}は走った。逃げ出すようにしてただただ走った。脳裏に浮かぶ多くの人たち。皆スーツや制服、黒い服を着ている。百合の花。良い慣れない聖書の言葉。周囲の人たちは泣いていた。
 {{ namae }}が自室に駆けこむと、部屋の中は膨らんだゴム風船でいっぱいだった。ヘリウムで満たされたもの。人間の呼気で満たされたもの。好き勝手に浮かんだり倒れ伏したりしてごちゃごちゃと色鮮やかな風船が部屋を満たしている。窓の外でセミたちは{{ namae }}をがしゃがしゃと非難する。嘲笑う。哄笑する。喚く。罵倒する。
 {{ namae }}は顔を上げる。真っ赤な糸を結び付けた赤い風船は、椅子の背に括りつけられている。
 セミが一斉に口を噤んだ。{{ namae }}は意識的に息を吐く。アルコールの匂いがしない息が吐き出される。脳髄に、冷たいナイフでも刺し込まれた気持ちだった。{{ namae }}は自身の汗ばんだ掌をズボンに擦りつける。指先は酷く冷たい。浅い呼吸が何度も繰り返される。唇が、指先が、じん、と痺れを訴える。視界の端が暗くなる。立っていられなくて{{ namae }}は崩れ落ちた。
 酸素を吸い過ぎているのに脳味噌は酸素を求める。開きっぱなしの口の端から唾液が落ちる。ウィリアムの名前を叫ぶ。返事はない。ひょっこりと姿を現すことも、ない。それはそうだ、ウィリアムはもう既に死んでいる。夏休みに入る前に葬式だって執り行われた。そのことを{{ namae }}は漸く理解してしまった。把握してしまった。認識してしまった。
 うそだ、と呻くような声が響く。{{ namae }}は顔を上げ、地面を蹴って押し入れに飛びついた。押し入れを開けて、ウィリアムの姿を探す。半狂乱になりながら名前を叫んだ。だが返事はない。誰も現れない。押し入れに置いてある本や薬箱を乱雑に引っ張り出した。地面に突き落とされた物体たちは各々に文句を吐いた。{{ namae }}の耳には届かない。喧しさからか、先端を輪状に結んだビニル紐がどうしたのと顔を覗かせる。
 {{ namae }}は声を上げることをやめた。そう言えば何時片付けてしまったのだろうか、無意識下で行っていたのだろうか。{{ namae }}は肩で呼吸をしながらだらしなく笑った。セミも一緒に笑っている。嗤っている。哂っている。どうしようもない馬鹿だと叫んでいる。
 今度こそとカーテンレールにしっかり結びつけた。{{ namae }}はイスに上がり、輪の部分に首を潜らせる。なんだか素敵なもののように見えた。何だか素敵なことのように思えた。セミが応援している。部屋の風船たちが早くしろと急かす。どうせ誰も待っていないことを、{{ namae }}は解っている。ただ、死ぬための機会を口を開けて待っていただけだ。ただ、何となく死ぬ理由がなくて生きていただけだ。だがそれももう終わる。ウィリアムが死んだという大義名分で{{ namae }}のこの行為は肯定される。
 {{ namae }}は笑った。寂しいと笑った。待ち望んだハッピーエンドは手を開いて歓迎している。
 そして、暗転。






「――い、おい!」

 誰かに頬を叩かれている。痛みと呼びかけに{{ namae }}の意識は浮上する。ゆっくりと瞼を上げた。眩しくて、瞬きを何度か繰り返す。眼前に誰かがいる。次第にピントが合う、ほんの数分前の自分が探していた顔だ。

「……――ッ」

 音にはならなかった。代わりに{{ namae }}は激しくせき込む。大丈夫かと頭上から声がする。確認するために、腕を伸ばしてウィリアムの頬に触れた。温度がない。空気がそのまま質量を持ったようだ。ほんもの、と言葉が落ちる。都合の良い幻覚を未だ見ているのだか、と{{ namae }}は意味がない事を知った上で頬を抓ってみる。世界がループしているのか、と一瞬だけ錯覚する。ウィリアムの肩越しに赤い風船が揺れているのが見えた。

「何でこんな真似なんかしたんだ……!」

 ウィリアムの声には怒りや悲しみ、歯痒さ……そう言った感情が混ぜられて、複雑な音色になっていた。ウィリアムは{{ namae }}の首にかかっているビニル紐を外し、床に放った。苦言が始まるのかと{{ namae }}はぼんやりと思った。ウィリアムの逞しい腕が{{ namae }}の上体を起こす。やはり温度はない。触れられている感覚はあるのに、体温がない。手が離れる。寂しい、と素直に思った。何気なくカレンダーを見る。八月の中旬。都合の良い夢もこれで終わりなのだろう。いやだ、と叫びたい。何で、と詰りたい。置いていかないでと困らせたい。

「なあ、{{ namae }}、」
「つれてって、」
「え?」

 {{ namae }}の言葉にウィリアムは目を丸くさせた。{{ namae }}はまっすぐとウィリアムを見つめる。見つめるというより、睨みつけるだ。{{ namae }}はふらつく身体の儘、何とかして立ち上がる。大丈夫か、と伸ばされた手を払った。ウィリアムが驚いたような、傷ついたような顔をする。
 傷ついたのはこちらだ。ウィリアムよりもずっと酷く深く傷ついている筈だ。汗で濡れた額をぬぐう。目に汗が入って涙が零れる。{{ namae }}はウィリアムを見ながら移動をして、窓に触れた。自分の腰と同じくらいの高さにある窓枠に触れる。後ろ手で窓を開く。ぬるい風が部屋に流れ込み、風船を舞い上がらせる。ウィリアムのドレッドヘアが揺れる。
 本当にあの赤い風船みたいに閉じ込めておくことが出来れば良かったのに!
 {{ namae }}は笑う。笑う、というより自然に口角が吊り上がった。別に何かがおかしい訳ではない。どうしてかは解らないけれども{{ namae }}の顔は笑っている。何かの本で、失笑恐怖症なるものがあるというのを聞いたことがある。それなのだろうか。だから何だ。

