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Novel pkmn 今日はえいえんの最初の日(シンオウでウォロと再会/完結)
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tt5 !+さよならの練習を(男主とオフェンスが過ごす真夏の話/現パロ/完結)
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other

さよならの練習を03

オフェンス
「……何、してるの」

 {{ namae }}の声帯が紡いだのは何処か間の抜けた音だった。何って、と宙に浮いているウィリアムが丸い目をきょとんとさせる。{{ namae }}は心臓が脈打つのを感じた。じわり、じわりと心臓が指先にまで熱を運んでいく。
 {{ namae }}の眼前にいるウィリアムは、確かに浮いていた。数センチなんてものではない。ウィリアムはしゃがみ込むようにして{{ namae }}の顔を見ているが、その頭のてっぺんは天井とくっついているように見える。風船のようだ。あのヘリウムガスをぱんぱんに詰め込ませた風船を思い出させた。部屋の中に横たわる風船たちはクーラーの風に吹かれ、僅かに移動している。

「ああ、何でか解らねぇけど、こうなってて」

 いたずらっ子のようにウィリアムは笑う。そうなんだと{{ namae }}は何も考えずに音を出す。
 ウィリアムがそう言うならそうなんだろうと納得しながら身体を起こす。そこには自然世界に成り立つ法則や道理などは存在しない。
 頭を打ち付けたせいで世界は大げさに揺れる。喉に何かが引っかかり激しく咳き込んだ。だいじょうぶかぁ、とからから笑うウィリアムの声がする。どこか間延びしているように聞こえた。{{ namae }}は泣きたいような気持ちになった。胸を占めていた寂しさが一気に歓びに変わり果てたのだ。大丈夫と咳き込みながらも返事をする。足元にあった、不格好な結び目を作りつつもちぎれて一本になったビニル紐は捨てることにした。
 {{ namae }}は顔を上げてウィリアムを見上げる。ウィリアムはやはり物理的な法則を無視をして風船のようにぷかぷかと浮いている。しかし{{ namae }}のろくにはたらかない頭は何も感じなかった。何だかおかしいなと何処かで思いつつも、そう言うものなんだろうと納得している。それよりも何かウィリアムに伝えなければいけないという使命感に似た物を強く感じている。しかし何を伝えようとしていたのか思い出せない。内容が何も思い出せない。暑さのせいか、それとも頭をぶつけたからだろうか。焦燥感が顔を出した。じり、じりと日光に焼かれるアスファルトを思い出す。はたまた、と考えかけて即座に脳味噌がはたらくことをやめた。何だって良いじゃないか。だって目の前にウィリアムがいるのだから。考えることを放棄する。その通りだと、{{ namae }}はうっそりと目を細めさせる。全く持ってその通りだ。何かを伝えたいと思っていたのは確かだが、何も思い出せないのならば仕方がない。
 瞬間にセミの声が返ってきた。大合唱をしている。喧しく鳴き声を上げて雌を引き寄せようとしている。
 きっと祝っているんだ、ウィリアムが自身の部屋にいる事実に。
 身勝手なことを考えて言葉にした。それは{{ namae }}を愉快な気持ちにさせる。滑稽さは{{ namae }}の唇を弧に描かせる。

「そのままだと、飛んでいきそうだね」
「ん? ああ、俺?」

 確かになあと他人事のような言葉を出すウィリアムにほんの少しだけ苛立ちを覚える。ウィリアムの話を聞く限り、どうやらあまり身動き取れないらしい。不自由だなあとぼんやりと呟きながらも{{ namae }}は脳味噌の奥はどうしたものかと深刻そうに呟く。
 飛んでいかないようにしないと、と{{ namae }}は独り言つ。立ち上がり、ふらつきながらも押し入れへと歩いていく。転がっている風船を蹴飛ばせば大した抵抗もせずにどこかへと弾みながら移動していた。押し入れを開いて慣れ親しんだクッキーの缶を取り出す。ウィリアムがじっと見つめる中、{{ namae }}はそれを開く。その中にはラッピングに使われていたリボンやら紐やらが入っている。何となく捨てにくくて、大して使う訳でもないのに置いていた。クッキーかと思った、とどこか残念そうにウィリアムが言う。{{ namae }}は僕も昔はそうだったと歯を見せて笑う。
 {{ namae }}の手は、雑多に詰められた紐たちの中から林檎のような鮮やかな赤色をしたアクリル製の丸紐を取り出した。足首を掴んで引っ張れば安易に下がってくれた。重さも熱さも感じない。ウィリアムの左足首に赤い紐を巻き付けていく。輪から足首が抜けてしまわないように、結び目がほどけてしまわないように慎重に括りつけていく。ウィリアムはそんな{{ namae }}の手を止めさせることもせずに、じっとしている。それが余計に許されていると錯覚してしまう。
 しばらくして{{ namae }}はウィリアムから手を離す。ウィリアムの足首からだらりと赤い紐が垂れさがっている。電気の紐のようで、それにしてはどこか間抜けで歪で不釣り合いだ。引っ張っても明るさが損なわれる訳でもないし、何か音が出る訳でもないが、何となくという漠然とした理由で引っ張りたくなる。

「何で?」

 ウィリアムが苦笑を隠さずに尋ねる。
 {{ namae }}はにたにたと笑いながら、飛んでいったら困るから、と良く分からない言葉を呟いた。人間が飛んでいく訳ないじゃないか。そう脳裏で呟いた。けれど現に今ウィリアムは宙に浮いている。出さなければ良いんだ。幼い頃、自らの不注意で手元から離れて永遠に返って来なくなった、ヘリウムガスで膨らんだ風船を思い出す。
 ウィリアムがおかしそうに笑いながら何かを言ったようだった。だが{{ namae }}の鼓膜を震わすより先に蝉の声が殺してしまった。{{ namae }}は聞き返すこともせずに、にこにこと笑うだけだ。

「そんなことよりも、お腹とか空かない?」

 大して腹も減っていないくせにそんなことを問うた。ウィリアムは確かに、という。{{ namae }}は何か一緒に食べようかと思ったが、冷蔵庫に何もないことを思い出した。夏になると暑さ故に出かけることが億劫になる。何かの用事で出たついでにスーパーに行くことをしていたが、それも段々と無くなっていた。それでももしかしてを期待して冷蔵庫を開く。ウィリアムが椅子に触れながら移動して一緒に冷蔵庫の中身を覗いた。思っていた通り、冷蔵庫にはおかずになりそうなものはない。漬物を入れられたタッパが二つほど。冷凍庫を開くと氷が幾つか入っていた。流石にそれでは腹は膨れない。

「……なあ、アンタは普段何を食べてるんだ」
「何か買って来るよ」

 ウィリアムが呆れたように吐いた質問には答えなかった。{{ namae }}はウィリアムの怪訝そうな顔を見ずに告げる。財布を尻ポケットに入れた。行ってきますといって、カギを開けて扉を開く。吐きたくなる程の熱気に顔を顰めさせた。いってらっしゃい、というお約束の言葉を背中に{{ namae }}は外へと出る。あつい、と呟いた。熱されたアスファルトからむっとする程熱い空気が{{ namae }}の皮膚に触れる。毛穴と言う毛穴から汗が溢れ、{{ namae }}の皮膚を滑り落ちる。{{ namae }}は、日傘でもするべきだったかなと思いながらスーパーへと歩いていった。
 馴染んだ店内は良く冷えていた。汗が一気に引いていく。スポーツドリンクでも買おうかなと店内を歩いていく。買い物かごにお弁当を複数個、惣菜をいくつか、それから冷凍食品を入れていく。

「あれ、」

 聞きなれた声に顔を上げるとイライがいる。さっきぶりだね、と話すイライにそうだねと返す。イライが持っている買い物かごには惣菜パンが二、三個ほど入っている。明日の朝ごはんにでもするのだろうか。

「{{ namae }}にしては、随分たくさん食べるんだね?」

 イライの言葉に、{{ namae }}は曖昧にまあねと返す。ウィリアムがいるからとは言わなかった。どうせ余るし、余れば明日に回せば良い。不要なことは伝えないことに限る。
 {{ namae }}が黙っているとイライはちょっとした世間話をし始める。イソップが最近元気がないとかノートンがナワーブやマーサと三人で何処かに行ったとか。{{ namae }}にとって、どうでも良いことだ。あってもなくても同じ情報だ。そんなことを聞くよりも、ただただウィリアムの側にいたい。

「ごめん、帰るね」

 鍵を掛け忘れたかもしれないと思い付きの言葉を{{ namae }}は申し訳なさそうに言う。イライは何か言いたそうな様子をしていたが、そうか、気を付けてと特に引き留めるわけでもなく別れた。

「おかえり、良いのあったか?」

 やはりウィリアムは宙を浮いている。健康そうな足に括りつけた紐はイスに縛られていた。{{ namae }}は満足そうに笑いながらちょっとだけねと当たり障りのない返事をする。醜い{{ namae }}の独占欲は紐の形をしていた。

2020/06/27
2022/06/07
「……何、してるの」

 {{ namae }}の声帯が紡いだのは何処か間の抜けた音だった。何って、と宙に浮いているウィリアムが丸い目をきょとんとさせる。{{ namae }}は心臓が脈打つのを感じた。じわり、じわりと心臓が指先にまで熱を運んでいく。
 {{ namae }}の眼前にいるウィリアムは、確かに浮いていた。数センチなんてものではない。ウィリアムはしゃがみ込むようにして{{ namae }}の顔を見ているが、その頭のてっぺんは天井とくっついているように見える。風船のようだ。あのヘリウムガスをぱんぱんに詰め込ませた風船を思い出させた。部屋の中に横たわる風船たちはクーラーの風に吹かれ、僅かに移動している。

「ああ、何でか解らねぇけど、こうなってて」

 いたずらっ子のようにウィリアムは笑う。そうなんだと{{ namae }}は何も考えずに音を出す。
 ウィリアムがそう言うならそうなんだろうと納得しながら身体を起こす。そこには自然世界に成り立つ法則や道理などは存在しない。
 頭を打ち付けたせいで世界は大げさに揺れる。喉に何かが引っかかり激しく咳き込んだ。だいじょうぶかぁ、とからから笑うウィリアムの声がする。どこか間延びしているように聞こえた。{{ namae }}は泣きたいような気持ちになった。胸を占めていた寂しさが一気に歓びに変わり果てたのだ。大丈夫と咳き込みながらも返事をする。足元にあった、不格好な結び目を作りつつもちぎれて一本になったビニル紐は捨てることにした。
 {{ namae }}は顔を上げてウィリアムを見上げる。ウィリアムはやはり物理的な法則を無視をして風船のようにぷかぷかと浮いている。しかし{{ namae }}のろくにはたらかない頭は何も感じなかった。何だかおかしいなと何処かで思いつつも、そう言うものなんだろうと納得している。それよりも何かウィリアムに伝えなければいけないという使命感に似た物を強く感じている。しかし何を伝えようとしていたのか思い出せない。内容が何も思い出せない。暑さのせいか、それとも頭をぶつけたからだろうか。焦燥感が顔を出した。じり、じりと日光に焼かれるアスファルトを思い出す。はたまた、と考えかけて即座に脳味噌がはたらくことをやめた。何だって良いじゃないか。だって目の前にウィリアムがいるのだから。考えることを放棄する。その通りだと、{{ namae }}はうっそりと目を細めさせる。全く持ってその通りだ。何かを伝えたいと思っていたのは確かだが、何も思い出せないのならば仕方がない。
 瞬間にセミの声が返ってきた。大合唱をしている。喧しく鳴き声を上げて雌を引き寄せようとしている。
 きっと祝っているんだ、ウィリアムが自身の部屋にいる事実に。
 身勝手なことを考えて言葉にした。それは{{ namae }}を愉快な気持ちにさせる。滑稽さは{{ namae }}の唇を弧に描かせる。

「そのままだと、飛んでいきそうだね」
「ん? ああ、俺?」

 確かになあと他人事のような言葉を出すウィリアムにほんの少しだけ苛立ちを覚える。ウィリアムの話を聞く限り、どうやらあまり身動き取れないらしい。不自由だなあとぼんやりと呟きながらも{{ namae }}は脳味噌の奥はどうしたものかと深刻そうに呟く。
 飛んでいかないようにしないと、と{{ namae }}は独り言つ。立ち上がり、ふらつきながらも押し入れへと歩いていく。転がっている風船を蹴飛ばせば大した抵抗もせずにどこかへと弾みながら移動していた。押し入れを開いて慣れ親しんだクッキーの缶を取り出す。ウィリアムがじっと見つめる中、{{ namae }}はそれを開く。その中にはラッピングに使われていたリボンやら紐やらが入っている。何となく捨てにくくて、大して使う訳でもないのに置いていた。クッキーかと思った、とどこか残念そうにウィリアムが言う。{{ namae }}は僕も昔はそうだったと歯を見せて笑う。
 {{ namae }}の手は、雑多に詰められた紐たちの中から林檎のような鮮やかな赤色をしたアクリル製の丸紐を取り出した。足首を掴んで引っ張れば安易に下がってくれた。重さも熱さも感じない。ウィリアムの左足首に赤い紐を巻き付けていく。輪から足首が抜けてしまわないように、結び目がほどけてしまわないように慎重に括りつけていく。ウィリアムはそんな{{ namae }}の手を止めさせることもせずに、じっとしている。それが余計に許されていると錯覚してしまう。
 しばらくして{{ namae }}はウィリアムから手を離す。ウィリアムの足首からだらりと赤い紐が垂れさがっている。電気の紐のようで、それにしてはどこか間抜けで歪で不釣り合いだ。引っ張っても明るさが損なわれる訳でもないし、何か音が出る訳でもないが、何となくという漠然とした理由で引っ張りたくなる。

「何で?」

 ウィリアムが苦笑を隠さずに尋ねる。
 {{ namae }}はにたにたと笑いながら、飛んでいったら困るから、と良く分からない言葉を呟いた。人間が飛んでいく訳ないじゃないか。そう脳裏で呟いた。けれど現に今ウィリアムは宙に浮いている。出さなければ良いんだ。幼い頃、自らの不注意で手元から離れて永遠に返って来なくなった、ヘリウムガスで膨らんだ風船を思い出す。
 ウィリアムがおかしそうに笑いながら何かを言ったようだった。だが{{ namae }}の鼓膜を震わすより先に蝉の声が殺してしまった。{{ namae }}は聞き返すこともせずに、にこにこと笑うだけだ。

「そんなことよりも、お腹とか空かない?」

 大して腹も減っていないくせにそんなことを問うた。ウィリアムは確かに、という。{{ namae }}は何か一緒に食べようかと思ったが、冷蔵庫に何もないことを思い出した。夏になると暑さ故に出かけることが億劫になる。何かの用事で出たついでにスーパーに行くことをしていたが、それも段々と無くなっていた。それでももしかしてを期待して冷蔵庫を開く。ウィリアムが椅子に触れながら移動して一緒に冷蔵庫の中身を覗いた。思っていた通り、冷蔵庫にはおかずになりそうなものはない。漬物を入れられたタッパが二つほど。冷凍庫を開くと氷が幾つか入っていた。流石にそれでは腹は膨れない。

「……なあ、アンタは普段何を食べてるんだ」
「何か買って来るよ」

 ウィリアムが呆れたように吐いた質問には答えなかった。{{ namae }}はウィリアムの怪訝そうな顔を見ずに告げる。財布を尻ポケットに入れた。行ってきますといって、カギを開けて扉を開く。吐きたくなる程の熱気に顔を顰めさせた。いってらっしゃい、というお約束の言葉を背中に{{ namae }}は外へと出る。あつい、と呟いた。熱されたアスファルトからむっとする程熱い空気が{{ namae }}の皮膚に触れる。毛穴と言う毛穴から汗が溢れ、{{ namae }}の皮膚を滑り落ちる。{{ namae }}は、日傘でもするべきだったかなと思いながらスーパーへと歩いていった。
 馴染んだ店内は良く冷えていた。汗が一気に引いていく。スポーツドリンクでも買おうかなと店内を歩いていく。買い物かごにお弁当を複数個、惣菜をいくつか、それから冷凍食品を入れていく。

「あれ、」

 聞きなれた声に顔を上げるとイライがいる。さっきぶりだね、と話すイライにそうだねと返す。イライが持っている買い物かごには惣菜パンが二、三個ほど入っている。明日の朝ごはんにでもするのだろうか。

「{{ namae }}にしては、随分たくさん食べるんだね?」

 イライの言葉に、{{ namae }}は曖昧にまあねと返す。ウィリアムがいるからとは言わなかった。どうせ余るし、余れば明日に回せば良い。不要なことは伝えないことに限る。
 {{ namae }}が黙っているとイライはちょっとした世間話をし始める。イソップが最近元気がないとかノートンがナワーブやマーサと三人で何処かに行ったとか。{{ namae }}にとって、どうでも良いことだ。あってもなくても同じ情報だ。そんなことを聞くよりも、ただただウィリアムの側にいたい。

「ごめん、帰るね」

 鍵を掛け忘れたかもしれないと思い付きの言葉を{{ namae }}は申し訳なさそうに言う。イライは何か言いたそうな様子をしていたが、そうか、気を付けてと特に引き留めるわけでもなく別れた。

「おかえり、良いのあったか?」

 やはりウィリアムは宙を浮いている。健康そうな足に括りつけた紐はイスに縛られていた。{{ namae }}は満足そうに笑いながらちょっとだけねと当たり障りのない返事をする。醜い{{ namae }}の独占欲は紐の形をしていた。

2020/06/27
2022/06/07

さよならの練習を02

オフェンス
 {{ namae }}はイライと別れて借りている部屋へと戻った。玄関を開けると熱された空気が襲い掛かる。融けてしまいそうなほどの熱に思わず{{ namae }}は顔を顰めさせる。
 クーラーを点けておけば良かったと{{ namae }}は何度目かの後悔をする。玄関のドアを閉めるとセミの声が小さくなる。多分近くの電柱にでもくっついているのだろう。古いリモコンに手を伸ばして、スイッチを押す。電子音が短く響いた後に生ぬるい風が吹き出した。次第に涼しくなるだろう。
 雑誌や衣類があちらこちらに飛んでいる。{{ namae }}は散らかりに散らかった部屋を見た。どうしてこんなに散らかっているのだっけ、と暑さでろくに動かない脳味噌が呟く。片付けなければならない、不要なものは破棄しなければならない。そんな考えのもと、{{ namae }}は動き出す。押し入れからビニル紐を取り出す。何処かの風景写真が表紙となった旅行雑誌、返せずにいるラグビー特集のスポーツ雑誌、美味しそうな料理が表紙の料理雑誌、ついてくる鞄などを目的として購入した雑誌。自由にあちこち寝転んでる雑誌たちを拾い上げて重ねていく。ある程度詰めればそれをビニル紐で括った。幾つかの雑誌の束を脇へ退ける。散乱した部屋を見る。もういっそ衣類は全て拾って洗濯機に入れれば良いのだろうか。そんな考えが過る。ジジッ、とセミが呻き声を出す。窓の外でカラスが過った。
 季節外れの長袖シャツを拾うとゴム風船が詰まった袋が落ちていた。そう言えばこの風船もウィリアムが去年買ってきたものだ。男二人で風船を馬鹿みたいに膨らませて部屋に浮かばせる。ただそれだけで楽しかった。
 {{ namae }}は赤い風船を取り出した。両手で引っ張るとそんなに劣化していないようで良く伸びる。押入にしまい込んでいた、ヘリウムガスが詰まった缶を取り出す。細い管をつけてゴム風船を膨らませた。口を結んで手を離すと、ヘリウムガスをパンパンに詰め込んだ風船は天井に頭を擦り付けさせている。赤い風船はクーラーの風に吹かれ窓際まで移動している。紐で括っておけば良かったかもしれない。尤も今の状態で窓を開くなんてことはしないけれど。
 そうだ、と{{ namae }}がぽつりと呟く。セミたちが大合唱をし始めた。それは{{ namae }}がこれからすることに関して背中を押しているようだった。
 {{ namae }}は雑誌を括っていたビニル紐を取り出す。自身の身長の半分ほどの長さを切り出し、先端に輪を作る。正しい結び方が解らず、固結びをした。輪を作った方とは反対の部分は、少し迷ったうちにカーテンレールに括りつけた。少し離れてだらんと垂れ下がったビニル紐を見て、笑いが零れる。{{ namae }}はその足元に椅子を持ってきた。椅子の上に立つと、自分の顔より高い場所に縄で作った輪がある。{{ namae }}は破顔させた。その輪に頭を突っ込ませ、椅子を蹴って倒す。がくんと身体が重力によって落ちるが床に足をつけることはない。急激に酸素がなくなる。じわじわと視界が暗くなっていく。耳の側の血管がごうごうと音を立てる。ああそう言えば、中身をぶちまけて死ぬんだっけなと何処か他人事のように考える。大家には悪いことをしたなと思ってもないことが浮かんでやがて轟音に掻き消される。意識が不明瞭になっていく。何かが浮かんだが{{ namae }}が認識する前に消える。
 ぶちん、と何かがちぎれる音が響いた。
 落ちる感覚。足が滑る。重力により後ろに倒れていく。{{ namae }}が何かを思う間もなく、後頭部を強かに打った。視界が暗転する。セミの声が遠ざかり、やがて消えた。



「――い、おい、大丈夫か?」

 誰かの声がする。緩やかに{{ namae }}は意識を浮上させた。瞬きをすると天井が見える。眩しくて何度か瞬きをした。家の外にいるセミたちが腹を抱えて自身を嘲笑っている。打ち付けた後頭部を擦りながら{{ namae }}はゆっくりと上体を起こす。手元にちぎれたビニル紐が力なくうなだれている。ああ失敗したのか。どうしようもない無力感を覚えてため息を吐く。クーラーの涼しい空気が{{ namae }}の汗ばんだ項を撫でる。

「大丈夫か?」

 はっきりと、声が聞こえた。{{ namae }}はぎこちない動きで声のする方を振り返る。天井に人が浮かんでいる。あるはずのないことが眼前で展開されている。

「ウィリ、アム……?」

 喉が、からからに乾いていた。紡ぎたい言葉は喉に引っかかりながらも音となって口から吐き出される。セミがぴたりと笑うのをやめた。アパートの近くを走る車のエンジン音が僅かに鼓膜を震わせる。
 {{ namae }}のよく知ったウィリアムは普段と変わりない笑顔を浮かべさせ、返事をした。見たかった顔だ。聞きたかった声だ。
――ただ、彼はあの赤い風船のように天井に頭を擦りつけていた。

2020/04/20
2022/06/07
 {{ namae }}はイライと別れて借りている部屋へと戻った。玄関を開けると熱された空気が襲い掛かる。融けてしまいそうなほどの熱に思わず{{ namae }}は顔を顰めさせる。
 クーラーを点けておけば良かったと{{ namae }}は何度目かの後悔をする。玄関のドアを閉めるとセミの声が小さくなる。多分近くの電柱にでもくっついているのだろう。古いリモコンに手を伸ばして、スイッチを押す。電子音が短く響いた後に生ぬるい風が吹き出した。次第に涼しくなるだろう。
 雑誌や衣類があちらこちらに飛んでいる。{{ namae }}は散らかりに散らかった部屋を見た。どうしてこんなに散らかっているのだっけ、と暑さでろくに動かない脳味噌が呟く。片付けなければならない、不要なものは破棄しなければならない。そんな考えのもと、{{ namae }}は動き出す。押し入れからビニル紐を取り出す。何処かの風景写真が表紙となった旅行雑誌、返せずにいるラグビー特集のスポーツ雑誌、美味しそうな料理が表紙の料理雑誌、ついてくる鞄などを目的として購入した雑誌。自由にあちこち寝転んでる雑誌たちを拾い上げて重ねていく。ある程度詰めればそれをビニル紐で括った。幾つかの雑誌の束を脇へ退ける。散乱した部屋を見る。もういっそ衣類は全て拾って洗濯機に入れれば良いのだろうか。そんな考えが過る。ジジッ、とセミが呻き声を出す。窓の外でカラスが過った。
 季節外れの長袖シャツを拾うとゴム風船が詰まった袋が落ちていた。そう言えばこの風船もウィリアムが去年買ってきたものだ。男二人で風船を馬鹿みたいに膨らませて部屋に浮かばせる。ただそれだけで楽しかった。
 {{ namae }}は赤い風船を取り出した。両手で引っ張るとそんなに劣化していないようで良く伸びる。押入にしまい込んでいた、ヘリウムガスが詰まった缶を取り出す。細い管をつけてゴム風船を膨らませた。口を結んで手を離すと、ヘリウムガスをパンパンに詰め込んだ風船は天井に頭を擦り付けさせている。赤い風船はクーラーの風に吹かれ窓際まで移動している。紐で括っておけば良かったかもしれない。尤も今の状態で窓を開くなんてことはしないけれど。
 そうだ、と{{ namae }}がぽつりと呟く。セミたちが大合唱をし始めた。それは{{ namae }}がこれからすることに関して背中を押しているようだった。
 {{ namae }}は雑誌を括っていたビニル紐を取り出す。自身の身長の半分ほどの長さを切り出し、先端に輪を作る。正しい結び方が解らず、固結びをした。輪を作った方とは反対の部分は、少し迷ったうちにカーテンレールに括りつけた。少し離れてだらんと垂れ下がったビニル紐を見て、笑いが零れる。{{ namae }}はその足元に椅子を持ってきた。椅子の上に立つと、自分の顔より高い場所に縄で作った輪がある。{{ namae }}は破顔させた。その輪に頭を突っ込ませ、椅子を蹴って倒す。がくんと身体が重力によって落ちるが床に足をつけることはない。急激に酸素がなくなる。じわじわと視界が暗くなっていく。耳の側の血管がごうごうと音を立てる。ああそう言えば、中身をぶちまけて死ぬんだっけなと何処か他人事のように考える。大家には悪いことをしたなと思ってもないことが浮かんでやがて轟音に掻き消される。意識が不明瞭になっていく。何かが浮かんだが{{ namae }}が認識する前に消える。
 ぶちん、と何かがちぎれる音が響いた。
 落ちる感覚。足が滑る。重力により後ろに倒れていく。{{ namae }}が何かを思う間もなく、後頭部を強かに打った。視界が暗転する。セミの声が遠ざかり、やがて消えた。



「――い、おい、大丈夫か?」

 誰かの声がする。緩やかに{{ namae }}は意識を浮上させた。瞬きをすると天井が見える。眩しくて何度か瞬きをした。家の外にいるセミたちが腹を抱えて自身を嘲笑っている。打ち付けた後頭部を擦りながら{{ namae }}はゆっくりと上体を起こす。手元にちぎれたビニル紐が力なくうなだれている。ああ失敗したのか。どうしようもない無力感を覚えてため息を吐く。クーラーの涼しい空気が{{ namae }}の汗ばんだ項を撫でる。

「大丈夫か?」

 はっきりと、声が聞こえた。{{ namae }}はぎこちない動きで声のする方を振り返る。天井に人が浮かんでいる。あるはずのないことが眼前で展開されている。

「ウィリ、アム……?」

 喉が、からからに乾いていた。紡ぎたい言葉は喉に引っかかりながらも音となって口から吐き出される。セミがぴたりと笑うのをやめた。アパートの近くを走る車のエンジン音が僅かに鼓膜を震わせる。
 {{ namae }}のよく知ったウィリアムは普段と変わりない笑顔を浮かべさせ、返事をした。見たかった顔だ。聞きたかった声だ。
――ただ、彼はあの赤い風船のように天井に頭を擦りつけていた。

2020/04/20
2022/06/07

さよならの練習を01

オフェンス

 ずっと後悔していることがある。
 オレンジ色に染まった講義室。間近にある呆けた顔のウィリアム。グラウンドから聞こえる運動部の声。
 嫌いだと言ってくれと強がりを吐いたあと、答えを聞く前に青年は教室を飛び出した。
――きっと自分の命が終わるまで、きっと自分が息絶えたあとでも、ずっとどうしようもない程に後悔しているのだろう。

 蝉の声が、わんわんと響き渡る。どこまでも空は広がっている。
 {{ namae }}は汗水を垂らしながらアスファルト舗装された道を歩いていた。教科書とノートを詰めたリュックを背負い、ただただ歩く。ランニングをする陸上部員たちが{{ namae }}を追い越していく。汗の匂いに交じってシトラスのような石鹸のようなハッカのような、様々な匂いが鼻腔を擽った。
 {{ namae }}は夏季休暇中であった。こんな茹だるような暑い日は、普段であればクーラーを効かせた部屋で大人しくしていた。今回はたまたま課題に関する質問を発見してしまい教授に直接質問しに行ったのだった。疑問は消え去ったがそのことをほんの少しだけ後悔している。何も暑さが極まる時間帯に行くことなかったのに。

「――あつ、」

 独り言のように呟く。髪から汗が垂れて地面に落ちる。手に握ったままの携帯を見た。
 ウィリアムからの連絡は相変わらずない。いつから無いんだっけと茹だる脳味噌が呟く。{{ namae }}は記憶をなぞっていく。最後に会ったのは、いつだったか。涼しい家の中でぐうだらとしていれば良かった。そうすれば、何か連絡が来ていたかもしれないのに。

「そうだね、最近は此処のところすごく暑いから」

 {{ namae }}の独り言を拾ったイライが声を出す。学校で偶然出会ったのだ。そのままイライは{{ namae }}の後を付いて来ている。{{ namae }}は何も言わない。
 ウィリアムのSNSアカウントを見ても、ある日を境に何も動いていない。元々そんなに更新する質ではなかったからかと納得する。
 {{ namae }}は服の袖で汗を拭う。殆ど真上から注がれる太陽光が、焼き殺さんばかりに皮膚を焼いていく。{{ namae }}は自身の皮膚を見た。黒く焦げてはいない。振り返ってイライを見る。彼は殆ど露出している部分がなく、暑苦しそうな格好だ。僅かに見える肌が赤い。

「倒れたり、しない?」
「あっ、漸く話してくれた」

 今まで私のことを見るだけだったのにね、とイライがほんの少しだけ声を弾ませて言う。彼もこの暑さにはどうにもならないらしい。放っておけば倒れてそうな気がした。{{ namae }}はたまたま目に触れた喫茶店を指さす。昼ご飯ついでに休憩しようと言えば、そうだねと同意をされた。
 クーラーの効いた、落ち着いた店内は人がまばらだ。ウェイトレスに案内され、店の隅にある丸いテーブルに座る。{{ namae }}は濃茶色の天板を掌で撫でた。滑らかな手触りだ。メニューと共に渡された水を一気に飲む。カルキ抜きの為かレモンの匂いが僅かにする。冷たい水は喉を下り胃へ収まる。コップを置くと、氷がからん、と音を出す。冷たい空気と水で汗が引いていく。ふう、と息を吐いた。
 涼しいね、とイライが笑う。{{ namae }}は本当にイライが涼しいと感じているのか解らないがそうだねと相槌を打つ。イライはオムライスとアイスコーヒーを、{{ namae }}はハンバーグセットとアイスティーを注文する。他の客が飲んでいるクリームソーダは酷く鮮やかな緑色で涼し気だ。あれにすればよかったかなと一瞬だけ思う。{{ namae }}は携帯を見る。相変わらず沈黙のままだ。

「大丈夫かい?」

 イライの言葉に{{ namae }}は顔を上げる。何が大丈夫なのか解らない。前期の結果はもう明らかになっている。具合なら見ての通りだ。ウェイトレスが二人の前にグラスを置いた。赤茶色と焦げ茶色の液体が満ちたグラスは汗を掻いている。

「ええと、その、最近眠れていないようだし、……あまり泣けていなかったようだから」

 イライの言葉に{{ namae }}は静かに瞬きをする。何のことだろうか。脳味噌をフル回転させる。自分が泣くようなことって何だろうか。最近あった飲み会の台詞が思い出す。ああ、そう言えば、と瞬きをした。
 数ヵ月前の、ウィリアム主催の飲み会だった。酒の入ったノートンに、{{ namae }}はウィリアムに彼女が出来たら滅茶苦茶泣きそうだよねと揶揄われたのだ。酒の入った自分はすぐに反応出来ず、近くにいたナワーブが解ると笑いながら同意していた。それほどまでに{{ namae }}はウィリアムにべったりだった。酒がかなり入った{{ namae }}は顔の赤いウィリアムに、恋人とか作らないでよ、と割と本気で泣きついた。周りにいた友人たちは声を上げて笑い、ウィリアムは突然のことに解らずきょとんとしていた。{{ namae }}はそれに苛立って……それからの記憶は全くない。気が付いたら{{ namae }}は布団の上にいた。複数回目に体験する二日酔いの朦朧とした頭でもう絶対に飲まないと何度目かの誓いをした。
――もしかして、ウィリアムに彼女が出来たのだろうか
 {{ namae }}の脳味噌は一つの解答を弾き出した。そうだったら、どうして自分に言ってくれないのだろうか、いや、言う訳がないか、先日そんなことを言った友達に対して。脳味噌が次々と解を紡いでいく。こびり付いた寂しさが小さく声を上げている。{{ namae }}はそれから目をそらしている。
 あまりにも沈黙が長かったからか、イライがもう一度大丈夫かい、と尋ねた。{{ namae }}は笑いかける。