「連れていってよ、僕を、ウィリアムの元に。出来るだろ?」
「出来たとしても俺がすると思うか?」

 ウィリアムは{{ namae }}の言葉に狼狽えることはせず、毅然と{{ namae }}を睨み返す。

「{{ namae }}、あんたは生きなきゃいけないんだ。俺は死んだけどあんたはまだ、」
「そんな話聞きたくない!」

 網戸を開けて、{{ namae }}は窓枠に座る。ウィリアムが動こうとする前に、{{ namae }}は動くなと叫ぶ。動いたら飛び降りてやると付け加える。安っぽい脅迫だ。それでもウィリアムの動きを止めるには十分だ。ウィリアムは歯を噛み締めながら{{ namae }}を見る。

「{{ namae }}、とりあえず部屋に戻ろう。戻って話をしよう」

 ウィリアムの言葉に{{ namae }}は首を横に振る。
 セミの声が響く。去年もその前もウィリアムと聞いたことがある。厳密には種類が違うので少しは違うだろうが。

「僕を、すくってみせろ、ウィリアム・エリス!」

 言うや否や、{{ namae }}は後ろに倒れ込んだ。
 ゆっくりと遠退く自室を視野に収めながら、後悔をした。緑、青、黄、橙、紫などのカラフルな風船が青い空を埋め尽くしている。セミたちは腹を抱えて笑っている。どうせならあの告白の返事を聞いてから飛び降りれば良かった。どうせならもう一度好きだと言えば良かった。きっと世界で一番好きだったと言えば良かった。後悔が漣のように押し寄せる。
 ぼすん、と背中がマットに沈む。セミが突然静かになる。反作用で自身の身体が押し上げられ、重力によって落ちていく。何度かそれを繰り返す。突然のことに{{ namae }}の思考はぶつりと切れた。何が起こったか理解しようとする。
 セミの声が返ってきた。合唱が世界を満たす。自室の窓から出ていった色鮮やかな風船たちは風に流されていく。青空に様々な色が散らばっている。汗が一気に噴き出す。死んでいない。身体が一気に酸素を求め、{{ namae }}は短く早い呼吸を繰り返す。どく、どく、と心臓が破裂せんばかりに脈を打つ。指の先までが熱く、汗で滑る。

「間に合った……」

 イライがひょっこりと顔を覗かせた。{{ namae }}はぱちくりとした顔でイライを見る。イライに腕を引かれてそのまま上体を起こす。どうして此処にイライがいるのか解らない。どうして自分の身体は地面に打ち付けられていないのか理解できない。解らなくて、阿呆のように目と口を開けるしかできない。どうしてを溢れさせて顔を上げる。赤い風船が赤い糸をなびかせながらどこかへ消えていった。

2020/08/09
2022/06/07

さよならの練習を06

オフェンス
 セミは相変わらず泣き叫んでいる。鳴く種類が豊富になったなとセミの声を聞きながら{{ namae }}はぼんやりと思った。今日は学校に行く用事がある為に外に出ている。ウィリアムは相変わらず浮かんだまま、いってらっしゃいと笑顔で送り出してくれた。尤も、出たくないと駄々を捏ねに捏ねたせいで後数分で閉まる時間だ。セミがもっと早く出れば良かったのにと非難しているような気持ちになる。
 日が傾きかけたにも関わらず、相変わらず暑い。うっかり融けて消えてしまいそうだ。足元を見れば水溜りの側に死んだセミが仰向けに寝転がっている。アリが餌にするのだろう、誰かがちぎったのかちぎれたのか解らないが、大量のアリが頭と胸の部位と、腹の部位を一生懸命に運んでいる。可哀想だと思ってもないことを呟く。セミの内側はがらんどうとしていた。
 大学の、クーラーのよく聞いた事務室に入り、必要な書類を受け取る。後は提出期限までに記入して提出すれば良い。早めに行動しないとなと思いながら{{ namae }}は携帯を取り出してカレンダーを見た。あと少しで盆に入るところだった。通りで人が少ないわけだ。間に合って良かったと書類を鞄に入れて、少し休憩がてらに学校内にある購買に移動する。やはり夏休みであることと盆で閉まることもあってか物の陳列は今一度だ。書籍コーナーに行くと{{ namae }}の好きな作者の新刊が出ている。買おうかどうか悩みながら手に取る。

「よぉ、{{ namae }}、久し振り」

 肩を叩かれ、振り返るとナワーブが立っていた。久し振り、と{{ namae }}は言う。そう言えば前に会ったのは何時だっけか。あの飲み会が最後だったかと記憶をなぞりつつ、{{ namae }}は本を元の場所に戻す。ナワーブの手には弁当があった。{{ namae }}はそれを見て、家の冷蔵庫に何かあっただろうかと思う。肉じゃがが鍋の中には後何人分あっただろうか。そう言えば、そろそろたまった酒瓶を捨てに行かないと、と忘れかけていたことを思い出す。自転車で、酒瓶たちと一緒に出れば良かったとどうにもならないことを後悔した。

「そういや、公園に行ってたんだって?」
「え、うん、まあ」

 {{ namae }}の言葉にナワーブはふぅんと興味なさそうに言う。行かなさそうなのに、と言われ、そうかなと返事をする。何だってそんなところで花火なんか、と笑われて{{ namae }}は適切な言葉を探そうとする。ウィリアムと花火をしに行っていたんだよ、という言葉は喉でゆっくりと殺した。

「うーん、まあ、気持ち的に」

 誰か見ていたのだろうか、と{{ namae }}は花火をした日のことを思い出す。酒のせいであまり記憶ははっきりとしないが、確かに光や煙が出ていれば誰かが来るか、とも思う。だが少なくとも{{ namae }}の知っている範囲では警察が来たことも近所らしい人が来たことも記憶にない。そう言えばごみはちゃんと捨てたっけ、と原型の留めていない記憶を漁る。酒のせいである筈の記憶が存在していない。むむ、と{{ namae }}は眉間に皺を寄せて考える。どうした、と尋ねられて、ごみの回収について思い出そうとしてた、と返す。結局考えるだけ意味がないと判断して{{ namae }}は考えることをやめた。

「で、何で風船なんか持ってたんだ?」
「……風船?」

 瞬きを落とす。そんなものあっただろうか。{{ namae }}は怪訝そうに眉を顰めさせる。ナワーブの言葉に記憶を探る。確かに赤い風船があった、ような気がする。でもだからそれが何だというんだろう。別に、と{{ namae }}は応えた。それ以上喋りかけないで欲しいという思いも込めて、素っ気なく返した。ナワーブはそっか、とだけ返す。別段興味が酷くあるという様子でもない。

「ごめん。僕、もう帰らないと」
「そっか。引き留めて悪い。あ……今度、イライとか連れて墓参りに行くけど、どうだ?」

 お前、泣けてなかっただろとナワーブが言う。{{ namae }}はきょとんとした。何の話だろうか。心当たりがない。

「墓参り? 誰の?」
「誰のって……」

 ナワーブが言葉を詰まらせた。少しして溜息を吐く。やれやれと言わんばかりに首を横に振っている。{{ namae }}は瞬時に今すぐにでも駆け出したい気持ちになっていた。橙色光がナワーブの顔の半分を照らしている。ナワーブが音を紡ぐ。{{ namae }}の耳は上手に聞き取れなかった。鼓膜は震わしたが脳味噌が認識することを拒否する。{{ namae }}の足は見えない手に捕まれていた。それがなければ{{ namae }}は駆け出していただろう。どこに。自分の部屋に。ウィリアムのいる所に。

「……大丈夫か?」

 はっと{{ namae }}は我に返った。反射でぎこちなく笑う。真っ青だぞと言うナワーブの声が、遠い。

2020/07/13
2022/06/07
 セミは相変わらず泣き叫んでいる。鳴く種類が豊富になったなとセミの声を聞きながら{{ namae }}はぼんやりと思った。今日は学校に行く用事がある為に外に出ている。ウィリアムは相変わらず浮かんだまま、いってらっしゃいと笑顔で送り出してくれた。尤も、出たくないと駄々を捏ねに捏ねたせいで後数分で閉まる時間だ。セミがもっと早く出れば良かったのにと非難しているような気持ちになる。
 日が傾きかけたにも関わらず、相変わらず暑い。うっかり融けて消えてしまいそうだ。足元を見れば水溜りの側に死んだセミが仰向けに寝転がっている。アリが餌にするのだろう、誰かがちぎったのかちぎれたのか解らないが、大量のアリが頭と胸の部位と、腹の部位を一生懸命に運んでいる。可哀想だと思ってもないことを呟く。セミの内側はがらんどうとしていた。
 大学の、クーラーのよく聞いた事務室に入り、必要な書類を受け取る。後は提出期限までに記入して提出すれば良い。早めに行動しないとなと思いながら{{ namae }}は携帯を取り出してカレンダーを見た。あと少しで盆に入るところだった。通りで人が少ないわけだ。間に合って良かったと書類を鞄に入れて、少し休憩がてらに学校内にある購買に移動する。やはり夏休みであることと盆で閉まることもあってか物の陳列は今一度だ。書籍コーナーに行くと{{ namae }}の好きな作者の新刊が出ている。買おうかどうか悩みながら手に取る。

「よぉ、{{ namae }}、久し振り」

 肩を叩かれ、振り返るとナワーブが立っていた。久し振り、と{{ namae }}は言う。そう言えば前に会ったのは何時だっけか。あの飲み会が最後だったかと記憶をなぞりつつ、{{ namae }}は本を元の場所に戻す。ナワーブの手には弁当があった。{{ namae }}はそれを見て、家の冷蔵庫に何かあっただろうかと思う。肉じゃがが鍋の中には後何人分あっただろうか。そう言えば、そろそろたまった酒瓶を捨てに行かないと、と忘れかけていたことを思い出す。自転車で、酒瓶たちと一緒に出れば良かったとどうにもならないことを後悔した。

「そういや、公園に行ってたんだって?」
「え、うん、まあ」

 {{ namae }}の言葉にナワーブはふぅんと興味なさそうに言う。行かなさそうなのに、と言われ、そうかなと返事をする。何だってそんなところで花火なんか、と笑われて{{ namae }}は適切な言葉を探そうとする。ウィリアムと花火をしに行っていたんだよ、という言葉は喉でゆっくりと殺した。