「大丈夫、割と元気だから」

 なら良いんだと、イライは息を吐いた。
 ウェイトレスが二人の食事を運んできた。二人は温かいそれを黙々と体内に収めていく。偶然見つけて入った店だったが、中々に美味しい。汗で塩分が失っていたことも大きいのかもしれない。今度ウィリアムを連れて行こうと、と{{ namae }}は心に決める。美味しいね、と言えばイライはそうだねと笑いかける。今度また皆にも教えようよ、宙ぶらりんな約束を取り付けた。
 あっという間に食べ終わって二人は一息ついた。イライが窓の外を見る。{{ namae }}は携帯を見た。やはり連絡は無い。何度目かになるメッセージを送る。殆ど日課になっている。返事は一度も来ていない。

「あちこち遊びに行きたいね。去年みたいに海とか、花火とかさ」

 そうだねと{{ namae }}は相槌を打つ。こういったことは基本的にウィリアムが主催だった。突発的にしようと言い出して{{ namae }}の腕を引いてあちこち連れて行ってくれた。二人きりのときもあったが、多くはイライやナワーブたちも一緒だ。山に川、海はもちろん、様々なテーマパークへと、色鮮やかな世界にウィリアムは{{ namae }}を連れ出したのだ。

「今度海か川にでも行かないか? スイカ割りしたいってエリスも言っていたし……」

 {{ namae }}はイライの言葉に首を横に振った。

「今回はいいや。僕は家で何かしてるよ」

 そう言って{{ namae }}は小さく笑って見せる。何かすることなんて、特にない癖に。

2020/04/19
2022/06/07

 ずっと後悔していることがある。
 オレンジ色に染まった講義室。間近にある呆けた顔のウィリアム。グラウンドから聞こえる運動部の声。
 嫌いだと言ってくれと強がりを吐いたあと、答えを聞く前に青年は教室を飛び出した。
――きっと自分の命が終わるまで、きっと自分が息絶えたあとでも、ずっとどうしようもない程に後悔しているのだろう。

 蝉の声が、わんわんと響き渡る。どこまでも空は広がっている。
 {{ namae }}は汗水を垂らしながらアスファルト舗装された道を歩いていた。教科書とノートを詰めたリュックを背負い、ただただ歩く。ランニングをする陸上部員たちが{{ namae }}を追い越していく。汗の匂いに交じってシトラスのような石鹸のようなハッカのような、様々な匂いが鼻腔を擽った。
 {{ namae }}は夏季休暇中であった。こんな茹だるような暑い日は、普段であればクーラーを効かせた部屋で大人しくしていた。今回はたまたま課題に関する質問を発見してしまい教授に直接質問しに行ったのだった。疑問は消え去ったがそのことをほんの少しだけ後悔している。何も暑さが極まる時間帯に行くことなかったのに。

「――あつ、」

 独り言のように呟く。髪から汗が垂れて地面に落ちる。手に握ったままの携帯を見た。
 ウィリアムからの連絡は相変わらずない。いつから無いんだっけと茹だる脳味噌が呟く。{{ namae }}は記憶をなぞっていく。最後に会ったのは、いつだったか。涼しい家の中でぐうだらとしていれば良かった。そうすれば、何か連絡が来ていたかもしれないのに。

「そうだね、最近は此処のところすごく暑いから」

 {{ namae }}の独り言を拾ったイライが声を出す。学校で偶然出会ったのだ。そのままイライは{{ namae }}の後を付いて来ている。{{ namae }}は何も言わない。
 ウィリアムのSNSアカウントを見ても、ある日を境に何も動いていない。元々そんなに更新する質ではなかったからかと納得する。
 {{ namae }}は服の袖で汗を拭う。殆ど真上から注がれる太陽光が、焼き殺さんばかりに皮膚を焼いていく。{{ namae }}は自身の皮膚を見た。黒く焦げてはいない。振り返ってイライを見る。彼は殆ど露出している部分がなく、暑苦しそうな格好だ。僅かに見える肌が赤い。

「倒れたり、しない?」
「あっ、漸く話してくれた」

 今まで私のことを見るだけだったのにね、とイライがほんの少しだけ声を弾ませて言う。彼もこの暑さにはどうにもならないらしい。放っておけば倒れてそうな気がした。{{ namae }}はたまたま目に触れた喫茶店を指さす。昼ご飯ついでに休憩しようと言えば、そうだねと同意をされた。
 クーラーの効いた、落ち着いた店内は人がまばらだ。ウェイトレスに案内され、店の隅にある丸いテーブルに座る。{{ namae }}は濃茶色の天板を掌で撫でた。滑らかな手触りだ。メニューと共に渡された水を一気に飲む。カルキ抜きの為かレモンの匂いが僅かにする。冷たい水は喉を下り胃へ収まる。コップを置くと、氷がからん、と音を出す。冷たい空気と水で汗が引いていく。ふう、と息を吐いた。
 涼しいね、とイライが笑う。{{ namae }}は本当にイライが涼しいと感じているのか解らないがそうだねと相槌を打つ。イライはオムライスとアイスコーヒーを、{{ namae }}はハンバーグセットとアイスティーを注文する。他の客が飲んでいるクリームソーダは酷く鮮やかな緑色で涼し気だ。あれにすればよかったかなと一瞬だけ思う。{{ namae }}は携帯を見る。相変わらず沈黙のままだ。

「大丈夫かい?」

 イライの言葉に{{ namae }}は顔を上げる。何が大丈夫なのか解らない。前期の結果はもう明らかになっている。具合なら見ての通りだ。ウェイトレスが二人の前にグラスを置いた。赤茶色と焦げ茶色の液体が満ちたグラスは汗を掻いている。

「ええと、その、最近眠れていないようだし、……あまり泣けていなかったようだから」

 イライの言葉に{{ namae }}は静かに瞬きをする。何のことだろうか。脳味噌をフル回転させる。自分が泣くようなことって何だろうか。最近あった飲み会の台詞が思い出す。ああ、そう言えば、と瞬きをした。
 数ヵ月前の、ウィリアム主催の飲み会だった。酒の入ったノートンに、{{ namae }}はウィリアムに彼女が出来たら滅茶苦茶泣きそうだよねと揶揄われたのだ。酒の入った自分はすぐに反応出来ず、近くにいたナワーブが解ると笑いながら同意していた。それほどまでに{{ namae }}はウィリアムにべったりだった。酒がかなり入った{{ namae }}は顔の赤いウィリアムに、恋人とか作らないでよ、と割と本気で泣きついた。周りにいた友人たちは声を上げて笑い、ウィリアムは突然のことに解らずきょとんとしていた。{{ namae }}はそれに苛立って……それからの記憶は全くない。気が付いたら{{ namae }}は布団の上にいた。複数回目に体験する二日酔いの朦朧とした頭でもう絶対に飲まないと何度目かの誓いをした。
――もしかして、ウィリアムに彼女が出来たのだろうか
 {{ namae }}の脳味噌は一つの解答を弾き出した。そうだったら、どうして自分に言ってくれないのだろうか、いや、言う訳がないか、先日そんなことを言った友達に対して。脳味噌が次々と解を紡いでいく。こびり付いた寂しさが小さく声を上げている。{{ namae }}はそれから目をそらしている。
 あまりにも沈黙が長かったからか、イライがもう一度大丈夫かい、と尋ねた。{{ namae }}は笑いかける。

「大丈夫、割と元気だから」

 なら良いんだと、イライは息を吐いた。
 ウェイトレスが二人の食事を運んできた。二人は温かいそれを黙々と体内に収めていく。偶然見つけて入った店だったが、中々に美味しい。汗で塩分が失っていたことも大きいのかもしれない。今度ウィリアムを連れて行こうと、と{{ namae }}は心に決める。美味しいね、と言えばイライはそうだねと笑いかける。今度また皆にも教えようよ、宙ぶらりんな約束を取り付けた。
 あっという間に食べ終わって二人は一息ついた。イライが窓の外を見る。{{ namae }}は携帯を見た。やはり連絡は無い。何度目かになるメッセージを送る。殆ど日課になっている。返事は一度も来ていない。

「あちこち遊びに行きたいね。去年みたいに海とか、花火とかさ」

 そうだねと{{ namae }}は相槌を打つ。こういったことは基本的にウィリアムが主催だった。突発的にしようと言い出して{{ namae }}の腕を引いてあちこち連れて行ってくれた。二人きりのときもあったが、多くはイライやナワーブたちも一緒だ。山に川、海はもちろん、様々なテーマパークへと、色鮮やかな世界にウィリアムは{{ namae }}を連れ出したのだ。

「今度海か川にでも行かないか? スイカ割りしたいってエリスも言っていたし……」

 {{ namae }}はイライの言葉に首を横に振った。

「今回はいいや。僕は家で何かしてるよ」

 そう言って{{ namae }}は小さく笑って見せる。何かすることなんて、特にない癖に。

2020/04/19
2022/06/07

レインボーのはかない夢跡

獅子神
!ギャンブラー夢主♂

 目の裏辺りがつきん、と痛む。目を開くと遮光カーテンの隙間から太陽の光が差し込んでいる。見慣れない部屋の触り慣れない寝具に{{ namae }}は頭を擦りつける。何処か気持ち悪い。頭が重い。二日酔いだと判断を下す。身体が重たくて動きたくない。とく、とく、と聞こえる心音と感じる温かさにに{{ namae }}はほうと息を吐いた。懐かしい、温かな記憶を指先でなぞる。すん、と鼻で息をする。甘い香りはしなかった、が、清潔そうな匂いと良いにおいがする。滑らかな、温かいものに触れて{{ namae }}は心が安らぐのを感じた。うとうととしかけたのに、違和感に目を開く。顔を上げると金の髪が見えた。獅子神が、眠っている。{{ namae }}自身は獅子神を丁度腹部に腕を回し、抱き枕のようにして眠っていた。
 一気に血の気が引いた。そろそろと離れ、自身を検めると下着は履いていた。逆に言えば下着しか身につけていない。獅子神を見ると彼は上半身裸であった。{{ namae }}はぎょっとした。白い首筋にくっきりとした歯形がある。歯のへこみ周辺は炎症を起こしているのか赤くなってしまっている。恐らく真新しい怪我だ。あと甘噛みとかではなく、思い切り噛んでいる。村雨でなくてもそれくらいは解る。多分、その犯人が自分だと{{ namae }}は確信めいたものを得ている。叶程の観察眼がなくとも、{{ namae }}は今までの経験上自分であることを知っている。
 もしや、まさか、最悪な手を選んでしまったのだろうか。
 {{ namae }}は獅子神に対して好意を抱いている。今の関係である友達よりも親しい仲になりたいと常々思っている。そのために獅子神だけは名前で呼ぶようになったのだが、親しい友達どまりである。
 記憶にはないが、境界をぽんと飛び越えてしまったのだろうか。少し記憶をたどろうとするが、なにも残っていない。ちょっと酒を飲み過ぎて、世界が終わるような心地がして、意味の解らぬ言葉を呪詛のように呻きながら泣いていた記憶もある。隣にいた真経津や叶は楽しそうな顔をしていたのも覚えている。友達の頭を殴ってその部分の記憶を取り除けないかなあと現実逃避をした。皆覚えていないと良いなぁと夢を描く。
 生憎目の前の状況は何も変わっていない。何度目をこすっても、眠っている獅子神は消えやしない。自身もパンツ一丁であることは変わらない。
 もしかしてこれが夢なのかも、と思いかけた頃、獅子神が身動ぎをする。{{ namae }}はびっくりして息をするのも忘れた。ゆっくりと瞼が押し上げられる。何度か瞬きを繰り返し、眉間にきゅっと皺を寄せさせる。初めて見る表情だ。青い目が{{ namae }}を捉え、ふわりと柔らかくなる。

「おはよ、大丈夫か、具合、」
「ごめんっ!」

 {{ namae }}は素早く土下座した。は、と獅子神がぽかんとした音を落とす。{{ namae }}は額を高級そうな寝具に擦り付ける。顔を上げろよと気遣う声と共に肩を掴まれ上体を起こされる。ぐわん、と脳味噌が揺れ、思わず{{ namae }}は顔を顰めさせた。悪いと獅子神が言う。獅子神の大きな手が{{ namae }}の手にスポーツドリンクの入ったペットボトルを握らせる。優しい、と{{ namae }}は胸がじんと温かくなる。覚えてないのかと獅子神に問われ、{{ namae }}は何も覚えていないと項垂れる。そうか、と獅子神の静かな声が落ちる。

「もしかなくても、僕、敬一君に乱暴とかした?」
「え? ……いや、何もねぇよ。そもそも酔っ払いの、しかも{{ namae }}が誰か殴ろうとしたらオレは抑え込めるだろ?」

 確かにそうだ。日々趣味で鍛えている獅子神と、特に鍛えることや運動をしない{{ namae }}とでは筋力の差が明らかにある。{{ namae }}自身が描いている乱暴と、獅子神が言う乱暴に少しの差はある気がするが獅子神のいうことは正しい。じゃあ何で同じベッドに、と{{ namae }}が震えた声で尋ねる。マジで何も覚えてねぇのかよと言われ、{{ namae }}はこくりと頷いた。

「{{ namae }}が中々離してくれなかったからもうそのままで寝るかってなったんだ」
「ごめん……あと、敬一くんは裸で寝るタイプの人……?」
「は? あー……覚えてねぇと思うけど、ゲロ、吐いたから」
「うあぁぁああ……!」

 自身の吐瀉物が自身の服と獅子神の服を汚したのは明白だった。取り敢えず洗濯したし今頃乾いているんじゃないかという獅子神の言葉は{{ namae }}の鼓膜を右から左へと抜けていく。ご迷惑をおかけしまして、と社会人になってから身に付いた言葉を口にする。獅子神は酒を飲みすぎんなよと声を掛ける。優しくて涙が出そうだ。今度洗剤送るねと言えば、お中元かよと笑われる。

「起きれるか? それとも寝とくか?」
「あ、うん。起きる」

 獅子神はさっさとベッドから降りてクローゼットを開けている。獅子神の部屋だったのかと漸く理解した。獅子神が身支度を整えるのを、{{ namae }}はぼうっと眺める。美しいなと美術品に触れたときのことを思い出し、映画のワンシーンを見ているようだとも思えた。鍛えている肉体の美しさに思いを馳せ、いろんな服を着せたい気持ちにもなる。

「あと、その、歯形って……」

 獅子神はぴたりと固まった。そのまま何も答えない。恐らく何と言おうかと言葉を探しているのだろう。だが{{ namae }}は獅子神のその反応で直ぐにすべてを理解した。{{ namae }}は頭を抱えて蹲り、悲痛そうな声を上げる。気に済んなよといつもの格好をした獅子神はそう言っていたが、歯形は痛々しそうに見える。何を思って噛んだのか覚えていないが、思い切り噛んだのだろう。身支度を整えた獅子神はシャツとズボンを{{ namae }}に貸してくれた。{{ namae }}はそれを着る。随分ゆったりとしている。体格を考えて、納得する。

「味噌汁とかなら飲めるか?」
「の、飲めるけど……あの、ガーゼとか、」

 言いかけて{{ namae }}は口を閉ざした。どうせ村雨がいるのだ。何か勝手に手を施す前に村雨に診せた方が良いと気付いたのだ。恐らくそれは獅子神もそう思っているのだろう。取り敢えず飯食おうぜと腕を引かれて、{{ namae }}は付いて行くことにした。途中、そんな風に取り乱すことあるんだなと獅子神が笑う。{{ namae }}は恥ずかしくて俯いた。
 真経津と村雨はもう既に食事を終えたようだった。おはようと挨拶をしてきた真経津に獅子神は挨拶を返す。わ、痛そう~! と真経津は少し楽しそうに言いながら、自身の首筋を指で示す。

「ねぇねぇ獅子神さん、本当に何もなかったの?」
「何にもねぇよ、ある訳ないだろ」

 飯食ったのかと聞いて、食べたよと会話している。{{ namae }}はそれを横目に席に座る。未だずきずきと頭が痛む。貰ったスポーツドリンクをちょびちょびと飲みながら、向かいに座っている村雨を見た。村雨は食後のコーヒーを飲んでいる。

「あなた、昨夜獅子神に噛みついたそうだな」
「覚えてない」

 素っ気ない言葉を{{ namae }}は突き返す。赤い目がちらりと{{ namae }}を見る。{{ namae }}は拗ねた子供のようにそっぽ向く。朝の弱い叶はまだ起きていない。真経津が戻って来て{{ namae }}の隣に座る。両肘をついて{{ namae }}を見た。

「{{ namae }}さんって、大胆だよねぇ」

 くすくすと楽しそうに真経津が言う。
――フライパンで全員分の頭を殴れば記憶を飛ばせるだろうか
 {{ namae }}は物騒なことを思いながら真経津を睨み返すしか出来なかった。





 地獄絵図だ。確かに生命はかかっていないが、もう既に寝てしまった村雨が羨ましいと素直に思えた。
 三人の前にあるのは所謂パーティドリンクと呼ばれるものだ。{{ namae }}が飲んだことないと言ったために叶と真経津が馬鹿みたいに買って来た。そしてそれを{{ namae }}は馬鹿みたいに片っ端から飲んだのだ。色鮮やかで少量ながらもアルコール度数の高いそれがどんどん無くなっていく様は、横で見ている獅子神の心配する度合と比例していく。摘まみがあった方が良いんじゃないかと台所に行って簡単な摘まみを作って、水やオレンジジュースと一緒に戻って来たらもう既に{{ namae }}は出来上がっていた。空き瓶の数を数えたくなくて、獅子神は視線をそっと逸らす。念のため吐いたときの袋を持ってきて良かったと思った。
 真経津がおつまみだと喜んでいた。飲ませすぎだろ、と苦言を呈せば、美味しそうに飲んでたよと悪びれもなく返される。獅子神はソファに座り、ナッツを摘まんで食べる。

「ほら、{{ namae }}君。噂をすれば敬一君だぞ」

 叶が楽しそうに笑いながら獅子神を指す。{{ namae }}は小さい酒瓶を置いた。それも空になっている。ふらふらと覚束ない足取りで獅子神の元へ来た。{{ namae }}の顔の血色が良い。首元まで赤い気さえする。けいいちくん、と涙混じりの声で{{ namae }}を呼ばれる。自分よりも年上なのに、幼い子供みたいだ。獅子神に抱き着き、すんすんと鼻を鳴らして泣いている。真経津と叶がニヤニヤとした顔で見ている。

「お前らな、そんなに飲ませ、っい゛……!?」

 首筋に激痛が走った。獅子神は咄嗟に{{ namae }}の肩を掴み無理に引きはがす。血が出てるよと真経津の声が聞こえた。{{ namae }}の唇に赤色が付着している。噛まれたと遅れて理解する。
 {{ namae }}の目からぼろぼろと大粒の涙が零れていく。あー、あー、と仕方なさそうな声を大袈裟に上げて獅子神は{{ namae }}の目元を指で拭う。何でこいつが泣くんだと思ったが、酔っ払いに言っても仕方ないことだ。涙かアルコールで潤んだ目が獅子神を見る。泣き上戸だったのかと凡そどうでも良いことをぼんやりと思った。

「あのね、僕、敬一くんとはすごく仲良しでいたい……」

 普段からは想像できないようなことを普段からは想像できないような弱々しい声で言われ、獅子神はおう、としか返せない。獅子神が初めて{{ namae }}を見たときは、村雨や叶のように自身よりも格上の人間だと直ぐに理解できた。普段の所作などで生まれたときから一定以上の愛も金も得てきた人間だと察することが出来た。他の友人たちと同じ、生きている世界が違う人。しかも{{ namae }}は叶に近い、というより叶以上に気難しいタイプで彼自身が気に入った人としか喋らないタイプだ。業務的な連絡をしているときの心底つまらなさそうな、どうでも良さそうな顔は見ているこちらが緊張するほどだ。そんな人から一定以上の好意を抱かれているようで、ほっとする。

「きらいにならないで、」

 零れた涙が獅子神の指を濡らす。{{ namae }}の言葉に獅子神は言葉を詰まらせた。愛も金も運さえも恵まれている人間に分類されるような人間に、何をそんなに怖がることがあるのか理解できない。普段村雨ほどではないが何を考えているのか解らない人が酒が入っているとはいえ、そんなに泣く程嫌なことがあるのか。

「、う゛」

 {{ namae }}の両手が自身の口を塞いだ。獅子神はすぐに理解をした。ズボンのポケットに突っ込んでいた袋を取り出し広げようとしたが、間に合わなかった。

2023/05/28
!ギャンブラー夢主♂

 目の裏辺りがつきん、と痛む。目を開くと遮光カーテンの隙間から太陽の光が差し込んでいる。見慣れない部屋の触り慣れない寝具に{{ namae }}は頭を擦りつける。何処か気持ち悪い。頭が重い。二日酔いだと判断を下す。身体が重たくて動きたくない。とく、とく、と聞こえる心音と感じる温かさにに{{ namae }}はほうと息を吐いた。懐かしい、温かな記憶を指先でなぞる。すん、と鼻で息をする。甘い香りはしなかった、が、清潔そうな匂いと良いにおいがする。滑らかな、温かいものに触れて{{ namae }}は心が安らぐのを感じた。うとうととしかけたのに、違和感に目を開く。顔を上げると金の髪が見えた。獅子神が、眠っている。{{ namae }}自身は獅子神を丁度腹部に腕を回し、抱き枕のようにして眠っていた。
 一気に血の気が引いた。そろそろと離れ、自身を検めると下着は履いていた。逆に言えば下着しか身につけていない。獅子神を見ると彼は上半身裸であった。{{ namae }}はぎょっとした。白い首筋にくっきりとした歯形がある。歯のへこみ周辺は炎症を起こしているのか赤くなってしまっている。恐らく真新しい怪我だ。あと甘噛みとかではなく、思い切り噛んでいる。村雨でなくてもそれくらいは解る。多分、その犯人が自分だと{{ namae }}は確信めいたものを得ている。叶程の観察眼がなくとも、{{ namae }}は今までの経験上自分であることを知っている。
 もしや、まさか、最悪な手を選んでしまったのだろうか。
 {{ namae }}は獅子神に対して好意を抱いている。今の関係である友達よりも親しい仲になりたいと常々思っている。そのために獅子神だけは名前で呼ぶようになったのだが、親しい友達どまりである。
 記憶にはないが、境界をぽんと飛び越えてしまったのだろうか。少し記憶をたどろうとするが、なにも残っていない。ちょっと酒を飲み過ぎて、世界が終わるような心地がして、意味の解らぬ言葉を呪詛のように呻きながら泣いていた記憶もある。隣にいた真経津や叶は楽しそうな顔をしていたのも覚えている。友達の頭を殴ってその部分の記憶を取り除けないかなあと現実逃避をした。皆覚えていないと良いなぁと夢を描く。
 生憎目の前の状況は何も変わっていない。何度目をこすっても、眠っている獅子神は消えやしない。自身もパンツ一丁であることは変わらない。
 もしかしてこれが夢なのかも、と思いかけた頃、獅子神が身動ぎをする。{{ namae }}はびっくりして息をするのも忘れた。ゆっくりと瞼が押し上げられる。何度か瞬きを繰り返し、眉間にきゅっと皺を寄せさせる。初めて見る表情だ。青い目が{{ namae }}を捉え、ふわりと柔らかくなる。

「おはよ、大丈夫か、具合、」
「ごめんっ!」

 {{ namae }}は素早く土下座した。は、と獅子神がぽかんとした音を落とす。{{ namae }}は額を高級そうな寝具に擦り付ける。顔を上げろよと気遣う声と共に肩を掴まれ上体を起こされる。ぐわん、と脳味噌が揺れ、思わず{{ namae }}は顔を顰めさせた。悪いと獅子神が言う。獅子神の大きな手が{{ namae }}の手にスポーツドリンクの入ったペットボトルを握らせる。優しい、と{{ namae }}は胸がじんと温かくなる。覚えてないのかと獅子神に問われ、{{ namae }}は何も覚えていないと項垂れる。そうか、と獅子神の静かな声が落ちる。

「もしかなくても、僕、敬一君に乱暴とかした?」
「え? ……いや、何もねぇよ。そもそも酔っ払いの、しかも{{ namae }}が誰か殴ろうとしたらオレは抑え込めるだろ?」

 確かにそうだ。日々趣味で鍛えている獅子神と、特に鍛えることや運動をしない{{ namae }}とでは筋力の差が明らかにある。{{ namae }}自身が描いている乱暴と、獅子神が言う乱暴に少しの差はある気がするが獅子神のいうことは正しい。じゃあ何で同じベッドに、と{{ namae }}が震えた声で尋ねる。マジで何も覚えてねぇのかよと言われ、{{ namae }}はこくりと頷いた。

「{{ namae }}が中々離してくれなかったからもうそのままで寝るかってなったんだ」
「ごめん……あと、敬一くんは裸で寝るタイプの人……?」
「は? あー……覚えてねぇと思うけど、ゲロ、吐いたから」
「うあぁぁああ……!」

 自身の吐瀉物が自身の服と獅子神の服を汚したのは明白だった。取り敢えず洗濯したし今頃乾いているんじゃないかという獅子神の言葉は{{ namae }}の鼓膜を右から左へと抜けていく。ご迷惑をおかけしまして、と社会人になってから身に付いた言葉を口にする。獅子神は酒を飲みすぎんなよと声を掛ける。優しくて涙が出そうだ。今度洗剤送るねと言えば、お中元かよと笑われる。

「起きれるか? それとも寝とくか?」
「あ、うん。起きる」

 獅子神はさっさとベッドから降りてクローゼットを開けている。獅子神の部屋だったのかと漸く理解した。獅子神が身支度を整えるのを、{{ namae }}はぼうっと眺める。美しいなと美術品に触れたときのことを思い出し、映画のワンシーンを見ているようだとも思えた。鍛えている肉体の美しさに思いを馳せ、いろんな服を着せたい気持ちにもなる。

「あと、その、歯形って……」

 獅子神はぴたりと固まった。そのまま何も答えない。恐らく何と言おうかと言葉を探しているのだろう。だが{{ namae }}は獅子神のその反応で直ぐにすべてを理解した。{{ namae }}は頭を抱えて蹲り、悲痛そうな声を上げる。気に済んなよといつもの格好をした獅子神はそう言っていたが、歯形は痛々しそうに見える。何を思って噛んだのか覚えていないが、思い切り噛んだのだろう。身支度を整えた獅子神はシャツとズボンを{{ namae }}に貸してくれた。{{ namae }}はそれを着る。随分ゆったりとしている。体格を考えて、納得する。

「味噌汁とかなら飲めるか?」
「の、飲めるけど……あの、ガーゼとか、」

 言いかけて{{ namae }}は口を閉ざした。どうせ村雨がいるのだ。何か勝手に手を施す前に村雨に診せた方が良いと気付いたのだ。恐らくそれは獅子神もそう思っているのだろう。取り敢えず飯食おうぜと腕を引かれて、{{ namae }}は付いて行くことにした。途中、そんな風に取り乱すことあるんだなと獅子神が笑う。{{ namae }}は恥ずかしくて俯いた。
 真経津と村雨はもう既に食事を終えたようだった。おはようと挨拶をしてきた真経津に獅子神は挨拶を返す。わ、痛そう~! と真経津は少し楽しそうに言いながら、自身の首筋を指で示す。

「ねぇねぇ獅子神さん、本当に何もなかったの?」
「何にもねぇよ、ある訳ないだろ」

 飯食ったのかと聞いて、食べたよと会話している。{{ namae }}はそれを横目に席に座る。未だずきずきと頭が痛む。貰ったスポーツドリンクをちょびちょびと飲みながら、向かいに座っている村雨を見た。村雨は食後のコーヒーを飲んでいる。

「あなた、昨夜獅子神に噛みついたそうだな」
「覚えてない」

 素っ気ない言葉を{{ namae }}は突き返す。赤い目がちらりと{{ namae }}を見る。{{ namae }}は拗ねた子供のようにそっぽ向く。朝の弱い叶はまだ起きていない。真経津が戻って来て{{ namae }}の隣に座る。両肘をついて{{ namae }}を見た。

「{{ namae }}さんって、大胆だよねぇ」

 くすくすと楽しそうに真経津が言う。
――フライパンで全員分の頭を殴れば記憶を飛ばせるだろうか
 {{ namae }}は物騒なことを思いながら真経津を睨み返すしか出来なかった。





 地獄絵図だ。確かに生命はかかっていないが、もう既に寝てしまった村雨が羨ましいと素直に思えた。
 三人の前にあるのは所謂パーティドリンクと呼ばれるものだ。{{ namae }}が飲んだことないと言ったために叶と真経津が馬鹿みたいに買って来た。そしてそれを{{ namae }}は馬鹿みたいに片っ端から飲んだのだ。色鮮やかで少量ながらもアルコール度数の高いそれがどんどん無くなっていく様は、横で見ている獅子神の心配する度合と比例していく。摘まみがあった方が良いんじゃないかと台所に行って簡単な摘まみを作って、水やオレンジジュースと一緒に戻って来たらもう既に{{ namae }}は出来上がっていた。空き瓶の数を数えたくなくて、獅子神は視線をそっと逸らす。念のため吐いたときの袋を持ってきて良かったと思った。
 真経津がおつまみだと喜んでいた。飲ませすぎだろ、と苦言を呈せば、美味しそうに飲んでたよと悪びれもなく返される。獅子神はソファに座り、ナッツを摘まんで食べる。

「ほら、{{ namae }}君。噂をすれば敬一君だぞ」

 叶が楽しそうに笑いながら獅子神を指す。{{ namae }}は小さい酒瓶を置いた。それも空になっている。ふらふらと覚束ない足取りで獅子神の元へ来た。{{ namae }}の顔の血色が良い。首元まで赤い気さえする。けいいちくん、と涙混じりの声で{{ namae }}を呼ばれる。自分よりも年上なのに、幼い子供みたいだ。獅子神に抱き着き、すんすんと鼻を鳴らして泣いている。真経津と叶がニヤニヤとした顔で見ている。

「お前らな、そんなに飲ませ、っい゛……!?」

 首筋に激痛が走った。獅子神は咄嗟に{{ namae }}の肩を掴み無理に引きはがす。血が出てるよと真経津の声が聞こえた。{{ namae }}の唇に赤色が付着している。噛まれたと遅れて理解する。
 {{ namae }}の目からぼろぼろと大粒の涙が零れていく。あー、あー、と仕方なさそうな声を大袈裟に上げて獅子神は{{ namae }}の目元を指で拭う。何でこいつが泣くんだと思ったが、酔っ払いに言っても仕方ないことだ。涙かアルコールで潤んだ目が獅子神を見る。泣き上戸だったのかと凡そどうでも良いことをぼんやりと思った。

「あのね、僕、敬一くんとはすごく仲良しでいたい……」

 普段からは想像できないようなことを普段からは想像できないような弱々しい声で言われ、獅子神はおう、としか返せない。獅子神が初めて{{ namae }}を見たときは、村雨や叶のように自身よりも格上の人間だと直ぐに理解できた。普段の所作などで生まれたときから一定以上の愛も金も得てきた人間だと察することが出来た。他の友人たちと同じ、生きている世界が違う人。しかも{{ namae }}は叶に近い、というより叶以上に気難しいタイプで彼自身が気に入った人としか喋らないタイプだ。業務的な連絡をしているときの心底つまらなさそうな、どうでも良さそうな顔は見ているこちらが緊張するほどだ。そんな人から一定以上の好意を抱かれているようで、ほっとする。

「きらいにならないで、」

 零れた涙が獅子神の指を濡らす。{{ namae }}の言葉に獅子神は言葉を詰まらせた。愛も金も運さえも恵まれている人間に分類されるような人間に、何をそんなに怖がることがあるのか理解できない。普段村雨ほどではないが何を考えているのか解らない人が酒が入っているとはいえ、そんなに泣く程嫌なことがあるのか。

「、う゛」

 {{ namae }}の両手が自身の口を塞いだ。獅子神はすぐに理解をした。ズボンのポケットに突っ込んでいた袋を取り出し広げようとしたが、間に合わなかった。

2023/05/28

今日はえいえんの最初の日04

ウォロ
 {{ namae }}がウォロの元で暮らすようになってから数ヶ月が経った。明日の食事を気にすることもない、日銭を稼げないことに頭を悩ますこともない、病気や怪我に怖がることもない夢のような暮らし。コトブキムラで過ごしていた時よりもずっと便利なからくりがあるお陰で自由に使える時間も増えた。何かあっては恐ろしいからと{{ namae }}一人で出かけることは決してないが、ウォロとならあちこち出掛けさせてもらえる。テレビというからくりや雑誌で知り得た情報を実際にウォロと見に行ったことも多々ある。この時代に存在するものに触れることで、{{ namae }}も漸くどう足掻いても帰れないことを漸く理解し終えた。{{ namae }}は少しずつシンオウ地方の言葉や現代の振舞い方、価値観などを学び、身に着けるようになった。{{ namae }}にとってウォロは生命線だ。ウォロがいなければ{{ namae }}はきっと死んでいたし、最低限度の生活だって送れなかった。{{ namae }}はウォロと再会出来て本当に良かったし、感謝もしている。だが、これが正しいことなのかどうかは{{ namae }}には解らない。いつかウォロに良い人が出来たら、追い出されるのだろうと漠然とした未来を描いている。恋人や家族のように手をつないで出掛けることもあるが、関係性に名前はないのだ。
 いつも通りのお出かけ帰り、{{ namae }}とウォロは仲睦まじく手を繋いで帰路を歩む。今日の夕飯はどうしましょうかねと美しく笑う同居人に{{ namae }}は微笑む。冷蔵庫に魚の切り身があったことを思い出し、焼き魚ですかねぇと{{ namae }}は答える。ウォロは幸福そうに笑う。{{ namae }}のよく知っている幸せな日常だ。このまま続けば良いと思う反面、何時まで続くのだろうかと不安になる。
 辺りには帰りの人達で沢山だ。二人は雑談をしながら信号のある道路を横断する。{{ namae }}がふと足を止めた。ウォロは腕を引かれる感覚で、ようやく足を止めて振り返る。{{ namae }}は来た道を見ていた。{{ namae }}さん、とウォロが呼びかけたが反応はない。

「――待って、」

 突如として{{ namae }}はウォロの手からすり抜け、走り出した。背後からウォロの声がしたが{{ namae }}には聞こえていない。{{ namae }}は人にぶつかりながら、合間を縫いながら前進していく。

「ショウちゃん!」

 名前を叫びながら子供の肩をぐいと掴んで振り替えさせた。驚いたような顔をした少女は{{ namae }}を見る。その顔を、{{ namae }}はよく知っている。よく知っている人の顔に、悲しい程酷似している。

「ヒカリ、大丈夫?」

 友達なのか兄弟なのか、テルによく似た少年が少女に話しかけた。子供たちが互いの名前を口にする。知らない人の名前だ。{{ namae }}の手が震えながらも、少女の肩から離れる。ふらつきながらもゆっくりと距離を取った。鼻の奥がつんと痛む。へたり込んでしまいたいのを、泣いてしまいたいのを、{{ namae }}は懸命に堪える。

「ご、めんなさい。探している人に、よく似ていたから」

 子供二人が困ったように笑って気にしていないような事を言う。それではと言った切り、二人は{{ namae }}の方を見る事はない。あっという間に人込みに紛れて消えてしまう。

「{{ namae }}さん!」

 後ろから腕を引っ張られた。{{ namae }}は力に逆らうこともせず、ウォロの胸に身体を預ける。倒れてしまいそうだったので、却って良かったと{{ namae }}はぼんやりと思った。

「ショウちゃんと、テルくんがいたんです」

 {{ namae }}の声が震えていた。ウォロは静かに首を横に振る。解っている、{{ namae }}自身だって理解している。ここにあの二人はいない。この世界に、あれほど帰りたいヒスイ地方はどこを探しても存在しない。{{ namae }}の瞼の裏で、凄まじい速度で映像が映し出されては流れていく。現在の生活よりもずっと不便で不自由で楽しかった記憶だ。ぽろりと涙が零れる。ひとりであれば、生きるのに一生懸命でこんな感情を抱く暇なんてなかった。

「帰りたい、」

 喉がひぐりと震える。嗚咽を零しながら{{ namae }}は帰りたいと呻く。ウォロは静かにその小さな身体を抱き締める。それしか出来なかった。

2023/01/04
 {{ namae }}がウォロの元で暮らすようになってから数ヶ月が経った。明日の食事を気にすることもない、日銭を稼げないことに頭を悩ますこともない、病気や怪我に怖がることもない夢のような暮らし。コトブキムラで過ごしていた時よりもずっと便利なからくりがあるお陰で自由に使える時間も増えた。何かあっては恐ろしいからと{{ namae }}一人で出かけることは決してないが、ウォロとならあちこち出掛けさせてもらえる。テレビというからくりや雑誌で知り得た情報を実際にウォロと見に行ったことも多々ある。この時代に存在するものに触れることで、{{ namae }}も漸くどう足掻いても帰れないことを漸く理解し終えた。{{ namae }}は少しずつシンオウ地方の言葉や現代の振舞い方、価値観などを学び、身に着けるようになった。{{ namae }}にとってウォロは生命線だ。ウォロがいなければ{{ namae }}はきっと死んでいたし、最低限度の生活だって送れなかった。{{ namae }}はウォロと再会出来て本当に良かったし、感謝もしている。だが、これが正しいことなのかどうかは{{ namae }}には解らない。いつかウォロに良い人が出来たら、追い出されるのだろうと漠然とした未来を描いている。恋人や家族のように手をつないで出掛けることもあるが、関係性に名前はないのだ。
 いつも通りのお出かけ帰り、{{ namae }}とウォロは仲睦まじく手を繋いで帰路を歩む。今日の夕飯はどうしましょうかねと美しく笑う同居人に{{ namae }}は微笑む。冷蔵庫に魚の切り身があったことを思い出し、焼き魚ですかねぇと{{ namae }}は答える。ウォロは幸福そうに笑う。{{ namae }}のよく知っている幸せな日常だ。このまま続けば良いと思う反面、何時まで続くのだろうかと不安になる。
 辺りには帰りの人達で沢山だ。二人は雑談をしながら信号のある道路を横断する。{{ namae }}がふと足を止めた。ウォロは腕を引かれる感覚で、ようやく足を止めて振り返る。{{ namae }}は来た道を見ていた。{{ namae }}さん、とウォロが呼びかけたが反応はない。

「――待って、」

 突如として{{ namae }}はウォロの手からすり抜け、走り出した。背後からウォロの声がしたが{{ namae }}には聞こえていない。{{ namae }}は人にぶつかりながら、合間を縫いながら前進していく。

「ショウちゃん!」

 名前を叫びながら子供の肩をぐいと掴んで振り替えさせた。驚いたような顔をした少女は{{ namae }}を見る。その顔を、{{ namae }}はよく知っている。よく知っている人の顔に、悲しい程酷似している。

「ヒカリ、大丈夫?」

 友達なのか兄弟なのか、テルによく似た少年が少女に話しかけた。子供たちが互いの名前を口にする。知らない人の名前だ。{{ namae }}の手が震えながらも、少女の肩から離れる。ふらつきながらもゆっくりと距離を取った。鼻の奥がつんと痛む。へたり込んでしまいたいのを、泣いてしまいたいのを、{{ namae }}は懸命に堪える。

「ご、めんなさい。探している人に、よく似ていたから」

 子供二人が困ったように笑って気にしていないような事を言う。それではと言った切り、二人は{{ namae }}の方を見る事はない。あっという間に人込みに紛れて消えてしまう。

「{{ namae }}さん!」

 後ろから腕を引っ張られた。{{ namae }}は力に逆らうこともせず、ウォロの胸に身体を預ける。倒れてしまいそうだったので、却って良かったと{{ namae }}はぼんやりと思った。

「ショウちゃんと、テルくんがいたんです」

 {{ namae }}の声が震えていた。ウォロは静かに首を横に振る。解っている、{{ namae }}自身だって理解している。ここにあの二人はいない。この世界に、あれほど帰りたいヒスイ地方はどこを探しても存在しない。{{ namae }}の瞼の裏で、凄まじい速度で映像が映し出されては流れていく。現在の生活よりもずっと不便で不自由で楽しかった記憶だ。ぽろりと涙が零れる。ひとりであれば、生きるのに一生懸命でこんな感情を抱く暇なんてなかった。

「帰りたい、」

 喉がひぐりと震える。嗚咽を零しながら{{ namae }}は帰りたいと呻く。ウォロは静かにその小さな身体を抱き締める。それしか出来なかった。

2023/01/04

今日はえいえんの最初の日03

ウォロ
 ウォロが住んでいる建物はとても大きなものだ。似たような形をした扉が並ぶ廊下を歩く。その一室でウォロは生活をしているらしい。周辺から良いにおいがする。扉の向こう側で子供の楽しそうな声が聞こえた。{{ namae }}は物珍しさから辺りを見渡しながら、ウォロの部屋へと入る。
 散らかっていますが、とウォロは言ったがあまり家具がないために散らかっているという印象はない。寝るための部屋なのだろうかという印象があった。{{ namae }}はウォロに勧められるままにソファに座る。マグカップに入れられた飲み物を渡され、{{ namae }}はそれを受け取った。ウォロは商品などを整理してきますのでゆっくりしてください、と言い残して別室へ移動した。{{ namae }}は部屋を見渡す。ショウが嬉しそうな顔をして購入していたカラクリ箱に似た形のものがある。知らない世界にウォロは適応している事実に、{{ namae }}は寂しいような気持ちになる。無造作に置かれた、{{ namae }}のよく知ったモンスターボールによく似たものが一層{{ namae }}の心をかき乱す。本当にこのまま生きていけるのだろうかと漠然とした不安が{{ namae }}の背におぶさった。

「散らかってるので、そんなに見られると恥ずかしいです」
「あっ……ごめんなさい、珍しくって」

 戻ってきたウォロは比較的ラフな格好をしていた。解りますよと穏やかな声で話しながら{{ namae }}の隣に座った。沈黙が二人を満たす。{{ namae }}は持っていた自分のモンスターボールを親指でそうっと撫でる。

「そう言えば、ウォロさんのポケモンって……」
「ああ……どうやらはぐれてしまったようで」

 そう、なんですか、と{{ namae }}の声はぎこちなくも次第に小さくなる。{{ namae }}は自分のポケモンがいたからこそ自らを奮い立たせ、生きてこれた。そのためにもしもポケモンがいなくなったらと想像して悲しくなる。

「{{ namae }}さんは、これからどうするんですか?」

 漠然とした質問に{{ namae }}は瞬きをした。言葉が出てこない。これからどうすると聞かれても、今までしてきたようにバトルをして日銭を稼いで生きて行くだけだ。ええとと{{ namae }}の口から何もならない音が落ちる。

「もしも、迷惑でなかったらジブンと一緒に住みませんか?」
「え……?」

 {{ namae }}は顔を上げた。ウォロはいつものように商品を説明するときと同じ笑顔を浮かべて人差し指を立てている。

「ジブンは基本的に外に出てることが多いので、家のことをお願いしたいんです。材料費等はこちらで出しますし、きちんと働きに対する報酬も支払いますよ」

 要するに住み込みの家事代行ですね! とウォロの声は何処までも明るい。少女にとってその提案は光の道に見えた。屋根と壁がある、雨風がしのげる部屋で明日のことを心配しなくても良い。その上この時代の生活に順応した知人がいる。これ以上心強いことは何もない。

「幸い空いてる部屋はありますし……っと、すみません、急に言われても迷惑、でしたね」
「いえ、いいえ!」

 少女は慌てて首を横に振る。迷惑なわけがないですと言った言葉は思ったよりも大きく響いた。ウォロが嬉しそうな顔をする。

「ウォロさんが……ここに、いさせてくれるなら」

 迷惑でなかったら、と{{ namae }}は小さな声で言う。

「それじゃあ、契約成立ですね!」

 改めて書面を用意しますから今日はもう休みましょうと言われ、{{ namae }}はそれに従う。久し振りの、この時代に来てから初めての湯舟に浸かりながら、別に書面なんて良いのになぁと{{ namae }}は暢気なことを思った。

2022/12/25
 ウォロが住んでいる建物はとても大きなものだ。似たような形をした扉が並ぶ廊下を歩く。その一室でウォロは生活をしているらしい。周辺から良いにおいがする。扉の向こう側で子供の楽しそうな声が聞こえた。{{ namae }}は物珍しさから辺りを見渡しながら、ウォロの部屋へと入る。
 散らかっていますが、とウォロは言ったがあまり家具がないために散らかっているという印象はない。寝るための部屋なのだろうかという印象があった。{{ namae }}はウォロに勧められるままにソファに座る。マグカップに入れられた飲み物を渡され、{{ namae }}はそれを受け取った。ウォロは商品などを整理してきますのでゆっくりしてください、と言い残して別室へ移動した。{{ namae }}は部屋を見渡す。ショウが嬉しそうな顔をして購入していたカラクリ箱に似た形のものがある。知らない世界にウォロは適応している事実に、{{ namae }}は寂しいような気持ちになる。無造作に置かれた、{{ namae }}のよく知ったモンスターボールによく似たものが一層{{ namae }}の心をかき乱す。本当にこのまま生きていけるのだろうかと漠然とした不安が{{ namae }}の背におぶさった。

「散らかってるので、そんなに見られると恥ずかしいです」
「あっ……ごめんなさい、珍しくって」

 戻ってきたウォロは比較的ラフな格好をしていた。解りますよと穏やかな声で話しながら{{ namae }}の隣に座った。沈黙が二人を満たす。{{ namae }}は持っていた自分のモンスターボールを親指でそうっと撫でる。

「そう言えば、ウォロさんのポケモンって……」
「ああ……どうやらはぐれてしまったようで」

 そう、なんですか、と{{ namae }}の声はぎこちなくも次第に小さくなる。{{ namae }}は自分のポケモンがいたからこそ自らを奮い立たせ、生きてこれた。そのためにもしもポケモンがいなくなったらと想像して悲しくなる。

「{{ namae }}さんは、これからどうするんですか?」

 漠然とした質問に{{ namae }}は瞬きをした。言葉が出てこない。これからどうすると聞かれても、今までしてきたようにバトルをして日銭を稼いで生きて行くだけだ。ええとと{{ namae }}の口から何もならない音が落ちる。

「もしも、迷惑でなかったらジブンと一緒に住みませんか?」
「え……?」

 {{ namae }}は顔を上げた。ウォロはいつものように商品を説明するときと同じ笑顔を浮かべて人差し指を立てている。

「ジブンは基本的に外に出てることが多いので、家のことをお願いしたいんです。材料費等はこちらで出しますし、きちんと働きに対する報酬も支払いますよ」

 要するに住み込みの家事代行ですね! とウォロの声は何処までも明るい。少女にとってその提案は光の道に見えた。屋根と壁がある、雨風がしのげる部屋で明日のことを心配しなくても良い。その上この時代の生活に順応した知人がいる。これ以上心強いことは何もない。

「幸い空いてる部屋はありますし……っと、すみません、急に言われても迷惑、でしたね」
「いえ、いいえ!」

 少女は慌てて首を横に振る。迷惑なわけがないですと言った言葉は思ったよりも大きく響いた。ウォロが嬉しそうな顔をする。

「ウォロさんが……ここに、いさせてくれるなら」

 迷惑でなかったら、と{{ namae }}は小さな声で言う。

「それじゃあ、契約成立ですね!」

 改めて書面を用意しますから今日はもう休みましょうと言われ、{{ namae }}はそれに従う。久し振りの、この時代に来てから初めての湯舟に浸かりながら、別に書面なんて良いのになぁと{{ namae }}は暢気なことを思った。

2022/12/25

今日はえいえんの最初の日02

ウォロ
 ウォロは今まで座っていた椅子を{{ namae }}に譲り、自身はビールケースを逆様にさせて座った。ぐずぐずと泣きっぱなしの{{ namae }}にウォロはただ静かに背を擦ることだけをする。

「本当にごめんなさい」

 暫くして落ち着いたのか、{{ namae }}はウォロに頭を下げた。気にしないでくださいとウォロは笑って{{ namae }}の顔を上げるように促す。{{ namae }}はウォロから貰ったココアの缶を大事そうに両手で包むようにして、暖を取っている。泣きたくなってしまいそうなほど温かくて、{{ namae }}は浮かんだ涙を指で拭う。

「ところで、{{ namae }}さんはどうしてここに?」

 ヒスイで見たときと同じ表情でウォロが尋ねる。何も知らない場所でようやく見知った人と出会えたためか、{{ namae }}は何処かほっとするのを感じた。自ずと{{ namae }}の口角が上がっていく。

「時空の歪みに向かったら、空が裂けてて……そしたら……」

 その後の言葉を{{ namae }}は紡げなかった。ああ、とウォロは察したような声を上げ、気の毒そうに眉尻を下げている。{{ namae }}は俯く。ぼろぼろの靴が視界に収まる。今度藁沓でも作らないといけないだろうかと考える。
 今までどうやって生きてきたんですか、と尋ねられ、{{ namae }}は顔を上げる。素直にポケモンバトルでどうにか生きていることを答えた。この時代の戸籍が無いから他の仕事にはなかなか就けられないことを零せば、ウォロは益々気の毒そうな顔をして、己の口許を掌で隠すような素振りをする。そんな顔をさせるつもりはなかったのに、と{{ namae }}は申し訳ない気持ちになる。

「ウォロさんはシンオウでもお店をされてるんですね」
「ええ、やっぱり商いをしていると色んな情報が手に入りますので」

 にこっとウォロが人懐こそうな笑顔を浮かべさせる。{{ namae }}も釣られて笑った。ヒスイにいた頃と同じようにあちこち行っては商品を売っているのだろう。行く先々でウォロにとって興味のある分野の話を客としたりウォロ自身で調べたりしているのかもしれない。少しだけ想像して{{ namae }}は嬉しい気持ちになる。

「そういえば、ウォロさんも時空の歪みでこの時代に?」

 ショウちゃんからもう会えないって言われてたんです、と少女は補足する。ウォロは少し考えるような素振りをして、まあそんな感じですねと答えた。だからもう会えないと言ったんだ、と{{ namae }}は合点がいく。
 他愛のない話をしていると、やがて人の姿が疎らとなっていく。もうそろそろ店仕舞いですかね、とウォロがぽつりと呟く。{{ namae }}は慌てて立ち上がった。

「長居しちゃってごめんなさい、帰りますね」
「送りますよ。今どの辺に住まれてるんですか?」

 ウォロの質問に{{ namae }}はぎこちなく笑みを浮かべさせる。気持ちはありがたいがこれ以上負担になりたくない。大丈夫だと笑うとウォロが少しだけ傷付いたような顔をする。ジブンに言えないような場所なんですか、と低い声が{{ namae }}の鼓膜を震わせた。{{ namae }}は首を横に振る。

「私、は……格安アパートに運良く入り込むことが出来まして」
「ああ……戸籍、無いんでしたっけ……」

 繫華街の少し離れた路地裏にある、小さなアパートを{{ namae }}は思い描く。ただ寝るだけの部屋だ。行く当てもなく彷徨っていた{{ namae }}を恐らく見かねた大家が住まわせてくれたのだが、そのアパートの住民たちも{{ namae }}と同じように特別な事情を持っている女性ばかりだった。幸運だったなと{{ namae }}は事あるごとにしみじみとしている。
 だから大丈夫ですと{{ namae }}は笑った。踵を返してこの場から速やかに去ろうとする。その一歩を駆け出そうとした。

「{{ namae }}さん」

 腕を掴まれる。{{ namae }}はぎくりとした。ウォロ自身はきっと強い力で掴んだつもりはないだろうのに、{{ namae }}にとって自身の動きを封じるほどの酷く強い力だった。{{ namae }}はぎこちなくウォロを見る。いつの間にかウォロは自分の側に立っていた。ウォロの手がすぐに離れる。触れられていた所がじんと熱を帯びて外気に触れて冷めていく。

「すみません。ジブン、どうしても気になってしまって」

 いつもと変わらない柔らかい声、柔らかい表情。いえ、と{{ namae }}の声帯はそれきり呟いて震えることをやめる。大丈夫ですよと笑って走り去ればきっと良かったのに、{{ namae }}は何故だかそれが出来ないでいる。ずっと背が高い男の足から伸びる影は{{ namae }}をすっぽりと覆い隠してしまっている。ウォロが何かを話しているのと、{{ namae }}は何処か落ち着かず、上の空で相槌を打つ。どうして一瞬でも怖いと思ってしまったのだろう、と{{ namae }}は先程掴まれた腕をそうっと服の上から撫でる。

「――良かったら、ジブンの所に来ますか?」

 ウォロの言葉に{{ namae }}は動きを止めた。ウォロはにこにこと人懐こそうな笑顔を浮かべさせている。

「久し振りに出会えたことですし、ジブンはもう少し{{ namae }}さんとお話したいんです」

 それに、アナタが心配なんです、とウォロが申し訳なさそうに眉尻を下げさせる。{{ namae }}はそんなことないという代わりに首を何度も横に振る。

「じゃ、じゃあ……お邪魔します」

 舌を縺れさせながらも、{{ namae }}は言葉を紡ぐ。にこりとウォロが笑みを浮かべさせた。

2022/06/12
 ウォロは今まで座っていた椅子を{{ namae }}に譲り、自身はビールケースを逆様にさせて座った。ぐずぐずと泣きっぱなしの{{ namae }}にウォロはただ静かに背を擦ることだけをする。

「本当にごめんなさい」

 暫くして落ち着いたのか、{{ namae }}はウォロに頭を下げた。気にしないでくださいとウォロは笑って{{ namae }}の顔を上げるように促す。{{ namae }}はウォロから貰ったココアの缶を大事そうに両手で包むようにして、暖を取っている。泣きたくなってしまいそうなほど温かくて、{{ namae }}は浮かんだ涙を指で拭う。

「ところで、{{ namae }}さんはどうしてここに?」

 ヒスイで見たときと同じ表情でウォロが尋ねる。何も知らない場所でようやく見知った人と出会えたためか、{{ namae }}は何処かほっとするのを感じた。自ずと{{ namae }}の口角が上がっていく。

「時空の歪みに向かったら、空が裂けてて……そしたら……」

 その後の言葉を{{ namae }}は紡げなかった。ああ、とウォロは察したような声を上げ、気の毒そうに眉尻を下げている。{{ namae }}は俯く。ぼろぼろの靴が視界に収まる。今度藁沓でも作らないといけないだろうかと考える。
 今までどうやって生きてきたんですか、と尋ねられ、{{ namae }}は顔を上げる。素直にポケモンバトルでどうにか生きていることを答えた。この時代の戸籍が無いから他の仕事にはなかなか就けられないことを零せば、ウォロは益々気の毒そうな顔をして、己の口許を掌で隠すような素振りをする。そんな顔をさせるつもりはなかったのに、と{{ namae }}は申し訳ない気持ちになる。

「ウォロさんはシンオウでもお店をされてるんですね」
「ええ、やっぱり商いをしていると色んな情報が手に入りますので」

 にこっとウォロが人懐こそうな笑顔を浮かべさせる。{{ namae }}も釣られて笑った。ヒスイにいた頃と同じようにあちこち行っては商品を売っているのだろう。行く先々でウォロにとって興味のある分野の話を客としたりウォロ自身で調べたりしているのかもしれない。少しだけ想像して{{ namae }}は嬉しい気持ちになる。

「そういえば、ウォロさんも時空の歪みでこの時代に?」

 ショウちゃんからもう会えないって言われてたんです、と少女は補足する。ウォロは少し考えるような素振りをして、まあそんな感じですねと答えた。だからもう会えないと言ったんだ、と{{ namae }}は合点がいく。
 他愛のない話をしていると、やがて人の姿が疎らとなっていく。もうそろそろ店仕舞いですかね、とウォロがぽつりと呟く。{{ namae }}は慌てて立ち上がった。

「長居しちゃってごめんなさい、帰りますね」
「送りますよ。今どの辺に住まれてるんですか?」

 ウォロの質問に{{ namae }}はぎこちなく笑みを浮かべさせる。気持ちはありがたいがこれ以上負担になりたくない。大丈夫だと笑うとウォロが少しだけ傷付いたような顔をする。ジブンに言えないような場所なんですか、と低い声が{{ namae }}の鼓膜を震わせた。{{ namae }}は首を横に振る。

「私、は……格安アパートに運良く入り込むことが出来まして」
「ああ……戸籍、無いんでしたっけ……」

 繫華街の少し離れた路地裏にある、小さなアパートを{{ namae }}は思い描く。ただ寝るだけの部屋だ。行く当てもなく彷徨っていた{{ namae }}を恐らく見かねた大家が住まわせてくれたのだが、そのアパートの住民たちも{{ namae }}と同じように特別な事情を持っている女性ばかりだった。幸運だったなと{{ namae }}は事あるごとにしみじみとしている。
 だから大丈夫ですと{{ namae }}は笑った。踵を返してこの場から速やかに去ろうとする。その一歩を駆け出そうとした。

「{{ namae }}さん」

 腕を掴まれる。{{ namae }}はぎくりとした。ウォロ自身はきっと強い力で掴んだつもりはないだろうのに、{{ namae }}にとって自身の動きを封じるほどの酷く強い力だった。{{ namae }}はぎこちなくウォロを見る。いつの間にかウォロは自分の側に立っていた。ウォロの手がすぐに離れる。触れられていた所がじんと熱を帯びて外気に触れて冷めていく。

「すみません。ジブン、どうしても気になってしまって」

 いつもと変わらない柔らかい声、柔らかい表情。いえ、と{{ namae }}の声帯はそれきり呟いて震えることをやめる。大丈夫ですよと笑って走り去ればきっと良かったのに、{{ namae }}は何故だかそれが出来ないでいる。ずっと背が高い男の足から伸びる影は{{ namae }}をすっぽりと覆い隠してしまっている。ウォロが何かを話しているのと、{{ namae }}は何処か落ち着かず、上の空で相槌を打つ。どうして一瞬でも怖いと思ってしまったのだろう、と{{ namae }}は先程掴まれた腕をそうっと服の上から撫でる。

「――良かったら、ジブンの所に来ますか?」

 ウォロの言葉に{{ namae }}は動きを止めた。ウォロはにこにこと人懐こそうな笑顔を浮かべさせている。

「久し振りに出会えたことですし、ジブンはもう少し{{ namae }}さんとお話したいんです」

 それに、アナタが心配なんです、とウォロが申し訳なさそうに眉尻を下げさせる。{{ namae }}はそんなことないという代わりに首を何度も横に振る。

「じゃ、じゃあ……お邪魔します」

 舌を縺れさせながらも、{{ namae }}は言葉を紡ぐ。にこりとウォロが笑みを浮かべさせた。

2022/06/12

今日はえいえんの最初の日01

ウォロ
 {{ namae }}がシンオウ地方に入り込んで数ヶ月が経った。何とか{{ namae }}は飢え死ぬことなく生きている。幸いポケモンを使ってバトルをすることが出来たので、路地裏で行われているポケモンバトルをすることで幾ばくばかりの日銭を得て暮らしていた。{{ namae }}自身はそのバトルは恐らく違法のものなのだろうと察している。しかし{{ namae }}には戸籍が無い。戸籍が無いと言うことは、端的に言ってしまえば信頼が無い。{{ namae }}はどうにかして安いアパートの一室を借りて何とかして生きている。
 {{ namae }}は元々シンオウ地方がヒスイ地方と呼ばれている時代の人間だった。ギンガ団の一員としてポケモンを捕まえ、時には使役し、ポケモンの生態について研究をしていた。あるときから突然現れたショウと{{ namae }}自身の同期であるテルと楽しく村で過ごしていた。ショウはめきめきと頭角を現していった。様々な困難がありつつもショウは立ち向かっていき、ギンガ団の一員として認められた。最終的には図鑑を完成するまでに至ったのだった。その日のことを{{ namae }}は今も鮮やかに思い出すことができる。
 {{ namae }}がシンオウ地方へやってきたのは、通称、時空の歪みによるものだった。天冠の山麓に生息するニューラの生態を調査するために少女はやってきた。その時に時空の歪みが発生した。{{ namae }}はショウやテルから珍しいポケモンがいることや珍しい道具が落ちていることを聞いて、時空の歪みに入り込んだのだ。当然珍しいポケモンも道具もあった。{{ namae }}は手持ちのポケモンたちと共に珍しいポケモンと戦っては捕まえていた。だが一際大きな風が吹きあがり、{{ namae }}の身体を浮かび上がらせた。思わず{{ namae }}はきつく目を瞑った。
 次に目を開くと、見たこともない程高い建物の前にへたり込んでいた。聞いたことのない単語に、見たことのない乗り物に{{ namae }}はただただ驚いた。自身が所属しているギンガ団のことを尋ねれば、良く解らないものを開発していると返された。泣きそうにながらも、ここはヒスイ地方のどこですかと聞けば、ヒスイ地方はずうっと昔についていた名称だと返って来た。{{ namae }}はその場で卒倒した。次に目を開くと、ポケモンセンターと呼ばれる所にいた。しかし帰る家もなく、自身の身分を証明するものも手立てもなく、{{ namae }}はポケモンと当てもなく歩き、今に至るのだった。
 今日は何とか生きていけたが、明日はどうなるかはわからない。ポケモンよりも、見知らぬ人たちの方が{{ namae }}にとって恐ろしかった。
 この日は比較的日銭を多く稼ぐことが出来た。{{ namae }}はそういった日には外を歩く事にしていた。道には露店が疎らに並んでいる。少女は半分冷やかしの気持ちで露店を覗く。モンスターボールを模した飾りや金属を加工したアクセサリーがある。そのアクセサリーの一つに、イチョウの形をしたネックレスがあった。
 イチョウ商会にいた、歴史の事になると饒舌になる、穏やかな人を思い出す。金色の髪に、萌黄色の目が印象的だ。会いたくても会えない人だ。ショウから、きっともう会えないだろうと言われた夜、{{ namae }}は声を押し殺して泣いた。どうしてショウがそんなことを告げたのか、{{ namae }}には解らない。死んだの、と問うたが、ショウは黙って首を横に振るだけだった。結局あの山で何があったのか少女は知らない。

「{{ namae }}さん?」

 {{ namae }}は思わず顔を上げた。この時代に{{ namae }}の名を知っている人など存在しない、筈だ。
 帽子を被った露店の店主が{{ namae }}を見ている。金色の前髪が左目を隠している。吊り上がった、新緑を彷彿とさせる色をした目が丸くなっている。{{ namae }}はゆっくりと瞬きをした。記憶で見た、会いたかった人だ。ヒスイで、故郷で過ごした時間が鮮明に蘇る。記憶が鮮やかな濁流となって{{ namae }}の脳味噌を呑み込んだ。残った安堵感が声を上げて泣いている。
 あ、と店主が我に返ったように声を上げた。首を横に振り、少しだけ寂しそうに笑う。

「すみません、アナタがジブンの知り合いによく似ていて、」
「ウォロさん……?」

 え、と店主が戸惑ったような声をあげた。本当に、{{ namae }}さん、と店主――ウォロが、ほんのわずかに上擦ったような声を上げる。{{ namae }}の目から涙がぽろぽろと零れる。{{ namae }}の喉が引きつり、上手く言葉が紡げなくなる。私、私です、コトブキムラの、ギンガ団の{{ namae }}です、と言ったきり{{ namae }}はそれ以降の言葉を紡げなかった。ただただ迷子になった子供のように泣きじゃくるしか出来なかった。

2022/06/06
 {{ namae }}がシンオウ地方に入り込んで数ヶ月が経った。何とか{{ namae }}は飢え死ぬことなく生きている。幸いポケモンを使ってバトルをすることが出来たので、路地裏で行われているポケモンバトルをすることで幾ばくばかりの日銭を得て暮らしていた。{{ namae }}自身はそのバトルは恐らく違法のものなのだろうと察している。しかし{{ namae }}には戸籍が無い。戸籍が無いと言うことは、端的に言ってしまえば信頼が無い。{{ namae }}はどうにかして安いアパートの一室を借りて何とかして生きている。
 {{ namae }}は元々シンオウ地方がヒスイ地方と呼ばれている時代の人間だった。ギンガ団の一員としてポケモンを捕まえ、時には使役し、ポケモンの生態について研究をしていた。あるときから突然現れたショウと{{ namae }}自身の同期であるテルと楽しく村で過ごしていた。ショウはめきめきと頭角を現していった。様々な困難がありつつもショウは立ち向かっていき、ギンガ団の一員として認められた。最終的には図鑑を完成するまでに至ったのだった。その日のことを{{ namae }}は今も鮮やかに思い出すことができる。
 {{ namae }}がシンオウ地方へやってきたのは、通称、時空の歪みによるものだった。天冠の山麓に生息するニューラの生態を調査するために少女はやってきた。その時に時空の歪みが発生した。{{ namae }}はショウやテルから珍しいポケモンがいることや珍しい道具が落ちていることを聞いて、時空の歪みに入り込んだのだ。当然珍しいポケモンも道具もあった。{{ namae }}は手持ちのポケモンたちと共に珍しいポケモンと戦っては捕まえていた。だが一際大きな風が吹きあがり、{{ namae }}の身体を浮かび上がらせた。思わず{{ namae }}はきつく目を瞑った。
 次に目を開くと、見たこともない程高い建物の前にへたり込んでいた。聞いたことのない単語に、見たことのない乗り物に{{ namae }}はただただ驚いた。自身が所属しているギンガ団のことを尋ねれば、良く解らないものを開発していると返された。泣きそうにながらも、ここはヒスイ地方のどこですかと聞けば、ヒスイ地方はずうっと昔についていた名称だと返って来た。{{ namae }}はその場で卒倒した。次に目を開くと、ポケモンセンターと呼ばれる所にいた。しかし帰る家もなく、自身の身分を証明するものも手立てもなく、{{ namae }}はポケモンと当てもなく歩き、今に至るのだった。
 今日は何とか生きていけたが、明日はどうなるかはわからない。ポケモンよりも、見知らぬ人たちの方が{{ namae }}にとって恐ろしかった。
 この日は比較的日銭を多く稼ぐことが出来た。{{ namae }}はそういった日には外を歩く事にしていた。道には露店が疎らに並んでいる。少女は半分冷やかしの気持ちで露店を覗く。モンスターボールを模した飾りや金属を加工したアクセサリーがある。そのアクセサリーの一つに、イチョウの形をしたネックレスがあった。
 イチョウ商会にいた、歴史の事になると饒舌になる、穏やかな人を思い出す。金色の髪に、萌黄色の目が印象的だ。会いたくても会えない人だ。ショウから、きっともう会えないだろうと言われた夜、{{ namae }}は声を押し殺して泣いた。どうしてショウがそんなことを告げたのか、{{ namae }}には解らない。死んだの、と問うたが、ショウは黙って首を横に振るだけだった。結局あの山で何があったのか少女は知らない。