「うーん、まあ、気持ち的に」

 誰か見ていたのだろうか、と{{ namae }}は花火をした日のことを思い出す。酒のせいであまり記憶ははっきりとしないが、確かに光や煙が出ていれば誰かが来るか、とも思う。だが少なくとも{{ namae }}の知っている範囲では警察が来たことも近所らしい人が来たことも記憶にない。そう言えばごみはちゃんと捨てたっけ、と原型の留めていない記憶を漁る。酒のせいである筈の記憶が存在していない。むむ、と{{ namae }}は眉間に皺を寄せて考える。どうした、と尋ねられて、ごみの回収について思い出そうとしてた、と返す。結局考えるだけ意味がないと判断して{{ namae }}は考えることをやめた。

「で、何で風船なんか持ってたんだ?」
「……風船?」

 瞬きを落とす。そんなものあっただろうか。{{ namae }}は怪訝そうに眉を顰めさせる。ナワーブの言葉に記憶を探る。確かに赤い風船があった、ような気がする。でもだからそれが何だというんだろう。別に、と{{ namae }}は応えた。それ以上喋りかけないで欲しいという思いも込めて、素っ気なく返した。ナワーブはそっか、とだけ返す。別段興味が酷くあるという様子でもない。

「ごめん。僕、もう帰らないと」
「そっか。引き留めて悪い。あ……今度、イライとか連れて墓参りに行くけど、どうだ?」

 お前、泣けてなかっただろとナワーブが言う。{{ namae }}はきょとんとした。何の話だろうか。心当たりがない。

「墓参り? 誰の?」
「誰のって……」

 ナワーブが言葉を詰まらせた。少しして溜息を吐く。やれやれと言わんばかりに首を横に振っている。{{ namae }}は瞬時に今すぐにでも駆け出したい気持ちになっていた。橙色光がナワーブの顔の半分を照らしている。ナワーブが音を紡ぐ。{{ namae }}の耳は上手に聞き取れなかった。鼓膜は震わしたが脳味噌が認識することを拒否する。{{ namae }}の足は見えない手に捕まれていた。それがなければ{{ namae }}は駆け出していただろう。どこに。自分の部屋に。ウィリアムのいる所に。

「……大丈夫か?」

 はっと{{ namae }}は我に返った。反射でぎこちなく笑う。真っ青だぞと言うナワーブの声が、遠い。

2020/07/13
2022/06/07

さよならの練習を05

オフェンス
 ウィリアムが折れたために{{ namae }}はウィリアムと二人で出掛けることにした。と言ってもウィリアムが他者に見られないようにするために深夜に人気のない公園に行くことにした。日中、浮かれた気持ちで{{ namae }}は昼食を買うついでに線香花火を買い物かごに入れる。あまり派手な花火だと人が来ると思ったためだ。ライターと白い蝋燭などもかごにいれた。それからお気に入りの果実酒も一本、もう一本と入れる。出入口付近に置いている花を見て、{{ namae }}はそれにも手を伸ばした。
 部屋に戻り、購入したものをトートバッグに入れていく。そんなに楽しみか、と笑うウィリアムに{{ namae }}は頷いた。ウィリアムと何かを出来るという事実がもう既に楽しいのだ。ウィリアムに繋がれた赤い紐も忘れないように、離してしまわないようにトートバッグにきつく結わえる。

「俺は皆とワイワイした方が楽しいと思うけどなぁ」

 ウィリアムのその感性は{{ namae }}には理解できない。{{ namae }}のとって皆というのは親しい人だけだ。{{ namae }}にとって親しい人はほんの少しの人たちだ。だがウィリアムにとっての親しい人とは、{{ namae }}の親しい人よりも数倍の数なのだろう。{{ namae }}は一生理解できないし、理解しようとも思わない。
 {{ namae }}はウィリアムの言葉に返事はせずにグラスにお酒を入れては飲んでいく。

「お前、そんなに飲んで大丈夫か?」
「だいじょーぶ、そのうち分解される」

 そうじゃないとウィリアムが咎める。{{ namae }}はウィリアムの言葉に耳を貸さない。あっという間に酒瓶一本を空にする。{{ namae }}が少し体を動かせば、ぐらりと大袈裟に世界が揺れる。怖いものは何もない気がした。気がするだけだ。少し考えて、もう一本、と瓶を開ける。ウィリアムがやめとけよと忠告した、ような気がした。
 {{ namae }}がふと気付いた頃には部屋は真っ暗闇だった。酒をいつもよりも多い量を飲むと記憶がふつふつと途切れることがある。時計を見て、時間を確認する。いい塩梅だ。

「行くかぁ」

 {{ namae }}はそう言って立ち上がり、あらかじめ準備していたものたちを手に取った。
 草木も眠る深夜二時頃に公園に来ていた。家から左程遠い所ではない。草が生い茂るそこを懐中電灯で照らしながら進んでいく。公園の裏側にある地蔵に手を合わせて金属製のバケツを借りる。それに水を張った。誰かは起きているのか、アパートの部屋の電気がところどころに点いている。それでも誰かと擦れ違うことが無いために、まるで世界は自分だけのように錯覚をする。
 道路側に面したところを見れば、花が置いてある。交通事故注意と書かれた看板の文字が、街頭に照らされている。{{ namae }}はカバンから取り出した、梅酒の入ったワンカップに口を付ける。梅の爽やかな香りと甘い味がじんと舌を痺れさせた。トートバッグから飲みもしないチューハイなどを取り出し、置いていく。ぶつ、ぶつ、と壊れかけたゲーム機のように視界が一瞬途切れる。{{ namae }}は気が付くとその場に座り込んでいた。ぷん、と蚊の飛ぶ音がする。耳の側で何度もその音がする。ああ、と{{ namae }}は言葉とともにアルコールを含んだ息を吐き出した。視界の端で赤い風船がゆらりと揺れる。

「線香、焚かないと」

 {{ namae }}が独り言つ。トートバッグから取り出して火を点けた。それを空き瓶の中に置いて{{ namae }}は笑う。慣れ親しんだ匂いだ。ふ、ふ、と笑い声が零れる。線香の明かりが滲んでいる。飲み過ぎだと{{ namae }}はおかしくなった。
 {{ namae }}は公園に戻り、蝋燭に火を点けた。コンクリートの所に蝋を垂らし、融けた蝋の上に蝋燭を立てる。酔っぱらってもうまくいくもんだなと思った。線香花火を取り出して、火を点ける。線香花火はぱちぱちと光と音を弾けさせながら煌めき方を変えていく。一緒に見たかった景色の一つだ。火薬のにおいが鼻腔を擽る。手がぶれて、すぐに火種が落ちた。燃えがらをバケツの中に抛る。じゅ、と小さな音が聞こえる。{{ namae }}は線香花火を取り出して、もう一度火を点ける。二、三本程駄目にしてから{{ namae }}はふと空を見た。頬に冷たいものが落ちる。

「雨、」

 {{ namae }}の言葉に答えるように雨足はどんどん強くなる。{{ namae }}はトートバッグを掴んで屋根のあるアスレチックに移動した。帰らないと、とウィリアムの声がする。{{ namae }}は何度も横に首を振る。

「やだ、やだ。まだ遊びたい」

 ぐずぐずと{{ namae }}が幼子のように洟を啜る。そんなこと言うなよというウィリアムの声が遠い。
 酒のせいだ。酒のせいで記憶と現実と妄想とが混濁している。境界線を曖昧にさせている。もっと飲んでおけば良かった。飲まなければ良かった。正反対の感情がぶつかり混ざり合い、形がなくなる。
 急に吐き気を覚えて{{ namae }}はふらつく足の儘、転びそうになりながらも駆け出した。口許を抑えて公園の周りを囲む側溝を見下ろす。金網のその下には水が流れる音がする。嘔吐いて、吐いた。側溝に吐瀉物が吸い込まれていく。何度も何度も{{ namae }}は嘔吐く。一頻り吐いたあと、{{ namae }}はどこかすっきりとした、何処か冷静な気分で吐瀉物を見る。
 何で、こんな所にいるんだっけか。

2020/07/12
2022/06/07
 ウィリアムが折れたために{{ namae }}はウィリアムと二人で出掛けることにした。と言ってもウィリアムが他者に見られないようにするために深夜に人気のない公園に行くことにした。日中、浮かれた気持ちで{{ namae }}は昼食を買うついでに線香花火を買い物かごに入れる。あまり派手な花火だと人が来ると思ったためだ。ライターと白い蝋燭などもかごにいれた。それからお気に入りの果実酒も一本、もう一本と入れる。出入口付近に置いている花を見て、{{ namae }}はそれにも手を伸ばした。
 部屋に戻り、購入したものをトートバッグに入れていく。そんなに楽しみか、と笑うウィリアムに{{ namae }}は頷いた。ウィリアムと何かを出来るという事実がもう既に楽しいのだ。ウィリアムに繋がれた赤い紐も忘れないように、離してしまわないようにトートバッグにきつく結わえる。

「俺は皆とワイワイした方が楽しいと思うけどなぁ」

 ウィリアムのその感性は{{ namae }}には理解できない。{{ namae }}のとって皆というのは親しい人だけだ。{{ namae }}にとって親しい人はほんの少しの人たちだ。だがウィリアムにとっての親しい人とは、{{ namae }}の親しい人よりも数倍の数なのだろう。{{ namae }}は一生理解できないし、理解しようとも思わない。
 {{ namae }}はウィリアムの言葉に返事はせずにグラスにお酒を入れては飲んでいく。

「お前、そんなに飲んで大丈夫か?」
「だいじょーぶ、そのうち分解される」

 そうじゃないとウィリアムが咎める。{{ namae }}はウィリアムの言葉に耳を貸さない。あっという間に酒瓶一本を空にする。{{ namae }}が少し体を動かせば、ぐらりと大袈裟に世界が揺れる。怖いものは何もない気がした。気がするだけだ。少し考えて、もう一本、と瓶を開ける。ウィリアムがやめとけよと忠告した、ような気がした。
 {{ namae }}がふと気付いた頃には部屋は真っ暗闇だった。酒をいつもよりも多い量を飲むと記憶がふつふつと途切れることがある。時計を見て、時間を確認する。いい塩梅だ。

「行くかぁ」

 {{ namae }}はそう言って立ち上がり、あらかじめ準備していたものたちを手に取った。
 草木も眠る深夜二時頃に公園に来ていた。家から左程遠い所ではない。草が生い茂るそこを懐中電灯で照らしながら進んでいく。公園の裏側にある地蔵に手を合わせて金属製のバケツを借りる。それに水を張った。誰かは起きているのか、アパートの部屋の電気がところどころに点いている。それでも誰かと擦れ違うことが無いために、まるで世界は自分だけのように錯覚をする。
 道路側に面したところを見れば、花が置いてある。交通事故注意と書かれた看板の文字が、街頭に照らされている。{{ namae }}はカバンから取り出した、梅酒の入ったワンカップに口を付ける。梅の爽やかな香りと甘い味がじんと舌を痺れさせた。トートバッグから飲みもしないチューハイなどを取り出し、置いていく。ぶつ、ぶつ、と壊れかけたゲーム機のように視界が一瞬途切れる。{{ namae }}は気が付くとその場に座り込んでいた。ぷん、と蚊の飛ぶ音がする。耳の側で何度もその音がする。ああ、と{{ namae }}は言葉とともにアルコールを含んだ息を吐き出した。視界の端で赤い風船がゆらりと揺れる。