「{{ namae }}さん?」

 {{ namae }}は思わず顔を上げた。この時代に{{ namae }}の名を知っている人など存在しない、筈だ。
 帽子を被った露店の店主が{{ namae }}を見ている。金色の前髪が左目を隠している。吊り上がった、新緑を彷彿とさせる色をした目が丸くなっている。{{ namae }}はゆっくりと瞬きをした。記憶で見た、会いたかった人だ。ヒスイで、故郷で過ごした時間が鮮明に蘇る。記憶が鮮やかな濁流となって{{ namae }}の脳味噌を呑み込んだ。残った安堵感が声を上げて泣いている。
 あ、と店主が我に返ったように声を上げた。首を横に振り、少しだけ寂しそうに笑う。

「すみません、アナタがジブンの知り合いによく似ていて、」
「ウォロさん……?」

 え、と店主が戸惑ったような声をあげた。本当に、{{ namae }}さん、と店主――ウォロが、ほんのわずかに上擦ったような声を上げる。{{ namae }}の目から涙がぽろぽろと零れる。{{ namae }}の喉が引きつり、上手く言葉が紡げなくなる。私、私です、コトブキムラの、ギンガ団の{{ namae }}です、と言ったきり{{ namae }}はそれ以降の言葉を紡げなかった。ただただ迷子になった子供のように泣きじゃくるしか出来なかった。

2022/06/06

私物化してごめんね

アオキ
 アオキは最初に{{ namae }}と関わったとき、あーあ、という感情が存在していた。住む世界が違う、見えている世界が違うと諦めに似た感情はアオキを支配していた筈だった。きっとこれから関わることはないだろうと思っていたのに、光に引き寄せられる虫のように彼女の前に引き摺り出されていた。結局アオキは{{ namae }}と交際を経て結婚までしてしまっているのだから、人生は何があるのか解らない。
 アオキが帰宅すると大抵食欲をそそる良いニオイが鼻腔をくすぐるようになった。子供のときもそうだった、と埃を被りかけた温かな思い出をそうっと撫でる。玄関を開ければおかえりなさいと明るい声が聞こえる。多くのドラマや小説などにあるように、自分の父親ももれなくこの感情を覚えていたのだろうか。一人で暮らしていたときよりも温かな家はいつでも自身を歓迎しているように思えた。ただいま帰りました、と言いながらリビングへ入る。{{ namae }}は食事の配膳をしているところだった。今日はカツカレーなんですと楽し気に話す{{ namae }}にそうなんですかと相槌を打つ。他愛のない言葉を交わす度に、自身に確かな安堵感があることに気付く。
 {{ namae }}は結婚した後でも正社員として勤めている。疲れているだろうに家の殆どをしてくれているのはアオキにとって非常にありがたいことだ。アオキは{{ namae }}のしたいようにさせているが、出来ることならただ家で他でもなく自身だけを待っていて欲しいと願っている。{{ namae }}の世界を構成するものが全て自分か自分が与えたものであれば良いのに、とどうしようもないことを欲してしまう。
 カレーを食べながら他愛ない話をする。今日は何があったかという話を聞いたりしたりしながら、自分も子供のときの会話は似たようなものだったとどうでも良い事を思い出した。カレーを掬いながら、今度友達と旅行に行く話が出てまして、と{{ namae }}が話す。{{ namae }}は口を大きく開けてカレーを食べる。
 行くなと気楽に言えたらどれほど良かっただろうか。
 アオキはお伺いなんてしなくても、と建前だらけの言葉を並べる。冷たい水が入ったコップを手に取り、唇を濡らす。
 {{ namae }}の交友関係を全て整理させることが出来ればどれほど楽しくいられただろうか。
 {{ namae }}はにこりと笑って、お土産を楽しみにしてくださいねと楽しそうに話している。アオキは銀のスプーンでカレーとご飯を丁度良いバランスで掬い出す。
 一緒に行く人が自分じゃ駄目なんですかと一方的に詰れたらどれほどの幸福さを得られたのだろうか。
 アオキは何も言わずカレーを口に含み、咀嚼して飲み下す。気を付けていってらっしゃいと良い人の面と理性で構成された言葉を吐いた。{{ namae }}は嬉しそうに満面の笑みを浮かべさせる。
 自分の気持ちも知らないで、と詰りたい気持ちは、歪な形のニンジンと一緒に飲み込んだ。
 食事を終え、風呂に入り、後は寝るだけとなった。ソファに座った{{ namae }}はスマホロトムを操作しては何かおかしそうに笑っている。恐らく先程話題に上がった友達なのだろうと察しが付いた。アオキは{{ namae }}の隣に座る。アオキが座った重みで{{ namae }}の身体がアオキの方へ傾いた。{{ namae }}の身体を構成する一つひとつがアオキ自身と比べて小さい。ふとしたときに、不思議な気持ちになる。本当に同じ生き物なのか、と不安に似た感情が顔を出す。
 ぱく、と小さな耳を口腔内に招けば{{ namae }}は息を吸った。硬い歯で柔らかな耳介を軽く挟む。溝を舌先でなぞれば{{ namae }}は吐息交じりの声を出す。待って、と言われた声は知らない振りをして耳朶を歯で僅かに挟む。口を離して、白い首筋に唇を押し付ける。待ってと{{ namae }}は掌をアオキの唇と自身の肌の間に滑り込ませた。アオキは僅かに眉を顰めさせる。

「だめ、ですか」
「だ、めでは……無い、ですけど……」

 その尋ね方をすれば{{ namae }}がまごついてしまうのを、アオキはよく知っている。今までそれを悪用した人が自分以外にいたのか尋ねたい気持ちはするが、どの道良い結果にならないだろうので聞かないでいるし、聞けないでいる。
 アオキは言葉を紡ぐことなく何かを訴えるかのようにじっと見る。視線は雄弁だと頻繁に言われるが、言葉にして伝えないと何も伝わらないことをアオキは理解している。{{ namae }}は、少しだけ待ってくださいと言ってスマホロトムに何かを打ち込んだ。その後で、{{ namae }}はアオキに向き合い、困ったような笑いを浮かべさせる。どうぞ、と戸惑いながらも言う{{ namae }}が酷く可愛くてどうしようもなかった。
 ベッドの上でにいる{{ namae }}は一層小さく頼りなく見えた。恥ずかしそうにはにかむ姿もアオキの掌にすっぽりと収まってしまうほどの小さな手も、華奢な脚や腕も、高い声も、自身には無い、柔らかな胸も括れのある胴回りも受け入れるための臓器も何もかもがアオキの心を揺さぶって仕方がない。彼女の性格からしてあり得ないことではあるが、もしも彼女が他の人と、と無い筈のことを考えるだけで息苦しくなる。たった一人人間のせいでどうにもならなくなってしまう人間だとは、アオキは{{ namae }}に出会うまで知らないことだった。
 温かな泥濘はアオキのことを待ち望んでいるように見えた。アオキは下着諸共スウェットを脱ぎ捨てる。主観的な意見ほど何のあてにもならないことは職場でよく知っていることだ。ただ、ここは多数の人間がいる職場ではなく、たった二人の人間と途方もない感情だけがある空間だ。
 使いかけの避妊具が入った箱を一度手にする。少しして結局アオキはその手を離した。避妊具無しの性交を誰かを縛り付ける手段としてしまえば、出来た子は気の毒だ。孕まされて様々なことに制限を受ける女も当然ながら可哀想だ。他人の話であればアオキは一般的な倫理観に基づいて大多数と同じ意見を述べるだろう。そうすべきでないと一般的な倫理観に基づいてはっきりと答えるだろう。ただし、平常であれば。
 {{ namae }}だって、そうされることを望んでいるように思えた。確認しあった訳でもないのに、アオキはそのように解釈した。そうに違いないと独り善がりの回答は強固になっていく。孕みたがっている。他でもなく自分のものになりたがっている。もの、と言うのは少し言葉が違うかもしれないが、少なくともアオキはそう解釈した。
 結局アオキは剝き出しの亀頭を泥濘に擦りつけさせた。先走りと愛液が混ざりあい、ぐちぐちと音を立てる。{{ namae }}の小さな掌が、アオキの肩に触れた。熱を孕ませていた目はいくつか冷静になっている、ように見えた。ごむは、と小さな唇が音を産む。アオキは{{ namae }}の言った言葉が理解できなかった。

「ひ、ぃっ♡」

 腰を押し進めて肉を掻き分けて奥を捏ねてやれば{{ namae }}は言葉を忘れて啼く。膣はいつも以上にアオキ自身を締め付け、歓迎しているように見えた、待ち望んでいるように見えた。やっぱり、とどうしようもない主観な意見が一層強固なものになっていく。膣で自身を何度か扱けば次第に射精欲は高まって来る。{{ namae }}だって、そうされることを望んでいる筈だ。凝り固まった願望に近い結論が嘲笑う。

「だしても、良いですか」
「ぁ、あ゛♡」

 薄い腹を掌でそうっと撫でる。その皮膚の下に自身が埋まっていることはいつでもアオキに少しの驚きを与えさせる。外側から圧を加えると{{ namae }}が声を上げた。柔らかくなった子宮口を穿いてやる。それを望んでいなければ、降りてこない筈だと凝り固まった知識が汚らしい歯を見せて笑う。

「ぉ゛っ♡ ほ、おッ♡♡」

 アオキは密かに腹部を押すと音を出すおもちゃを思い出した。自分の意のままに出来るおもちゃだ。それはアオキを愉快な気持ちにさせたし、独りぼっちの孤独を与えさせた。答えを急かすために再度奥を捏ねてやる。{{ namae }}は喉を仰け反らせて絶頂に達する。膣の中頃から奥が一気にきつく締まる。言葉ではないそれが{{ namae }}の回答だということにした。締め付けられながらもアオキは抽挿を繰り返す。白濁色の欲を吐き出すために、{{ namae }}の薄い腹を膨らませるために。{{ namae }}が求めているからと数時間前まで不服そうだった感情がわあわあとがなり立てている。アオキは歯を食いしばる。腰を前後に動かす度に陰嚢が肌にぶつかりぺちぺちと間抜けな音を立てる。{{ namae }}の最早鳴き声と言った方が適切な声が響く。大切にしたい感情は確かにあったのに、蹂躙している事実にアオキの脳味噌が何か考えることをやめる。迫り上がった精液が管を通り一気に吐き出された。アオキの歯の隙間から音になり切れなかった息が通り抜ける。肉壁に陰茎に絡む精液を擦りつけさせる。それですら感じ入ったような声が聞こえるのが、何となく面白い。アオキは自身を抜いてやる。だらしなく開いた脚は閉じることなく、そのままがくがくと震えている。ぽっかりと開いた膣口から白濁が時々吹き出し、シーツを濡らす。独占欲と優越感と征服欲が心地よく満たされていく。騒ぎたてていた感情たちは満足したのかすっかり押し黙っている。

「{{ namae }}さん……」

 蕩けた眼がアオキを見る。アオキが{{ namae }}の手に触れる。{{ namae }}は幼い子のようにアオキの指を握った。へらりとだらしなく笑う。憐憫ささえ覚えさせるような表情だ。赤い舌がひらりと動き、あ、と音を生んだ。アオキは{{ namae }}の唇を己のそれで塞ぐ。名前を、呼ばれたくなかった。
 ふと目を覚ました。あのあとそのまま寝てしまったらしい。カーテンの隙間から太陽光が入り込み、日が高いことを知らせる。ベッドの側に脱ぎ捨てられた衣類が力なく落ちている。普段であればアオキは起き上がり、衣類を拾ってから仕事の支度をしたのだろう。だが今日は休みの日だ。ぐうだらで過ごしても誰にもきっと文句を言われないはずだ。
 同じベッドで眠る{{ namae }}の頬をそうっと撫でる。{{ namae }}の顔を隠す髪を静かに退けてじっと顔を見る。{{ namae }}と出会う前の生活はやっぱり思い出せない。それほどまでにアオキにとって{{ namae }}の存在は大きなものとなっている。なくてはならないもの、と言えば大袈裟に聞こえるかもしれないが、そう表現しても差し支えないほどだ。アオキは{{ namae }}を隠してしまうように抱き締めた。{{ namae }}の小さな身体はアオキの腕にすっぽりと収まってしまう。腕の中にいる{{ namae }}はじんわりと温かく、伝わる穏やかな心音が心地良い。アオキはうとうととしながら、最も幸福な空気を肺に満たした。

2023/03/12close

 アオキは最初に{{ namae }}と関わったとき、あーあ、という感情が存在していた。住む世界が違う、見えている世界が違うと諦めに似た感情はアオキを支配していた筈だった。きっとこれから関わることはないだろうと思っていたのに、光に引き寄せられる虫のように彼女の前に引き摺り出されていた。結局アオキは{{ namae }}と交際を経て結婚までしてしまっているのだから、人生は何があるのか解らない。
 アオキが帰宅すると大抵食欲をそそる良いニオイが鼻腔をくすぐるようになった。子供のときもそうだった、と埃を被りかけた温かな思い出をそうっと撫でる。玄関を開ければおかえりなさいと明るい声が聞こえる。多くのドラマや小説などにあるように、自分の父親ももれなくこの感情を覚えていたのだろうか。一人で暮らしていたときよりも温かな家はいつでも自身を歓迎しているように思えた。ただいま帰りました、と言いながらリビングへ入る。{{ namae }}は食事の配膳をしているところだった。今日はカツカレーなんですと楽し気に話す{{ namae }}にそうなんですかと相槌を打つ。他愛のない言葉を交わす度に、自身に確かな安堵感があることに気付く。
 {{ namae }}は結婚した後でも正社員として勤めている。疲れているだろうに家の殆どをしてくれているのはアオキにとって非常にありがたいことだ。アオキは{{ namae }}のしたいようにさせているが、出来ることならただ家で他でもなく自身だけを待っていて欲しいと願っている。{{ namae }}の世界を構成するものが全て自分か自分が与えたものであれば良いのに、とどうしようもないことを欲してしまう。
 カレーを食べながら他愛ない話をする。今日は何があったかという話を聞いたりしたりしながら、自分も子供のときの会話は似たようなものだったとどうでも良い事を思い出した。カレーを掬いながら、今度友達と旅行に行く話が出てまして、と{{ namae }}が話す。{{ namae }}は口を大きく開けてカレーを食べる。
 行くなと気楽に言えたらどれほど良かっただろうか。
 アオキはお伺いなんてしなくても、と建前だらけの言葉を並べる。冷たい水が入ったコップを手に取り、唇を濡らす。
 {{ namae }}の交友関係を全て整理させることが出来ればどれほど楽しくいられただろうか。
 {{ namae }}はにこりと笑って、お土産を楽しみにしてくださいねと楽しそうに話している。アオキは銀のスプーンでカレーとご飯を丁度良いバランスで掬い出す。
 一緒に行く人が自分じゃ駄目なんですかと一方的に詰れたらどれほどの幸福さを得られたのだろうか。
 アオキは何も言わずカレーを口に含み、咀嚼して飲み下す。気を付けていってらっしゃいと良い人の面と理性で構成された言葉を吐いた。{{ namae }}は嬉しそうに満面の笑みを浮かべさせる。
 自分の気持ちも知らないで、と詰りたい気持ちは、歪な形のニンジンと一緒に飲み込んだ。
 食事を終え、風呂に入り、後は寝るだけとなった。ソファに座った{{ namae }}はスマホロトムを操作しては何かおかしそうに笑っている。恐らく先程話題に上がった友達なのだろうと察しが付いた。アオキは{{ namae }}の隣に座る。アオキが座った重みで{{ namae }}の身体がアオキの方へ傾いた。{{ namae }}の身体を構成する一つひとつがアオキ自身と比べて小さい。ふとしたときに、不思議な気持ちになる。本当に同じ生き物なのか、と不安に似た感情が顔を出す。
 ぱく、と小さな耳を口腔内に招けば{{ namae }}は息を吸った。硬い歯で柔らかな耳介を軽く挟む。溝を舌先でなぞれば{{ namae }}は吐息交じりの声を出す。待って、と言われた声は知らない振りをして耳朶を歯で僅かに挟む。口を離して、白い首筋に唇を押し付ける。待ってと{{ namae }}は掌をアオキの唇と自身の肌の間に滑り込ませた。アオキは僅かに眉を顰めさせる。

「だめ、ですか」
「だ、めでは……無い、ですけど……」

 その尋ね方をすれば{{ namae }}がまごついてしまうのを、アオキはよく知っている。今までそれを悪用した人が自分以外にいたのか尋ねたい気持ちはするが、どの道良い結果にならないだろうので聞かないでいるし、聞けないでいる。
 アオキは言葉を紡ぐことなく何かを訴えるかのようにじっと見る。視線は雄弁だと頻繁に言われるが、言葉にして伝えないと何も伝わらないことをアオキは理解している。{{ namae }}は、少しだけ待ってくださいと言ってスマホロトムに何かを打ち込んだ。その後で、{{ namae }}はアオキに向き合い、困ったような笑いを浮かべさせる。どうぞ、と戸惑いながらも言う{{ namae }}が酷く可愛くてどうしようもなかった。
 ベッドの上でにいる{{ namae }}は一層小さく頼りなく見えた。恥ずかしそうにはにかむ姿もアオキの掌にすっぽりと収まってしまうほどの小さな手も、華奢な脚や腕も、高い声も、自身には無い、柔らかな胸も括れのある胴回りも受け入れるための臓器も何もかもがアオキの心を揺さぶって仕方がない。彼女の性格からしてあり得ないことではあるが、もしも彼女が他の人と、と無い筈のことを考えるだけで息苦しくなる。たった一人人間のせいでどうにもならなくなってしまう人間だとは、アオキは{{ namae }}に出会うまで知らないことだった。
 温かな泥濘はアオキのことを待ち望んでいるように見えた。アオキは下着諸共スウェットを脱ぎ捨てる。主観的な意見ほど何のあてにもならないことは職場でよく知っていることだ。ただ、ここは多数の人間がいる職場ではなく、たった二人の人間と途方もない感情だけがある空間だ。
 使いかけの避妊具が入った箱を一度手にする。少しして結局アオキはその手を離した。避妊具無しの性交を誰かを縛り付ける手段としてしまえば、出来た子は気の毒だ。孕まされて様々なことに制限を受ける女も当然ながら可哀想だ。他人の話であればアオキは一般的な倫理観に基づいて大多数と同じ意見を述べるだろう。そうすべきでないと一般的な倫理観に基づいてはっきりと答えるだろう。ただし、平常であれば。
 {{ namae }}だって、そうされることを望んでいるように思えた。確認しあった訳でもないのに、アオキはそのように解釈した。そうに違いないと独り善がりの回答は強固になっていく。孕みたがっている。他でもなく自分のものになりたがっている。もの、と言うのは少し言葉が違うかもしれないが、少なくともアオキはそう解釈した。
 結局アオキは剝き出しの亀頭を泥濘に擦りつけさせた。先走りと愛液が混ざりあい、ぐちぐちと音を立てる。{{ namae }}の小さな掌が、アオキの肩に触れた。熱を孕ませていた目はいくつか冷静になっている、ように見えた。ごむは、と小さな唇が音を産む。アオキは{{ namae }}の言った言葉が理解できなかった。

「ひ、ぃっ♡」

 腰を押し進めて肉を掻き分けて奥を捏ねてやれば{{ namae }}は言葉を忘れて啼く。膣はいつも以上にアオキ自身を締め付け、歓迎しているように見えた、待ち望んでいるように見えた。やっぱり、とどうしようもない主観な意見が一層強固なものになっていく。膣で自身を何度か扱けば次第に射精欲は高まって来る。{{ namae }}だって、そうされることを望んでいる筈だ。凝り固まった願望に近い結論が嘲笑う。

「だしても、良いですか」
「ぁ、あ゛♡」

 薄い腹を掌でそうっと撫でる。その皮膚の下に自身が埋まっていることはいつでもアオキに少しの驚きを与えさせる。外側から圧を加えると{{ namae }}が声を上げた。柔らかくなった子宮口を穿いてやる。それを望んでいなければ、降りてこない筈だと凝り固まった知識が汚らしい歯を見せて笑う。

「ぉ゛っ♡ ほ、おッ♡♡」

 アオキは密かに腹部を押すと音を出すおもちゃを思い出した。自分の意のままに出来るおもちゃだ。それはアオキを愉快な気持ちにさせたし、独りぼっちの孤独を与えさせた。答えを急かすために再度奥を捏ねてやる。{{ namae }}は喉を仰け反らせて絶頂に達する。膣の中頃から奥が一気にきつく締まる。言葉ではないそれが{{ namae }}の回答だということにした。締め付けられながらもアオキは抽挿を繰り返す。白濁色の欲を吐き出すために、{{ namae }}の薄い腹を膨らませるために。{{ namae }}が求めているからと数時間前まで不服そうだった感情がわあわあとがなり立てている。アオキは歯を食いしばる。腰を前後に動かす度に陰嚢が肌にぶつかりぺちぺちと間抜けな音を立てる。{{ namae }}の最早鳴き声と言った方が適切な声が響く。大切にしたい感情は確かにあったのに、蹂躙している事実にアオキの脳味噌が何か考えることをやめる。迫り上がった精液が管を通り一気に吐き出された。アオキの歯の隙間から音になり切れなかった息が通り抜ける。肉壁に陰茎に絡む精液を擦りつけさせる。それですら感じ入ったような声が聞こえるのが、何となく面白い。アオキは自身を抜いてやる。だらしなく開いた脚は閉じることなく、そのままがくがくと震えている。ぽっかりと開いた膣口から白濁が時々吹き出し、シーツを濡らす。独占欲と優越感と征服欲が心地よく満たされていく。騒ぎたてていた感情たちは満足したのかすっかり押し黙っている。

「{{ namae }}さん……」

 蕩けた眼がアオキを見る。アオキが{{ namae }}の手に触れる。{{ namae }}は幼い子のようにアオキの指を握った。へらりとだらしなく笑う。憐憫ささえ覚えさせるような表情だ。赤い舌がひらりと動き、あ、と音を生んだ。アオキは{{ namae }}の唇を己のそれで塞ぐ。名前を、呼ばれたくなかった。
 ふと目を覚ました。あのあとそのまま寝てしまったらしい。カーテンの隙間から太陽光が入り込み、日が高いことを知らせる。ベッドの側に脱ぎ捨てられた衣類が力なく落ちている。普段であればアオキは起き上がり、衣類を拾ってから仕事の支度をしたのだろう。だが今日は休みの日だ。ぐうだらで過ごしても誰にもきっと文句を言われないはずだ。
 同じベッドで眠る{{ namae }}の頬をそうっと撫でる。{{ namae }}の顔を隠す髪を静かに退けてじっと顔を見る。{{ namae }}と出会う前の生活はやっぱり思い出せない。それほどまでにアオキにとって{{ namae }}の存在は大きなものとなっている。なくてはならないもの、と言えば大袈裟に聞こえるかもしれないが、そう表現しても差し支えないほどだ。アオキは{{ namae }}を隠してしまうように抱き締めた。{{ namae }}の小さな身体はアオキの腕にすっぽりと収まってしまう。腕の中にいる{{ namae }}はじんわりと温かく、伝わる穏やかな心音が心地良い。アオキはうとうととしながら、最も幸福な空気を肺に満たした。

2023/03/12close

お嫁においでよ

アオキ
 アオキと{{ namae }}が同棲するようになってから早数年ほど経った。未だ二人は籍は入れていない状態だ。数年も寝食を共にすれば相手と自分との生活習慣は勿論ちょっとした日常の動作の違いが良く分かる。
 例えば{{ namae }}は調味料や洗剤などの在庫を大まかにしか把握していないが、アオキはきちんと把握している。お陰で{{ namae }}が慌ててスーパーなどに駆け込むことがぐんと少なくなった。他にも{{ namae }}は定期的に室内用のスリッパを履き替えているが、アオキはスリッパがどれほど草臥れようとも穴が空いていようともあまり履き替えることがない。二人で何かのついでで買いに行った時にどういうスリッパが好きですかと聞いてみたが何でも良いですよ、と返された。恐らく履けたら何でも良いのだろうと{{ namae }}は判断した。客が来たことを考えると少し恥ずかしいので{{ namae }}はアオキの新しいスリッパを買って帰った。
 結婚とは家族とは所詮他人との妥協と譲歩のすり合わせが大事だと母が言っていた。そうかも、と{{ namae }}は今なら理解を示すことができる。幸いアオキも{{ namae }}も強いこだわりはなく、相手に合わせようとするので今の所小さな不愉快さも無く、大きな衝突にならなさそうだと楽観的に見ている。
 家事は余裕のある{{ namae }}が主にしており、生活費は主に稼ぎのあるアオキが出している。アオキからアオキ名義の通帳を渡されたときは流石に怖くて受け取れずアオキに返した。だが結婚すればそのうち渡されるのだろうと友達に言われ、{{ namae }}は覚悟した。結婚はいつなの、と友達に言われて、{{ namae }}は黙り込む。そういえば、いつなのだろう。余りにも長く黙っていたからか、友達は自分から言ってみればと提案してくれた。アオキさん、お嫁に来てくれるかなあと{{ namae }}は笑いながら言う。心の裏側に薄暗い膜がべたりと貼り付いている。
 今日は二人が休みの日だ。{{ namae }}は撮り溜めていたテレビ番組を朝から消化している。アオキはその隣でぼうっとテレビを一緒に見るだけだ。テレビはあるサスペンス映画を流している。{{ namae }}はその原作小説を読んだことがあるため流れを知っている。テレビの中で若いカップルが丁度婚約指輪を選んでいるシーンだ。二人で肩を並べて指輪を選ぶ姿は微笑ましい。あの指輪のデザイン可愛いですよね、などとのんびり話しながらぼうっと映画を見る。その後のどんでん返しな展開を思い出しつつ、{{ namae }}は普段表情の大きく変わらないアオキがどんな顔をするのだろうかと少し気になった。
 はたと{{ namae }}は気が付いた。今テレビの中で若いカップルが指輪を選んでいる。これを話題の切り口にするべきでは、これは却ってチャンスなのでは、きっとプロポーズするなら今なのでは、と{{ namae }}の脳内で物凄い速度で解答が導き出される。
 そういえば、アオキさん、となるたけ自然に呼んだつもりだ。何でしょうか、とアオキはテレビから視線を外し、{{ namae }}をじっと見る。

「お、お嫁に……来ます、か……?」

 アオキは何も言わない。考え込んでいるのか電源が切れたおもちゃのように黙り込んでいる。テレビから若い二人の笑い声が聞こえる。
 盛大に滑った……と{{ namae }}は自身の血の気が引く音を聞いた。{{ namae }}は咄嗟に取り繕ったように笑みを浮かべた。ええと、その、とどうにもならない言葉たちは躓きながらも弾けて行く。何の意味もない手振り身振りはただただ虚しく空を切るばかりだ。アオキの口が一度開き、一文字に閉まられる。少しして唇にゆるりとした弧を描かれた。

「逆ではありませんか?」

 ぎゃく、と{{ namae }}はオウム返しをする。逆とは何だと{{ namae }}の頭上に数多の疑問符が浮かんでは弾けていく。

「ああ、すみません、本当はタイミングとか色々考えていたんですが……先に越されてしまって」
「いえ、いや、あのホント、ごめんなさい……?」

 謝らんでくださいとアオキは{{ namae }}の手を下から掬うようにして取る。大きな手だなぁと、{{ namae }}は、自身の手をすっぽりと捕まえてしまったアオキの手をしげしげと見た。アオキの手は{{ namae }}よりも体温が高く、{{ namae }}の指先をじわりと温める。指先が乾燥して皮膚がささくれている。今度ハンドクリームを買わないとと{{ namae }}は脳内にメモをする。{{ namae }}さん、と柔らかな声で呼ばれ、{{ namae }}は視線をアオキへとやる。

「お嫁に来てくれますか?」

 {{ namae }}はぱちぱちと瞬きをした。言われた言葉を復唱する。アオキは静かに微笑を称えさせている。行っても良いの、と{{ namae }}は問うた。アオキはそうしてくれると嬉しいですと、いつもよりわずかに声を弾ませている。{{ namae }}はそのままぎゅっと強く目を瞑った。心臓がきゅうと締め付けられ、居ても立っても居られないほどの力が湧いてくる。行きます、と言いながら{{ namae }}はアオキに凭れかけた。
 今度指輪を買いに行きましょうか、とアオキの静かな声が{{ namae }}の鼓膜を心地良く揺する。{{ namae }}は小さく頷いた。テレビからいかにも平和そうな会話が聞こえて来た。

2023/01/20
 アオキと{{ namae }}が同棲するようになってから早数年ほど経った。未だ二人は籍は入れていない状態だ。数年も寝食を共にすれば相手と自分との生活習慣は勿論ちょっとした日常の動作の違いが良く分かる。
 例えば{{ namae }}は調味料や洗剤などの在庫を大まかにしか把握していないが、アオキはきちんと把握している。お陰で{{ namae }}が慌ててスーパーなどに駆け込むことがぐんと少なくなった。他にも{{ namae }}は定期的に室内用のスリッパを履き替えているが、アオキはスリッパがどれほど草臥れようとも穴が空いていようともあまり履き替えることがない。二人で何かのついでで買いに行った時にどういうスリッパが好きですかと聞いてみたが何でも良いですよ、と返された。恐らく履けたら何でも良いのだろうと{{ namae }}は判断した。客が来たことを考えると少し恥ずかしいので{{ namae }}はアオキの新しいスリッパを買って帰った。
 結婚とは家族とは所詮他人との妥協と譲歩のすり合わせが大事だと母が言っていた。そうかも、と{{ namae }}は今なら理解を示すことができる。幸いアオキも{{ namae }}も強いこだわりはなく、相手に合わせようとするので今の所小さな不愉快さも無く、大きな衝突にならなさそうだと楽観的に見ている。
 家事は余裕のある{{ namae }}が主にしており、生活費は主に稼ぎのあるアオキが出している。アオキからアオキ名義の通帳を渡されたときは流石に怖くて受け取れずアオキに返した。だが結婚すればそのうち渡されるのだろうと友達に言われ、{{ namae }}は覚悟した。結婚はいつなの、と友達に言われて、{{ namae }}は黙り込む。そういえば、いつなのだろう。余りにも長く黙っていたからか、友達は自分から言ってみればと提案してくれた。アオキさん、お嫁に来てくれるかなあと{{ namae }}は笑いながら言う。心の裏側に薄暗い膜がべたりと貼り付いている。
 今日は二人が休みの日だ。{{ namae }}は撮り溜めていたテレビ番組を朝から消化している。アオキはその隣でぼうっとテレビを一緒に見るだけだ。テレビはあるサスペンス映画を流している。{{ namae }}はその原作小説を読んだことがあるため流れを知っている。テレビの中で若いカップルが丁度婚約指輪を選んでいるシーンだ。二人で肩を並べて指輪を選ぶ姿は微笑ましい。あの指輪のデザイン可愛いですよね、などとのんびり話しながらぼうっと映画を見る。その後のどんでん返しな展開を思い出しつつ、{{ namae }}は普段表情の大きく変わらないアオキがどんな顔をするのだろうかと少し気になった。
 はたと{{ namae }}は気が付いた。今テレビの中で若いカップルが指輪を選んでいる。これを話題の切り口にするべきでは、これは却ってチャンスなのでは、きっとプロポーズするなら今なのでは、と{{ namae }}の脳内で物凄い速度で解答が導き出される。
 そういえば、アオキさん、となるたけ自然に呼んだつもりだ。何でしょうか、とアオキはテレビから視線を外し、{{ namae }}をじっと見る。

「お、お嫁に……来ます、か……?」

 アオキは何も言わない。考え込んでいるのか電源が切れたおもちゃのように黙り込んでいる。テレビから若い二人の笑い声が聞こえる。
 盛大に滑った……と{{ namae }}は自身の血の気が引く音を聞いた。{{ namae }}は咄嗟に取り繕ったように笑みを浮かべた。ええと、その、とどうにもならない言葉たちは躓きながらも弾けて行く。何の意味もない手振り身振りはただただ虚しく空を切るばかりだ。アオキの口が一度開き、一文字に閉まられる。少しして唇にゆるりとした弧を描かれた。

「逆ではありませんか?」

 ぎゃく、と{{ namae }}はオウム返しをする。逆とは何だと{{ namae }}の頭上に数多の疑問符が浮かんでは弾けていく。

「ああ、すみません、本当はタイミングとか色々考えていたんですが……先に越されてしまって」
「いえ、いや、あのホント、ごめんなさい……?」

 謝らんでくださいとアオキは{{ namae }}の手を下から掬うようにして取る。大きな手だなぁと、{{ namae }}は、自身の手をすっぽりと捕まえてしまったアオキの手をしげしげと見た。アオキの手は{{ namae }}よりも体温が高く、{{ namae }}の指先をじわりと温める。指先が乾燥して皮膚がささくれている。今度ハンドクリームを買わないとと{{ namae }}は脳内にメモをする。{{ namae }}さん、と柔らかな声で呼ばれ、{{ namae }}は視線をアオキへとやる。