「線香、焚かないと」

 {{ namae }}が独り言つ。トートバッグから取り出して火を点けた。それを空き瓶の中に置いて{{ namae }}は笑う。慣れ親しんだ匂いだ。ふ、ふ、と笑い声が零れる。線香の明かりが滲んでいる。飲み過ぎだと{{ namae }}はおかしくなった。
 {{ namae }}は公園に戻り、蝋燭に火を点けた。コンクリートの所に蝋を垂らし、融けた蝋の上に蝋燭を立てる。酔っぱらってもうまくいくもんだなと思った。線香花火を取り出して、火を点ける。線香花火はぱちぱちと光と音を弾けさせながら煌めき方を変えていく。一緒に見たかった景色の一つだ。火薬のにおいが鼻腔を擽る。手がぶれて、すぐに火種が落ちた。燃えがらをバケツの中に抛る。じゅ、と小さな音が聞こえる。{{ namae }}は線香花火を取り出して、もう一度火を点ける。二、三本程駄目にしてから{{ namae }}はふと空を見た。頬に冷たいものが落ちる。

「雨、」

 {{ namae }}の言葉に答えるように雨足はどんどん強くなる。{{ namae }}はトートバッグを掴んで屋根のあるアスレチックに移動した。帰らないと、とウィリアムの声がする。{{ namae }}は何度も横に首を振る。

「やだ、やだ。まだ遊びたい」

 ぐずぐずと{{ namae }}が幼子のように洟を啜る。そんなこと言うなよというウィリアムの声が遠い。
 酒のせいだ。酒のせいで記憶と現実と妄想とが混濁している。境界線を曖昧にさせている。もっと飲んでおけば良かった。飲まなければ良かった。正反対の感情がぶつかり混ざり合い、形がなくなる。
 急に吐き気を覚えて{{ namae }}はふらつく足の儘、転びそうになりながらも駆け出した。口許を抑えて公園の周りを囲む側溝を見下ろす。金網のその下には水が流れる音がする。嘔吐いて、吐いた。側溝に吐瀉物が吸い込まれていく。何度も何度も{{ namae }}は嘔吐く。一頻り吐いたあと、{{ namae }}はどこかすっきりとした、何処か冷静な気分で吐瀉物を見る。
 何で、こんな所にいるんだっけか。

2020/07/12
2022/06/07

さよならの練習を04

オフェンス
 茹だるような暑さの中、{{ namae }}はぼんやりとスーパーの袋の中にある食事たちが痛まないか心配した。セミがそんな{{ namae }}を嘲笑っている。声を上げて笑っている。馬鹿にしている。もう少しスーパーにいれば良かったかなとぼんやりと思った。思うだけだ。足はせこせこと熱されたアスファルトの上を歩いていく。早く帰りたい気持ちばかりが{{ namae }}の目の前を走っている。熱で碌にはたらかない頭でも、足は確実に帰路を歩いている。
 部屋にウィリアムがいるからだ。
 目の前にぱっと光が落ちた気がした。セミの声が一瞬だけ途切れる。頭上にカラスでもよぎったのだろう。
 {{ namae }}はウィリアムの名前を大切そうに呟く。お祈りをするときのように呟く。舌の上で丹念に転がして、一つひとつ、丁寧に音にする。
 セミが大合唱をし始めた。祝ってくれているのだ、と汗だくの脳味噌は錯覚する。熱されたアスファルトの上に大型のセミが肢を広げて仰向けに寝転んでいる。その横を大勢のアリたちが楽しそうに蠢いていた。
 暫くして、{{ namae }}は自室の前へと来た。鍵を開けてドアを開く。涼しい風が{{ namae }}の腕を舐めた。クーラーの効いた涼しい部屋に入るとウィリアムがおかえりと言ってくれる。単純な嬉しさに{{ namae }}は頬を緩ませた。何か楽しいことでもあったのか、とウィリアムが楽しそうに尋ねる。何でもないよと言う。言うべきことではないし、わざわざ伝えるまででもない。
 レジ袋から総菜を取り出し皿に移してレンジに入れた。ウィリアムは相変わらずふよふよと宙を漂っている。{{ namae }}はウィリアムの健康そうな足首に絡みつく、赤い紐が椅子に括られているのを見て安堵感に目を細める。
 {{ namae }}は食事を終えた容器を軽く水で洗ってからゴミ箱に入れた。今度百貨店の地下にある総菜を買って美味しいお酒を飲んでみたい。家にテレビが無いので気を紛らわせるために音楽を流す。何度も聞いたアーティストの歌声が軽快な曲に乗せられている。このアーティスト、好きなんだとウィリアムに言われてそうなんだと頷いたのはまだ制服に袖を通していた頃だ。

「あのさ、ウィリアム」

 ぽつり、と{{ namae }}が呟く。甘えたような子供の声だ。ええと、と言葉を選んでいる。ウィリアムは急かすこともせずに{{ namae }}の言葉を待っている。

「一緒に何処か、遊びに行かない?」

 {{ namae }}の言葉にウィリアムは瞬きをする。何かを考えるように視線を左から右へと移動させる。

「{{ namae }}、よく考えろよ。浮かぶ男を連れて行く男って、どこからどう見てもツッコミどころしかないぞ」

 そう言われて初めて{{ namae }}は想像してみる。確かに、どこからどう見てもおかしい点しかない。しかも知り合いに会ったら大変だ。{{ namae }}の脳裏にイライやナワーブ、イソップにノートンの姿が過る。ウィリアムが何かに誘ってくれたときには大抵彼らがいた。何度も顔を合わしたり言葉を交わしたりしているためにお互いがお互いの存在を知っている。ウィリアムに言わせてみれば友達、{{ namae }}に言わせてみれば少し親しい顔見知りだ。

「うん、そうだけど。でも、ウィリアムと海とか、公園とか、水族館とか……あちこち行きたい」

 去年とても楽しかったから、と{{ namae }}は楽しい記憶に触れる。人込みの多い場所でもウィリアムは{{ namae }}を見付けてくれる。海に遊びに行ったときに、{{ namae }}が岩の裏でぼうっとしていたらウィリアムが来てくれたことがある。あまり人のいないその空間でほんの少しだけ、自分二人だけを残して世界に置いて行かれたような気持ちになったこともある。{{ namae }}は、隣にいるのがウィリアムだったからその感覚が嫌いではなかった。そのまま続けば良いのになぁと願いながら他愛のないことを一言二言言葉を交わした。
 ウィリアムは覚えていないだろうけれど、{{ namae }}にとっては大切な思い出だ。イライたちが眠る電車の中で、{{ namae }}だけは目を開けていた。夜の海はどこまでも暗い。明るい電車の中で数人の鼾や寝息が聞こえる。隣に座っていたウィリアムが不意に伸びをした。大きな欠伸をして寝ぼけ眼で{{ namae }}と目が合う。そのウィリアムのあどけなさと言ったら筆舌に尽くし難いものだった。来年も行きたいね、と静かな声で言えば、ウィリアムが連れてってやるよといつもよりも気の抜けた笑顔と声で返してくれた。触れたくなって、耳の後ろ擽っていれば、ウィリアムは寝てしまった。思えばもう既に{{ namae }}はウィリアムに対して好意を抱いていたのだろう。
 {{ namae }}は反射的に息を鋭く吸った。息苦しさは緩和されない。
 この感情は、出してはいけない。もう表に出してはいけない。後悔するだろう、しただろう。あれ、いつ、どこで、出したことがあるのだっけ。後悔したことがあるのだっけ。
 じわり。冷たい汗が分泌され、背中を流れる。
 何か、忘れているような気がする。何を忘れた? 何が思い出せない? 重大な何か。
 脳裏にオレンジ色の景色が一瞬だけ過る。
――何だったっけ。これは何だっけ
 脳味噌のはたらきが鈍くなる。
――そういえば
 はたり、と{{ namae }}は気が付いた。視界がじわりと暗くなる。何度も呼吸を繰り返しているのに全く楽にならない。
――ウィリアムは、あれ以降何も連絡を返してくれない

「――大丈夫か?」

 ウィリアムの声で{{ namae }}の意識は現実に返って来る。顔を上げればウィリアムが心配そうに眉尻を下げていた。
 そうだ、何を忘れていようがどうでも良いじゃないか。忘れていると言うことは、覚える価値が無いことに違いない。
 そう納得をして{{ namae }}はウィリアムに心配をかけないようにと笑いかける。

「うん、ちょっと、いつもの癖かな」

 自身の喉に触れる。意識的に息を吸って、吐いた。息苦しさはない。
 なら良いけど、とウィリアムが言う。いけない、心配させてしまった。{{ namae }}はごまかすように、水族館、と呟いた。ウィリアムは口をへの字にさせて自分の後頭部をがしがしと掻いている。迷っているのだ。あともう一押しすれば行けそうな気がする。なんだかんだでウィリアムは優しい人だ。

「水族館は諦めるけど……例えば真夜中の散歩だったら……良い? それでも、ダメ?」

 {{ namae }}は申し訳なさそうに眉を顰めさせた。その顔で僅かに首を傾げて、ウィリアムを見上げる。そうすれば大抵ウィリアムは折れてくれる、気がする。経験則だ。もしかしたらダメかもしれない。気のせいかもしれない。ウィリアムが溜息を吐いた。

「お前、それわざと?」
「……え?」

 ウィリアムの言葉に{{ namae }}は自身の口角が上がるのを感じた。

2020/07/05
2022/06/07
 茹だるような暑さの中、{{ namae }}はぼんやりとスーパーの袋の中にある食事たちが痛まないか心配した。セミがそんな{{ namae }}を嘲笑っている。声を上げて笑っている。馬鹿にしている。もう少しスーパーにいれば良かったかなとぼんやりと思った。思うだけだ。足はせこせこと熱されたアスファルトの上を歩いていく。早く帰りたい気持ちばかりが{{ namae }}の目の前を走っている。熱で碌にはたらかない頭でも、足は確実に帰路を歩いている。
 部屋にウィリアムがいるからだ。
 目の前にぱっと光が落ちた気がした。セミの声が一瞬だけ途切れる。頭上にカラスでもよぎったのだろう。
 {{ namae }}はウィリアムの名前を大切そうに呟く。お祈りをするときのように呟く。舌の上で丹念に転がして、一つひとつ、丁寧に音にする。
 セミが大合唱をし始めた。祝ってくれているのだ、と汗だくの脳味噌は錯覚する。熱されたアスファルトの上に大型のセミが肢を広げて仰向けに寝転んでいる。その横を大勢のアリたちが楽しそうに蠢いていた。
 暫くして、{{ namae }}は自室の前へと来た。鍵を開けてドアを開く。涼しい風が{{ namae }}の腕を舐めた。クーラーの効いた涼しい部屋に入るとウィリアムがおかえりと言ってくれる。単純な嬉しさに{{ namae }}は頬を緩ませた。何か楽しいことでもあったのか、とウィリアムが楽しそうに尋ねる。何でもないよと言う。言うべきことではないし、わざわざ伝えるまででもない。
 レジ袋から総菜を取り出し皿に移してレンジに入れた。ウィリアムは相変わらずふよふよと宙を漂っている。{{ namae }}はウィリアムの健康そうな足首に絡みつく、赤い紐が椅子に括られているのを見て安堵感に目を細める。
 {{ namae }}は食事を終えた容器を軽く水で洗ってからゴミ箱に入れた。今度百貨店の地下にある総菜を買って美味しいお酒を飲んでみたい。家にテレビが無いので気を紛らわせるために音楽を流す。何度も聞いたアーティストの歌声が軽快な曲に乗せられている。このアーティスト、好きなんだとウィリアムに言われてそうなんだと頷いたのはまだ制服に袖を通していた頃だ。