「お嫁に来てくれますか?」

 {{ namae }}はぱちぱちと瞬きをした。言われた言葉を復唱する。アオキは静かに微笑を称えさせている。行っても良いの、と{{ namae }}は問うた。アオキはそうしてくれると嬉しいですと、いつもよりわずかに声を弾ませている。{{ namae }}はそのままぎゅっと強く目を瞑った。心臓がきゅうと締め付けられ、居ても立っても居られないほどの力が湧いてくる。行きます、と言いながら{{ namae }}はアオキに凭れかけた。
 今度指輪を買いに行きましょうか、とアオキの静かな声が{{ namae }}の鼓膜を心地良く揺する。{{ namae }}は小さく頷いた。テレビからいかにも平和そうな会話が聞こえて来た。

2023/01/20

エゴイズムのリピート

ペパー
 {{ namae }}が生まれた儘の姿でペパーの上に跨ってる。
 白い肌を赤く染めて、羞恥で目を潤ませている。男を誘うような顔を、素振りを、している。みないでと{{ namae }}は啜り泣いているのに、身体を隠そうとはしない。ペパーは泣いている{{ namae }}を慰めようとはしなかった。丸みのある肩も、片手で簡単に捕まえられそうなほど細い腕も、ひしゃげたアルミ缶のような胴回りも、筋肉も肉も然程付いてなさそうな脚も、何もかもがこんなにも頼りない印象を与えさせる。それらはペパーの心の柔らかい所をかりかりと引っ掻き、頭をずーんと重くさせてはたらきを鈍くさせる。ペパーの掌ですっぽりと収まりそうな程の{{ namae }}の膨らみが誘うように揺れている。それに手を伸ばそうとして――見慣れた天井が見えた。

「……は?」

 ぱち、ぱち、と何度か瞬きをする。窓の外から温かな日差しが入り込み、ヤヤコマの囀りが聞こえる。爽やかな朝だ。ペパーはゆっくりと上体を起こす。どろどろのゼリー状となった暗澹たるものがペパーに黒い染みをつけた。それは次第に広がり始め、じわりじわりとペパーの喉を緩やかに絞め上げる。
 マフィティフがのそりとペパーのベッドへやって来る。ペパーはマフィティフに挨拶をしながらマフィティフの頭を撫でた。マフィティフは満足そうに笑うが、ペパーの気分は少しも晴れやしない。
 ペパーがベッドから降りて直ぐにした事は下着の処理だった。
 朝の支度を終えて、ペパーは台所に立つ。そう言えば、アボカドサンドを前食べたいと言っていたなと思い出し、アボカドやスモークされたカマスジョーの切り身を切っていく。鮮やかな赤いトマトを包丁で輪切りにする。少し前に{{ namae }}は、トマトが好きだと嬉しそうな顔をして笑っていた。瑞々しいレタスの端っこをマフィティフにあげた。ほんの少しだけ切り身を多めにしてサンドウィッチを作っていく。
 切り身が多い方は{{ namae }}の分で普通の分量で作ったのがペパー自身のものだ。{{ namae }}の方がほんの少しだけ豪華だ。ペパーが{{ namae }}を脳裏に描いて射精した次の日の朝にサンドウィッチを作ることは、別段今日が初めてのことでもない。粘り気のある黒い感情はちっとも薄まらない。自分に対する落胆やら幻滅やら失望によく似た感情は今まで何度もペパーをがなり立てている。これで何回目だと数えかけて辞めた。誰も精子を無駄にした回数など知りたくもないだろう。
 ペパーは時計を見た。もう出ないと約束に送れてしまう。冷蔵庫にあった付け合わせのサラダやお茶の入った水筒を鞄に詰める。マフィティフを連れて、行きたくない気持ちから目をそらしながら、約束を守らなければという使命感だけで歩いていった。
 テーブルシティから西へ出て直ぐの所に{{ namae }}はいた。嬉しそうな顔をして、ポケモンを捕まえたのだという。ペパーは{{ namae }}の顔を直視することが出来ない。良かったなと少し素っ気なく話をしながらピクニックテーブルを出すなどをしていた。昼まだだろ、と確認すればまだだよ、と返される。オマエの分と手渡すとぱっと{{ namae }}の顔が明るくなったのが解った。

「ありがとう! わ! 凄い、具沢山だね」
「あちこち走り回っていたからな。お腹ペコペコちゃんだろ?」

 嬉しい、ありがとうと、何も知らずに機嫌良さそうに笑う{{ namae }}を見て、ペパーは小さく笑い返す。{{ namae }}は大きく口を開けてサンドウィッチにかぶりついた。ペパーの脳裏に以前妄想した{{ namae }}が過る。赤い口腔内は酷く煽情的だった。ペパーは慌てて首を横に振る。針で突いたような鋭い痛みが良心とやらに走った。
 {{ namae }}は楽しそうに話しながら、コップに紅茶を入れる。以前人から貰ったものだというそれは甘いにおいをさせていた。誰から、と喉元まで競り上がった言葉を熱い紅茶で飲み下し、バッグに入れて来たサラダを出した。{{ namae }}はペパーが持って来たサラダを突いては美味しいと嬉しそうに言う。ペパーは嬉しそうな{{ namae }}を見て、確かな安堵を覚える。
 昼食を食べ終えた{{ namae }}はポケモンたちと遊んでいる。ペパーはその姿をぼうっと眺めていた。半袖から伸びる腕も短いズボンから伸びる脚もペパーのものとは違っている。脳裏に描いていたものとは大きな差がないなと思っていたことに気付き、ペパーは思わず目をきつくつぶった。我ながら強い不快感を覚える。{{ namae }}には気付かれていないようで酷くほっとした。
 楽しそうに笑いながらポケモンと遊ぶ{{ namae }}は、好き勝手描かれて好き勝手されていることを知らないのだろう。{{ namae }}を頭の中で好き勝手にしているのが自分だけで良いとペパーは思う。他の人が自分自身と同じような目で同じような欲望で{{ namae }}を好きにしていると想像するだけで吐き気を催した。
 凝り固まった罪悪感が薄まれば良いと願っている。願いながらサンドウィッチを作って、何も知らない{{ namae }}に渡して薄めた気持ちになっている。完全に自己満足の行動だ。笑ってしまいたくなる程のエゴにペパーは小さく自嘲する。
 {{ namae }}の、ショートパンツから伸びる白い脚がぼんやりと光って見えた。明日になるか今週になるか来週になるか解らないが、きっと同じことを繰り返すのだろうとペパーは予見している。

2023/01/17
 {{ namae }}が生まれた儘の姿でペパーの上に跨ってる。
 白い肌を赤く染めて、羞恥で目を潤ませている。男を誘うような顔を、素振りを、している。みないでと{{ namae }}は啜り泣いているのに、身体を隠そうとはしない。ペパーは泣いている{{ namae }}を慰めようとはしなかった。丸みのある肩も、片手で簡単に捕まえられそうなほど細い腕も、ひしゃげたアルミ缶のような胴回りも、筋肉も肉も然程付いてなさそうな脚も、何もかもがこんなにも頼りない印象を与えさせる。それらはペパーの心の柔らかい所をかりかりと引っ掻き、頭をずーんと重くさせてはたらきを鈍くさせる。ペパーの掌ですっぽりと収まりそうな程の{{ namae }}の膨らみが誘うように揺れている。それに手を伸ばそうとして――見慣れた天井が見えた。

「……は?」

 ぱち、ぱち、と何度か瞬きをする。窓の外から温かな日差しが入り込み、ヤヤコマの囀りが聞こえる。爽やかな朝だ。ペパーはゆっくりと上体を起こす。どろどろのゼリー状となった暗澹たるものがペパーに黒い染みをつけた。それは次第に広がり始め、じわりじわりとペパーの喉を緩やかに絞め上げる。
 マフィティフがのそりとペパーのベッドへやって来る。ペパーはマフィティフに挨拶をしながらマフィティフの頭を撫でた。マフィティフは満足そうに笑うが、ペパーの気分は少しも晴れやしない。
 ペパーがベッドから降りて直ぐにした事は下着の処理だった。
 朝の支度を終えて、ペパーは台所に立つ。そう言えば、アボカドサンドを前食べたいと言っていたなと思い出し、アボカドやスモークされたカマスジョーの切り身を切っていく。鮮やかな赤いトマトを包丁で輪切りにする。少し前に{{ namae }}は、トマトが好きだと嬉しそうな顔をして笑っていた。瑞々しいレタスの端っこをマフィティフにあげた。ほんの少しだけ切り身を多めにしてサンドウィッチを作っていく。
 切り身が多い方は{{ namae }}の分で普通の分量で作ったのがペパー自身のものだ。{{ namae }}の方がほんの少しだけ豪華だ。ペパーが{{ namae }}を脳裏に描いて射精した次の日の朝にサンドウィッチを作ることは、別段今日が初めてのことでもない。粘り気のある黒い感情はちっとも薄まらない。自分に対する落胆やら幻滅やら失望によく似た感情は今まで何度もペパーをがなり立てている。これで何回目だと数えかけて辞めた。誰も精子を無駄にした回数など知りたくもないだろう。
 ペパーは時計を見た。もう出ないと約束に送れてしまう。冷蔵庫にあった付け合わせのサラダやお茶の入った水筒を鞄に詰める。マフィティフを連れて、行きたくない気持ちから目をそらしながら、約束を守らなければという使命感だけで歩いていった。
 テーブルシティから西へ出て直ぐの所に{{ namae }}はいた。嬉しそうな顔をして、ポケモンを捕まえたのだという。ペパーは{{ namae }}の顔を直視することが出来ない。良かったなと少し素っ気なく話をしながらピクニックテーブルを出すなどをしていた。昼まだだろ、と確認すればまだだよ、と返される。オマエの分と手渡すとぱっと{{ namae }}の顔が明るくなったのが解った。

「ありがとう! わ! 凄い、具沢山だね」
「あちこち走り回っていたからな。お腹ペコペコちゃんだろ?」

 嬉しい、ありがとうと、何も知らずに機嫌良さそうに笑う{{ namae }}を見て、ペパーは小さく笑い返す。{{ namae }}は大きく口を開けてサンドウィッチにかぶりついた。ペパーの脳裏に以前妄想した{{ namae }}が過る。赤い口腔内は酷く煽情的だった。ペパーは慌てて首を横に振る。針で突いたような鋭い痛みが良心とやらに走った。
 {{ namae }}は楽しそうに話しながら、コップに紅茶を入れる。以前人から貰ったものだというそれは甘いにおいをさせていた。誰から、と喉元まで競り上がった言葉を熱い紅茶で飲み下し、バッグに入れて来たサラダを出した。{{ namae }}はペパーが持って来たサラダを突いては美味しいと嬉しそうに言う。ペパーは嬉しそうな{{ namae }}を見て、確かな安堵を覚える。
 昼食を食べ終えた{{ namae }}はポケモンたちと遊んでいる。ペパーはその姿をぼうっと眺めていた。半袖から伸びる腕も短いズボンから伸びる脚もペパーのものとは違っている。脳裏に描いていたものとは大きな差がないなと思っていたことに気付き、ペパーは思わず目をきつくつぶった。我ながら強い不快感を覚える。{{ namae }}には気付かれていないようで酷くほっとした。
 楽しそうに笑いながらポケモンと遊ぶ{{ namae }}は、好き勝手描かれて好き勝手されていることを知らないのだろう。{{ namae }}を頭の中で好き勝手にしているのが自分だけで良いとペパーは思う。他の人が自分自身と同じような目で同じような欲望で{{ namae }}を好きにしていると想像するだけで吐き気を催した。
 凝り固まった罪悪感が薄まれば良いと願っている。願いながらサンドウィッチを作って、何も知らない{{ namae }}に渡して薄めた気持ちになっている。完全に自己満足の行動だ。笑ってしまいたくなる程のエゴにペパーは小さく自嘲する。
 {{ namae }}の、ショートパンツから伸びる白い脚がぼんやりと光って見えた。明日になるか今週になるか来週になるか解らないが、きっと同じことを繰り返すのだろうとペパーは予見している。

2023/01/17

ワールドエンド

ウォロ
 ウォロに散々抱かれた次の日の昼頃、ゆっくりと{{ namae }}は身体を起こした。からくりのお陰でいつでも温かい家。きっと台所に食べる物はあるだろう。{{ namae }}は布団からゆっくりと身体を起こす。窓の外で雪がしんしんと降り積もっている。股からどろりと零れる感覚に、吐き気を覚えなくなったのはいつからだろうか。{{ namae }}はゆっくりと瞬きを落とす。二人で生活をするのに十分な広さのある家の中で友達と呼べるのは、初めて捕まえたポケモンであるムックルだけだった。
 ムックルが{{ namae }}に近寄る。{{ namae }}はムックルを撫でる。温かくてふわふわとした手触りだ。嬉しそうに身体を揺すって鳴き声を上げている。{{ namae }}はムックルに笑いかけた。大丈夫、と言い続けていた言葉はいつしか消えた。
 {{ namae }}は身を清め、服を着てからムックルを入れたボールと幾ばくかの金を持つ。家にあった薄い黄色の角巻を頭から被った。扉を押すとすんなりと開く。珍しい、と思いながら歩いていく。ムラにはいつもの顔ぶれが揃っている。シマボシの姿を探したが、忙しいのだろう、見つからなかった。
 ウォロは{{ namae }}に対して決して乱暴な人ではなかった。どちらかと言えば優しく、博識で、面白い人だ。友人であれば、きっと良い関係を築けただろう。そう、友人のままであれば。気が付けば外堀から埋められていた。どうして周りがそんなにも商人であるウォロと結婚させたがるのか{{ namae }}には理解ができなかった。二人の結婚はイチョウ商会にもコトブキムラにも何も利点があるように思えない。ウォロは嬉しいと言っていた。{{ namae }}は彼が嬉しいなら、それで良いかと飲み下して身体を赦した、筈だった。だがウォロに触れられる度に視線を合わせる度に言葉を掛けられる度に{{ namae }}は落ち着かない気持ちになる。じめりとした不快さが{{ namae }}から落ち着きを無くさせる。最初は気のせいだと言い聞かせていたが、ムラで起こった事件で気のせいでないことが明らかになった。どういった事件だったかは{{ namae }}にとって些細なことだった。ウォロが自身に抱いている感情は最早執着なのだろうと理解した。もう何もかも遅かったのだが。僅かばかりの違和感は時間とともに膨れ上がり、ぱちんと弾けた。
 始まりの浜には船が停まっていた。どこかに行くのかと尋ねると知らないムラの名前を言う。{{ namae }}はひっそりと船に乗った。ヒスイ地方から出なければ連れ戻されると理解していたのだ。
 暫くして知らない土地に着いた。たまたま辿り着いた先の地方にいた老夫婦は{{ namae }}に良くしてくれた。身重であることが判明し、世話になることにした。少しして{{ namae }}が産んだ子供はその子の父親によく似ていた。執念で産ませられた子だと{{ namae }}はなんとなく理解した。新生児を投げ捨てなかった自身を、半狂乱になって叫ばなかった自身を褒めてやりたいと思えた。{{ namae }}はいつか子供を殺すかもしれないと怯えていたが、幸い{{ namae }}は環境が恵まれていたので子殺しをすることはなかった。
 老夫婦は流行り病で亡くなった。泣き疲れて眠った子供を膝に抱いたまま、{{ namae }}は朝まで静かに泣いていた。子供は八つになった。ムラの子供たちと毎日遊んで泥だらけになって帰って来ては楽しそうに今日のことを教えてくれる。{{ namae }}も随分周りに馴染んできていた。いつしか埋め込まれていた恐怖感も嫌悪感も薄れている。ムックルはいつしかムクホークとなり、{{ namae }}の子供の面倒を看てくれている。
 今日はどうしようかと考える。今日は天気も良い。子供を連れて買い物に行くのも良い。老夫婦の墓を綺麗にしに行くのも良いだろう。{{ namae }}は家の外に出た。温かな光が春であることを告げている。花を見に行くのも良いかもしれない、と{{ namae }}は小さく笑う。
 おかあさーん、と遠くから呼ぶ声がする。おきゃくさーん、と次いでかけられ{{ namae }}は顔を上げて声のする方を見る。客が来る予定等なかった筈だ。{{ namae }}の小指程の大きさではあるが、背の高い男に抱かれた子供が手を振っているのが見えた。普段であれば{{ namae }}は何も思わず手を振り返していただろう。ざわざわと身体の毛と言う毛が逆立つ。得も言われぬ程の不快さが{{ namae }}を襲った。
 ムクホークが{{ namae }}の側に降り立った。張り詰めた声を上げている。{{ namae }}は普段であれば興奮するムクホークを宥めていただろう。だが{{ namae }}はただただ男を虚勢で睨みつけるしか出来ない。{{ namae }}はそうっと掌を確かめる。汗でじっとりと湿っている。
 男は次第に{{ namae }}の元へやって来る。子供が何か嬉しそうに話しているが、全て脳味噌に到達することなく消えていく。
 ムクホークが羽ばたいた。男と子供を吹きすさび、男が被っていた帽子を何処かへと飛ばした。金色の髪が光を浴びて煌めいている。

「お久しぶりです、{{ namae }}さん」

 随分探しましたよと柔らかな声が{{ namae }}の背筋をそうっとなぞった。肌がぶわりと粟立つ。
 あの男は、{{ namae }}の子を抱き上げて笑っていた。

2023/01/15
 ウォロに散々抱かれた次の日の昼頃、ゆっくりと{{ namae }}は身体を起こした。からくりのお陰でいつでも温かい家。きっと台所に食べる物はあるだろう。{{ namae }}は布団からゆっくりと身体を起こす。窓の外で雪がしんしんと降り積もっている。股からどろりと零れる感覚に、吐き気を覚えなくなったのはいつからだろうか。{{ namae }}はゆっくりと瞬きを落とす。二人で生活をするのに十分な広さのある家の中で友達と呼べるのは、初めて捕まえたポケモンであるムックルだけだった。
 ムックルが{{ namae }}に近寄る。{{ namae }}はムックルを撫でる。温かくてふわふわとした手触りだ。嬉しそうに身体を揺すって鳴き声を上げている。{{ namae }}はムックルに笑いかけた。大丈夫、と言い続けていた言葉はいつしか消えた。
 {{ namae }}は身を清め、服を着てからムックルを入れたボールと幾ばくかの金を持つ。家にあった薄い黄色の角巻を頭から被った。扉を押すとすんなりと開く。珍しい、と思いながら歩いていく。ムラにはいつもの顔ぶれが揃っている。シマボシの姿を探したが、忙しいのだろう、見つからなかった。
 ウォロは{{ namae }}に対して決して乱暴な人ではなかった。どちらかと言えば優しく、博識で、面白い人だ。友人であれば、きっと良い関係を築けただろう。そう、友人のままであれば。気が付けば外堀から埋められていた。どうして周りがそんなにも商人であるウォロと結婚させたがるのか{{ namae }}には理解ができなかった。二人の結婚はイチョウ商会にもコトブキムラにも何も利点があるように思えない。ウォロは嬉しいと言っていた。{{ namae }}は彼が嬉しいなら、それで良いかと飲み下して身体を赦した、筈だった。だがウォロに触れられる度に視線を合わせる度に言葉を掛けられる度に{{ namae }}は落ち着かない気持ちになる。じめりとした不快さが{{ namae }}から落ち着きを無くさせる。最初は気のせいだと言い聞かせていたが、ムラで起こった事件で気のせいでないことが明らかになった。どういった事件だったかは{{ namae }}にとって些細なことだった。ウォロが自身に抱いている感情は最早執着なのだろうと理解した。もう何もかも遅かったのだが。僅かばかりの違和感は時間とともに膨れ上がり、ぱちんと弾けた。
 始まりの浜には船が停まっていた。どこかに行くのかと尋ねると知らないムラの名前を言う。{{ namae }}はひっそりと船に乗った。ヒスイ地方から出なければ連れ戻されると理解していたのだ。
 暫くして知らない土地に着いた。たまたま辿り着いた先の地方にいた老夫婦は{{ namae }}に良くしてくれた。身重であることが判明し、世話になることにした。少しして{{ namae }}が産んだ子供はその子の父親によく似ていた。執念で産ませられた子だと{{ namae }}はなんとなく理解した。新生児を投げ捨てなかった自身を、半狂乱になって叫ばなかった自身を褒めてやりたいと思えた。{{ namae }}はいつか子供を殺すかもしれないと怯えていたが、幸い{{ namae }}は環境が恵まれていたので子殺しをすることはなかった。
 老夫婦は流行り病で亡くなった。泣き疲れて眠った子供を膝に抱いたまま、{{ namae }}は朝まで静かに泣いていた。子供は八つになった。ムラの子供たちと毎日遊んで泥だらけになって帰って来ては楽しそうに今日のことを教えてくれる。{{ namae }}も随分周りに馴染んできていた。いつしか埋め込まれていた恐怖感も嫌悪感も薄れている。ムックルはいつしかムクホークとなり、{{ namae }}の子供の面倒を看てくれている。
 今日はどうしようかと考える。今日は天気も良い。子供を連れて買い物に行くのも良い。老夫婦の墓を綺麗にしに行くのも良いだろう。{{ namae }}は家の外に出た。温かな光が春であることを告げている。花を見に行くのも良いかもしれない、と{{ namae }}は小さく笑う。
 おかあさーん、と遠くから呼ぶ声がする。おきゃくさーん、と次いでかけられ{{ namae }}は顔を上げて声のする方を見る。客が来る予定等なかった筈だ。{{ namae }}の小指程の大きさではあるが、背の高い男に抱かれた子供が手を振っているのが見えた。普段であれば{{ namae }}は何も思わず手を振り返していただろう。ざわざわと身体の毛と言う毛が逆立つ。得も言われぬ程の不快さが{{ namae }}を襲った。
 ムクホークが{{ namae }}の側に降り立った。張り詰めた声を上げている。{{ namae }}は普段であれば興奮するムクホークを宥めていただろう。だが{{ namae }}はただただ男を虚勢で睨みつけるしか出来ない。{{ namae }}はそうっと掌を確かめる。汗でじっとりと湿っている。
 男は次第に{{ namae }}の元へやって来る。子供が何か嬉しそうに話しているが、全て脳味噌に到達することなく消えていく。
 ムクホークが羽ばたいた。男と子供を吹きすさび、男が被っていた帽子を何処かへと飛ばした。金色の髪が光を浴びて煌めいている。

「お久しぶりです、{{ namae }}さん」

 随分探しましたよと柔らかな声が{{ namae }}の背筋をそうっとなぞった。肌がぶわりと粟立つ。
 あの男は、{{ namae }}の子を抱き上げて笑っていた。

2023/01/15

そうしてふたりは、

アオキ

「自分の仕事が遅い時もありますから」

 良かったら、と渡されたのは平べったくした鉄で出来た特徴的な形のものだ。{{ namae }}は瞬時に理解した。これはアオキの家の鍵だ。アオキと{{ namae }}が所謂恋人関係になってからそれなりになる。つまりこれは同棲を許しているってことでは、プロポーズってことなのでは、と先走る気持ちをどうにかして落ち着かせる。いつでも遊びに行っても良いんですか、と控え目に尋ねれば、アオキはほんの僅かに目を柔らかくさせて、好きな時に来てください、けれど安全のために鍵はかけてくださいねと答えた。
 これは{{ namae }}の中で今年度というより最早人生において衝撃的で嬉しい出来事に入ることだ。
 仕事で失敗をしてしまったときも開けたばかりのコーンフレークをひっくり返したときもポケットの中にある、アオキの家の鍵を強く握り締めれば身体の奥底から力が湧き出て、何にもでなれるような気持ちになる。要するに、{{ namae }}にとってアオキの鍵は何にでもなれるし何でもできるような魔法のアイテムだ。挫けそうなときもへこんでしまったときでも鍵さえあれば{{ namae }}は何度も立ち上がることが出来る。
 営業職にジムリーダーに四天王の三足の草鞋を履きこなすアオキは{{ namae }}から見てもとても忙しそうだ。{{ namae }}自身が出来ることと、{{ namae }}自身がしたいことを考えて、{{ namae }}は仕事を早めに切り上げた。今夜行きますと連絡を入れて、{{ namae }}はアオキの鍵をぎゅっと握り締めた。何となく頭が冴え渡るような感覚がする。人の家にある食材を勝手に使うのは気が引けたので、{{ namae }}はスーパーに寄って材料を購入する。台所にある程度の調理器具、食器棚に耐熱容器があるのは知っている。昔何処かで聞いたことのある歌を鼻歌にして{{ namae }}はアオキの家へと向かった。
 同じ扉がいくつも並ぶ廊下を歩く。アオキの部屋は何度か行ったことがあるので、思ったよりも迷わずに辿り着くことができた。鍵を挿し込み、回すとかちゃりと解除された音がする。{{ namae }}が扉を開いて、鍵をかけた。物が少ないから散らかっている印象の無い部屋は、殆ど寝る為だけの部屋だ。あまりものを勝手に触るのはよくないと判断し、明らかに邪魔なものだけを隅に寄せて置く。アオキが帰宅してから洗濯機に入れても良いか、捨てても良いかの判断をしてもらおうと予定を立てる。
 {{ namae }}は冷蔵庫を開いた。思っていた通り冷蔵庫は栄養ドリンクと缶ビールが数本あるだけでほぼ空っぽだ。身体壊しちゃいますよぉ、と誰かに伝わるわけでもないのに{{ namae }}は独り言つ。
 {{ namae }}は台所に立った。もしも何処かで夕食をしていたら明日の夕飯にでもしてもらおう。そう思いながら買ったばかりの瑞々しいトマトを持った。今日はグラタンとコンソメスープとサラダだ。
 {{ namae }}が調理を殆ど終えて食卓を整えたあと、いつの間にか寝てしまっていた。窓の外はすっかり暗くなっている。{{ namae }}はカーテンを閉じた。蛍光灯の白い光は部屋の隅々まで照らしている。部屋の隅に置いてある、恐らくムクホークのと思われる止り木をぼんやりと見る。とりポケモンを育てるならばあった方が良いのかなとぼんやりと思うと同時に鍵が開く音がした。{{ namae }}は嬉しさから破顔し、玄関へ向かう。

「おかえりなさい」

 ただいま戻りました、とアオキが靴を脱ぎながら玄関に入る。ネクタイを手で緩めているのを見て、{{ namae }}は何だか新婚のようで一人で照れ笑いを浮かべる。

「そうだ、ご飯出来てますよ」
「ご飯……?」

 アオキは僅かに目を見開いた。だがすぐに眉を僅かに下げさせ、首を横に振る。そういえば夕飯作ってますと言っていなかったことを{{ namae }}は思い出した。もしかして食べちゃいました、と尋ねればアオキは首を横に振る。

「鍵を渡したのは……、決して自分は{{ namae }}さんの負担になることをさせたかったわけでは、」
「負担だなんて! アオキさんに健康的な食事をして欲しいですし……」

 それでもと双方譲り合う言葉が交差する。結局アオキが材料費を支払うことで落ち着いた。レシートはと尋ねられ、{{ namae }}は咄嗟に捨てたと言う。アオキはそうですか、と返してから少し考えているような顔をしていた。{{ namae }}がグラタンをオーブンに入れ、スープを温めているときにどうぞと手渡された金額はどう考えても過剰だった。多すぎますよと返そうとしたがアオキは手間賃だと言って受け取ってくれなかった。こうなったら少しでも身体に良い物を買って還元するしかないと{{ namae }}はひっそりと決意する。
 二人で食卓に食事を並べて行く。向かいに座って頂きますをした。サラダは瑞々しい鮮やかなトマトが思ったよりもずっと甘かった。当たりだぁと{{ namae }}は嬉しそうにほほ笑む。グラタンのチーズはこんがりと焼けており、食欲をそそらせる。コンソメスープは具を多く入れたために食べ応えがあった。とても美味しいです、とアオキがもぐもぐと食べて行くのを見て{{ namae }}は達成感のようなものを覚える。また作りますね、と言えば負担で無ければお願いしますと頭を下げられる。後片付けはアオキがしてくれた。{{ namae }}は買って来たミカンを剥いては口に入れていく。甘酸っぱい味が丁度良い。戻ってきたアオキさんにどうぞと渡すとありがとうございますと受け取った。アオキはテレビを点けた。別に見たい番組でもない、ただ流しているだけのものだ。何処かの地方の人たちが地方の特色をふんだんに詰めた創作サンドウィッチを作っている。二人はそれを背景音楽として、もくもくとミカンを食べて行く。他愛ない、仕事とは無縁のことを話しながら、また一つ、また一つとミカンが消えていく。

「{{ namae }}さん、そろそろ帰らないと不味いんじゃないですか?」

 時計を見ればあと三時間ほどで天辺を越える頃だ。これから家に帰り、風呂や歯磨きなど寝る前にやるべきことを考えると少し気が重くなる。これまでも{{ namae }}はアオキの部屋に遊びに行くことはあったが、いつも帰るときが億劫で寂しく感じる。送りますよとアオキが立ち上がったのに、{{ namae }}は座ったままだ。帰りたくない、とぽかんと浮かんだ言葉は鉛のように{{ namae }}の身体に沈み込む。明日も仕事なのだから、帰って備えた方がずっと良いことを知っているし理解もしている。解ってはいるが感情はついて来ない。うう、と何にもならない音を呻いて、{{ namae }}は机に突っ伏した。

「もう住んじゃおうかな……」

 言った直後に後悔をした。そんな人を困らすような事を言ってはいけないと理知的な部分が叫んでいる。噓ですと言えば無かったことになるだろうか、いや、面倒くさい人だと思われただろうか、と良くない考えがそのうちバターになってしまいそうほどぐるぐると回る。

「良いですよ」

 {{ namae }}は反射的に顔を上げた。耳を疑った。アオキはいつもと変わらない顔でミカンの房を手で割り、口に入れて咀嚼をしている。ごくん、と喉が上下した。{{ namae }}のぽかんと開かれた口にミカンの房を入れられる。{{ namae }}は目をぱちくりとさせながらミカンを咀嚼する。酸味の少ない、甘いミカンだった。
 一緒に住みますか、とアオキが問う。{{ namae }}はミカンを飲み下す。先程の良くない考えは散り散りになって消えた。光量は変わっていない筈なのに、世界が輝いて見える。良いの、本当に、と{{ namae }}の頭上に疑問符が飛んでいる。アオキは平常と変わらない顔だ。アオキに限ってそんな嘘を吐くことがない、吐くはずがない。

「よ、喜んで……」

 それではよろしくお願いしますとアオキが深々と頭を下げる。{{ namae }}も慌てて頭を下げる。頭を下げながら、もう少しウィットに富んだ返事が出来なかった自分が少しだけ悔しかった。

2023/01/08

「自分の仕事が遅い時もありますから」

 良かったら、と渡されたのは平べったくした鉄で出来た特徴的な形のものだ。{{ namae }}は瞬時に理解した。これはアオキの家の鍵だ。アオキと{{ namae }}が所謂恋人関係になってからそれなりになる。つまりこれは同棲を許しているってことでは、プロポーズってことなのでは、と先走る気持ちをどうにかして落ち着かせる。いつでも遊びに行っても良いんですか、と控え目に尋ねれば、アオキはほんの僅かに目を柔らかくさせて、好きな時に来てください、けれど安全のために鍵はかけてくださいねと答えた。
 これは{{ namae }}の中で今年度というより最早人生において衝撃的で嬉しい出来事に入ることだ。
 仕事で失敗をしてしまったときも開けたばかりのコーンフレークをひっくり返したときもポケットの中にある、アオキの家の鍵を強く握り締めれば身体の奥底から力が湧き出て、何にもでなれるような気持ちになる。要するに、{{ namae }}にとってアオキの鍵は何にでもなれるし何でもできるような魔法のアイテムだ。挫けそうなときもへこんでしまったときでも鍵さえあれば{{ namae }}は何度も立ち上がることが出来る。
 営業職にジムリーダーに四天王の三足の草鞋を履きこなすアオキは{{ namae }}から見てもとても忙しそうだ。{{ namae }}自身が出来ることと、{{ namae }}自身がしたいことを考えて、{{ namae }}は仕事を早めに切り上げた。今夜行きますと連絡を入れて、{{ namae }}はアオキの鍵をぎゅっと握り締めた。何となく頭が冴え渡るような感覚がする。人の家にある食材を勝手に使うのは気が引けたので、{{ namae }}はスーパーに寄って材料を購入する。台所にある程度の調理器具、食器棚に耐熱容器があるのは知っている。昔何処かで聞いたことのある歌を鼻歌にして{{ namae }}はアオキの家へと向かった。
 同じ扉がいくつも並ぶ廊下を歩く。アオキの部屋は何度か行ったことがあるので、思ったよりも迷わずに辿り着くことができた。鍵を挿し込み、回すとかちゃりと解除された音がする。{{ namae }}が扉を開いて、鍵をかけた。物が少ないから散らかっている印象の無い部屋は、殆ど寝る為だけの部屋だ。あまりものを勝手に触るのはよくないと判断し、明らかに邪魔なものだけを隅に寄せて置く。アオキが帰宅してから洗濯機に入れても良いか、捨てても良いかの判断をしてもらおうと予定を立てる。
 {{ namae }}は冷蔵庫を開いた。思っていた通り冷蔵庫は栄養ドリンクと缶ビールが数本あるだけでほぼ空っぽだ。身体壊しちゃいますよぉ、と誰かに伝わるわけでもないのに{{ namae }}は独り言つ。
 {{ namae }}は台所に立った。もしも何処かで夕食をしていたら明日の夕飯にでもしてもらおう。そう思いながら買ったばかりの瑞々しいトマトを持った。今日はグラタンとコンソメスープとサラダだ。
 {{ namae }}が調理を殆ど終えて食卓を整えたあと、いつの間にか寝てしまっていた。窓の外はすっかり暗くなっている。{{ namae }}はカーテンを閉じた。蛍光灯の白い光は部屋の隅々まで照らしている。部屋の隅に置いてある、恐らくムクホークのと思われる止り木をぼんやりと見る。とりポケモンを育てるならばあった方が良いのかなとぼんやりと思うと同時に鍵が開く音がした。{{ namae }}は嬉しさから破顔し、玄関へ向かう。