「あのさ、ウィリアム」

 ぽつり、と{{ namae }}が呟く。甘えたような子供の声だ。ええと、と言葉を選んでいる。ウィリアムは急かすこともせずに{{ namae }}の言葉を待っている。

「一緒に何処か、遊びに行かない?」

 {{ namae }}の言葉にウィリアムは瞬きをする。何かを考えるように視線を左から右へと移動させる。

「{{ namae }}、よく考えろよ。浮かぶ男を連れて行く男って、どこからどう見てもツッコミどころしかないぞ」

 そう言われて初めて{{ namae }}は想像してみる。確かに、どこからどう見てもおかしい点しかない。しかも知り合いに会ったら大変だ。{{ namae }}の脳裏にイライやナワーブ、イソップにノートンの姿が過る。ウィリアムが何かに誘ってくれたときには大抵彼らがいた。何度も顔を合わしたり言葉を交わしたりしているためにお互いがお互いの存在を知っている。ウィリアムに言わせてみれば友達、{{ namae }}に言わせてみれば少し親しい顔見知りだ。

「うん、そうだけど。でも、ウィリアムと海とか、公園とか、水族館とか……あちこち行きたい」

 去年とても楽しかったから、と{{ namae }}は楽しい記憶に触れる。人込みの多い場所でもウィリアムは{{ namae }}を見付けてくれる。海に遊びに行ったときに、{{ namae }}が岩の裏でぼうっとしていたらウィリアムが来てくれたことがある。あまり人のいないその空間でほんの少しだけ、自分二人だけを残して世界に置いて行かれたような気持ちになったこともある。{{ namae }}は、隣にいるのがウィリアムだったからその感覚が嫌いではなかった。そのまま続けば良いのになぁと願いながら他愛のないことを一言二言言葉を交わした。
 ウィリアムは覚えていないだろうけれど、{{ namae }}にとっては大切な思い出だ。イライたちが眠る電車の中で、{{ namae }}だけは目を開けていた。夜の海はどこまでも暗い。明るい電車の中で数人の鼾や寝息が聞こえる。隣に座っていたウィリアムが不意に伸びをした。大きな欠伸をして寝ぼけ眼で{{ namae }}と目が合う。そのウィリアムのあどけなさと言ったら筆舌に尽くし難いものだった。来年も行きたいね、と静かな声で言えば、ウィリアムが連れてってやるよといつもよりも気の抜けた笑顔と声で返してくれた。触れたくなって、耳の後ろ擽っていれば、ウィリアムは寝てしまった。思えばもう既に{{ namae }}はウィリアムに対して好意を抱いていたのだろう。
 {{ namae }}は反射的に息を鋭く吸った。息苦しさは緩和されない。
 この感情は、出してはいけない。もう表に出してはいけない。後悔するだろう、しただろう。あれ、いつ、どこで、出したことがあるのだっけ。後悔したことがあるのだっけ。
 じわり。冷たい汗が分泌され、背中を流れる。
 何か、忘れているような気がする。何を忘れた? 何が思い出せない? 重大な何か。
 脳裏にオレンジ色の景色が一瞬だけ過る。
――何だったっけ。これは何だっけ
 脳味噌のはたらきが鈍くなる。
――そういえば
 はたり、と{{ namae }}は気が付いた。視界がじわりと暗くなる。何度も呼吸を繰り返しているのに全く楽にならない。
――ウィリアムは、あれ以降何も連絡を返してくれない

「――大丈夫か?」

 ウィリアムの声で{{ namae }}の意識は現実に返って来る。顔を上げればウィリアムが心配そうに眉尻を下げていた。
 そうだ、何を忘れていようがどうでも良いじゃないか。忘れていると言うことは、覚える価値が無いことに違いない。
 そう納得をして{{ namae }}はウィリアムに心配をかけないようにと笑いかける。

「うん、ちょっと、いつもの癖かな」

 自身の喉に触れる。意識的に息を吸って、吐いた。息苦しさはない。
 なら良いけど、とウィリアムが言う。いけない、心配させてしまった。{{ namae }}はごまかすように、水族館、と呟いた。ウィリアムは口をへの字にさせて自分の後頭部をがしがしと掻いている。迷っているのだ。あともう一押しすれば行けそうな気がする。なんだかんだでウィリアムは優しい人だ。

「水族館は諦めるけど……例えば真夜中の散歩だったら……良い? それでも、ダメ?」

 {{ namae }}は申し訳なさそうに眉を顰めさせた。その顔で僅かに首を傾げて、ウィリアムを見上げる。そうすれば大抵ウィリアムは折れてくれる、気がする。経験則だ。もしかしたらダメかもしれない。気のせいかもしれない。ウィリアムが溜息を吐いた。

「お前、それわざと?」
「……え?」

 ウィリアムの言葉に{{ namae }}は自身の口角が上がるのを感じた。

2020/07/05
2022/06/07
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