「おかえりなさい」

 ただいま戻りました、とアオキが靴を脱ぎながら玄関に入る。ネクタイを手で緩めているのを見て、{{ namae }}は何だか新婚のようで一人で照れ笑いを浮かべる。

「そうだ、ご飯出来てますよ」
「ご飯……?」

 アオキは僅かに目を見開いた。だがすぐに眉を僅かに下げさせ、首を横に振る。そういえば夕飯作ってますと言っていなかったことを{{ namae }}は思い出した。もしかして食べちゃいました、と尋ねればアオキは首を横に振る。

「鍵を渡したのは……、決して自分は{{ namae }}さんの負担になることをさせたかったわけでは、」
「負担だなんて! アオキさんに健康的な食事をして欲しいですし……」

 それでもと双方譲り合う言葉が交差する。結局アオキが材料費を支払うことで落ち着いた。レシートはと尋ねられ、{{ namae }}は咄嗟に捨てたと言う。アオキはそうですか、と返してから少し考えているような顔をしていた。{{ namae }}がグラタンをオーブンに入れ、スープを温めているときにどうぞと手渡された金額はどう考えても過剰だった。多すぎますよと返そうとしたがアオキは手間賃だと言って受け取ってくれなかった。こうなったら少しでも身体に良い物を買って還元するしかないと{{ namae }}はひっそりと決意する。
 二人で食卓に食事を並べて行く。向かいに座って頂きますをした。サラダは瑞々しい鮮やかなトマトが思ったよりもずっと甘かった。当たりだぁと{{ namae }}は嬉しそうにほほ笑む。グラタンのチーズはこんがりと焼けており、食欲をそそらせる。コンソメスープは具を多く入れたために食べ応えがあった。とても美味しいです、とアオキがもぐもぐと食べて行くのを見て{{ namae }}は達成感のようなものを覚える。また作りますね、と言えば負担で無ければお願いしますと頭を下げられる。後片付けはアオキがしてくれた。{{ namae }}は買って来たミカンを剥いては口に入れていく。甘酸っぱい味が丁度良い。戻ってきたアオキさんにどうぞと渡すとありがとうございますと受け取った。アオキはテレビを点けた。別に見たい番組でもない、ただ流しているだけのものだ。何処かの地方の人たちが地方の特色をふんだんに詰めた創作サンドウィッチを作っている。二人はそれを背景音楽として、もくもくとミカンを食べて行く。他愛ない、仕事とは無縁のことを話しながら、また一つ、また一つとミカンが消えていく。

「{{ namae }}さん、そろそろ帰らないと不味いんじゃないですか?」

 時計を見ればあと三時間ほどで天辺を越える頃だ。これから家に帰り、風呂や歯磨きなど寝る前にやるべきことを考えると少し気が重くなる。これまでも{{ namae }}はアオキの部屋に遊びに行くことはあったが、いつも帰るときが億劫で寂しく感じる。送りますよとアオキが立ち上がったのに、{{ namae }}は座ったままだ。帰りたくない、とぽかんと浮かんだ言葉は鉛のように{{ namae }}の身体に沈み込む。明日も仕事なのだから、帰って備えた方がずっと良いことを知っているし理解もしている。解ってはいるが感情はついて来ない。うう、と何にもならない音を呻いて、{{ namae }}は机に突っ伏した。

「もう住んじゃおうかな……」

 言った直後に後悔をした。そんな人を困らすような事を言ってはいけないと理知的な部分が叫んでいる。噓ですと言えば無かったことになるだろうか、いや、面倒くさい人だと思われただろうか、と良くない考えがそのうちバターになってしまいそうほどぐるぐると回る。

「良いですよ」

 {{ namae }}は反射的に顔を上げた。耳を疑った。アオキはいつもと変わらない顔でミカンの房を手で割り、口に入れて咀嚼をしている。ごくん、と喉が上下した。{{ namae }}のぽかんと開かれた口にミカンの房を入れられる。{{ namae }}は目をぱちくりとさせながらミカンを咀嚼する。酸味の少ない、甘いミカンだった。
 一緒に住みますか、とアオキが問う。{{ namae }}はミカンを飲み下す。先程の良くない考えは散り散りになって消えた。光量は変わっていない筈なのに、世界が輝いて見える。良いの、本当に、と{{ namae }}の頭上に疑問符が飛んでいる。アオキは平常と変わらない顔だ。アオキに限ってそんな嘘を吐くことがない、吐くはずがない。

「よ、喜んで……」

 それではよろしくお願いしますとアオキが深々と頭を下げる。{{ namae }}も慌てて頭を下げる。頭を下げながら、もう少しウィットに富んだ返事が出来なかった自分が少しだけ悔しかった。

2023/01/08

夢なら醒まして忘れた

アオキ
 コラーゲン大放出。それが、アオキが{{ namae }}に対する初めての感想だった。
 アオキが{{ namae }}を初めて見たのはもう数年前になる。行きつけの店である宝食堂で給仕をしていた。見ない顔ですね、と料理長に雑談として話せば期間限定の看板娘さと得意そうに話された。宝食堂の料理長曰く、{{ namae }}は学生とのことだった。普段は進学のために他の地方にある学校に通い、今は長期休暇で戻っているらしい。要するに短期間のアルバイトだ。料理長がたまたま{{ namae }}の母親と親しく、常連であったために短期で雇う話になったらしい。
 何かお決まりですか、と{{ namae }}に尋ねられる。アオキは初めて{{ namae }}を直視した。怖いものなんかないと言わんばかりの眼。つるつるの頬。頭巾から覗く手触りの良さそうな髪。
 アオキが{{ namae }}を見れば見るほど、子供のときに飲んだ炭酸ゼリー飲料を髣髴させた。それと同時に、何処か諦めにも似た感情があーあ、と溜息を吐いた。その時アオキは何と答えたかあまり覚えていない。
 暫くすると{{ namae }}の姿が見えなくなった。宝食堂はいつも通りの営業だ。ただそれだけであるのに、何となく寂しいような感情を覚えた。暫くすると{{ namae }}は帰省をして、短期で勤めることとなった。{{ namae }}がいると周りはぱっと明るくなった。若いって良いよねぇ華があるよねぇという常連の雑談を、良い人とかそろそろいないのと料理長が{{ namae }}に放った雑談を、アオキはちっとも面白くもないのに笑い声を上げた。{{ namae }}はいつでも無敵そうな顔をして、あははと声を上げて笑っていただけだった。
 {{ namae }}が勤めている間に、アオキはジムリーダーとしてバトルをすることが一度だけあった。いつもの時間外労働はいつもと変わらず酷く煩わしい。挑戦者が全員見込みのある人ならば少しは血もたぎっただろう。だが、そう言った人物は一つまみほどでしかない。多くの場合、他のジムリーダーたちと同様に乾いた時間でしかない。空腹感にカウンターを見れば{{ namae }}と目が合う。丸い目はきらきらと輝いている。子供のときに見たゼリー飲料と同じくらいかそれ以上だ。テラスタルジュエルよりも、ずっと。
 そう言えば、今日が最後の出勤だと別の客に話していたことを思い出した。
 大部分に属する無味なバトルを終え、アオキは焼きおにぎりを注文した。隣に誰か座る。顔を上げれば私服の{{ namae }}だ。お疲れ様でーすと軽い口調で話した{{ namae }}は、料理長にレモンをトッピングした焼きおにぎりを頼んでいる。料理長がおつかれさんと言いながら{{ namae }}の所に甘いカフェオレが入った缶を置いた。

「アオキさんのバトル、今日初めて見ました」
「そう、でしたか……」

 凄い人なんですねと{{ namae }}は楽しそうに話す。凄いと称賛されてもあまり実感が湧かない。はぁ、と曖昧な返事に留める。お待ちどお、と渡された、大量の焼きおにぎりを乗せた皿を受け取る。醤油の香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、食欲が一層湧く。

「そう言えば、今日で終わりなんですよね」

 アオキが切りだせば{{ namae }}は一時的ですけどねと笑った。お疲れ様です、と軽く会釈をすれば、{{ namae }}は缶コーヒーを握った手でピースサインを突き出している。

「来年も宝食堂にいるんでまた来てくださいね」

 {{ namae }}の言葉に、彼女は次は四年生か卒業するんじゃないか、口振りからして四年生なのだろうか、とアオキの脳味噌はどうにもならない答えを弾き出していく。次こそ良い人連れて来なさいよと料理長が言っていた軽口を思い出す。いなかったら自分が立候補するようなことを言っていた他の客の戯言が脳裏を過る。

「{{ namae }}さん、そんな風に気軽に約束を取り付けてはいけない」

 思ったよりも、強い口調だった。アオキは慌てて自身の口許を掌で覆った。吐いた言葉は二度と戻って来ない。周囲の人たちは然程気にしていないようだ。{{ namae }}はきょとんとした顔をしている。

「そういうもんなんですか?」
「……そういうもんなんです」

 ふぅん、と良く解っていないような声を上げている。親心のようなものですと、アオキは咄嗟に付け加えた。自分が親であることも彼女が子供であることも一度も思ったことなんかないのに。心配性なんですねと{{ namae }}はからからと笑っている。アオキはそれ以上何かを言うのは諦めた。黙って焼きおにぎりを食べることにした。
 少しして{{ namae }}にも焼きおにぎりが渡される。味噌汁も注文していたらしく、温かそうな湯気を立てる味噌汁を美味しそうに飲んでいる。
 アオキはそれを横目に香ばしい焼きおにぎりを口に運んでいく。きっと彼女の歩く道は多岐に渡り、それでも明るい道なのだろう。彼女は何処までもきらきらと輝いていた。

2023/01/07
 コラーゲン大放出。それが、アオキが{{ namae }}に対する初めての感想だった。
 アオキが{{ namae }}を初めて見たのはもう数年前になる。行きつけの店である宝食堂で給仕をしていた。見ない顔ですね、と料理長に雑談として話せば期間限定の看板娘さと得意そうに話された。宝食堂の料理長曰く、{{ namae }}は学生とのことだった。普段は進学のために他の地方にある学校に通い、今は長期休暇で戻っているらしい。要するに短期間のアルバイトだ。料理長がたまたま{{ namae }}の母親と親しく、常連であったために短期で雇う話になったらしい。
 何かお決まりですか、と{{ namae }}に尋ねられる。アオキは初めて{{ namae }}を直視した。怖いものなんかないと言わんばかりの眼。つるつるの頬。頭巾から覗く手触りの良さそうな髪。
 アオキが{{ namae }}を見れば見るほど、子供のときに飲んだ炭酸ゼリー飲料を髣髴させた。それと同時に、何処か諦めにも似た感情があーあ、と溜息を吐いた。その時アオキは何と答えたかあまり覚えていない。
 暫くすると{{ namae }}の姿が見えなくなった。宝食堂はいつも通りの営業だ。ただそれだけであるのに、何となく寂しいような感情を覚えた。暫くすると{{ namae }}は帰省をして、短期で勤めることとなった。{{ namae }}がいると周りはぱっと明るくなった。若いって良いよねぇ華があるよねぇという常連の雑談を、良い人とかそろそろいないのと料理長が{{ namae }}に放った雑談を、アオキはちっとも面白くもないのに笑い声を上げた。{{ namae }}はいつでも無敵そうな顔をして、あははと声を上げて笑っていただけだった。
 {{ namae }}が勤めている間に、アオキはジムリーダーとしてバトルをすることが一度だけあった。いつもの時間外労働はいつもと変わらず酷く煩わしい。挑戦者が全員見込みのある人ならば少しは血もたぎっただろう。だが、そう言った人物は一つまみほどでしかない。多くの場合、他のジムリーダーたちと同様に乾いた時間でしかない。空腹感にカウンターを見れば{{ namae }}と目が合う。丸い目はきらきらと輝いている。子供のときに見たゼリー飲料と同じくらいかそれ以上だ。テラスタルジュエルよりも、ずっと。
 そう言えば、今日が最後の出勤だと別の客に話していたことを思い出した。
 大部分に属する無味なバトルを終え、アオキは焼きおにぎりを注文した。隣に誰か座る。顔を上げれば私服の{{ namae }}だ。お疲れ様でーすと軽い口調で話した{{ namae }}は、料理長にレモンをトッピングした焼きおにぎりを頼んでいる。料理長がおつかれさんと言いながら{{ namae }}の所に甘いカフェオレが入った缶を置いた。

「アオキさんのバトル、今日初めて見ました」
「そう、でしたか……」

 凄い人なんですねと{{ namae }}は楽しそうに話す。凄いと称賛されてもあまり実感が湧かない。はぁ、と曖昧な返事に留める。お待ちどお、と渡された、大量の焼きおにぎりを乗せた皿を受け取る。醤油の香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、食欲が一層湧く。

「そう言えば、今日で終わりなんですよね」

 アオキが切りだせば{{ namae }}は一時的ですけどねと笑った。お疲れ様です、と軽く会釈をすれば、{{ namae }}は缶コーヒーを握った手でピースサインを突き出している。

「来年も宝食堂にいるんでまた来てくださいね」

 {{ namae }}の言葉に、彼女は次は四年生か卒業するんじゃないか、口振りからして四年生なのだろうか、とアオキの脳味噌はどうにもならない答えを弾き出していく。次こそ良い人連れて来なさいよと料理長が言っていた軽口を思い出す。いなかったら自分が立候補するようなことを言っていた他の客の戯言が脳裏を過る。

「{{ namae }}さん、そんな風に気軽に約束を取り付けてはいけない」

 思ったよりも、強い口調だった。アオキは慌てて自身の口許を掌で覆った。吐いた言葉は二度と戻って来ない。周囲の人たちは然程気にしていないようだ。{{ namae }}はきょとんとした顔をしている。

「そういうもんなんですか?」
「……そういうもんなんです」

 ふぅん、と良く解っていないような声を上げている。親心のようなものですと、アオキは咄嗟に付け加えた。自分が親であることも彼女が子供であることも一度も思ったことなんかないのに。心配性なんですねと{{ namae }}はからからと笑っている。アオキはそれ以上何かを言うのは諦めた。黙って焼きおにぎりを食べることにした。
 少しして{{ namae }}にも焼きおにぎりが渡される。味噌汁も注文していたらしく、温かそうな湯気を立てる味噌汁を美味しそうに飲んでいる。
 アオキはそれを横目に香ばしい焼きおにぎりを口に運んでいく。きっと彼女の歩く道は多岐に渡り、それでも明るい道なのだろう。彼女は何処までもきらきらと輝いていた。

2023/01/07

臆病者たちよ

ペパー
!クリア後

 アカデミーから少し離れた野原は比較的温厚なポケモンが多く、ピクニックするには最適の場所だ。そこにある木陰でペパーがマフィティフに身体を預けて眠っている。{{ namae }}は静かにペパーに近付いた。料理の本やスパイスに関する本などが散らばっている。そのうちの一冊を読んでいる途中で眠ってしまったらしい。そういえば学校最強大会の二つ名が秘伝の料理人だっけ、料理人になるのかなとペパーのこれからの進路のことを考えた。
 マフィティフが目を開けて、{{ namae }}を振り返る。{{ namae }}はマフィティフにしーっと声を掛けた。ペパーを起こしてしまいたくはなかった。少ししてマフィティフは元の姿勢をとり、瞼を下ろした。一人と一匹の寝息が聞こえる。{{ namae }}は辺りを見渡す。野生のポケモンも温かな太陽の光を浴びながらうたた寝をしている。確かにお昼寝をするには絶好の場所だ。子供のときもピクニックに行って寝てしまっていたことを思い出し、小さく笑う。

「ペパー、あのね」

 静かに{{ namae }}の声が響く。ペパーはすやすやと寝息を立てている。{{ namae }}はペパーを起こさないように声を少しだけ小さくさせた。心地良い風が{{ namae }}の髪を撫で、ペパーの頬を撫でる。{{ namae }}が一方的ではあるが、ペパーと話すのは実に久し振りだ。

「少し前に隣のクラスの男の子に告白されて、付き合ってみたの」

 でも、あんまり楽しくなくてと{{ namae }}の言葉が次第に小さくなる。{{ namae }}は困ったように眉尻を下げる。
 課外授業が始まる前のことだ。{{ namae }}はあまり面識のない、一つ二つほど年上の男の子に告白された。その時一緒にいた友達に付き合ってみなよと言われるままに付き合ったのだ。人を楽しませようとしてくれる人ではあったが、{{ namae }}にとって居心地が酷く悪く、その場から逃げ出してしまいたくなる程だった。友達やペパーであればあっという間に到達する筈の距離だったのに、二人で歩いた寮までの道は気が遠くなる程長く感じた。課外授業があるうちは目的が異なるので、一緒になることはない。課外授業が終われば、と考えれば考えるほど{{ namae }}の気分は鉛のように重たくなる。

「友達は最初だから緊張してるだけって言うけど、このままずるずる続けるのって相手にも失礼な気がして……」

 遠くの方で{{ namae }}を呼ぶ声がする。振り返ると友達が遠くの所で手を振っているのが見えた。{{ namae }}のは友達に手を振り返し、眠っているペパーにまたね、とだけ告げて友達の方へと走り去った。
 少しして、ペパーは瞼を上げた。木々の合間から零れる光がちらちらと自身を照らしている。ゆっくりと上体を起こす。{{ namae }}の姿はもうどこにもない。ペパーは溜息を吐き出す。多分、{{ namae }}はそのまま好きでもない男と恋人関係でいるのだろう。起きていることを{{ namae }}に知らせれば{{ namae }}は側にいたのだろうか。
 うたた寝をしているときに{{ namae }}が来てペパーは酷く驚いた。{{ namae }}にどう接したら良いのか解らないのだ。{{ namae }}から打ち明けられたことを反芻する。未だ信じられない気持ちがする。いつの間に、本人の意思ではないとはいえ、付き合う人が出来たのか驚きの連続だ。ペパーは呻くような声を上げて自身の頭を抱えた。確かに{{ namae }}は少し気が弱いきらいがある。でも、だからって、と呻くような声がペパーの口から零れた。幼い頃から{{ namae }}は何も変わっていないと思っていたし、自分が側にいて当たり前だと思っていた。そうでないことが本人の口から明らかになったわけだが。
 {{ namae }}の様子から判断するに、特に何もしていないようだが、ペパーは気が気でない。本人に質問すれば彼女はきっと答えてくれるだろう。だが{{ namae }}からキスだって添い寝だってその先のことだって済ましていると言われたら、どういう感情が原因か解らないが、きっと倒れてしまうだろうと自信があった。
 別にペパーは{{ namae }}の家族でも恋人でも何でもない。ただの幼馴染で、友達だ。{{ namae }}には{{ namae }}の交友関係がある。{{ namae }}の交友関係にまでペパーが何かを言う資格も権利もきっとない。恐らく{{ namae }}の友達と、その男とやらが繋がっているのだろうと安易に想像できた。生憎どの男とまでは絞り込めなかったが。
 マフィティフがペパーを見る。つぶらな瞳が寂しそうに見える。きっと{{ namae }}と遊びたかっただろうにと推測で来た。ペパーはマフィティフの顔をわしわしと撫でる。
 {{ namae }}にやめろと言うだけならば簡単だ。スマホロトムを起動し、{{ namae }}の番号に接続さえすればいつでもできる。しかし誰かにどうしてと尋ねられたらきちんと答えられる気はしない。誰かに放っておいてと言われるとそれ以上の干渉をすることは出来ない。
 日が少し傾いたせいか風が冷たい。ペパーはアカデミーの方を見た。アカデミーは日の光を反射してきらきらと輝いている。風が吹いた。それはペパーの背中を撫でてアカデミーの方へと駆けて行った。

2023/01/04
!クリア後

 アカデミーから少し離れた野原は比較的温厚なポケモンが多く、ピクニックするには最適の場所だ。そこにある木陰でペパーがマフィティフに身体を預けて眠っている。{{ namae }}は静かにペパーに近付いた。料理の本やスパイスに関する本などが散らばっている。そのうちの一冊を読んでいる途中で眠ってしまったらしい。そういえば学校最強大会の二つ名が秘伝の料理人だっけ、料理人になるのかなとペパーのこれからの進路のことを考えた。
 マフィティフが目を開けて、{{ namae }}を振り返る。{{ namae }}はマフィティフにしーっと声を掛けた。ペパーを起こしてしまいたくはなかった。少ししてマフィティフは元の姿勢をとり、瞼を下ろした。一人と一匹の寝息が聞こえる。{{ namae }}は辺りを見渡す。野生のポケモンも温かな太陽の光を浴びながらうたた寝をしている。確かにお昼寝をするには絶好の場所だ。子供のときもピクニックに行って寝てしまっていたことを思い出し、小さく笑う。

「ペパー、あのね」

 静かに{{ namae }}の声が響く。ペパーはすやすやと寝息を立てている。{{ namae }}はペパーを起こさないように声を少しだけ小さくさせた。心地良い風が{{ namae }}の髪を撫で、ペパーの頬を撫でる。{{ namae }}が一方的ではあるが、ペパーと話すのは実に久し振りだ。

「少し前に隣のクラスの男の子に告白されて、付き合ってみたの」

 でも、あんまり楽しくなくてと{{ namae }}の言葉が次第に小さくなる。{{ namae }}は困ったように眉尻を下げる。
 課外授業が始まる前のことだ。{{ namae }}はあまり面識のない、一つ二つほど年上の男の子に告白された。その時一緒にいた友達に付き合ってみなよと言われるままに付き合ったのだ。人を楽しませようとしてくれる人ではあったが、{{ namae }}にとって居心地が酷く悪く、その場から逃げ出してしまいたくなる程だった。友達やペパーであればあっという間に到達する筈の距離だったのに、二人で歩いた寮までの道は気が遠くなる程長く感じた。課外授業があるうちは目的が異なるので、一緒になることはない。課外授業が終われば、と考えれば考えるほど{{ namae }}の気分は鉛のように重たくなる。

「友達は最初だから緊張してるだけって言うけど、このままずるずる続けるのって相手にも失礼な気がして……」

 遠くの方で{{ namae }}を呼ぶ声がする。振り返ると友達が遠くの所で手を振っているのが見えた。{{ namae }}のは友達に手を振り返し、眠っているペパーにまたね、とだけ告げて友達の方へと走り去った。
 少しして、ペパーは瞼を上げた。木々の合間から零れる光がちらちらと自身を照らしている。ゆっくりと上体を起こす。{{ namae }}の姿はもうどこにもない。ペパーは溜息を吐き出す。多分、{{ namae }}はそのまま好きでもない男と恋人関係でいるのだろう。起きていることを{{ namae }}に知らせれば{{ namae }}は側にいたのだろうか。
 うたた寝をしているときに{{ namae }}が来てペパーは酷く驚いた。{{ namae }}にどう接したら良いのか解らないのだ。{{ namae }}から打ち明けられたことを反芻する。未だ信じられない気持ちがする。いつの間に、本人の意思ではないとはいえ、付き合う人が出来たのか驚きの連続だ。ペパーは呻くような声を上げて自身の頭を抱えた。確かに{{ namae }}は少し気が弱いきらいがある。でも、だからって、と呻くような声がペパーの口から零れた。幼い頃から{{ namae }}は何も変わっていないと思っていたし、自分が側にいて当たり前だと思っていた。そうでないことが本人の口から明らかになったわけだが。
 {{ namae }}の様子から判断するに、特に何もしていないようだが、ペパーは気が気でない。本人に質問すれば彼女はきっと答えてくれるだろう。だが{{ namae }}からキスだって添い寝だってその先のことだって済ましていると言われたら、どういう感情が原因か解らないが、きっと倒れてしまうだろうと自信があった。
 別にペパーは{{ namae }}の家族でも恋人でも何でもない。ただの幼馴染で、友達だ。{{ namae }}には{{ namae }}の交友関係がある。{{ namae }}の交友関係にまでペパーが何かを言う資格も権利もきっとない。恐らく{{ namae }}の友達と、その男とやらが繋がっているのだろうと安易に想像できた。生憎どの男とまでは絞り込めなかったが。
 マフィティフがペパーを見る。つぶらな瞳が寂しそうに見える。きっと{{ namae }}と遊びたかっただろうにと推測で来た。ペパーはマフィティフの顔をわしわしと撫でる。
 {{ namae }}にやめろと言うだけならば簡単だ。スマホロトムを起動し、{{ namae }}の番号に接続さえすればいつでもできる。しかし誰かにどうしてと尋ねられたらきちんと答えられる気はしない。誰かに放っておいてと言われるとそれ以上の干渉をすることは出来ない。
 日が少し傾いたせいか風が冷たい。ペパーはアカデミーの方を見た。アカデミーは日の光を反射してきらきらと輝いている。風が吹いた。それはペパーの背中を撫でてアカデミーの方へと駆けて行った。

2023/01/04

高潔ならば眉を顰めよ

ペパー
!元ネタはフォロイーさん

 鍋の中にあるミネストローネを少し舐めてみる。トマトのまろやかになった酸味とベーコンやじゃがいもの甘味が感じられる。具沢山のミネストローネは少し刺激が足りない気もするが、刺激物が苦手な{{ namae }}には丁度良いだろう。ペパーは少し考えて、以前購入した味噌を少し入れてみる。カントー地方やジョウト地方ではメジャーな調味料らしく、好奇心で購入したものだった。茶色の味噌をよく融かして、味を見る。全体に深みが出てマイルドな味になった。思ったよりもずっと良い結果にペパーは思わず笑みが零れる。手帳にメモを記してから、冷蔵庫で冷やしていたタマゴサラダを取り出し、オーブントースターにスライスしたバケットを並べて焼いて行く。部屋の奥にいたマフィティフがのそりと起き上がり、玄関の方へゆったりと向かった。
 ノックが三回される。空いてるぞと言えば扉が開かれた。お邪魔しますと言いながら嬉しそうに顔を綻ばせている{{ namae }}が部屋に入る。手には紙袋が握られていた。いい匂い、と言いながら{{ namae }}は鍋に近寄る。

「ミネストローネ?」
「おう。前買ったミソを入れてみたんだ」
「えっミソ? みそ汁なの? これ?」

 隠し味だよと他愛ない会話をしつつ、二人は食事の準備をする。{{ namae }}から受け取った紙袋を見るとムクロジのプリンだった。以前アオイとハルトが比較的安価で美味しいからご褒美で買うことを話していたのを思い出す。ペパーが知っている限り{{ namae }}と二人の間で交流は殆ど無いので、同じことを考えている生徒は多いんだろうなと考えに至る。プリンならオレが作るのに、と言えば流石に悪いよと{{ namae }}は言う。ペパーは一度プリンを冷蔵庫に仕舞い込み、お茶を出した。
 {{ namae }}はこうして頻繫にペパーの部屋で食事をする。ネモやボタン、それからハルトやアオイたちとは違った過ごし方だ。のんびりとした時間が過ぎていく。マフィティフの食事も準備して二人でいただきますをする。
 {{ namae }}がスプーンでミネストローネを掬って口に含ませる。美味しいねぇと平和そうに笑う{{ namae }}にそれは良かったとペパーは笑いかけた。{{ namae }}はぱくぱくとペパーの作った料理を食べて行く。男であるペパー自身と比べて食べる量は少ないが、気持ちの良い食べっぷりにペパーも作って良かったと嬉しくなる。ペパーは良く焼けたパンに噛み付く。香ばしい香りが鼻腔を擽り、パン特有の甘さは味蕾を喜ばせた。
 ふとペパーは生物の授業で雑談で聞いたことを思い出す。生き物たちの身体を構成する細胞は、食べた物を基にして日々少しずつ入れ替わっているらしい。
 今日のように{{ namae }}がペパーの手料理を食べて過ごすようになってどのくらい経ったのだろうか。細胞が入れ替わる周期が一番短いのは腸の細胞だと言っていたが、{{ namae }}の腸の細胞はもうとっくの前に自分の手料理から作られた細胞にすっかり入れ替わっているのだろうか。そのうちこの生活を続けていたら、{{ namae }}の身体を構成する細胞は、自身が作ったと言えるのだろうか。
 例えば{{ namae }}の丸い頬だって、滑らかな髪だって、小さな爪先だって、声を産む声帯だって。すべてが。
 ペパーは小さく息を吐く。この確かな喜びは恐らく誰にも共感を得られないどころか言うべきでない感情であることをペパーは感じている。
 ふと視線を上げた{{ namae }}と目が合う。何も知らない{{ namae }}はどうしたのと首を傾げさせた。

2023/01/01
!元ネタはフォロイーさん

 鍋の中にあるミネストローネを少し舐めてみる。トマトのまろやかになった酸味とベーコンやじゃがいもの甘味が感じられる。具沢山のミネストローネは少し刺激が足りない気もするが、刺激物が苦手な{{ namae }}には丁度良いだろう。ペパーは少し考えて、以前購入した味噌を少し入れてみる。カントー地方やジョウト地方ではメジャーな調味料らしく、好奇心で購入したものだった。茶色の味噌をよく融かして、味を見る。全体に深みが出てマイルドな味になった。思ったよりもずっと良い結果にペパーは思わず笑みが零れる。手帳にメモを記してから、冷蔵庫で冷やしていたタマゴサラダを取り出し、オーブントースターにスライスしたバケットを並べて焼いて行く。部屋の奥にいたマフィティフがのそりと起き上がり、玄関の方へゆったりと向かった。
 ノックが三回される。空いてるぞと言えば扉が開かれた。お邪魔しますと言いながら嬉しそうに顔を綻ばせている{{ namae }}が部屋に入る。手には紙袋が握られていた。いい匂い、と言いながら{{ namae }}は鍋に近寄る。

「ミネストローネ?」
「おう。前買ったミソを入れてみたんだ」
「えっミソ? みそ汁なの? これ?」

 隠し味だよと他愛ない会話をしつつ、二人は食事の準備をする。{{ namae }}から受け取った紙袋を見るとムクロジのプリンだった。以前アオイとハルトが比較的安価で美味しいからご褒美で買うことを話していたのを思い出す。ペパーが知っている限り{{ namae }}と二人の間で交流は殆ど無いので、同じことを考えている生徒は多いんだろうなと考えに至る。プリンならオレが作るのに、と言えば流石に悪いよと{{ namae }}は言う。ペパーは一度プリンを冷蔵庫に仕舞い込み、お茶を出した。
 {{ namae }}はこうして頻繫にペパーの部屋で食事をする。ネモやボタン、それからハルトやアオイたちとは違った過ごし方だ。のんびりとした時間が過ぎていく。マフィティフの食事も準備して二人でいただきますをする。
 {{ namae }}がスプーンでミネストローネを掬って口に含ませる。美味しいねぇと平和そうに笑う{{ namae }}にそれは良かったとペパーは笑いかけた。{{ namae }}はぱくぱくとペパーの作った料理を食べて行く。男であるペパー自身と比べて食べる量は少ないが、気持ちの良い食べっぷりにペパーも作って良かったと嬉しくなる。ペパーは良く焼けたパンに噛み付く。香ばしい香りが鼻腔を擽り、パン特有の甘さは味蕾を喜ばせた。
 ふとペパーは生物の授業で雑談で聞いたことを思い出す。生き物たちの身体を構成する細胞は、食べた物を基にして日々少しずつ入れ替わっているらしい。
 今日のように{{ namae }}がペパーの手料理を食べて過ごすようになってどのくらい経ったのだろうか。細胞が入れ替わる周期が一番短いのは腸の細胞だと言っていたが、{{ namae }}の腸の細胞はもうとっくの前に自分の手料理から作られた細胞にすっかり入れ替わっているのだろうか。そのうちこの生活を続けていたら、{{ namae }}の身体を構成する細胞は、自身が作ったと言えるのだろうか。
 例えば{{ namae }}の丸い頬だって、滑らかな髪だって、小さな爪先だって、声を産む声帯だって。すべてが。
 ペパーは小さく息を吐く。この確かな喜びは恐らく誰にも共感を得られないどころか言うべきでない感情であることをペパーは感じている。
 ふと視線を上げた{{ namae }}と目が合う。何も知らない{{ namae }}はどうしたのと首を傾げさせた。

2023/01/01

撃ち抜かれて骨抜き

ハッサク
!元ネタはフォロイーさん

 薄暗い部屋で{{ namae }}が果てた声が響いた。果てたハッサクは先程まで{{ namae }}の胎内に埋められていたディルドを抜いてやる。愛液に塗れた性具を脇に置いてやる。はっさくさん、と{{ namae }}の唇が音を立てずに形を描いた。欲と熱で蕩けた目は何処か恍惚としている。
 数ヶ月前に、ハッサクと{{ namae }}は情事に更けようとした。だがハッサクの血を吸って膨張した男根を見た途端{{ namae }}が顔を青ざめさせていたのでその夜は何もせずに二人で眠った。ハッサクとて、愛する人を傷付けたい訳では無い。大切な人の意思を無視してまで事に及びたい訳ではない。挿入できるかどうか怖いならば少しずつ慣らしていきましょうかと提案をして彼女は飲み込んだ。次の日から、最初は指で慣らし次に小さめのディルド、その次は少し大きなディルドを使い、胎内を少しずつではあるが確実に拡張していった。そして今に至る。元々{{ namae }}の性質だったのか誰かに幾らか仕込まれていたのか解らないが{{ namae }}は次第に順応していった。ハッサクが触れれば良い声で啼いたし、指を咥え込んだ泥濘はどの男も悦ばせそうな動きをしていた。ディルドを使って{{ namae }}を果てさせた後、ハッサクは泥濘に自身を埋め込む想像をしてトイレットペーパーに精液をぶちまけるのが常だった。今すぐにでも力で抑え込んで無理にでもぶち込んでしまいたかったが、強靭な理性がそれを抑え込んだ。{{ namae }}はきっとそのことを知らないだろう。
 ハッサクが下着諸共ずらすとすっかり勃ち上がった男根が現れた。先端から先走りを滴らせ、血管が数本浮いた幹を濡らしている。先端が剥けた、赤黒い男根は可愛さの欠片もなく、ただただグロテスクだ。恐らく平均よりも大きいだろうそれは数ヶ月前の{{ namae }}の顔から血の気を引かせていた。今の{{ namae }}は物欲しそうな顔で男根を見ている。{{ namae }}の白くも薄い下腹部に押し当ててやると、一層凶悪さが増す。ちぐはぐさにハッサクは笑ってしまいたくなる。

「これが、ここまで挿入るんですよ」

 勃起状態のハッサクの男根より一回りほど小さなディルドを咥え込んでいた子宮がきゅんきゅんと収縮を繰り返す。

「〰〰あ、っ♡」

 重さのある愛液がどぷりと奥から溢れ出た。ハッサクの男根に貫かれる想像をしただけで達したのだ。白く汗ばんだ腿が小さい痙攣に似た動きを繰り返している。

「……想像だけで果てたんですか」

 決して叱るような声ではなかった。決して馬鹿にするような響きでもなかった。{{ namae }}の口から反射でごめんなさいと言葉が落ちる。媚びたような響きをしていた。悪い事ではないですよとハッサクは言う。確かに悪い事ではない。それが他の男にもそうしたのだろうかと可能性を探るとハッサクは強い吐き気を覚える。
 避妊具をつけなければとベッドの側にある棚に手を伸ばす。その手を{{ namae }}が取った。はーっはーっと荒い息を繰り返しながら、{{ namae }}はハッサクを見る。普段聡明そうな目は原始的な欲で染められ、熱で浮かされている。名前が脚を折り曲げハッサクを見る。

「ナマでっ、いいので、……っ、いっぱい、たぷたぷになるくらい出して、ください♡」

 {{ namae }}の細い指がハッサクに見せつけるように膣口を押し開く。薄暗い部屋でははっきりとは見えないが、教え込まれた快楽を期待してひくひくと震えていた。
 ハッサクは教師としての自分が何やら喚いているのを無視をした。ハッサクの腹の中にいる渇望感と欲と短絡的な思考で出来た獣は嬉しそうに涎をだらだらと溢れさせている。彼女がそう誘っているのだから、乗るべきだと結論を出す。あとで緊急用ピルを飲ませなければとだけメモをして、ハッサクは{{ namae }}に笑いかけた、つもりだった。{{ namae }}の目に怯えの色がはっきりとうつる。
 {{ namae }}を仰向けに寝かせ、ハッサクは馬乗りになった。愛液を溢れさせる陰唇に先端を何度か往復させてから膣口に押し付ける。ぐっと力を込めたが、ぎちぎちとするばかりで中々進まない。懸命に咥え込んでいる様子に庇護心によく似た感情が顔を出す。決してそんな微笑ましい感情で無いことをハッサクは理解している。

「ぉ゛ッ……♡ ほぉッ♡」
「んっ、苦しく、ないですか?」

 {{ namae }}は首を横に振る。ハッサクは気を紛らわせるために膨れ切った陰核に触れた。{{ namae }}の身体が大きく跳ねる。白い首が無防備にも曝け出される。その首筋に痕跡を残したいと獣が声を上げる。ぷっくりと膨れた陰核を爪先で軽く引っ掻くと愛液がとめどなく溢れ、亀頭を濡らす。

「ひんっ♡ だめっ♡ クリらめぇ゛ッ♡」
「弱いんでしたね。どうぞイってください」
「――イぐッ♡ イ゛くぅッ♡♡」

 ぷしっと勢い良く潮を吹いて{{ namae }}は果てた。僅かばかり弛緩したそこにハッサクは自身を挿入り込ませる。絶頂に達したばかりの内側を幹で擦られ、{{ namae }}は何度も軽い絶頂に達しているようだった。ハッサクの先端が{{ namae }}の奥突いたのは存外すぐだった。全部挿入り込めないことに獣が文句を言っているが無視をする。腰を動かして内側から外側をほんの少し押してやれば{{ namae }}の白い腹がぽこりと膨らむ。ハッサクは眩暈を覚えた。緩く腰を引いて奥を押してやる。それだけで{{ namae }}は大きな声を上げた。熟れ切った肉襞は嬉しそうにハッサクの男根に絡みついている。想像以上の快楽にハッサクの血がごうごうと音を立てて流れていく。
 本能から腰を引いて逃げようとする、細い腰を捕まえて思い切り叩きつける。そう言えばたぷたぷになるまで出してと言われたのだっけと思い出す。期待に応えてやらねばと獣が黄色い歯を見せてにたにたと笑う。例えば孕ませてしまえば。一瞬だけ浮かび出た身勝手な発想をハッサクは瞬時に切り落とした。
 一旦ハッサクは{{ namae }}から自身を引き抜いた。よいしょ、と言いながらハッサクは{{ namae }}の膝が{{ namae }}自身の胸に付くように折り曲げる。名前に跨り、覆い被さるような恰好をした。{{ namae }}はハッサクがこれから何をするのか理解できていない顔をしている。ハッサクは微笑ましいような、馬鹿にしたいような感情を覚える。ハッサクは今にも破裂しそうな先端を膣に押し当て、一気に腰を叩きつけるように落とした。

「お゛っ、〰〰♡♡」

 膣が一気に締め付けを強くした。ハッサクは振り切るように引き抜き、そのまま動きを反転させて一気に貫くような律動を繰り返す。射精の為に持ち上がった肉袋が{{ namae }}の白い尻にぶつかりぺちぺちと音を立てる。じゅぶ、と粘度の高い液体の中にある気泡が掻き混ぜられ破裂する。性行の音だ。下品で下劣で何処にも見せられず、醸し出すことも許されない交尾の音だ。

「〰〰ん゛ぉ゛っ♡ ほッ♡ ォごっ♡」

 ハッサクのせいで{{ namae }}は身動きを取れない。快楽を僅かでも逃すことが出来ない。ほぼ垂直に叩きつけられる剛直に一突きされる度に絶頂へ達している。舌を出しっぱなしで喘いでいればハッサクがその口を塞いだ。厚く長い舌が{{ namae }}の小さな舌に絡まる。ぢゅるぢゅると唾液を啜る音さえ聞こえる。{{ namae }}はそれを享受することしか許されていない。眼前に何度も光が瞬いた。ハッサクはその無様な表情を見て、自身の口角が上がるのを感じた。さぞ教育者からは程遠い邪悪な笑みを浮かべているだろう。

「{{ namae }}さん、射精しますよ……ッ」
「はひっ♡ ひ、ぐっ♡ うぅ゛、〰〰っ♡」

 喘ぐ{{ namae }}に聞こえているかどうかは解らなかった。ハッサクは陰茎が抜けてしまいそうなほど腰を引き、一気に叩きつける。{{ namae }}の身体が何度も跳ねるのを自身の身体で抑え込む。最奥で吐き出された精液は膣を満たしていく。ハッサクはほぼ無意識に尿道に残った精液を出し切るように、肉襞に精液を擦り付けるようにへこへこと腰を動かす。
 ぬぼ、と間抜けな音を立ててハッサクは{{ namae }}から少し萎えた自身を引き抜き、解放する。あんなにも暴力的な考えは射精したことでほんの僅かに冷静になっていた。代わりに脳髄の奥から空腹感が這い上がる。金色の目は眼前にある獲物を捉えた。
 {{ namae }}はろくに動かない脳味噌のままハッサクから逃げようとしている。このままだと死ぬと本能がすっかり怯え切っている。這うような格好ではあるがハッサクから逃げようと数歩程の距離を移動した直後、{{ namae }}の足首が熱い掌に掴まれた。

「ひっ、」
「こら」

 足首を強く引っ張られ、あっという間にハッサクの下へずるずると引きずられる。{{ namae }}の手がシーツを握っていたが、あっさりと離れて行った。ハッサクは自身の唇を舌で濡らす。何処に行くつもりですかと声は静かに{{ namae }}の鼓膜を震わせる。{{ namae }}は嫌がるように首を横に振る。ハッサクは{{ namae }}の内腿を一撫でしてから愛液と精液を滴らせる膣口へ触れた。
 先程までハッサクの男根を咥え込んでいたそこは閉まり切らなくなっていた。隙間からとろとろと愛液と精液が混ざり合った白濁が零れて行く。ハッサクは白濁を掬い取り、膣口へ指を挿し入れる。そのまま浅い所で出し入れを繰り返し、少し手触りの異なる箇所を押してやれば{{ namae }}は媚びるような声を上げる。ある感情がハッサクの胸中に満たされる。強敵を叩きのめした時の感情によく似ていたがそれよりもずっと醜い感情だ。原始的な渇望感から唾を呑み込む。

「もっと、小生にくれませんか」
「ぅ゛、あっ♡ 〰〰ゆびっ♡ ゆびらめぇ゛ッ♡」

 ハッサクの指をきぅと締め付け、身体を何度も跳ねさせた。訳も解らず絶頂に達しているらしい。{{ namae }}の喉から喘鳴のような音が聞こえる。あんなにも喘いでいたのだから不思議ではない。{{ namae }}をうつ伏せにさせたままハッサクは指を抜いて上にのしかかる。白い尻朶を左右に押し開くと湿度と熱の籠った空気が部屋の空気と混ざり合う。真っ赤に熟れてひくひくと震えるそこに先端を押し付け、一気に腰を進めさせた。最初のときよりもあっさりと男根を呑み込んでいく。押し出された精液と愛液がシーツを濡らした。直ぐに亀頭が奥を突く。幹の根元まで呑み込んで欲しくて、ぐいぐいと腰を押し付けさせる。

「あ゛っ♡ が、ァ゛っ♡」

 逃れようとする{{ namae }}をハッサクは二本の腕と身体で押さえこんでいた。そう簡単に逃れることは出来ないことを理解しているだろうに、逃げようとするのをハッサクは何処か冷静な目で眺めている。ハッサクは{{ namae }}の美しい項に歯を立てる。対話のない、ただ強いものが主導を握るポケモンたちの交尾に似ていた。

2022/12/30close

!元ネタはフォロイーさん

 薄暗い部屋で{{ namae }}が果てた声が響いた。果てたハッサクは先程まで{{ namae }}の胎内に埋められていたディルドを抜いてやる。愛液に塗れた性具を脇に置いてやる。はっさくさん、と{{ namae }}の唇が音を立てずに形を描いた。欲と熱で蕩けた目は何処か恍惚としている。
 数ヶ月前に、ハッサクと{{ namae }}は情事に更けようとした。だがハッサクの血を吸って膨張した男根を見た途端{{ namae }}が顔を青ざめさせていたのでその夜は何もせずに二人で眠った。ハッサクとて、愛する人を傷付けたい訳では無い。大切な人の意思を無視してまで事に及びたい訳ではない。挿入できるかどうか怖いならば少しずつ慣らしていきましょうかと提案をして彼女は飲み込んだ。次の日から、最初は指で慣らし次に小さめのディルド、その次は少し大きなディルドを使い、胎内を少しずつではあるが確実に拡張していった。そして今に至る。元々{{ namae }}の性質だったのか誰かに幾らか仕込まれていたのか解らないが{{ namae }}は次第に順応していった。ハッサクが触れれば良い声で啼いたし、指を咥え込んだ泥濘はどの男も悦ばせそうな動きをしていた。ディルドを使って{{ namae }}を果てさせた後、ハッサクは泥濘に自身を埋め込む想像をしてトイレットペーパーに精液をぶちまけるのが常だった。今すぐにでも力で抑え込んで無理にでもぶち込んでしまいたかったが、強靭な理性がそれを抑え込んだ。{{ namae }}はきっとそのことを知らないだろう。
 ハッサクが下着諸共ずらすとすっかり勃ち上がった男根が現れた。先端から先走りを滴らせ、血管が数本浮いた幹を濡らしている。先端が剥けた、赤黒い男根は可愛さの欠片もなく、ただただグロテスクだ。恐らく平均よりも大きいだろうそれは数ヶ月前の{{ namae }}の顔から血の気を引かせていた。今の{{ namae }}は物欲しそうな顔で男根を見ている。{{ namae }}の白くも薄い下腹部に押し当ててやると、一層凶悪さが増す。ちぐはぐさにハッサクは笑ってしまいたくなる。

「これが、ここまで挿入るんですよ」

 勃起状態のハッサクの男根より一回りほど小さなディルドを咥え込んでいた子宮がきゅんきゅんと収縮を繰り返す。

「〰〰あ、っ♡」

 重さのある愛液がどぷりと奥から溢れ出た。ハッサクの男根に貫かれる想像をしただけで達したのだ。白く汗ばんだ腿が小さい痙攣に似た動きを繰り返している。

「……想像だけで果てたんですか」

 決して叱るような声ではなかった。決して馬鹿にするような響きでもなかった。{{ namae }}の口から反射でごめんなさいと言葉が落ちる。媚びたような響きをしていた。悪い事ではないですよとハッサクは言う。確かに悪い事ではない。それが他の男にもそうしたのだろうかと可能性を探るとハッサクは強い吐き気を覚える。
 避妊具をつけなければとベッドの側にある棚に手を伸ばす。その手を{{ namae }}が取った。はーっはーっと荒い息を繰り返しながら、{{ namae }}はハッサクを見る。普段聡明そうな目は原始的な欲で染められ、熱で浮かされている。名前が脚を折り曲げハッサクを見る。

「ナマでっ、いいので、……っ、いっぱい、たぷたぷになるくらい出して、ください♡」

 {{ namae }}の細い指がハッサクに見せつけるように膣口を押し開く。薄暗い部屋でははっきりとは見えないが、教え込まれた快楽を期待してひくひくと震えていた。
 ハッサクは教師としての自分が何やら喚いているのを無視をした。ハッサクの腹の中にいる渇望感と欲と短絡的な思考で出来た獣は嬉しそうに涎をだらだらと溢れさせている。彼女がそう誘っているのだから、乗るべきだと結論を出す。あとで緊急用ピルを飲ませなければとだけメモをして、ハッサクは{{ namae }}に笑いかけた、つもりだった。{{ namae }}の目に怯えの色がはっきりとうつる。
 {{ namae }}を仰向けに寝かせ、ハッサクは馬乗りになった。愛液を溢れさせる陰唇に先端を何度か往復させてから膣口に押し付ける。ぐっと力を込めたが、ぎちぎちとするばかりで中々進まない。懸命に咥え込んでいる様子に庇護心によく似た感情が顔を出す。決してそんな微笑ましい感情で無いことをハッサクは理解している。

「ぉ゛ッ……♡ ほぉッ♡」
「んっ、苦しく、ないですか?」

 {{ namae }}は首を横に振る。ハッサクは気を紛らわせるために膨れ切った陰核に触れた。{{ namae }}の身体が大きく跳ねる。白い首が無防備にも曝け出される。その首筋に痕跡を残したいと獣が声を上げる。ぷっくりと膨れた陰核を爪先で軽く引っ掻くと愛液がとめどなく溢れ、亀頭を濡らす。

「ひんっ♡ だめっ♡ クリらめぇ゛ッ♡」
「弱いんでしたね。どうぞイってください」
「――イぐッ♡ イ゛くぅッ♡♡」

 ぷしっと勢い良く潮を吹いて{{ namae }}は果てた。僅かばかり弛緩したそこにハッサクは自身を挿入り込ませる。絶頂に達したばかりの内側を幹で擦られ、{{ namae }}は何度も軽い絶頂に達しているようだった。ハッサクの先端が{{ namae }}の奥突いたのは存外すぐだった。全部挿入り込めないことに獣が文句を言っているが無視をする。腰を動かして内側から外側をほんの少し押してやれば{{ namae }}の白い腹がぽこりと膨らむ。ハッサクは眩暈を覚えた。緩く腰を引いて奥を押してやる。それだけで{{ namae }}は大きな声を上げた。熟れ切った肉襞は嬉しそうにハッサクの男根に絡みついている。想像以上の快楽にハッサクの血がごうごうと音を立てて流れていく。
 本能から腰を引いて逃げようとする、細い腰を捕まえて思い切り叩きつける。そう言えばたぷたぷになるまで出してと言われたのだっけと思い出す。期待に応えてやらねばと獣が黄色い歯を見せてにたにたと笑う。例えば孕ませてしまえば。一瞬だけ浮かび出た身勝手な発想をハッサクは瞬時に切り落とした。
 一旦ハッサクは{{ namae }}から自身を引き抜いた。よいしょ、と言いながらハッサクは{{ namae }}の膝が{{ namae }}自身の胸に付くように折り曲げる。名前に跨り、覆い被さるような恰好をした。{{ namae }}はハッサクがこれから何をするのか理解できていない顔をしている。ハッサクは微笑ましいような、馬鹿にしたいような感情を覚える。ハッサクは今にも破裂しそうな先端を膣に押し当て、一気に腰を叩きつけるように落とした。

「お゛っ、〰〰♡♡」

 膣が一気に締め付けを強くした。ハッサクは振り切るように引き抜き、そのまま動きを反転させて一気に貫くような律動を繰り返す。射精の為に持ち上がった肉袋が{{ namae }}の白い尻にぶつかりぺちぺちと音を立てる。じゅぶ、と粘度の高い液体の中にある気泡が掻き混ぜられ破裂する。性行の音だ。下品で下劣で何処にも見せられず、醸し出すことも許されない交尾の音だ。

「〰〰ん゛ぉ゛っ♡ ほッ♡ ォごっ♡」

 ハッサクのせいで{{ namae }}は身動きを取れない。快楽を僅かでも逃すことが出来ない。ほぼ垂直に叩きつけられる剛直に一突きされる度に絶頂へ達している。舌を出しっぱなしで喘いでいればハッサクがその口を塞いだ。厚く長い舌が{{ namae }}の小さな舌に絡まる。ぢゅるぢゅると唾液を啜る音さえ聞こえる。{{ namae }}はそれを享受することしか許されていない。眼前に何度も光が瞬いた。ハッサクはその無様な表情を見て、自身の口角が上がるのを感じた。さぞ教育者からは程遠い邪悪な笑みを浮かべているだろう。

「{{ namae }}さん、射精しますよ……ッ」
「はひっ♡ ひ、ぐっ♡ うぅ゛、〰〰っ♡」

 喘ぐ{{ namae }}に聞こえているかどうかは解らなかった。ハッサクは陰茎が抜けてしまいそうなほど腰を引き、一気に叩きつける。{{ namae }}の身体が何度も跳ねるのを自身の身体で抑え込む。最奥で吐き出された精液は膣を満たしていく。ハッサクはほぼ無意識に尿道に残った精液を出し切るように、肉襞に精液を擦り付けるようにへこへこと腰を動かす。
 ぬぼ、と間抜けな音を立ててハッサクは{{ namae }}から少し萎えた自身を引き抜き、解放する。あんなにも暴力的な考えは射精したことでほんの僅かに冷静になっていた。代わりに脳髄の奥から空腹感が這い上がる。金色の目は眼前にある獲物を捉えた。
 {{ namae }}はろくに動かない脳味噌のままハッサクから逃げようとしている。このままだと死ぬと本能がすっかり怯え切っている。這うような格好ではあるがハッサクから逃げようと数歩程の距離を移動した直後、{{ namae }}の足首が熱い掌に掴まれた。

「ひっ、」
「こら」

 足首を強く引っ張られ、あっという間にハッサクの下へずるずると引きずられる。{{ namae }}の手がシーツを握っていたが、あっさりと離れて行った。ハッサクは自身の唇を舌で濡らす。何処に行くつもりですかと声は静かに{{ namae }}の鼓膜を震わせる。{{ namae }}は嫌がるように首を横に振る。ハッサクは{{ namae }}の内腿を一撫でしてから愛液と精液を滴らせる膣口へ触れた。
 先程までハッサクの男根を咥え込んでいたそこは閉まり切らなくなっていた。隙間からとろとろと愛液と精液が混ざり合った白濁が零れて行く。ハッサクは白濁を掬い取り、膣口へ指を挿し入れる。そのまま浅い所で出し入れを繰り返し、少し手触りの異なる箇所を押してやれば{{ namae }}は媚びるような声を上げる。ある感情がハッサクの胸中に満たされる。強敵を叩きのめした時の感情によく似ていたがそれよりもずっと醜い感情だ。原始的な渇望感から唾を呑み込む。

「もっと、小生にくれませんか」
「ぅ゛、あっ♡ 〰〰ゆびっ♡ ゆびらめぇ゛ッ♡」

 ハッサクの指をきぅと締め付け、身体を何度も跳ねさせた。訳も解らず絶頂に達しているらしい。{{ namae }}の喉から喘鳴のような音が聞こえる。あんなにも喘いでいたのだから不思議ではない。{{ namae }}をうつ伏せにさせたままハッサクは指を抜いて上にのしかかる。白い尻朶を左右に押し開くと湿度と熱の籠った空気が部屋の空気と混ざり合う。真っ赤に熟れてひくひくと震えるそこに先端を押し付け、一気に腰を進めさせた。最初のときよりもあっさりと男根を呑み込んでいく。押し出された精液と愛液がシーツを濡らした。直ぐに亀頭が奥を突く。幹の根元まで呑み込んで欲しくて、ぐいぐいと腰を押し付けさせる。

「あ゛っ♡ が、ァ゛っ♡」

 逃れようとする{{ namae }}をハッサクは二本の腕と身体で押さえこんでいた。そう簡単に逃れることは出来ないことを理解しているだろうに、逃げようとするのをハッサクは何処か冷静な目で眺めている。ハッサクは{{ namae }}の美しい項に歯を立てる。対話のない、ただ強いものが主導を握るポケモンたちの交尾に似ていた。

2022/12/30close

ジーンの遺言

ペパー

「っん゛、むっ」
「っ、{{ namae }}、」

 一人で寝るためのベッドの上でマフィティフにも見せられないような事をしている。きっと先生たちはペパーと{{ namae }}がしている行為を知るや否や眉を吊り上げて叱るか、失望するのだろう。よく知った幼馴染に組み敷かれ啼かされている{{ namae }}を、{{ namae }}の両親が見たら、オレを殴り飛ばすんだろうかと何処か冷静な脳味噌が呟いた。
 {{ namae }}を組み敷いたペパーが抽挿を繰り返す度に、パイプベッドが悲痛そうな声を上げる。以前{{ namae }}が、軋む音や嬌声を隣にいるだろう人たちに響いていたらどうしようと言っていた。その時は気にし過ぎだと軽い気持ちで返していたが、ちょっと軽率だったなと思い直す。

「音、すごい響くんだな……っ」

 胎内が狭くなった。{{ namae }}は真っ赤な顔の儘いやいやと言うように首を横に振る。そのまま衝動に任せて腰を振りたくり、ゴム越しに射精してしまいたいのをぐっと堪える。まだ熱すぎるほどの肉に包まれていたい。
 膣が精液を搾り取ろうと締め付けを強くする。{{ namae }}の絶頂が近いのだろう。ペパーは動きを一旦止めた。{{ namae }}がどうしてと言わんばかりの顔でペパーを見る。ペパーは{{ namae }}の細い手首を持って身体を起こさせた。ペパーの筋肉の付いた身体に細やかながらも柔らかな胸が辺り、歪な形にさせる。

「ぅあ゛、っ」
「っく、」

 姿勢が変わったことで内側のあちらこちらを押されたせいか、自重のせいで亀頭が奥を突いたからかびくんと{{ namae }}の身体が跳ねた。きゅうと胎内が強く締まり、びくびくと震えている。ペパーは歯を食いしばって吐精感をやり過ごす。少しして、胎内が弛緩する。おく、と吐息交じりに{{ namae }}が訴えた。唇の端から垂れた唾液をペパーは舌で舐めとる。ひくひくと{{ namae }}の肌が跳ねる度に、肉襞が男根を僅かに締め上げる。{{ namae }}の鎖骨当たりにペパーが付けた痕跡が笑っていた。次第に{{ namae }}の焦点が合う。すっかり蕩けた顔は陽だまりの中で笑う{{ namae }}から随分かけ離れていた。膨れた陰核を愛液で濡れた手で軽く触れると、{{ namae }}は声を上げる。そのまま強く押し潰してやりたい気持ちをペパーはぐっと堪える。

「動けるか、」

 {{ namae }}が困ったような顔をした。ぷるぷると小さく震える様子は群れからはぐれたルリリを髣髴とさせる。陰核に僅かに爪を立ててやれば甘ったるい声を上げる。絶頂に達したのか、くたりとペパーの胸に寄りかかった。良い子ちゃん、と囁いて、頬を撫でれば{{ namae }}は眉をきゅっと顰めさせる。僅かに頷いたのを、ペパーは見逃さなかった。ペパーは仰向けに寝転がる。泣きそうな顔をした{{ namae }}の後ろ側に天井が見えるのが、何だか新鮮に感じた。{{ namae }}の小さな手がペパーの腿辺りに乗せて支えとしている。白くて薄い腹に膨れた自身が挿入っていると思うとどうも不思議な気持ちになれた。

「……っん、」

 ゆっくりと{{ namae }}が腰を浮かせて降ろさせる。恐々と言った様子だったが、次第に自分の悦い所を当てるように腰を動かしている。正直自分で動いた方がずっと強い快楽を得られるが、情景については頭をぶん殴られるような、ある種の感動さえある。{{ namae }}が腰を上下させる度にベッドは抗議の声を上げたが、先程よりも悲痛さはない。{{ namae }}がすっかり自ら腰を振り、快楽を得ようとする淫猥な様子にペパーは確かな仄暗い幸福で充足感がひたひたと満ちるのを感じた。ほんの数ヶ月前まで性的なことに触れなかっただろうに、そう変えてしまったのは他でもない自分なのだと自分で感じ取るとどうしようもなく嬉しかった。

2022/12/29close


「っん゛、むっ」
「っ、{{ namae }}、」

 一人で寝るためのベッドの上でマフィティフにも見せられないような事をしている。きっと先生たちはペパーと{{ namae }}がしている行為を知るや否や眉を吊り上げて叱るか、失望するのだろう。よく知った幼馴染に組み敷かれ啼かされている{{ namae }}を、{{ namae }}の両親が見たら、オレを殴り飛ばすんだろうかと何処か冷静な脳味噌が呟いた。
 {{ namae }}を組み敷いたペパーが抽挿を繰り返す度に、パイプベッドが悲痛そうな声を上げる。以前{{ namae }}が、軋む音や嬌声を隣にいるだろう人たちに響いていたらどうしようと言っていた。その時は気にし過ぎだと軽い気持ちで返していたが、ちょっと軽率だったなと思い直す。

「音、すごい響くんだな……っ」

 胎内が狭くなった。{{ namae }}は真っ赤な顔の儘いやいやと言うように首を横に振る。そのまま衝動に任せて腰を振りたくり、ゴム越しに射精してしまいたいのをぐっと堪える。まだ熱すぎるほどの肉に包まれていたい。
 膣が精液を搾り取ろうと締め付けを強くする。{{ namae }}の絶頂が近いのだろう。ペパーは動きを一旦止めた。{{ namae }}がどうしてと言わんばかりの顔でペパーを見る。ペパーは{{ namae }}の細い手首を持って身体を起こさせた。ペパーの筋肉の付いた身体に細やかながらも柔らかな胸が辺り、歪な形にさせる。

「ぅあ゛、っ」
「っく、」

 姿勢が変わったことで内側のあちらこちらを押されたせいか、自重のせいで亀頭が奥を突いたからかびくんと{{ namae }}の身体が跳ねた。きゅうと胎内が強く締まり、びくびくと震えている。ペパーは歯を食いしばって吐精感をやり過ごす。少しして、胎内が弛緩する。おく、と吐息交じりに{{ namae }}が訴えた。唇の端から垂れた唾液をペパーは舌で舐めとる。ひくひくと{{ namae }}の肌が跳ねる度に、肉襞が男根を僅かに締め上げる。{{ namae }}の鎖骨当たりにペパーが付けた痕跡が笑っていた。次第に{{ namae }}の焦点が合う。すっかり蕩けた顔は陽だまりの中で笑う{{ namae }}から随分かけ離れていた。膨れた陰核を愛液で濡れた手で軽く触れると、{{ namae }}は声を上げる。そのまま強く押し潰してやりたい気持ちをペパーはぐっと堪える。

「動けるか、」

 {{ namae }}が困ったような顔をした。ぷるぷると小さく震える様子は群れからはぐれたルリリを髣髴とさせる。陰核に僅かに爪を立ててやれば甘ったるい声を上げる。絶頂に達したのか、くたりとペパーの胸に寄りかかった。良い子ちゃん、と囁いて、頬を撫でれば{{ namae }}は眉をきゅっと顰めさせる。僅かに頷いたのを、ペパーは見逃さなかった。ペパーは仰向けに寝転がる。泣きそうな顔をした{{ namae }}の後ろ側に天井が見えるのが、何だか新鮮に感じた。{{ namae }}の小さな手がペパーの腿辺りに乗せて支えとしている。白くて薄い腹に膨れた自身が挿入っていると思うとどうも不思議な気持ちになれた。

「……っん、」

 ゆっくりと{{ namae }}が腰を浮かせて降ろさせる。恐々と言った様子だったが、次第に自分の悦い所を当てるように腰を動かしている。正直自分で動いた方がずっと強い快楽を得られるが、情景については頭をぶん殴られるような、ある種の感動さえある。{{ namae }}が腰を上下させる度にベッドは抗議の声を上げたが、先程よりも悲痛さはない。{{ namae }}がすっかり自ら腰を振り、快楽を得ようとする淫猥な様子にペパーは確かな仄暗い幸福で充足感がひたひたと満ちるのを感じた。ほんの数ヶ月前まで性的なことに触れなかっただろうに、そう変えてしまったのは他でもない自分なのだと自分で感じ取るとどうしようもなく嬉しかった。

2022/12/29close

潜水を始める夜に

ハッサク
 薄暗いハッサクの部屋で、時折ハッサク自身が押し殺した声が聞こえる。自身のベッドの上で、下のみを脱いだ格好は酷く不格好だ。ハッサクのポケモンたちは、平常であれば部屋の中を好きに歩かせているのに今や全員がモンスターボールに入れられている。ハッサクの股座に{{ namae }}は顔を埋めさせている。赤い舌が見せつけるようにハッサクの男根を舐め上げる。幹の部分は白い掌で扱きあげている。口では頬張り切れないのだろう。ハッサクはそれを浮かない顔をして眺めていた。
 {{ namae }}はハッサクの元教え子だ。彼女は生徒の頃から、どれかと言えばニャルマーのような雰囲気だった。きっかけは何だったかハッサクは覚えていないが、{{ namae }}はハッサクに懐いていた。卒業をしてからも彼女はハッサクの元へと来た。就職した所が最悪だとか、学生の頃に戻りたいとか、転職の相談に乗って欲しいとか……成人したから美味しいお酒を教えて欲しいとか。今思えば、ハッサクは彼女を冷たく突き放すべきだった。{{ namae }}のような年若い女性が喜ぶような店を同僚に尋ね、場所を設けた。初めての酒の席が楽しいものであれば良いと思ってのことだった。気が付けばハッサクは自室にいた。二日酔いで痛む頭を押さえながら起き上がると、衣類を身に着けていない{{ namae }}が隣にいた。ほんのぼんやり、うっすらと覚えている。酒を飲んで酔っ払い、心配する{{ namae }}に支えられながら自室に帰った。そう、彼女を連れて。その先の、現実で起こっていなければ良いと思える想像を音にして確かめようとは思えなかった。{{ namae }}の細い首筋にくっきりとした歯形が付いていたのを見たときは、自分の舌を噛み切ろうかとさえ思えた。結局{{ namae }}が幸福そうに笑っていたので、ハッサクは彼女の心を慮って突き放すことも受け入れることも出来ないでいる。
 ちゅ、と間の抜けた音を立てて唇が男根から離された。{{ namae }}が完全に勃ち上がった男根に手を添えて遊ぶように揺らしている。本能は彼女の柔らかな媚肉に包まれ扱かれ果ててしまいたがっているが、ハッサクの理性はそれを完全に抑え込んでいる。{{ namae }}がさっさと満足するならもう何でも良いとさえ思っている。ハッサク自身で彼女が汚れる前に終わってしまえば良いと願っている。

「先生が元教え子とこんなことしてる、って知ったらアカデミーの子たちびっくりしちゃうかもね」

 くすくすと楽しそうに笑う声がする。彼女の白い身体は瑞々しい果物を思い出させた。何が面白いのかハッサクには理解できない。

「ねぇ、先生」

 柔らかくも冷たい掌がひたりと下腹部に押し付けられる。{{ namae }}の前髪の隙間から覗く目はハッサクのことを恨めしそうに見ている。{{ namae }}がアカデミーを卒業をしたのはもう随分前なのに、ハッサクの名を呼ぶことはしない。それはどこまで行ってもハッサクのことを先生だと思っているからだろう。恩師であるハッサクは、彼女が求めていることを理解している。彼女が求めていることを、ハッサクは与えてはならないと知っている。早くこの手を突き放さなければ、彼女の人生がこれ以上滅茶苦茶になってしまうことをよくよく解っている。
 結局、{{ namae }}は口と手でハッサクを果てさせた。何かが彼女の興を削いだのか、{{ namae }}は手を洗ってからハッサクと同じベッドに寝転んだ。一人用の布団で寝るのは窮屈であるのに、ハッサクは{{ namae }}に触れてしまわないようにする。最初こそは{{ namae }}も文句を言いたそうな顔をしていたが、最近は何も言わない。広くはない寝室で、二人分の心臓の音がする。

「もう、やめませんか」

 {{ namae }}が上体をがばりと起こした。真っ暗い部屋の中で顔を見ずとも、ハッサクは安易に表情を想像することが出来た。ハッサクは身体を起こし、{{ namae }}に向き合う。

「あなたはまだ若いんです。きっと他にも、」
「他に女でも出来たの」

 被せるようにして吐かれた言葉にハッサクは首を横に振る。{{ namae }}はじっとハッサクを見ている。

「そういう訳ではありません。あなたは小生の教え子、」

 ハッサクの言葉はそれ以上続かなかった。{{ namae }}が枕をハッサクの顔に目掛けて投げたのだ。枕を退ける前に、ハッサクは胸倉を掴まれた。ぐいと強い力で引っ張られる。理解する前に、がちんと歯がぶつかった。口腔に血の味が広がる。{{ namae }}は軽やかにベッドから降り、玄関へと向かう。ハッサクは追い掛けなかった。真夜中であるのに扉が乱暴に閉められる。足音が遠のいて行く。残ったのは静寂ばかりだ。
 これで、良かったのかと自問をする。これで彼女は自身に捕らわれずにいられるはずだ。出来ることならもう少しきちんと対話して別れるべきだった。じん、と唇が熱を発している。ハッサクは何気なく唇に触れる。指に血が付着した。唇が切れていたのだ。

2022/12/28
 薄暗いハッサクの部屋で、時折ハッサク自身が押し殺した声が聞こえる。自身のベッドの上で、下のみを脱いだ格好は酷く不格好だ。ハッサクのポケモンたちは、平常であれば部屋の中を好きに歩かせているのに今や全員がモンスターボールに入れられている。ハッサクの股座に{{ namae }}は顔を埋めさせている。赤い舌が見せつけるようにハッサクの男根を舐め上げる。幹の部分は白い掌で扱きあげている。口では頬張り切れないのだろう。ハッサクはそれを浮かない顔をして眺めていた。
 {{ namae }}はハッサクの元教え子だ。彼女は生徒の頃から、どれかと言えばニャルマーのような雰囲気だった。きっかけは何だったかハッサクは覚えていないが、{{ namae }}はハッサクに懐いていた。卒業をしてからも彼女はハッサクの元へと来た。就職した所が最悪だとか、学生の頃に戻りたいとか、転職の相談に乗って欲しいとか……成人したから美味しいお酒を教えて欲しいとか。今思えば、ハッサクは彼女を冷たく突き放すべきだった。{{ namae }}のような年若い女性が喜ぶような店を同僚に尋ね、場所を設けた。初めての酒の席が楽しいものであれば良いと思ってのことだった。気が付けばハッサクは自室にいた。二日酔いで痛む頭を押さえながら起き上がると、衣類を身に着けていない{{ namae }}が隣にいた。ほんのぼんやり、うっすらと覚えている。酒を飲んで酔っ払い、心配する{{ namae }}に支えられながら自室に帰った。そう、彼女を連れて。その先の、現実で起こっていなければ良いと思える想像を音にして確かめようとは思えなかった。{{ namae }}の細い首筋にくっきりとした歯形が付いていたのを見たときは、自分の舌を噛み切ろうかとさえ思えた。結局{{ namae }}が幸福そうに笑っていたので、ハッサクは彼女の心を慮って突き放すことも受け入れることも出来ないでいる。
 ちゅ、と間の抜けた音を立てて唇が男根から離された。{{ namae }}が完全に勃ち上がった男根に手を添えて遊ぶように揺らしている。本能は彼女の柔らかな媚肉に包まれ扱かれ果ててしまいたがっているが、ハッサクの理性はそれを完全に抑え込んでいる。{{ namae }}がさっさと満足するならもう何でも良いとさえ思っている。ハッサク自身で彼女が汚れる前に終わってしまえば良いと願っている。

「先生が元教え子とこんなことしてる、って知ったらアカデミーの子たちびっくりしちゃうかもね」

 くすくすと楽しそうに笑う声がする。彼女の白い身体は瑞々しい果物を思い出させた。何が面白いのかハッサクには理解できない。

「ねぇ、先生」

 柔らかくも冷たい掌がひたりと下腹部に押し付けられる。{{ namae }}の前髪の隙間から覗く目はハッサクのことを恨めしそうに見ている。{{ namae }}がアカデミーを卒業をしたのはもう随分前なのに、ハッサクの名を呼ぶことはしない。それはどこまで行ってもハッサクのことを先生だと思っているからだろう。恩師であるハッサクは、彼女が求めていることを理解している。彼女が求めていることを、ハッサクは与えてはならないと知っている。早くこの手を突き放さなければ、彼女の人生がこれ以上滅茶苦茶になってしまうことをよくよく解っている。
 結局、{{ namae }}は口と手でハッサクを果てさせた。何かが彼女の興を削いだのか、{{ namae }}は手を洗ってからハッサクと同じベッドに寝転んだ。一人用の布団で寝るのは窮屈であるのに、ハッサクは{{ namae }}に触れてしまわないようにする。最初こそは{{ namae }}も文句を言いたそうな顔をしていたが、最近は何も言わない。広くはない寝室で、二人分の心臓の音がする。

「もう、やめませんか」

 {{ namae }}が上体をがばりと起こした。真っ暗い部屋の中で顔を見ずとも、ハッサクは安易に表情を想像することが出来た。ハッサクは身体を起こし、{{ namae }}に向き合う。

「あなたはまだ若いんです。きっと他にも、」
「他に女でも出来たの」

 被せるようにして吐かれた言葉にハッサクは首を横に振る。{{ namae }}はじっとハッサクを見ている。

「そういう訳ではありません。あなたは小生の教え子、」

 ハッサクの言葉はそれ以上続かなかった。{{ namae }}が枕をハッサクの顔に目掛けて投げたのだ。枕を退ける前に、ハッサクは胸倉を掴まれた。ぐいと強い力で引っ張られる。理解する前に、がちんと歯がぶつかった。口腔に血の味が広がる。{{ namae }}は軽やかにベッドから降り、玄関へと向かう。ハッサクは追い掛けなかった。真夜中であるのに扉が乱暴に閉められる。足音が遠のいて行く。残ったのは静寂ばかりだ。
 これで、良かったのかと自問をする。これで彼女は自身に捕らわれずにいられるはずだ。出来ることならもう少しきちんと対話して別れるべきだった。じん、と唇が熱を発している。ハッサクは何気なく唇に触れる。指に血が付着した。唇が切れていたのだ。

2022/12/28

取り敢えず引っ越し準備ができた

あとは本文をてがろぐに入れてindexにURL打ち込むだけ(それが遠い)。
てがろぐ軽くて良いな~と思った。メッセージ機能がないのは残念だけどコイブミとかwaveboxとかで使えば良いかという感じ。
てがろぐ軽くて良いな~と思った。メッセージ機能がないのは残念だけどコイブミとかwaveboxとかで使えば良いかという感じ。

星を埋める

ペパー
!クリア後

 ペパーくんともうヤったのと下世話な話をした友達に、まさか、ペパーに限ってそんなことは起こらないよと笑った数時間前の自分を殴ってやりたいと、{{ namae }}は産まれてはじめて思った。
 何度目かのキスはペパーの部屋のベッドの上だった。また人のベッドに上がって、と母親のように咎めるペパーを無視してペパーのベッドに寝転んでいたのは{{ namae }}だ。友達から借りた漫画を読んでいるときに、ペパーがベッドに近寄ったのだ。{{ namae }}は仰向けの姿勢のまま、視線を漫画からペパーにやるとペパーはベッドに座った。二人分の重みを受けてベッドが小さく音を立てた。どうかしたの、と聞いてもペパーは何も答えない。何も知らない{{ namae }}は漫画の台詞を追いかけることにした。少しして、名前を呼ばれた。視線を上げるとペパーが何とも神妙そうな顔をしている。なぁに、と尋ねる前にペパーは{{ namae }}の顔に近付く。あ、キスされるんだと{{ namae }}は目を閉じてそれを受け入れた。
 今までは子供の時にしたときと同じ唇を重ねるだけのキスだった。今日に限っては、口腔内を蹂躙されるようなキスだった。{{ namae }}は今までしたことのないキスに戸惑うことしかできない。制止を求めようと口を開くと舌がぬるりと入り込んだ。{{ namae }}は驚きの余り舌を引っ込ませたが、ペパーの舌は{{ namae }}の舌に絡みつく。何度逃げようとしても、顔を背けようとしてもペパーの力がそれを阻む。苦しくて何度かペパーの肩を叩くと漸く解放された。肩で呼吸を繰り返しながら、唾液でべたべたになった口周りを拭うこともできずに{{ namae }}はペパーを見るしか出来ない。ペパーはただ{{ namae }}を見下ろすばかりだ。いつの間にかペパーが{{ namae }}に覆い被さっている。ペパーの影に{{ namae }}の身体はすっぽりと収まってしまっている。笑っておどけたかったのに、ペパーの目がそれを阻ませた。掴まれた肩のせいで{{ namae }}は身動きも出来ない。ほんの少し身を捩らせたつもりなのに、びくともしない。ペパーの目に浮かぶ熱の意味を{{ namae }}は今まで知らなかったし、考えることもしなかった。
 何となく、知らない人のように思えた。その不安を消し去るためにペパー、と名前を呼んだのにペパーは返事をしない。雰囲気のせいか、身動きすらも出来ない状況が、{{ namae }}を一層不安の淵へ追い遣る。ペパーの指先が{{ namae }}の首筋をそうっと撫でる。くすぐったさから、ひ、と声が漏れ出た。何となくひどく気恥しい気がした。何を言えば良いのかもわからず{{ namae }}は身を硬くするしか出来ない。
 これって、もしかしてと{{ namae }}の脳裏に可能性が浮かび上がる。違っていたら酷くいたたまれないので気軽に尋ねることも出来ない。そもそも違和感は幾つかあった。いつもなら部屋で自由にしているマフィティフがいるのに、今日に限って二人きりだった。マフィティフはと聞けば珍しくボールに入っていると言われた。そんなこともあるんだなと{{ namae }}は大して問題に思わなかった。今考えればマフィティフにも見せられないようなことをしようと下心があったのだろう。いや、ペパーに限ってはと数時間前の{{ namae }}自身が気楽に言う。本当にと今更疑念が湧き、{{ namae }}の喉元に絡みつく。
 ショートパンツ越しに押し付けられた硬い感触に{{ namae }}は身体を固くさせた。視線だけを下にやるとペパーの股座を押し付けられている。{{ namae }}の脳味噌は物凄い速度で思考回路を駆け回っているのに何も出てこない。こんなときにどんな対応をすべきなのか解らない。本当に、と{{ namae }}は数時間前の自身に問うた。回答が出てくる気配はない。

「それ、って……」

 僅かに腰を動かすとペパーの身体がびくりと跳ねた。う、と耐えるような声がする。痛みではないことは直感的に理解できた。それはペパーのズボンを押し上げているようだった。{{ namae }}はそれを全く見当がつかない程初心ではない。知識としては知っている。これがまさか、と結びつくのは比較的容易い。数日前まで友達と一緒になってけたけたと笑っていたことが遠い日のことのように思えた。本当にと数時間前の{{ namae }}自身に問う。数時間前の{{ namae }}自身は気楽に笑っている。

「……ごめん、気持ち悪いよな」

 ペパーは{{ namae }}から離れた。少女は慌てて上体を起こした。身体が咄嗟に距離を取ろうとして、肩を壁にぶつける。それ以上は下がれない。ペパーが俯いているせいで、表情は良く見えない。{{ namae }}はペパーを信じ難い物を見るような目で見ていた。数時間前の気楽な{{ namae }}自身はもう既にいなくなっている。
 今日はもう帰れよとペパーが静かな声で言う。{{ namae }}は何となく悪いことをしたような気持ちになる。疑念は喉元を一度緩く締め付け、脳味噌へ帰っていく。
 不純異性交遊は禁止されている。自分の人生を、相手の人生を滅茶苦茶にしてしまわないように、大切に尊重するために禁止しているのだと先生たちが説明していた。{{ namae }}は自分が今すべきことを識っている。ペパーが言う通り、速やかにペパーの部屋から出ることが、きっと他の大人たちもするべきことだと言う筈だ。そしてそういう性的な行為については卒業して自他共に責任が取れるようになってから行うべきだ。頭では判っている。そうするべきだとも思っている。

「――い、いよ」

 {{ namae }}の口から出た言葉は先生たちが良しとすることからかけ離れていた。ペパーが{{ namae }}を見る。信じ難いものをみるような顔だ。それでも目は確かな熱と期待を浮かばせていた。{{ namae }}は緊張のせいで喉が酷く乾いている。
 もしかしたら、馬鹿みたいに笑ってその場を台無しにしてしまった方が、二人にとって良いことなのかもしれない。そう思うのに、{{ namae }}はこの場を台無しにしてしまおうとは思えなかった。
 {{ namae }}は顔を上げてペパーを真っ直ぐと見る。ペルシアンに見つかったププリンはこんな気持ちなのかと、何処か他人事のように考えた。

「ペパーになら、何されたって良いよ」

 自然に笑えていたのかは解らない。それでもその言葉は本心だ。少女はまだ人生の何たるかを理解していない。それでもペパーになら自分ですら碌に触ったことの無い所を触れられても良いと思えたし、ペパーとなら何があってもきっと大丈夫だと何か確信めいたものがあった。
 ペパーの喉が上下する。そうっと頬に触れられる。酷く熱い。{{ namae }}の心臓は今すぐにでも口から飛び出そうだ。

「本当に、良いのか?」

 ペパーが尋ねる。ほんの少し声が掠れていた。{{ namae }}の脳裏で先生たちの顔が浮かび泡のように消えてく。{{ namae }}は小さくも確かに頷く。ペパーがごめんな、と小さな声で言った、気がした。

2022/12/28
!クリア後

 ペパーくんともうヤったのと下世話な話をした友達に、まさか、ペパーに限ってそんなことは起こらないよと笑った数時間前の自分を殴ってやりたいと、{{ namae }}は産まれてはじめて思った。
 何度目かのキスはペパーの部屋のベッドの上だった。また人のベッドに上がって、と母親のように咎めるペパーを無視してペパーのベッドに寝転んでいたのは{{ namae }}だ。友達から借りた漫画を読んでいるときに、ペパーがベッドに近寄ったのだ。{{ namae }}は仰向けの姿勢のまま、視線を漫画からペパーにやるとペパーはベッドに座った。二人分の重みを受けてベッドが小さく音を立てた。どうかしたの、と聞いてもペパーは何も答えない。何も知らない{{ namae }}は漫画の台詞を追いかけることにした。少しして、名前を呼ばれた。視線を上げるとペパーが何とも神妙そうな顔をしている。なぁに、と尋ねる前にペパーは{{ namae }}の顔に近付く。あ、キスされるんだと{{ namae }}は目を閉じてそれを受け入れた。
 今までは子供の時にしたときと同じ唇を重ねるだけのキスだった。今日に限っては、口腔内を蹂躙されるようなキスだった。{{ namae }}は今までしたことのないキスに戸惑うことしかできない。制止を求めようと口を開くと舌がぬるりと入り込んだ。{{ namae }}は驚きの余り舌を引っ込ませたが、ペパーの舌は{{ namae }}の舌に絡みつく。何度逃げようとしても、顔を背けようとしてもペパーの力がそれを阻む。苦しくて何度かペパーの肩を叩くと漸く解放された。肩で呼吸を繰り返しながら、唾液でべたべたになった口周りを拭うこともできずに{{ namae }}はペパーを見るしか出来ない。ペパーはただ{{ namae }}を見下ろすばかりだ。いつの間にかペパーが{{ namae }}に覆い被さっている。ペパーの影に{{ namae }}の身体はすっぽりと収まってしまっている。笑っておどけたかったのに、ペパーの目がそれを阻ませた。掴まれた肩のせいで{{ namae }}は身動きも出来ない。ほんの少し身を捩らせたつもりなのに、びくともしない。ペパーの目に浮かぶ熱の意味を{{ namae }}は今まで知らなかったし、考えることもしなかった。
 何となく、知らない人のように思えた。その不安を消し去るためにペパー、と名前を呼んだのにペパーは返事をしない。雰囲気のせいか、身動きすらも出来ない状況が、{{ namae }}を一層不安の淵へ追い遣る。ペパーの指先が{{ namae }}の首筋をそうっと撫でる。くすぐったさから、ひ、と声が漏れ出た。何となくひどく気恥しい気がした。何を言えば良いのかもわからず{{ namae }}は身を硬くするしか出来ない。
 これって、もしかしてと{{ namae }}の脳裏に可能性が浮かび上がる。違っていたら酷くいたたまれないので気軽に尋ねることも出来ない。そもそも違和感は幾つかあった。いつもなら部屋で自由にしているマフィティフがいるのに、今日に限って二人きりだった。マフィティフはと聞けば珍しくボールに入っていると言われた。そんなこともあるんだなと{{ namae }}は大して問題に思わなかった。今考えればマフィティフにも見せられないようなことをしようと下心があったのだろう。いや、ペパーに限ってはと数時間前の{{ namae }}自身が気楽に言う。本当にと今更疑念が湧き、{{ namae }}の喉元に絡みつく。
 ショートパンツ越しに押し付けられた硬い感触に{{ namae }}は身体を固くさせた。視線だけを下にやるとペパーの股座を押し付けられている。{{ namae }}の脳味噌は物凄い速度で思考回路を駆け回っているのに何も出てこない。こんなときにどんな対応をすべきなのか解らない。本当に、と{{ namae }}は数時間前の自身に問うた。回答が出てくる気配はない。

「それ、って……」

 僅かに腰を動かすとペパーの身体がびくりと跳ねた。う、と耐えるような声がする。痛みではないことは直感的に理解できた。それはペパーのズボンを押し上げているようだった。{{ namae }}はそれを全く見当がつかない程初心ではない。知識としては知っている。これがまさか、と結びつくのは比較的容易い。数日前まで友達と一緒になってけたけたと笑っていたことが遠い日のことのように思えた。本当にと数時間前の{{ namae }}自身に問う。数時間前の{{ namae }}自身は気楽に笑っている。

「……ごめん、気持ち悪いよな」

 ペパーは{{ namae }}から離れた。少女は慌てて上体を起こした。身体が咄嗟に距離を取ろうとして、肩を壁にぶつける。それ以上は下がれない。ペパーが俯いているせいで、表情は良く見えない。{{ namae }}はペパーを信じ難い物を見るような目で見ていた。数時間前の気楽な{{ namae }}自身はもう既にいなくなっている。
 今日はもう帰れよとペパーが静かな声で言う。{{ namae }}は何となく悪いことをしたような気持ちになる。疑念は喉元を一度緩く締め付け、脳味噌へ帰っていく。
 不純異性交遊は禁止されている。自分の人生を、相手の人生を滅茶苦茶にしてしまわないように、大切に尊重するために禁止しているのだと先生たちが説明していた。{{ namae }}は自分が今すべきことを識っている。ペパーが言う通り、速やかにペパーの部屋から出ることが、きっと他の大人たちもするべきことだと言う筈だ。そしてそういう性的な行為については卒業して自他共に責任が取れるようになってから行うべきだ。頭では判っている。そうするべきだとも思っている。

「――い、いよ」

 {{ namae }}の口から出た言葉は先生たちが良しとすることからかけ離れていた。ペパーが{{ namae }}を見る。信じ難いものをみるような顔だ。それでも目は確かな熱と期待を浮かばせていた。{{ namae }}は緊張のせいで喉が酷く乾いている。
 もしかしたら、馬鹿みたいに笑ってその場を台無しにしてしまった方が、二人にとって良いことなのかもしれない。そう思うのに、{{ namae }}はこの場を台無しにしてしまおうとは思えなかった。
 {{ namae }}は顔を上げてペパーを真っ直ぐと見る。ペルシアンに見つかったププリンはこんな気持ちなのかと、何処か他人事のように考えた。

「ペパーになら、何されたって良いよ」

 自然に笑えていたのかは解らない。それでもその言葉は本心だ。少女はまだ人生の何たるかを理解していない。それでもペパーになら自分ですら碌に触ったことの無い所を触れられても良いと思えたし、ペパーとなら何があってもきっと大丈夫だと何か確信めいたものがあった。
 ペパーの喉が上下する。そうっと頬に触れられる。酷く熱い。{{ namae }}の心臓は今すぐにでも口から飛び出そうだ。

「本当に、良いのか?」

 ペパーが尋ねる。ほんの少し声が掠れていた。{{ namae }}の脳裏で先生たちの顔が浮かび泡のように消えてく。{{ namae }}は小さくも確かに頷く。ペパーがごめんな、と小さな声で言った、気がした。

2022/12/28

可及的速やかなる解決法

ペパー
!クリア後

 ペパーに新しい友達が出来た。ただそれだけ。
 久し振りにペパーに会った。クラスも違う上に少女は自ら会いに行こうとしたことがなかったので、全く会わなかった。渡されたチラシを少女は見て、ペパーを見る。久し振りにゆっくり話でもしないかと切り出したのはペパーだ。ペパーは何処か吹っ切れたような顔をしていた。少女は自室にペパーを招き入れた。
 少女の部屋は実家と比べると物が少ない。それでもずっと昔からいるポケモンのベットは部屋の隅にあった。その辺に座ってて、とペパーに言って少女は窓を開く。冷たい風が部屋の中に入り込む。貰ったチラシはどうやら手作りのようで、チャンピオンと転校生が持ち歩いているポケモンと、イーブイの絵が書かれている。あの仲良し四人組のかと直ぐに理解が出来た。

「なぁ、他のヤツも部屋に入れてるのかよ?」

 友達を部屋に入れることは別に問題でないのに、お母さんみたいなことを未だ言うんだなと少女はぼんやりと思う。ペパーだって他の人を入れてるじゃないと噛みつきたい気持ちをぐっと抑える。なぁ、と咎めるような口調に少女は鬱陶しそうに顔を顰めさせた。

「ほっといてよ。私だっていつまでも一緒とは限らないんだから」

 吐いた言葉はペパーを傷付ける為の言葉だった。少女がペパーの親がもう既に亡くなっていたことは噂好きの生徒から聞いたことだ。

「……どういうことだよ」

 どうだっていいでしょと突き放す言葉を吐いた。寂しさから当たるなんて本当に最低だと少女は下唇を噛む。
 学校最強大会とでかでかとした文字が躍るチラシを見る。日時や条件が書かれている。先生とも戦えるなんてと少しだけ感動を覚える。だがそれも一瞬のことだ。
 あの生徒会長も走り回って出来た大会だと風の噂で聞いた。ずっと傍にいた幼馴染があの転校生と友達になった。少女にとってはそれ以上でも以下でもないはずなのに、胃の辺りがじりじりと炙られている。ただのやきもちだ。学校内で仲良し四人組と言われている四人を見る度、ちくちくと気持ちが尖っていく。それと同時に、少女は自分自身に嫌悪感を覚える。ペパーとはただの幼馴染だ。しかもついこの間まで特段関わることもしていなかった。虫のいい話だと言われたらそうだろう。
 あ、と言う間もなくプリントが風に攫われた。プリントはそのまま滑空し、少し離れた所に引っかかった。目いっぱい腕を伸ばせば届かなくはない。少女は窓から身を乗り出して、腕を伸ばす。

「やめとけよ。前それで怪我しただろ」

 ペパーの小言は少女の耳を通り過ぎる。確かに似たようなことは灯台であった。だがそれはまだ十歳にもなっていない時の話だ。
 あと少しと腕を伸ばす。指先にチラシが触れた。だが摘まむには少し遠い。あと少し、あと少しと少女は身を僅かに乗り出した。それが悪かった。
 身体を支えるために窓のへりに置いていた手が滑った。がくんと身体が前方へ傾く。悲鳴すらもあげられない。こんな時に限ってスマホロトムは机の上だ。少女の脳内で恐るべき速度で予測される結果が導き出される。少女は咄嗟に目をきつくつぶった。
 強い力が少女の肩を後ろへと引っ張った。少女の足が倒れ込まないように反射的に半歩さがったが、身体は強い力に従い後方へ倒れ込む。世界が回る。大きな音がした。思っていたような強い衝撃はいつまでも無い。少女はそうっと瞼を開けた。世界が傾いている。心臓がどくどくと動いている。少女は浅い呼吸を繰り返して、倒れているのだと漸く理解した。

「っぶねぇ……」

 耳元で独り言のような声が聞こえた。ペパーに抱きすくめられている。恐らく引っ張った後で咄嗟に抱き留めたのだろう。小さい頃にもそんなことがあった。ペパーの腕から抜け出そうとペパーの胸元に手をやり、力を込めた、筈だった。思ったよりも力を込めた筈なのにびくともしない。ベストがあるとはいえ、そんなに硬いものだったかと少女は驚く。ペパーの手が少女の髪をさらりと撫でた。本人はマフィティフ相手にするのと同じつもりだったのだろう。だがその手の造りは、手付きは、まるで知らない人のようだった。
 前のときはわんわん泣いていた記憶しかない。けれど体形については自分自身とさして大差なかった筈だった。それどころか、少女の方が幾ばくか背が高かった筈だ。
 急激に少女の顔が熱くなる。心臓が先程とは違った理由で早鐘を打っている。密着したからだから、心音が伝わっていないか少女は不安に思った。
 ふう、と溜息が聞こえた。腕が緩んだ、瞬間に少女はペパーの上から退いて走って部屋から飛び出した。ペパーの戸惑ったような声が聞こえたが、少女は振り切るようにして走る。ありがとうもごめんなさいも何も言えていない。それでも少女はただただ走るしか出来ない。記憶の中のペパーは幼馴染の男の子だった。少女の家やあの灯台で遊んでいた男の子だった。友達であり、家族であり、大切な人だった。
 少女は寮から飛び出た。冷たい風が少女の身体を撫でる。少女はふらふらと歩く。泣きたい気持ちに駆られた。それでも少女は嘗てのように大声で泣くことはしない。まだその気持ちに、名前を付けたくなかった。

2022/12/25
!クリア後

 ペパーに新しい友達が出来た。ただそれだけ。
 久し振りにペパーに会った。クラスも違う上に少女は自ら会いに行こうとしたことがなかったので、全く会わなかった。渡されたチラシを少女は見て、ペパーを見る。久し振りにゆっくり話でもしないかと切り出したのはペパーだ。ペパーは何処か吹っ切れたような顔をしていた。少女は自室にペパーを招き入れた。
 少女の部屋は実家と比べると物が少ない。それでもずっと昔からいるポケモンのベットは部屋の隅にあった。その辺に座ってて、とペパーに言って少女は窓を開く。冷たい風が部屋の中に入り込む。貰ったチラシはどうやら手作りのようで、チャンピオンと転校生が持ち歩いているポケモンと、イーブイの絵が書かれている。あの仲良し四人組のかと直ぐに理解が出来た。

「なぁ、他のヤツも部屋に入れてるのかよ?」

 友達を部屋に入れることは別に問題でないのに、お母さんみたいなことを未だ言うんだなと少女はぼんやりと思う。ペパーだって他の人を入れてるじゃないと噛みつきたい気持ちをぐっと抑える。なぁ、と咎めるような口調に少女は鬱陶しそうに顔を顰めさせた。

「ほっといてよ。私だっていつまでも一緒とは限らないんだから」

 吐いた言葉はペパーを傷付ける為の言葉だった。少女がペパーの親がもう既に亡くなっていたことは噂好きの生徒から聞いたことだ。

「……どういうことだよ」

 どうだっていいでしょと突き放す言葉を吐いた。寂しさから当たるなんて本当に最低だと少女は下唇を噛む。
 学校最強大会とでかでかとした文字が躍るチラシを見る。日時や条件が書かれている。先生とも戦えるなんてと少しだけ感動を覚える。だがそれも一瞬のことだ。
 あの生徒会長も走り回って出来た大会だと風の噂で聞いた。ずっと傍にいた幼馴染があの転校生と友達になった。少女にとってはそれ以上でも以下でもないはずなのに、胃の辺りがじりじりと炙られている。ただのやきもちだ。学校内で仲良し四人組と言われている四人を見る度、ちくちくと気持ちが尖っていく。それと同時に、少女は自分自身に嫌悪感を覚える。ペパーとはただの幼馴染だ。しかもついこの間まで特段関わることもしていなかった。虫のいい話だと言われたらそうだろう。
 あ、と言う間もなくプリントが風に攫われた。プリントはそのまま滑空し、少し離れた所に引っかかった。目いっぱい腕を伸ばせば届かなくはない。少女は窓から身を乗り出して、腕を伸ばす。

「やめとけよ。前それで怪我しただろ」

 ペパーの小言は少女の耳を通り過ぎる。確かに似たようなことは灯台であった。だがそれはまだ十歳にもなっていない時の話だ。
 あと少しと腕を伸ばす。指先にチラシが触れた。だが摘まむには少し遠い。あと少し、あと少しと少女は身を僅かに乗り出した。それが悪かった。
 身体を支えるために窓のへりに置いていた手が滑った。がくんと身体が前方へ傾く。悲鳴すらもあげられない。こんな時に限ってスマホロトムは机の上だ。少女の脳内で恐るべき速度で予測される結果が導き出される。少女は咄嗟に目をきつくつぶった。
 強い力が少女の肩を後ろへと引っ張った。少女の足が倒れ込まないように反射的に半歩さがったが、身体は強い力に従い後方へ倒れ込む。世界が回る。大きな音がした。思っていたような強い衝撃はいつまでも無い。少女はそうっと瞼を開けた。世界が傾いている。心臓がどくどくと動いている。少女は浅い呼吸を繰り返して、倒れているのだと漸く理解した。

「っぶねぇ……」

 耳元で独り言のような声が聞こえた。ペパーに抱きすくめられている。恐らく引っ張った後で咄嗟に抱き留めたのだろう。小さい頃にもそんなことがあった。ペパーの腕から抜け出そうとペパーの胸元に手をやり、力を込めた、筈だった。思ったよりも力を込めた筈なのにびくともしない。ベストがあるとはいえ、そんなに硬いものだったかと少女は驚く。ペパーの手が少女の髪をさらりと撫でた。本人はマフィティフ相手にするのと同じつもりだったのだろう。だがその手の造りは、手付きは、まるで知らない人のようだった。
 前のときはわんわん泣いていた記憶しかない。けれど体形については自分自身とさして大差なかった筈だった。それどころか、少女の方が幾ばくか背が高かった筈だ。
 急激に少女の顔が熱くなる。心臓が先程とは違った理由で早鐘を打っている。密着したからだから、心音が伝わっていないか少女は不安に思った。
 ふう、と溜息が聞こえた。腕が緩んだ、瞬間に少女はペパーの上から退いて走って部屋から飛び出した。ペパーの戸惑ったような声が聞こえたが、少女は振り切るようにして走る。ありがとうもごめんなさいも何も言えていない。それでも少女はただただ走るしか出来ない。記憶の中のペパーは幼馴染の男の子だった。少女の家やあの灯台で遊んでいた男の子だった。友達であり、家族であり、大切な人だった。
 少女は寮から飛び出た。冷たい風が少女の身体を撫でる。少女はふらふらと歩く。泣きたい気持ちに駆られた。それでも少女は嘗てのように大声で泣くことはしない。まだその気持ちに、名前を付けたくなかった。

2022/12/25
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